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いよいよ出てくるオバマの世界核廃絶

2013年2月2日   田中 宇

 米オバマ大統領が、共和党のチャック・ヘーゲル元上院議員を国防長官に指名したのを受け、米議会上院が1月31日にヘーゲルを喚問し、指名を承認するかどうか審議する公聴会を開いた。イスラエル右派系の団体や、彼らと親しい議員たちは、ヘーゲルがイスラエルに追従せず、イランに寛容だとして、国防長官にふさわしくないと批判している。しかし今回、公聴会に際し、右派がヘーゲルを攻撃する、イスラエルがらみとは別のテーマが出てきた。それは、ヘーゲルが、世界的な核兵器全廃をめざす国際団体「グローバルゼロ」に深く関与していることだ。 (The Secret Enemies of Chuck Hagel

 ヘーゲルは、米軍の制服組の元高官と組み、グローバルゼロが昨年5月に出した報告書のまとめ役をした。報告書は、現在米国とロシアが約5千発ずつ持っている核兵器を、それぞれ9百発以下まで減らし(8割以上の削減)、その後、中国や英仏など他のすべての核兵器が参加して核兵器の全廃まで進むことを提案している。米露は2010年に、18年までに核兵器を1500発ずつまで減らすことを決めた新START条約を批准したが、ヘーゲルらはグローバルゼロの報告書で、もっと大きな削減を提案した。 (Chuck Hagel and nuclear modernization

 報告書は、米国がロシアと核削減で追加合意できない場合、米国が一方的に核廃棄を進めるのが良いとも提案している。グローバルゼロには、カーターやゴルバチョフ、南アのツツ司教など、国際政界の著名人のほか、米国の元高官も多数名を連ねるが、元でなく現職の米連邦議員で最初に同組織に参加したのはヘーゲルだった。彼が上院で承認されると、米史上初めて、核兵器全廃を主張する人物が国防長官になる。 (Chuck Hagel Criticisms From GOP-Leaning Groups Explored

 オバマは「財政の崖」に関連し、米国の軍事費を強制的に一律削減する策を進めようとしている(10年間に5千億ドルの削減なので、実際は減額でなく増加幅の縮小だが)。ヘーゲルは国防長官になって、このオバマの軍事費削減を進めようとしている。軍事費が増えないのを利用し、軍備削減が必要な状況を作り、その一環として核兵器を削減していく作戦だ。 (The wrong man to be defense secretary

 オバマは大統領に就任した直後から、世界的な核兵器廃絶を進めようとしてきた。その方針ゆえに、09年にノーベル平和賞を受賞した。オバマとヘーゲルは、核全廃の方針で一致している。ヘーゲルがグローバルゼロで核兵器全廃を提唱したことは、オバマから見て、ヘーゲルを国防長官に指名した主要な理由だったと考えられる。 (オバマの核軍縮

 オバマは、ロシアとの間で相互の追加的な核兵器削減の交渉を進め、米議会上院が条約批准を否決した場合に備え、条約のかたちを採らず、議会の決議を経ずにすむ、米露双方で大統領が制令を発するやり方で、追加の核削減を実行しようとしている。すでに記事にしているその件と、今回の、核全廃を提唱するヘーゲルを国防長官に指名した件を合わせて考えると、実際に成功するかどうか別として、オバマは、2期目の4年間に世界的な核廃絶に向けた核兵器削減を進めていくことを主要な課題の一つにしていると考えられる。グローバルゼロは、2013年までに米露の追加的核削減を開始し、2030年までに世界から核兵器を全廃する構想で、今年オバマが核廃絶に向けて動き出せれば、予定通りとなる。 (◆独裁化する2期目のオバマ

 米政界、特に共和党議員の間では、軍産イスラエル複合体の影響力が強い。オバマは、核廃絶を大統領の1期目に打ち出したものの、まだ政治力が強くなかったので、あまり強く推進しなかった。しかし、もう再選を考える必要がない2期目に入り、オバマは核廃絶の動きを強めている。

 国防総省内は軍産複合体の牙城なので、ヘーゲルが国防長官になったらいろいろ妨害されるだろう。しかしその一方で、もともと軍産複合体の中心にいたはずの、共和党の主流派(ロックフェラー系)の元高官たちが、何人もグローバルゼロの賛同者として署名している。レーガン政権の国務長官でブッシュ前政権の選挙参謀もしたジョージ・シュルツや、パパブッシュ政権の国防長官だったフランク・カールーチ、レーガン政権の安保担当大統領補佐官だったロバート・マクファーレン、その他ブッシュ親子の政権で安全保障担当や軍司令官をつとめた人々が名を連ねている。パウエル元国務長官、キッシンジャー元国務長官、ベーカー元国務長官らも、署名していないものの、口頭でグローバルゼロに賛同している。 (Here Is a List of Extremists Who Agree With Chuck Hagel on Ending Nukes

