トリウム原発の政治的意味2012年12月7日 田中 宇中国が「トリウム原発」の開発を本格化している。現在の軽水炉が天然ウランを濃縮したウラン235を燃やす(核分裂させる)のに対し、トリウム原子炉は天然にあるトリウムを核反応でウラン233に転換して燃やす。中国は世界の希土類(レアアース)の大半を産出しているが、希土類を多く含むモナザイトはトリウムも多く含んでおり、トリウムは希土類を精製する際の副産物として出てくる。中国は、使い道のなかったトリウムをウランに代わる燃料にしようと、昨年から、トリウム溶融塩炉など2種類のトリウム炉の開発を進めている。今年11月には、上海で「トリウムエネルギー会議」が開かれ、世界からトリウム炉の開発者たちが集まった。 (Thorium offers energy independence to China. Helps produce hydrogen too) 現在の世界の主流であるウラン炉は、燃料を作る際のウラン濃縮工程が、核兵器を作る工程と同じだ。ウラン235を3%以上まで濃縮すると原発の燃料に、90%以上まで濃縮すると核兵器になる。ウラン炉は、燃料を核反応した後の使用済み核燃料の中に、核兵器に転用しやすい危険なプルトニウムを生成する点でも、核兵器と縁の深い技術だ。対照的にトリウム炉は、発生するウラン233の兵器転用が難しく、プルトニウムもほとんど生成されない。燃料をトリウムに代えると、核兵器が作りにくくなる。 (Thorium To Be Tested in a Working Nuclear Reactor) 中国のトリウム炉開発が注目に値するのは、米国政府に支援されている点だ。中国のトリウム炉開発は、政府の中国科学院が推進しているが、その主導役は中国科学院の上海分院長で、江沢民元主席の息子の江綿恒(Jiang Mianheng)である。江綿恒が率いる専門家の集団が昨年末、トリウム炉の研究が最も進んでいる米国のエネルギー省傘下の国立オークリッジ研究所を訪問した。 (U.S. partners with China on new nuclear) 同時に、米エネルギー省がトリウム炉の冷却剤(溶融塩)の開発について、中国に協力することが決まった。加えて、米国の2大原子力メーカーの一つウェスティングハウス社(WH)が、中国のトリウム炉の実用化・商業化を支援することになった。 (Westinghouse enters U.S.-China nuclear collaboration) 来年から中国の最高指導者になる習近平は元上海市党書記で「上海閥」として江沢民の子分だ。江綿恒は昨年、株取引をめぐるスキャンダルで、それまでつとめていた中国科学院の副院長を辞任し、上海分院の院長に転出せざるを得なくなったが、それでも江沢民の息子が推進の主導役をつとめることは、中国政府がトリウム炉の開発に本気で取り組むつもりであることを示している(江綿恒は以前から、中国科学院で新エネルギー開発の主導役の一人だった)。 (Jiang Mianheng From Wikipedia) 米政府が中国にトリウム炉の開発技術を伝授する光景は、かつて米国が日本の電機メーカーにトランジスタなど半導体の開発技術を伝授し、日本を経済大国に押し上げ始めた時を思い起こさせる。この件は、アジアで米国が押し上げる対象が、日本から中国に移ったことの象徴と感じられる。トリウム炉は覇権多極化の象徴である。 米オバマ大統領は核兵器の廃絶を目標に掲げ、それでノーベル平和賞まで受賞している。オバマは、核廃絶の一環として、核兵器の開発と密接に結びついてきたウラン炉の利用を制限し、代わりに核兵器転用しにくい新型炉を世界に普及させたい。トリウム炉は、進行波炉などと並んで、核兵器転用しにくいのに加えてプルトニウムを燃焼・消費できる新型の原子炉だ。 (日本の原発は再稼働しない) 米国自身は、政界やマスコミで軍産複合体の影響が強いので、ウラン炉からの脱却は難しい。日本も、国是の対米従属が本質的に軍産複合体への従属であるため、同じ状況にある。半面、今後長期的に世界のエネルギー需要の中心になっていく中国は、むしろ軍産複合体に敵視されている上、国際政治上の影響力が急拡大しており、新型炉を開発して世界に普及させる主導役になりうる。 (Thorium Power The Future Of Energy?) トリウム炉の開発は中国だけでなく、インドやロシアも行っている。