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米金融危機再燃の可能性

2009年7月12日   田中 宇

 7月9日、米大手銀行シティグループのアナリストが、米最大手の保険会社AIGについて「今後CDS(債権破綻に対する保険)の損失が拡大し、70%の確率で、AIG株の価値はゼロになる」との予測を発表した。この発表は即座に米マスコミで報じられたが、AIGの広報担当者は不在で、何もコメントを発表しなかった。「根拠のない話。弊社は健全です」とAIGが発表するのが常識的な展開だが、そのようにはなっていない。AIG自身が、近く破綻することを認めているかのようで、不気味である。 (Strong Chance AIG Equity May Be Worthless, Citigroup Says

 AIG自身も7月1日に「今後、金融市場の悪化が続いた場合、保有しているCDSの損失が拡大する」と予測する発表を行っている。それ以来、AIGの株価は下落を続け、7月10日までの間に株価は24ドルから10ドルへと、半値以下となった。 (AIG Signals More Losses on Derivatives Portfolio

 金融危機の前、AIGは巨額のCDS契約を集めたが、CDSの保険対象となる債権が破綻した時に支払う保険金の準備金がほとんどないことが問題となり、昨年9月、リーマンブラザーズが倒産し、米金融界で債権破綻が急増した際、企業格付けを引き下げられて経営難に陥った。

 米連銀と財務省は、AIGに1800億ドル以上の資金援助を行ったが、その後もCDSに対する保険金の支払準備金をほとんど用意できないAIGの問題は解決しておらず、米金融界で危機が再燃して債権破綻が再び急増した場合、AIGはまた経営難に陥る。AIG株が紙くずになる確率が70%ということは、米国で金融危機が再燃する確率が70%以上ということだ。 (Regulate CDS as insurance: Rolfe Winkler

▼まかり通る巨大な不正

 米当局は、昨年9月にAIGに資金援助する際、AIGが貸した金を返済できない場合、政府はAIGの株式の80%を取得して国有化するという約束を取り付けている。今後、AIGが破綻した場合、国有化される可能性が高い。米政府は金融危機と大不況の中で、すでにGMやシティグループなどの株式を取得して事実上の国有化を進めており、今後、金融危機が再燃すると、米経済のすべての重荷を政府が背負う傾向がさらに高まる。そして、国有化しても事態は改善できそうもないので、すべてのツケは最終的に米国民と米国債保有者に押しつけられる。

 AIGの各部門の中でも、一般の保険を扱っている部門は比較的健全な状態にあり、経営破綻につながる大きな問題が起きているのはCDSを扱うデリバティブの部門だけだ。AIGの担当責任者は高リスクのCDSを巨額に抱えることの危険性を認知しておらず、複雑なCDSの仕組みが理解しきれないので、CDSに関する戦略の立案と運営を投資銀行のゴールドマンサックス(GS)に任せていたという指摘が、最近になって出てきている。 (Michael Lewis On AIG's Stupid, Stupid CDS Business

 ゴールドマンサックスは、AIGのCDS運営の危険を察知しており、AIGが経営難に陥る前の段階で、AIG株の先物売りなど、AIGの破綻によって儲ける方向に賭けていたことがわかっている。 (Fraud At AIG. Really?

 リーマンが倒産し、AIGも破綻しそうになって、ゴールドマンが保有していたリーマンの債券に関してAIGが引き受けていたCDSの保険金をAIGが支払えない状態になると、ゴールドマンは政治力を使って米当局からAIGに支援金を出させ、その金でAIGがゴールドマンにCDSの保険金支払いができるようにした(当時のポールソン財務長官はゴールドマンの出身)。巨大な不正である。 (米金融界が米国をつぶす

 この件については米議会にも怒りがあり、オバマ政権は米金融界に対する規制強化を計画している。連銀の権限を強化し、これまで連銀の管轄外だったAIGなど銀行以外の金融機関を監督できるようにする予定だ。 (Obama Blueprint Deepens Federal Role in Markets

 だが、現政権の金融政策は前政権を踏襲しており、金融財政関係の米中枢の構図は変化していない。米金融界が政府に公金を出させて金融界の損失を埋め、当局ぐるみの粉飾決算で見かけの儲けを出し、政府に救済されているのに社員に巨額のボーナスを出している状態は変わっていない(むしろブッシュ時代よりひどくなっている)。AIGも経営難なのに、潰れる前に身内に金をばらまいてしまえとばかりに、気前良くボーナスを出している。

 シティはAIGを潰れそうだと看破したが、シティ自身もかなり危うい。シティは昨年秋に破綻に瀕した後、政府救済を受け、米政府はシティの株の34%を保有している。シティは、この20年の金融自由化の中で業容を拡大したが、金融危機後、この巨体が逆に重荷となっている。米政府はシティを分割し、利益が出る部門は生かし、出ない部門は政府傘下で再生しようとした。しかし、この方法は政府の負担が大きくなりすぎるとわかり、当局はシティを巨体のまま延命させざるを得なくなった。 (Is Citigroup being given another lease on life?