 上記の人々の多くは、子ブッシュ政権の成立に深く関与したものの、911事件後、右派(タカ派、イスラエル右派、ネオコン)に押され、右派の単独覇権主義の戦略やイラク侵攻の過激さを懸念し、内側から反対を表明したが押し切られた。彼らは共和党員で、911まで米国を「やさしい覇権国」として維持しようとする「国際協調主義」の戦略を持っていた(右派と左派に対抗する勢力としての)「中道派」「穏健派」である。「ロックフェラー・リパブリカン」とか「リアリスト」とも呼ばれている人々だ。ヘーゲルも国際協調主義の中道派で、同じ仲間内だ。 (中道派になるオバマ:組閣の裏側

 オバマの核廃絶構想は、民主党だけのものでなく、共和党の(旧)主流派とも深く組んだ、超党派の構想であると感じられる。オバマは最初に当選したときから、共和党との協調を大事にして超党派の政権運営を重視していた。オバマは、議会を右派に席巻され、仕方なく共和党右派に譲歩したと解説されてきたが、実はそうでなかったかもしれない。昨今の動きを見ていると、オバマは、共和党の右派でなく中道派と組み、右派の過激策が失敗してイラクもアフガンも撤退し、米国の戦略が行き詰まったところで中道派が復権する展開を狙ったと感じられる。 (2期目のオバマは中国に接近しそう

 オバマは2期目に入り、共和党の中道派と組んで、核廃絶だけでなく、イスラエル突き放し、中国との再和解などをやりそうだ。米国の世界戦略をめぐる米政界の対決の構図は「民主党オバマ政権vs議会多数派の共和党」から「オバマ政権と共和党中道派の連合体vs軍産イスラエル複合体」へと、すでに変質している。クックフェラ系が主導する外交問題評議会(CFR)が発行するフォーリンアフェアーズ誌は、このタイミングで、含蓄のある「米議会はすでに超党派的だ」と題する論文を載せている。 (Congress Is Already Post-Partisan

 共和党で核廃絶を支持する人々は「米ソの超大国どうしが対立していた冷戦体制下では、核兵器が安定をもたらす抑止力として機能していた。だが、流動的な組織であるアルカイダなどイスラム過激派との長期戦を強いられる現在のテロ戦争の体制下では、むしろ核兵器がテロ組織の手に渡るかもしれないマイナス面の方が大きいので、早めに核兵器とその製造技術を世界的に全廃した方が良い」と主張している。オバマ政権も、この説明に立脚している。 (Hagel supports nuclear arms cuts, then elimination

 英国も、この考え方に沿って、すでに核兵器(潜水艦に積むトライデントミサイル)の廃絶を検討している。英国の核兵器の大半はスコットランドにある。英国政府は財政難なので、スコットランドが独立しそうなのにかこつけて、核兵器の解体費用を独立後のスコットランドに持たせようとたくらんでいる。 (英国政権交代の意味

 シュルツやカールーチといったグローバルゼロに参加する共和党の元高官は、パパブッシュも含め、かつて軍事産業や石油会社などに投資したファンド「カーライル・グループ」に参加していた。そのことから「彼らも軍産複合体の関係者だ」といえなくもないが、それは主に911以前の話だ。カーライルには911前、サウジの財閥であるオサマ・ビンラディンの父親も参加していた。911直後の米政府の大転換が、イスラエル右派系が米国の戦略を乗っ取ったクーデターだったと考えると、矛盾に説明がつく。

 米共和党の上層部は、冷戦時代から、冷戦構造と軍産複合体を強化しようとする勢力と、表向きそれに同調しているように見せつつ実は冷戦と軍産複合体を壊そうとする勢力(隠れ多極主義)がいた。第二次大戦の終結時、米国は、ロックフェラー系主導で国連安保理の5大国制度という多極型の世界体制を作ったが、それは数年も経たないうちに、英国が米国の覇権戦略を自国好みに変えるために企図し、米国の軍事産業やソ連の脅威を煽るマスコミが協力して始めた冷戦構造によって上書きされた。アイゼンハワーは軍産複合体という言葉を作って警告し、次のケネディ(民主党)はソ連と和解しようとして暗殺された。 (Hagel's Call for Nuclear Disarmament Has Been Mainstream Since Reagan

