北朝鮮の政権維持と核廃棄2016年3月6日 田中 宇今秋の米国の大統領選挙に立候補している主な人々は、全員が「北朝鮮の問題は中国に任せるのが良い」と考えている。共和党では、最有力のトランプが「中国は、北を抑制できる手段を持っていないと弁解するが、そんなことはない。中国は、北抑制する手段をたくさん持っているのに使いたがらない。中国にもっと圧力をかける必要がある」と言っている。共和党の他の候補たちもこれに異論がなく、対北戦略ではほぼ同一だ。 (Let's dispense with the fiction that China will solve the North Korea problem) 民主党では、2月初めの討論会で「どの国が米国にとって最大の脅威か」という質問に対し、サンダースが北朝鮮と答え、クリントンは曖昧ながらロシアを最大脅威と考えていることを示唆した。サンダースはトランプと同様「北に影響力を持っている中国に圧力をかけるのが良い」と述べている。クリントンは、私が調べた限りだが、北の問題をどうすれば解決できるか明確に言っていないので、サンダースやトランプよりも能動的な答えを期待できない。 (Greatest threat to US? Sanders says ‘paranoid’ N. Korea, Clinton picks ‘belligerent’ Russia) 米国は、先々代のビル・クリントン政権は、自分で北朝鮮と交渉して核問題を解決しようとしたが、その後のブッシュとオバマは、中国に任せる傾向をどんどん強めている。この20年近い歴史的な傾向を延長するなら、次期の米政権が北核問題をさらに中国任せにしても不思議はない。米国は中国を敵視する建前なので「北のことは中国に任せる」と赤裸々に言うと利敵行為として周りから非難される。だから、北が中国の属国であることを前提に「中国が北に圧力をかけないのが悪い」と中国を非難するのが、今の米国のエリートから草の根までの「正しい」政治態度だ。 (揺れるアメリカの北朝鮮外交) (米国の北朝鮮戦略が「中国頼み」だということは、すべての外交戦略が「米国頼み」である日本の北朝鮮戦略も「中国頼み」ということだ) こうした米国の態度は無責任だ。米国がブッシュ政権時代に北朝鮮を武力で政権転覆してやると脅したことが、北が核武装に走った最大の原因だ。ブッシュ政権が、先代のビル・クリントンが北と合意した枠組み合意を継承していたら、北は核兵器を持つことができなかった。ビルの時代まで、米国は、南北が和解した後の朝鮮半島を自国の覇権下に置くことを考えていた。だがブッシュ時代に、米国は、北を核武装の方に追いやると同時に、北は中国の覇権下の地域だという態度に転換した。最近の韓国と中国の親密さから考えて、もし南北が和解したら、その後の朝鮮半島は米国より中国の影響(覇権)が強くなると予測できる。米国は無責任なやり方ではあるが、朝鮮半島を中国に(押しつけ)譲渡している。 (北朝鮮6カ国合意の深層) (日米安保から北東アジア安保へ) 米国は以前から、北朝鮮の政権を武力で転覆して国家破綻させ、韓国が北を併合するシナリオを示してきた。このシナリオだと、政権転覆された後の北朝鮮が長い間、混乱する可能性が高い。イラクやリビアを見ると、米国が政権転覆した後の地域が、いかに解決困難な大惨事になるかがわかる。米国は朝鮮半島(や中東)から遠いので、大混乱させても知らんぷりできるが、北朝鮮に隣接する中国は、当然ながら、政権転覆のシナリオを望まない。米国は中国に「もっと北に圧力をかけろ」と無責任に言うが、中国は北の政権を転覆させない範囲でしか圧力をかけない。 (北朝鮮問題の解決が近い) 中国は、北が貧しいままで経済的に崩壊寸前であり続けるのも、不安定なので好まない。中国は、自分たちがトウ小平以来、経済に市場原理を大胆に導入して一党独裁を保ったまま高度経済成長を実現できたので、以前、北朝鮮にも同じことを勧めた。吉林省などを見ると、朝鮮人は、生まれつき「商人」の漢人よりさらに経済技能が高く、北朝鮮は高度経済成長する潜在力を持っている。金正日はその勧めに従い、部分的に経済の市場化を容認したが、政府以外の「民間」が経済面だけでも力を持つことは、北の当局の許容範囲を超えていた。 (中国の傘下で生き残る北朝鮮) (代替わり劇を使って国策を転換する北朝鮮) 中国は漢民族内の多様性が非常に大きいので、当局はおおざっぱな管理しかできず、人々が政権転覆を企てない限り勝手に金儲けすることを容認している。