 シティは今年前半は、決算直前の会計基準の変更など、当局による粉飾指導策が功を奏し、利益を出している。だが、不健全な益出しがいつまで続くかわからない。この先、シティの経営難が再び表面化しても、シティは巨体のままなので救済金が巨額になりすぎて、米当局にも救いきれない。米政府はどっちつかずの状態を続け、シティの首脳陣の中には、米当局のやり方に賛成できない者も出てきた。シティはこのところ頻繁に首脳人事を繰り返し、当局の言うことを聞かない人々を追い出している。 (Citi reshuffle to usher in more turmoil) (いつわりの米金融回復

▼繰り返される6−7月の不透明感

 金融危機が始まった一昨年以来、毎年6−7月は先行きが不透明な状態だが、後から考えると、その後の夏に起きる危機の激化が準備される時期になっている。

 一昨年(07年)の場合、金融危機の始まりが、8月のベアースターンズのサブプライム住宅ローンのファンドの破綻(元本の大幅割れ)として起きたが、その前の07年3月ぐらいから、米金融は不安定な状態になり、6月にはリスク・プレミアムの再上昇(人々が高リスク商品を敬遠する状態)が懸念されるようになった。 (世界経済の多極化とクラッシュ) (アメリカ経済の延命策の終わりとその後) (アメリカ金利上昇の悪夢

 これらの現象は、8月の金融危機の顕在化を予兆するものとして重要だった。しかしマスコミなど公式な世界では、この予兆は無視され、私の記事は無根拠な話として空想扱いされた。その結果、8月の危機顕在化は、マスコミでは「突然の危機発生」として報じられた。

 その後、昨年(08年)に入っても金融界の信用収縮はひどくなる一方で、3月には投資銀行のベアースターンズが破綻した。その後、5月にはリーマンブラザーズも危険な状態になったが、「飛ばし」(関係会社への損失の付け替え)の延命策によって、しばらくは生き延びていた。この間、マスコミが描く世界では、金融危機は去りつつあるというイメージだった。 (金融危機の再燃

 しかし金融界ではこの時期、英国の銀行協会長が「投資銀行のレバレッジ金融は、ビジネスモデルごと破綻した。銀行は地味な薄利の業界に戻る」と宣言している。米国発の金融危機は、米英の覇権体制の根幹に位置していた高収益の金融システムを、システムごと崩壊させる大きな事態に発展していくことが、しだいに明確になってきていた。だが、ここでもまた、マスコミや金融「専門家」の間では、金融危機は去りつつあるという論調が支配的だった。 (米英金融革命の終わり) (アメリカ型金融の破綻

 現実には、危機は去りつつあるどころかひどくなり、9月のリーマン倒産やAIG、メリルリンチなどの破綻が起き、金融危機は一気に悪化し、レバレッジによって底上げされていた世界経済の底が抜け、世界はひどい不況に陥った。米英の覇権そのものが傾き出し、11月には多極型の新たな覇権体制への移行の開始を思わせるG20サミットが、ロシアやEUの主導で開かれた。 (リーマンの破綻、米金融の崩壊

 その後、米英中心の金融システムの崩壊は不可逆的に進行するかと思いきや、今年3月ごろから、金融危機や不況は底を打ったとする見方が広がり、米国の金融機関も黒字に戻り、株価も上昇に転じた。しかし、事態を詳細に見ていくと、金融機関の黒字化は当局主導の粉飾決算の結果である。株価は上がっても、企業経営者は前代未聞の自社株売りを続けており、自社のことを一番知っている経営者自身が、自社の将来を悲観的に見ていることが感じ取れる。金融危機と不況の根幹にある米住宅市況の下落も続いている。 (国際金融危機の再燃が近い?

