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独裁化する2期目のオバマ

2013年1月15日   田中 宇

 来週から2期目に入る米国のオバマ政権が、2大政党間の対立が解けず決定不能の傾向を強める米議会の意向を無視し、議会を通す民主主義のやり方をせず、議会を回避して大統領権限でやりたい政策をやる、独裁の傾向を強めようとしている。

 最大の案件は外交問題だ。議会多数派の共和党が、好戦的な世界戦略を変えることを拒否しているのに対し、オバマ政権の大統領府(ホワイトハウス)は、財政難で軍事費の削減が必要なので好戦策を続けられないとの理屈で、議会の批准が必要な条約の締結などを経ず、国際協調策に転じようとしている。その筆頭は、ロシアとの相互核軍縮だ。 (Obama Seizing Sole Authority for US Defense

 米国とロシアは、2011年に発効した核軍縮条約(START)で相互に核兵器を減らし、米国は1550発の核弾頭を削減した。オバマは、米露核軍縮をさらに進めたい意向だが、ロシアと条約を結んで軍縮を進めるには、共和党が多数派の議会上院で条約の批准を受けねばならない。12人以上の共和党議員の賛同が必要だが、それは無理だ。そのため、ペリー元国防長官が率いるオバマの外交顧問団は最近、ロシアと条約を結ぶのでなく政府間の口約束で核削減を進めていくよう、オバマに進言した。 (オバマの核軍縮

 オバマが議会を回避しようとしているのに気づいた共和党では、好戦派のボルトン元国務次官がウォールストリート・ジャーナルの論文でオバマ政権の策を暴露し、民主主義を無視していると非難した。ボルトンは「米国が国際秩序を守る重要な役割を果たしているのと対照的に、ロシアは国際社会で無責任なことばかりやっている。だから、米露が対等に核軍縮するのは人類の倫理的にも間違っている」とも主張している。 (The Senate Should Block an End Run on Nuclear Arms

 この件が今後どうなるか不明だが、前回の記事「2期目のオバマは中国に接近しそう」で書いたチャック・ヘーゲルの国防長官指名と合わせ、これでオバマが2期目にやりたいことがさらにはっきりした。オバマは、911以来の米国が採ってきた軍事主導の好戦的な単独覇権主義を棄てて、ロシアや中国、イランなどの主張を容認し、覇権の多極化を黙認し、イスラエルの言いなりから脱する戦略を顕在化しそうだ。 (◆2期目のオバマは中国に接近しそう) (核の新世界秩序

 これは、911からイラク侵攻にかけての時期に米政界で無力化された「中道派」「現実主義者(リアリスト)」の復権でもある。911後、好戦派のふりをしていたロックフェラー系などの戦略立案者たちが、本来の中道派に戻っていくこと(再カムアウト)も予測される。 (Hagel Nomination: The Revenge of the Realists

 ロシアとの相互核軍縮を軸とした世界的な核廃絶は、オバマが1期目から希求してきたことだ。この構想がゆえに、オバマは09年にノーベル平和賞をもらった。しかし米政界では共和党だけでなく、民主党内も好戦的な強硬姿勢(ネオリベラル)が席巻している。議会民主主義を守りながらでは、好戦的な覇権主義から離脱することが困難だ。このままでは、ノーベル賞をもらった意味もなくなる。それでオバマは2期目に入るのを機に、議会無視の独裁姿勢を強めようとしている。 (オバマのノーベル受賞とイスラエル

 オバマの世界的核軍縮は、福島原発事故後、米政府が日本に軽水炉を全廃するよう隠然と圧力をかけたこととつながっている。軽水炉は、核兵器開発と表裏の関係にあるものとして、米国で生まれた。核兵器の製造工程と重なるウラン濃縮やプルトニウム抽出を包含する軽水炉の普及を世界的に縮小していかない限り、いったん核軍縮を進めても、また核兵器がどこかで作られてしまう。日本政府は、安倍政権になって原発を再生しそうな方向のことを言っているが、これは口だけだ。日本が対米従属で、オバマが米大統領である限り、日本で原発の再稼働が広がることはない(財界などの圧力で、いくつかの再稼働が実現したとしても、それ以上に広がらない)。 (日本は原子力を捨てさせられた?) (日本も脱原発に向かう) (日本の原発は再稼働しない

▼財政危機や銃規制でも独裁化しそう

 オバマの「独裁化」つまり議会無視の傾向が最初に顕在化しそうなのは、赤字上限など財政の問題だ。米政府の赤字は大晦日に法定上限に達しており、米財務省は緊急措置でしのいでいるが、それも2月後半に切れると予測されている。3月まで持つとの予測と、2月中旬に切れるとの予測が交錯し、いつまで持つか不透明だ。財政が切れると、米政府は公務員給与から失業手当、社会保障、教育関連費、インフラ整備などの政府支出が払えなくなり、貧しい人々から順番に困窮していく。議会多数派の共和党は「政府支出を切り詰めない限り、財政赤字の増加を許さない」との立場から、財政赤字上限の引き上げを拒んでいる。 (U.S. may default on its debt half a month earlier than expected, new analysis shows

 米国では、紙幣の発行が連銀の任務だが、貨幣の鋳造は政府の役目だ。米政府は記念通貨の発行を一任されている。この権限を使って、米政府が1兆ドルの額面を持つプラチナ通貨を発行し、これを連銀に持ち込んでドル札に両替してもらい、その金で政府の支払いを続けるという奇策が米政界から提案された。だが結局、米政府は、通貨発行の本来の目的から外れているとして、奇策を実現しないことにした。 (US Treasury rules out creating $1tn coin