だが、単一民族性が高い北朝鮮では、当局による支配がもっと人々の細かい部分まで入り込んでいる。当局は、人々の勝手な金儲を容認したがらず、いったん自由市場を黙認しても活発化すると潰してしまうことを繰り返した。北朝鮮当局は、経済自由化と正反対の「完全配給社会」の実現を、究極の結束(支配)策として、いまだに夢見ている。 (金正日の訪中と南北敵対の再開) (北朝鮮で考えた) (北朝鮮の中国属国化で転換する東アジア安保) それでも先代の金正日は、自らの死後の体制として、中国型の経済発展を目指す張成沢を後継政権の摂政役に据えた。だが後継者の金正恩は、張成沢を殺してしまった。これは、経済自由化に対する北の当局内の抵抗感の強さを示すと同時に、中国の言いなりになることを嫌う、北朝鮮の伝統的な立場の表明でもあった。北朝鮮の国体を作った金日成は「主体思想」を提唱したが、これは外交的にソ連にも中国にも従属せず、極貧でも「主体性」を維持する策だ。地政学的に、朝鮮半島の内政は周辺の諸大国からの干渉を受けやすいが、それらをはねのけて自分の独裁を守るのが金一族の家訓だ。独裁者の代替わりとともに、金正恩が「中国派」の張成沢を劇的に処刑したのは、金一族の家訓を過激に実行することで、独裁者としての自分の立場を強化する意味があった。 (北朝鮮・張成沢の処刑をめぐる考察) (北朝鮮の核実験がもたらすもの) 市場化をめぐる経済の問題と並行して、金正恩政権になった北朝鮮が中国の言うことを聞きたがらなかったのが、核兵器の問題だ。中国や米国の反対を押し切って、金正恩が「自衛の力をつけるため」と称して核実験やミサイル試射を挙行することは、北朝鮮国内で金正恩の権威を強化する効果がある。経済や核の問題で中国が北を脅しても、脅しを拒否することが金正恩の権力強化策になってしまう。 (China stands in the way of North Korea's new sanctions from working) (Kim Jong Un Orders Nuclear Weapons Made Ready For Use) 昨夏以降、いったん中朝の関係が改善し、10月には中国から高官(劉雲山・共産党政治局常務委員)が訪朝して金正恩に歓迎された。だが、中国が北に核実験をやめるよう圧力をかけると再び関係が悪化し、1月の北の4回目の核実験の挙行につながった。その後、中国は米国と相談しつつ、国連安保理で新たな北朝鮮制裁を提案して可決させた。これまで北に対する経済制裁は米国が主導していたが、今回初めて中国の主導に替わった。北が核実験をやめないので中国が本気で怒っているという見方もある。しかし、中国が本気で北の政権を制裁で窮乏させて混乱に追い込むことは、中国自身に被害を与えるので考えられない。 (Why China is fighting with its own ally North Korea) むしろ中国は、国連安保理を主導して北への制裁を強化したことで、金正恩が制裁をはねのける強硬姿勢をとることを黙認し、北の国内での権力掌握を早める効果をもたらそうとしているのでないかと思える。北の当局にとって何より大事なことは、金一族の独裁体制の維持だ。北が核実験するのも、市場経済を拒否するのも、米韓に好戦的な態度をとるのも、中国の言いなりを嫌うのも、すべては金一族の独裁体制を維持するためだ。金正恩の権力掌握が完了し、金一族の独裁があと数十年は安泰な状態になるなら、核実験の停止、市場経済の限定的な受け入れ、米韓との和解、中国との友好回復などの実現可能性がぐんと高まる。 (御しがたい北朝鮮) (意外と効果的な北朝鮮の過激策) 今年1月、米オバマ政権の核廃絶関係の外交顧問をしているウィリアム・ペリー元国防長官が「北はすでに核兵器を持っており、廃棄させるのは不可能。現実的な新たな目標は、北に核を廃棄させるのでなく、北が開発した核を封じ込めること。(1)北にこれ以上の核兵器を作らせない(2)これ以上高性能な核兵器を作らせない(3)核技術を他国に輸出させないという『3つのノー』を新たな目標にすべき。この目標は中国とも協調できる内容で、米中で6カ国協議を再開できる」とする論文を出した。 (How to Contain North Korea - By WILLIAM J. PERRY) これは米政府の正式な政策でないものの、中国が望む方向性と合致し、北が受容する可能性も高く、米政府が北核問題の解決を中国に任せていることを考えると、非常に合理的な提案だ。