インドは1960年代から断続的に独自のトリウム炉開発計画を進めており、中国(溶融塩冷却)とは別のかたち(重水冷却)のトリウム炉の実験炉を2017年までに作る計画だ。 (India's thorium reactor) 中国、インド、ロシアなど、BRICSは新型原子炉の技術を共有しうる。オバマ政権は、プルトニウムや劣化ウランを燃料として消費できる新型炉を、自国中心の既存の米英覇権体制下でなく、国際社会の運営権を米英から剥奪し(移譲され)つつある中国などBRICSに開発させ、今後立ち現れると予測される多極型の覇権体制下で核兵器廃絶を進める構想に見える。トリウム炉は多極化と関係している。 (オバマの核軍縮) 中国は新型炉として、トリウム炉だけでなく進行波炉の開発も進めている。核兵器転用しにくく、現在のウラン炉から排出されたプルトニウムや劣化ウランといった、兵器転用以外に行き場がなかった使用済み核燃料を消費できる新型炉を、WH社などの手助けを受けつつ中国が実用化したら、その後の中国は、核廃絶やウラン炉を世界的に廃絶すべきだと主張し始めるだろう。 戦後の世界体制の根幹にあった、安保理常任理事国の5カ国(米英仏露中)だけが核兵器を持って良い「NPT体制」を廃止して、中国やBRICSが開発したトリウム炉や進行波炉を使おうと主張し、平和主義と反原発を装った新型炉の国際営業をかけるだろう。中国は、自国が核兵器を廃棄するから米英仏露も廃棄してくれと言い出すだろう。この「商人(中国人)」の営業努力が、米露がやれなかった核廃絶への道を開く可能性がある。オバマ政権のねらいはそこにあるように見える。 (中国が核廃絶する日) 中国は09年のCOP15から、地球温暖化対策の主導役にもなっている。「温暖化」の傾向には捏造が目立ち、地球が本当に温暖化しているとは考えにくいが、温暖化「問題」は「化石燃料の代わりに新型炉で発電しよう」と主張できるので、今後の中国にとって都合が良い。 (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘) 地球温暖化対策はCOP15まで、すでに二酸化炭素など温室効果ガスをたくさん排出して成長した後の先進諸国が、これから二酸化炭素を出す発展途上諸国から「炭素税」を徴収し、途上諸国の儲けをピンハネする構図だった。だがCOP15の前あたりから、中国などBRICSや途上諸国が団結して先進諸国から支援金を巻き上げるという逆の構図に転換し、今に至っている。中国は、温暖化問題を使って、米欧日に支援金を出させ、しかも新型炉の国際営業も展開できる。 (新興諸国に乗っ取られた地球温暖化問題) 中国はこれまでに15機のウラン炉(軽水炉)を建設稼働させるとともに、26機が建設中、51機が計画中、120機が構想中となっている。世界で建設・計画中の原発の4割が中国に集中している。すべてウラン炉だ。中国政府は今年に入り、昨年の日本の福島原発事故から1年間凍結していた原発の建設を再開すると発表した。だが、2015年までに建設を再開する原発は数カ所のみで、残りは新型炉が実用化できるか見極めつつ計画を再検討する。 (China to restart nuclear programme) 中国は、新型炉が実用化できるか、ウラン炉をこのまま増やすかの分岐点にいる。トリウム炉の開発も順調でなく、中国科学院は最近、実験炉の完成目標を2017年から20年に先延ばしすると発表した。 (Completion date slips for China's thorium molten salt reactor) 中国と並んで韓国も、ウラン炉の新規建設がさかんで、福島原発事故後1年ほど建設を止めたものの、今年になって建設を再開した。だが最近になって韓国では、原発の千種類以上の部品の安全性に関する重要文書の偽造が発覚し、不正部品の損傷で原発が止まるなど、原発の安全性の根幹を揺るがす大きなスキャンダルになっている。韓国も中国も、このままウラン炉を急増させず、いずれ新型炉に転換していくかもしれない。 (South Korea to investigate nuclear plants) 昨年末、江沢民の息子ら中国の専門家たちが、トリウム炉の権威である米国のオークリッジ研究所を訪問したが、同研究所がトリウム炉の技術を確立したのは1960年代のことだ。第二次大戦直後、原子力黎明期の米国では、トリウム炉がウラン炉と並んで有望視されていた。