 その後(おそらく意図的に)泥沼化したベトナム戦争を終わらせるためと称して、ニクソンが中国と和解して冷戦構造に風穴をあけ、さらにレーガンが冷戦を終わらせた。ニクソンもレーガンも、軍産複合体系の人と思われがちだが、実際にやったことは軍産複合体の弱体化だった。レーガンや次のパパブッシュは、冷戦を終わらせる一方で、軍産複合体の黒幕だった英国に債券金融システムで大儲けするシステムを与えて軍産複合体から引き剥がし、金融覇権が軍事覇権を上塗りする転換を行った。実際に大儲けの恩恵を受け、軍事産業の合理化と政府財政の黒字化を進めたのは、次のクリントン政権(民主党)だった。

 しかしその間、冷戦終結後に「オスロ合意」という安定化策を与えられつつ米国から切り離されかけたイスラエルが、パレスチナ人が国家を得た後、イスラエルを凌駕しようとするというオスロ合意の危険性と、自国が陥れられていることに気づき、97年ごろから米国に再びとりつく傾向を強め、01年の911事件でイスラエルが米政界を牛耳る体制が確立した。ソ連の代わりにイスラム世界が米国の永遠の敵に仕立てられ、百年の低強度戦争が構想された。軍産複合体はイスラエルと組んで復権し、米国の軍事費は911後に急増した。

(冷戦に代わる軍産複合体の食いぶちとして用意されたもう一つのものは、中南米から米国に流入する麻薬を取り締まると言って逆に麻薬問題を拡大して恒久化する「麻薬戦争」だった。テロ戦争の開始後、あまり注目されなくなったが、麻薬戦争の結果、メキシコなどが国家崩壊に瀕している) (麻薬戦争からテロ戦争へ) (Will Mexico Declare Peace In The War On Drugs, And Will Obama Let Them?

 イスラエルによる席巻に対抗するため、共和党の隠れ多極主義派は、ベトナム戦争の時に使った、戦争を過剰にやって失敗させる戦略を採った。共和党内のイスラエル右派にイラクやアフガンで過剰に戦争をやらせて失敗に持ち込み、オバマ政権になってイラクもアフガンも撤退で、百年続くはずのテロ戦争は、10年ほどで誰も歓迎しない厄介な状況に陥り、終焉に向かっている。さらに、08年のリーマンショック後の債券金融システムと米英金融覇権の崩壊が重なり、覇権の多極化が進んでいる。

 冷戦後、核兵器は不要になったが、911後に新たな覇権の黒幕となったイスラエルが中東で唯一の核兵器保有国であり、英国や軍産複合体が引き続きロシアを敵視する戦略の復活を目論んだこともあり、テロ戦争下で核廃絶が進まなかった。しかし同時に、意図的に核兵器技術がばらまかれた結果、北朝鮮やパキスタンの核兵器の危険性、イラン、アルカイダの核武装の懸念など、核兵器が世界を不安定化する傾向が増し、オバマの核廃絶の提起につながった。米露が先に核削減した後、他の核保有国も参加して核廃絶に持ち込むヘーゲル案のやり方なら、中国やフランスなど、これまで核廃絶への言及を避けてきた国々も、参加しやすくなる。 (中国が核廃絶する日

(今後、米国債やドルが破綻せず、米政府が財政赤字を拡大し続けられる状況が続くと、米政府は軍事費を減らせず、核兵器廃絶もやりにくくなる。逆に米議会が財政再建議論をこじらせて米国債が格下げされれば、米国債とドルの破綻が早まり、核兵器全廃も前倒しされる)

 オバマの核兵器全廃は、日本にも関係している。一つは福島原発事故との関係だ。福島事故の直後、オバマ政権の原子力安全委員会がきつめの報告書を出した。その後も米国から日本に原発再開を抑止する圧力がかけられているようで、米国の傀儡色が強い国会議員らが、原発の廃止を提案している。核兵器の材料であるプルトニウムを作る核燃料サイクルと、高濃度ウランを作る核燃料製造工程の技術を世界的に廃止・禁止しないと、核廃絶が完成しない。オバマの核廃絶計画が進むと、軽水炉の代わりに進行波炉やトリウム炉を開発する動きが世界的に広がるだろう。日本よりも中国やインドが先行し、このままだと日本はこの面でも遅れた国に転落する。 (日本の原発は再稼働しない) (トリウム原発の政治的意味) (日本も脱原発に向かう

 日本では近年「核武装」が良く論じられているが、これから日本が本当に核武装を推進、もしくはその片鱗でも見せるなら、米国を含む世界から非難され、日本を「軍国主義」呼ばわりしたい中国や韓国に格好の材料を与えることになる。



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