 代わりに米大統領府は、合衆国憲法に「政府は国の借金を必ず返さねばならない」という条項があることを口実に「憲法違反を避けるため、議会を無視して財政赤字を上限以上に発行して良いのだ」と言い始めている。議会民主党の主要議員もオバマに対し、大統領権限で国債増刷した方が良いと言い出している。共和党が騒ぎ出し、オバマの対立が深まりそうだ。 (Pelosi, Reid Back Obama Raising Debt Ceiling via Executive Order

 もう一つ、オバマが議会を無視して政策転換を図り、共和党とオバマとの対立が深まりそうなのが、銃規制についてだ。米国では、自ら武器を持って自衛することが国民の権利として憲法で保障されており、人々は比較的自由に銃を保有できる。この体制が銃を使った犯罪増加につながっているとして、銃規制の強化を求める勢力が以前から米政界におり、銃規制強化の法律が可決されたこともあるが、全米ライフル協会など軍産複合体の「ガンロビー」が強いため、時限立法にしかならず、数年後に再び自由化されることを繰り返している。 (Biden to lay gun regulation groundwork

 1期目のオバマ政権は銃規制にふれず、2期目になって唐突に銃規制強化を開始しようとしている。オバマが銃規制強化を突然始める理由は不明だが、一つ考えられる推測は、ここ数年、米国は貧富格差がひどくなり、大金持ちがますます金持ちに、中産階級は貧困層に転落し、市民の間に不公平感が広がっていることとの関連だ。財政難で福祉が切り捨てられ、地方都市の行政サービスも低下している。この状況下で米国民に自由に銃を持たせ続けると、いずれ反政府暴動が起こりかねない。すでにテキサス州などで「米国からの分離独立」の運動が広がっている。オバマは、先手を打って銃規制を強化しようとしているのでないか。 (Gun Sales Soar Following Shooting in Connecticut

 こうした状況下、昨年末のコネチカット州の小学校での銃乱射事件に接したオバマが銃規制強化の必要性を痛感したというシナリオが上演され、オバマは銃規制担当にバイデン副大統領を任命し、バイデンは銃売買時の本人確認の強化と、事前審査に通った人しか銃を買えないようにする新体制を発案した。だが、議会多数派の共和党は銃規制反対論が席巻し、銃規制法を議会に通せない。 (Obama renews executive order threat on gun control laws

 オバマはここでも議会での立法を経ず、大統領令によって銃規制を強化しようとしている。当然ながら、共和党から非難の声が強く出ている。オバマが大統領令で銃規制を強化するのは、市民の武装を認めた憲法に違反しており、大統領の辞任を求める弾劾決議にあたいすると主張し、弾劾決議案を出す動きが共和党にある。弾劾決議が通らなくても、大統領令に基づく銃規制強化に必要な財政支出を議会が否決したら、実質的な政策実行ができなくなる。それをしり目に、市民が銃規制強化を予測して銃を買いあさり、銃の売れ行きは絶好調だ。 (GOP congressman threatens impeachment if Obama uses executive action for gun control

 などなど、全体として2期目のオバマ政権は、共和党主導の議会を無視してやりたい政策をやる傾向を強めそうだ。もともと大統領制は、米国だけでなくどこの国でも、大きな政策を発案実行するのに必要な数年以上の長い期間を大統領に与え、大統領が議会や世論の反対を押し切って思い切ったことをやれる体制にしてある。国家の政策が近視眼的・衆愚的な方向に流れないようにしている。オバマが議会を無視してやりたいようにやるのは良いことと考えることもできる。

 だがその一方で、大統領が民主主義の手続きで議会に政策を通せず、議会を迂回する策を弄し続けると、民主主義の世界的模範を自称してきた米国に対する国際的な信頼が失墜していきかねない。米言論界はこれまで、民主的に選出されたもののメドベージェフらと組んで権力をたらい回しにしているロシアのプーチン大統領を批判し、中国の共産党独裁や、聖職者会議が認めないと選挙に出られないイランの「イスラム民主体制」を批判してきた。これらの批判は、米国自身が模範的な民主主義国だったから、批判として成り立っていた。オバマが議会を無視して進めたい政策は、内容的に中露やイランに譲歩するものであるが、同時に、オバマが議会を無視すること自体が、中露やイランの反論の余地を拡大し、米国にいっそうの譲歩を強いるものになる。

 ニューヨークタイムスは昨年末、財政危機など米政界の混乱の元凶は合衆国憲法にあると主張する憲法学者の論文を出し、議論を呼んでいる。今後、憲法で認められた国民の権利の一部を制限すべきだという論調が、米国で強まる可能性がある。これも独裁によって米国の混乱をしずめようとする策の一環かもしれない。 (Let's Give Up on the Constitution) (New York Times Op Ed: "Let's Give Up on the Constitution"

 もう一つ予測されるのは、オバマの独裁化が、日本であまり報じられないだろうことだ。官僚機構とその傘下の日本マスコミは、対米従属の国是を堅持するため、国民に反米感情を持たせたくない。だから、オバマの独裁化についてなるべく無視して報じないようにするだろう。日本人はこの先も、従属先の米国の変化や衰退について無知なままになりそうだ。



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