オークリッジ研究所は研究開発を進め、トリウム炉がウラン炉より安全で有望との結論を出した。 だが、米国と世界の原子力開発は、核兵器の開発と密接に結びついていた。兵器との関連で考えると、ウラン炉の方がトリウム炉よりずっと有望だった。ウラン炉の燃料であるウラン235は、トリウム炉で作られるウラン233より核兵器に適していたし、ウラン炉は兵器転用しやすいプルトニウムも精製する。 原子炉を発電に使う原子力産業は、米政府が「核の技術は、兵器を作るより、発電という平和利用が主目的なのだ」と弁明できるよう推進されたもので、発電技術としての安全性や効率より兵器への転用性が重視された。米国のトリウム炉開発は、実用化の前に棚上げされた。 ウラン炉による発電が経済的に必要になるほど、核兵器製造の技術と同一(濃縮度が違うだけ)であるウラン濃縮施設を保持する口実が得られ、ウラン炉を動かし続けるほど兵器転用しやすいプルトニウムが貯まる。日本も核武装すべきだと言っている石原慎太郎が原発廃止に賛成できない理由はそこにある。 米政府は、国内の原子力産業(軍産複合体)を儲けさすため、日本にも原発の推進を奨励し、米国製の高い原発を買わせたが、その一方で米国は、日本で使うウラン燃料をすべて米国で作る決まりを、日米原子力協定の中に設けていた。この決まりは1968年に廃止され、日本でウラン濃縮をして良いことになったが、その転換は、米国が在日米軍を撤退し、沖縄を返還する流れと同期していた。 米国はこの時期、中国やソ連との敵対をやめ、欧州や日本に対する支配を弱める方向に動き出し、日本が米国の安全保障の傘の下から出ることを容認した。だが日本政府は対米従属の国是を変えたがらず、自衛隊の準備ができていないという口実で在日米軍に駐留継続を頼んだ。 (日本の権力構造と在日米軍) 日本は、米国から核燃料の自立をうながされ、青森県六ヶ所村に自前のウラン濃縮施設を作ったものの、その後も濃縮ウランのほとんどを米国などから輸入し続けた。日本はプルトニウムを保有したが、それはプルトニウムを燃やす高速増殖炉を開発し、世界に先駆けて核燃料サイクルを完成させるという平和利用のためという構図を作り、核武装しない態度を貫いた。その理由は一般に「日本は広島長崎を経験したので核兵器が大嫌いだから」と説明されているが、国家的な本当の理由はそうでなく「日本が核武装したら、大事な対米従属の国是を貫けなくなる」ということである(だから石原慎太郎は「危険人物」だ)。 (◆「危険人物」石原慎太郎) 米政界では1970年代からイスラエル系の勢力が影響力を増した。彼らは、米国が中東に関与し続けねばならない状態を作るため、1979年のスリーマイル原発事故を機に、原発の危険性を米国内で喧伝し、その後30年間、米国で原発が新設されない状況を作った。米国は、石油輸入の観点から中東に関与し続けざるを得ず、イスラエルが米国の外交戦略を牛耳る状況が温存された。この反動で、米国の軍産複合体は国内の原発建設で儲けられなくなったが、その穴埋めのため、米政府は80年代以降、日本や韓国、台湾、中国、東南アジア、欧州、中南米などの諸国が米国製の原発(ウラン燃料の軽水炉)を買うよう仕向けた。 (日本も脱原発に向かう) 日本はいくら核の技術を蓄えても核武装したがらなかったが、韓国や台湾は70年代にこっそり核武装を試みた挙げ句、米国に見つかって阻止された。米国が強い間は、同盟国が原発技術を転用して核武装するのを米国や米主導のIAEAが見つけて阻止できるが、米国の覇権が弱まるとそうした抑止力が失われ、あちこちで秘密裏に核兵器を作る動きが出てきかねない。これを防ぐには、米国の覇権が崩れる前に、ウラン炉を世界的にやめることにせねばならない。同時に、日本が積極推進してきた、プルトニウムを燃やす高速増殖炉などウランの核燃料サイクルも、世界的に破棄する必要がある。 中国がトリウム炉の開発を開始したのは、福島原発事故の直前の2011年1月だった。中国側は当初から、トリウム炉の開発技術を持つ米国と連絡をとっていたと考えられるが、2カ月後の福島原発事故の時、米政府は大統領直属の原子力安全委員会が、事故を非常(過大)に重大なものととらえ「余震で必ずや福島原発の使用済み燃料プールが崩壊する」といった、ウラン炉の弱点である使用済み燃料の問題を前面に押し出した趣旨の報告書を出し、米政府はこの線に沿って日本側に圧力をかけた。