ペリー案が米国の正式な政策になるなら、北の核問題の解決が非常に早く進む。ペリー案の登場を受け、私は、6か国協議の再開と解決が近いと予測する記事を1月11日に出した。 (北朝鮮に核保有を許す米中) (日韓和解なぜ今?) しかし、その後2か月近くが過ぎたが、画期的なことは何も起きていない。中国は、6か国協議の再開を望む姿勢を変えていないが、その後やっていることは国連安保理で北朝鮮を制裁することであり、協議や対話と逆方向だ。オバマがペリー案を採用しなかったということか?とも思ったが、米国であの手の提案が出る時は、すでに政権内のすり合わせをしているはずなので、それも考えにくい。米国は中国に「早く北に圧力をかけないと、韓国に米陸軍の迎撃ミサイルを配備するぞ」と言って脅している。米国はペリー案に沿って中国に動いてほしい感じだ。 (U.S. and China Agree on Proposal for Tougher North Korea Sanctions) (Talks on US missile shield test ties between Beijing and Seoul) 誰が動きを止めているのか?。今回の記事を書くにあたり分析して私が出した答えは「話が進まないのは、金正恩による国内権力の掌握が完了していないからでないか」ということだ。ペリー案が米国の正式な提案になると、中国も北朝鮮もそれを土台にすることに賛成し、6か国協議が再開され、うまくいけば、北が「3つのノー」の受け入れを宣言し、米朝と南北が和解し、1950年から続く朝鮮戦争が正式に終結し、朝鮮半島の恒久平和の実現と、在韓米軍の撤退が始まる。しかし、このような劇的な転換に際し、北朝鮮の政権がかなりしっかりしていないと、冷戦終結後の東欧諸国のように、政権崩壊を引き起こしかねない。 (China, US Will Not Accept North Korea As A Nuclear Weapons State) 北朝鮮は建国以来、韓国や米国との戦争状態が続き、それが国民を金一族のもとに結束させる機能を持ち、独裁の維持がやりやすかった。だが今後6か国協議が進展して北朝鮮をめぐる国際的な緊張が大幅に低下すると、独裁の維持が大幅に難しくなる。金正恩は、米国のペリー案を受け入れる前に、自分の権力をできるだけ強化しておく必要がある。中国もその必要性を認め、国連安保理であまり意味のない制裁強化に時間を使い、金正恩が中国や米国の制裁を拒否して国内権力を強化することを黙認している。中国は、安保理で北制裁案を自国が握っていることを北に示すことで、最終的に金正恩が中国の権威を認めざるを得ないように仕向けている感じもある。 (Forcing China's hand on North Korea sanctions) しかし、ここで懸念されるのは、金正恩が最終的に米国や韓国との緊張緩和に進む気があるかどうかだ。緊張緩和すると、北の政権が持たなくなるかもしれない。金正恩は、緊張緩和よりも政権維持を優先し、せっかく米国がペリー案で核問題解決のハードルを大幅に下げているのに、難癖をつけてそれを受け入れない可能性がある。金正恩が「偉大な指導者」なら、緊張緩和して民族に幸福をもたらす方向に賭けるだろうが、せこい独裁者なら政権維持を優先する、ともいえる。 (世界の転換を止める北朝鮮) 金正恩は核実験の直前、米国との直接交渉の再開を希望したと報じられている。「中国に任せる」姿勢の米国が交渉再開を拒否し、それを受けて北は核実験を挙行したとされる。これは一見、金正恩が6か国協議の一環である米朝和解を望んでいるかのように見えるが、北は以前から、中国との関係がうまくいかなくなると米国に接近し、米中の対立を誘発しようとする策を採ってきた。北は、依然として国際対立を使った政権維持策を捨てていないとも感じられる。金正恩が和平に踏み切るかどうか、5月の労働大会などを経て、今夏までに見えてくるのでないかと予測される。 (US Spurned North Korea-Proposed Peace Talks Days Before Nuclear Test) (China urges United States, North Korea to hold direct talks) (North Korea nuclear test paves way for rare party congress)
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