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揺れるアメリカの北朝鮮外交

2002年6月3日   田中 宇

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 アメリカのブッシュ大統領(ブッシュ・ジュニア)は、政権中枢のメンバーの多くが、父親の元大統領(ブッシュ・シニア)の政権と重なっている。副大統領のチェイニー(父親時代の国防長官)、国務長官のパウエル(父親時代の統合参謀本部議長)などである。

 だが、実際の外交政策では、息子は父親とはかなり違う道を歩んでいる。特に大きく違っているのが、中国や北朝鮮など東アジアに対する政策だ。ブッシュ・シニアは中国に対して友好的で、1989年の天安門事件の後も、引き続き中国政府を支持する姿勢をとろうとした。事件後、アメリカは中国に対する経済制裁を発動したが、これは人権問題を重視する民主党などから強く攻撃され、やむなく転換したものだ。ブッシュ・ジュニアの対中政策は、もっと敵対的である。

 父子の間で、政策のあり方についてどんな話し合いをしているのか、ほとんど明らかになっていないが、これまでに一度だけ、そのことについて報じられたことがある。2001年3月、父親が息子に、北朝鮮に対してもっと柔軟な政策をとるように呼びかけたメモを送ったもので、「国防総省のいうことばかり聞いていたら、良い外交はできないぞ」という父親からの忠告だった。

 メモの内容は、父親の政権で韓国大使をつとめたドナルド・グレッグという人が書いた。グレッグはCIA出身で、金大中大統領が野党人士だった時代の1973年にKCIA(韓国中央情報部)によって東京から拉致された事件のときにCIAソウル支局長をしていた。グレッグは金大中を殺さぬよう韓国政府に警告を発し、金大中を救ったことで知られている。

 北朝鮮に対するアメリカの外交政策は、2001年1月にクリントン政権が終わるまでは、北朝鮮の軍事的な脅威を取り除くために北の金正日政権と交渉し、必要ならば譲歩もするという宥和策だったが、その後政権に就いたブッシュ・ジュニアは2001年3月に「北朝鮮は信用できない」と発表し、この発言を受けて北朝鮮側はアメリカとの交渉を打ち切った。父から息子に送りつけられたメモは、北朝鮮に対する強硬策を止めるよう求めたものだった。

 北朝鮮をめぐる緊張が高まると、すぐ南の韓国の安全保障が懸念される事態になり、韓国経済に悪影響を及ぼす。また、連動して中国とアメリカとの関係も悪化する可能性がある。ブッシュ・シニアは、中国や韓国に投資しているアメリカの資本家や、韓国の財界と親密な関係にあり、彼らに依頼されて、息子が米軍幹部たちにそそのかされて北朝鮮に対して強硬姿勢をとることを止めさせようとしたのではないか、と考えられる。

▼あと一歩だったクリントンの和平攻勢

 クリントン政権は、1993年に北朝鮮が小型原子炉を使って核兵器を開発しているという疑惑が持ち上がったときは、北朝鮮政府に対して「核兵器を作れないタイプの原子炉(軽水炉)を作ってやるから、既存の小型原子炉を閉鎖せよ。軽水炉が完成するまでの代わりのエネルギー源として石油を無償供与してやるから」と持ちかけて「米朝枠組み合意」を締結した。

 1998年に「テポドン」試射などによって北朝鮮がミサイル技術を持っていることが分かると、クリントン政権は北朝鮮政府に対し、ミサイルの開発と輸出を止める代わりにアメリカや韓国が北朝鮮を経済支援するという「ミサイル協議」も始まった。2000年6月には、北朝鮮に対する宥和策「太陽政策」を掲げる韓国の金大中大統領が平壌を訪問し、南北和解に向けて動きが進んだ。

 今年2月3日、ニューヨークで開かれた世界経済フォーラムで、アメリカのクリントン前大統領が演説した際、クリントンは「自分の政権の最後の数週間に、自ら北朝鮮を訪問し、北朝鮮がミサイル開発をやめる代わりにアメリカが北朝鮮に経済支援を行うという協定を、金正日総書記と取り交わすつもりだったが、パレスチナ問題の仲介に忙殺され、果たせなかった」と発言した。

 その上でクリントンは「北朝鮮問題で、私は最後の調印だけを残して政権を去ったので、次の政権は当然、北朝鮮との問題を解決したという外交得点をすぐにあげるものだと思っていた」と述べた。クリントンは、自分の次に大統領になったブッシュは、すぐに北朝鮮との間の問題を解決できたはずなのに、それをやらなかったといって、なぜか明言はしなかったものの、間接的にブッシュを批判した。 (関連記事

 クリントンの北朝鮮政策はブッシュ・ジュニアに引き継がれなかったものの、ブッシュ・シニアが息子に送ったメモで、クリントン時代の政策を踏襲せよと忠告した。このメモが送られた後、ブッシュ政権は、北朝鮮と交渉する姿勢をみせた。だが米政府は、交渉再開の条件として、北朝鮮が核兵器だけでなく通常兵器についても査察を受け入れることや、38度線の北側にある北朝鮮軍の軍備を削減することなど、北朝鮮が受け入れられない新条件を加えたため、北朝鮮側は交渉を拒否した。