原発事故と大震災からの復旧や安全対策は、民主党政権がつぶしかけていた日本の官僚機構を復権させる役目を果たしたので、官僚機構は喜んで米国のシナリオに乗っている。 (日本は原子力を捨てさせられた?) 日本でも、ウラン炉をやめてトリウム炉を推進しようとする動きはあるが、中国のように政府が本格的に取り組むものになっていない。トリウム炉はウラン炉より安全とされるが、それは確定的なものでなく、反原発運動が強い今の日本では、トリウム炉の推進は困難だ。しかも米オバマ政権は、日本に対して旧来のウラン炉を世界的に廃止する動きの先導役をやらせる半面、中国に対してトリウム炉など新型炉を推進する動きの先導役をやらせたがっているように見える。 米国のシナリオでは、日本がトリウム炉を推進する必要などなく、日本は反原発を叫んでウラン炉を廃止していくだけでよい。それが世界的な核廃絶につながる。このシナリオだと、日本の原発技術がすたれる半面、中国が新型炉の技術で世界を席巻し、日本は中国から新型炉の技術を買うか「援助」してもらう(今後、中国が発展して日本が貧困になった場合)ことになる。 欧州ではノルウェー政府が、これまでウランを燃料にしていた既存原発の燃料を試験的にトリウムに替えることを計画している。原発から出る危険物質のプルトニウムを消費するため、既存原発でウランとプルトニウムを混ぜたMOX燃料を使う試みが世界各地で行われているが、ノルウェーではウランに替えてトリウムをプルトニウムと混ぜた「トリウムMOX」を既存原発の燃料にしようとしている。 (Norway ringing in thorium nuclear New Year with Westinghouse at the party) これが成功して普及すると、核兵器開発につながるウラン濃縮が不必要になるとともに、危険物質プルトニウムの消費も進む。安全性については未確定だが、トリウム炉開発の国際政治的な本質は、安全性よりも核廃絶との関連にある。ノルウェーの計画には、米中トリウム協力に参加している米国のウェスティングハウス(WH)も絡んでいる。 欧州の核保有国のうち、フランスはまだウラン炉にこだわっているが、英国は核兵器を廃棄する方向に動いており、使用済み核燃料からプルトニウムを取り出す「核燃料サイクル」をすでに放棄している。英国では、プルトニウムや劣化ウラン、使わなくなった核兵器をどう処理していくか、議論が行われており、核兵器関連技術であるウラン濃縮を必要とせず、プルトニウムも消費できるノルウェーのトリウム実験に注目している。 (日本の脱原発の意味) 英国の核兵器反対運動は従来、反原発でもあったが、最近、反ウラン炉だがトリウム炉支持に転換する動きを見せている。トリウム炉を推進する世界的機構として昨年「ワインバーグ基金」が英国に作られた(ワインバーグ博士は60年代に米国オークリッジ研究所でトリウム炉開発を主導した学者。故人)。同基金の資金を出したのは英国の貴族ワージントン卿(女性)だ。彼女は最近まで反核・反原発運動の推進者だったが、ウラン炉をトリウム炉に替えることが核兵器廃絶につながると気づき、トリウム炉推進を支持し始めた。彼女は、中国が開発したトリウム炉を英国が買えばよいと言っている。 (The Thorium Lord) ワージントン卿の転換が起きたり、核兵器を廃絶する議論が進むあたり、英国は覇権の中枢にいて覇権の転換・多極化に敏感な国という感じがする。対照的に、戦後の日本では覇権の存在を全く無視する教育が行われてきたので、日本人はこのような転換にとても鈍感だ。日本政府は、技術的な不可能性が高まり、政治的にも時代遅れのプルトニウムの核燃料サイクルの計画を、いまだに放棄していない。 (Japanese utility elaborates on thorium plans) 日本では、中部電力がトリウム炉について調査しているが、原子力村がウラン炉の利権にしがみついていることもあり、反核がトリウム炉支持につながる動きが大きくならないだろう。日本がウラン炉の廃止に専念する半面、中国がトリウム炉など新型炉を開発し、覇権多極化の一環として中国の台頭と日本の衰退が確定した後、日本は中国からトリウム炉など新型炉を買うことになりそうだ。日本人の気質には、貧しくてエネルギー消費の少ない「清貧」が合っており、それが世界に誇る日本人の美徳になりうる。
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