 その後、アメリカでは2001年9月に911事件が起きた。この事件によって、アメリカの敵は「国際テロ組織」に集約され、いったんは北朝鮮に対するアメリカの敵視政策が緩み、北朝鮮政府はこの変化に呼応し、事件後すぐに「あらゆるテロに反対する」というメッセージを発し、3月のブッシュの敵対政策発表以来止まっていた南北間の交渉も9月16日に開かれた。

▼矛盾しつつも効果があった「悪の枢軸」戦略

 だが、その後再びアメリカの北朝鮮に対する政策は敵対的になり、今年1月末にはブッシュ大統領が北朝鮮などを「悪の枢軸」と呼び、「テロ支援国家」として敵視する政策を発表した。

 北朝鮮は、1980年代には大韓航空機爆破事件など韓国に対する国家テロ行為を続けていたが、1990年代以降は米国務省の報告書でも、テロ行為はやっていないことになっている。北朝鮮が「テロ」と今でもかかわっている部分は、1970年代から「よど号」のハイジャック犯たちを国内に住まわせているという一件だけだ、と米国務省が認定している。ブッシュの「悪の枢軸」指定は、この国務省の認定と矛盾している。

 ところが現実的には、ブッシュの敵視政策は北朝鮮に対して効果があった。「悪の枢軸」に入れられた後、北朝鮮政府は言葉ではアメリカを非難しつつも、今年3月には、交渉を再開したいとアメリカや韓国に対して申し入れてきた。今年に入ってブッシュ政権は中国に対しても強硬姿勢を増し、台湾の国防大臣の渡米を受け入れるなどのやり方で中国を挑発しているが、中国もアメリカとの衝突を避けており、圧倒的な軍事力と諜報力を使ったブッシュの強硬政策は、北朝鮮だけでなく中国に対しても効果をあげている。

 北朝鮮は海外からの食糧支援がないとやっていけない経済状態にあるが、911事件以降、欧米などはアフガニスタンへの食糧支援を優先するようになり、北朝鮮に回す分がその分減ってしまった。そのため、北朝鮮は金正日に次ぐナンバー2の金永南が3月末に東南アジアとヨーロッパを訪問し、鉱物資源とのバーター取引でタイからコメを買う交渉や、西欧諸国に対して「アフガンよりうちに食糧支援してくれ」と言って回ったりした。

 同時に北朝鮮は、3月末に「経済改革を進める」と発表したり、金永南が訪問先のマレーシアの国産車「プロトン」工場で「北朝鮮でもプロトンを生産したい」と言うなど、アメリカの資本家が喜びそうな経済開放の姿勢を見せた。 (関連記事

 こうした変化を受け、3月から4月にかけて、韓国やアメリカから公式・非公式の代表団が相次いで平壌を訪問した。その中には、ブッシュ・シニアからジュニアへの北朝鮮政策についての忠告メモをまとめたドナルド・グレッグもいた。ブッシュの父親は寛容政策、息子は敵視政策という状態がまだ続いていることがうかがえる。 (関連記事

 とはいえ、北朝鮮はこれまでに何回も似たような経済開放の姿勢を見せながら、実際に成果があがったことはない。韓国などの企業が北朝鮮に進出しても、鳴り物入りなのは最初だけで、進出企業は1−2年もすると大赤字で撤退を余儀なくされている。北朝鮮当局が経済開放を口にするのは大体、国内で食糧など基本物資が払底したときなので、欧米や日韓の関係者からは「食糧支援を増やすため、経済開放すると言っているだけではないか」と疑われている。

▼背景にアメリカの「軍」「金」対立

 北朝鮮に対するアメリカの政策が敵対と宥和の間を行ったり来たりするのは、アメリカの支配層の中に、北朝鮮との敵対を望む国防総省や軍需産業など「産軍複合体」の勢力と、東アジアが安定して経済発展につながるので宥和策の方が良いと考えている資本家層という2つの勢力が存在し、ブッシュ政権の方向性をめぐって対立しているからだと思われる。

 こうしたアメリカの中枢における「軍」と「金」(資本家)の対立は、アメリカの対中国政策や中東政策をめぐっても起きている。中国に対しては、911事件の直後に「金」の代表ともいえるロックフェラー財団の総帥デビッド・ロックフェラーが北京を訪問し、江沢民と懇談するなど、「中国はテロ戦争の敵ではない」というシグナルを発している。これに対して「軍」は台湾の国防大臣を訪米させて対抗した。 (関連記事

 中東では、クリントンが推進した「オスロ合意」が「金」の政策である一方、「軍」はオスロ合意を潰してイスラエルがパレスチナを再占領する戦争を引き起こしたシャロンを支持している。ブッシュ政権の上層部では、チェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官らが「軍」の権益を代表する一方、パウエル国務長官は「金」の利益を代弁しているように見える。

 クリントンは政権そのものが「金」とのつながりが強く、クリントンはCIAという「軍」の最も陰謀的な部分を自らに近づけさせないようにしていた。これに対してブッシュ・ジュニアは「軍」との結びつきが強く、特に911事件後、アメリカは「軍」によって乗っ取られた感が強い。

 このような「軍」と「金」の対立が、アメリカの北朝鮮政策をも揺らしている、とみることができるが、その一方でCIAには、金大中を救ったり、北朝鮮との和解を模索し続けてきたドナルド・グレッグのような人物がいるという事実もある。「軍」と「金」という二大勢力が対立しているとみるより、アメリカを動かしている人々は「軍」と「金」という二つの異なる国益の間を揺れ動いているとみた方がいいかもしれない。



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