 不況の底打ち感は、米政府の景気対策の効果としては出ているかもしれないが、米国の失業率は空前の上昇となっている。オバマ大統領の経済顧問であるローレンス・サマーズも、米経済や雇用はもっと悪くなるだろうと、7月10日にFTが掲載したインタビューで認めている。 (The worst is not yet over, says Summers

 このように07年と08年、6−7月には金融危機は終わりつつあるという雰囲気が世の中に広がるが、それは幻影で、実際には底流として危機の潜在的な拡大があり、8−9月になると危機は再び表面化し、事態は一段と悪化するという流れが繰り返されている。昨年と一昨年に起きたから、今年も同様に、秋にかけて金融危機が必ず再燃するとは、もちろん言えない。しかし現状は、AIGやシティなどの米金融界に、金融危機が再燃する潜在的な要素が、すでに充満している。

 昨年までは、まだ米政府には財政的な余力があり、米連銀の運営状態(バランスシート)もまだ健全だった(ドルの過剰増刷もそれほどではなかった)。しかし今年は、すでに米政府の余力があまりない。6月の失業増を受け、米政界やマスコミからは、政府が追加の財政出動をして景気対策をやるべきだという声が出ているが、もう財政余力がないオバマ政権は、追加出動を拒否している。今後、金融危機が再燃すると、米当局は財務省も連銀も十分な対応ができない可能性がある。 (The Stimulus Trap

▼金融危機が再燃するとドル崩壊

 今後、これ以上の金融危機の再燃がなければ、米経済の復活には時間がかかるものの、来年あたりから、ゆるやかな回復を成し遂げ、経済覇権国としての米国の地位は何とか保たれ、基軸通貨としてのドルの地位も維持できる見通しが強くなる。

 しかし逆に、今年から来年にかけてのどこかの時点で、再び金融危機が再燃し、AIGやシティグループ、もしくはバンカメやモルガンスタンレーなど、生き残っている大手銀行のどこかが破綻した場合、米当局は事態を収拾することが困難になる。金融危機再燃による被害は、昨年のリーマン倒産時よりも大きなものになりうる。連銀はドルの過剰発行、米政府は財政赤字増が加速し、ドルと米国債に対する国際的な信用の失墜が起きる可能性が拡大する。冒頭に紹介した、AIG株の価値がゼロになるときには、ドルや米国債の価値も大幅に下がるかもしれない。

 すでに中国やロシアは、ドルを世界唯一の基軸通貨とみなし続けることは危険だと指摘し、多極的な別の基軸通貨体制に移行すべきだと昨年から言い続けている。イタリアで開かれたG8サミットでも、この話題が前面に出た。G8では、中国が提唱した基軸通貨の多極化にフランスが賛成を表明した。主要国の中で、通貨の多極化に反対して最後までドルの沈没につき合いそうなのは、もはや日本と英国ぐらいである。(米国自身、ドルの過剰発行によって通貨の多極化を推進している) (China demands currency reform, France backs debate

 またG8では、ロシアのメドベージェフ大統領が「未来の世界通貨」の貨幣を試作して持参して「造幣所も、超国家通貨を作る気になっている」と冗談を言いつつ記者団に試作貨幣を触らせ、お土産として参加各首脳に配った。(「1」と書かれた貨幣には単位がついていないが「多様性の中の統合」unity in diversity と英語でモットーが刻印され、世界の5大陸を意味すると思われる5枚の木の葉が描かれている) (Medvedev Unveils "World Currency" Coin At G8(写真あり)

 今回のG8では、英国が本題としたかった「地球温暖化」や「イラン核問題」が、いずれも問題自体が誇張や濡れ衣に基づくインチキな話であり、ほとんど何も進展しなかった。G8の英米中心主義は破綻している。代わりに幅を利かせたのは、中国勢によるドル覇権終焉の指摘や、メドベージェフの茶目っ気あふれる「新貨幣」の披露式など、BRICによる多極化のパフォーマンスだった。 (China attacks dollar's dominance

 日銀や欧州中央銀行など、先進諸国の中央銀行は、米連銀の言いつけに従う傾向があるので、今後ドルの崩壊が起きても、他の主要国によるドルの買い支えが起こり、短期的にはドル安円高・ユーロ高などになりにくい。だが長期的には、世界はドルの覇権体制を放棄して、別の新体制に移行せざるを得なくなる。

 ドル後の世界の新通貨体制がどんなものになるかは、まだ見えてこない。中露が提唱するIMFのSDR(特別引出権)を使った諸通貨バスケット制度が使いものになるのかも不明だ。使えるとしても準備期間が必要で、今年や来年にドルが崩壊するのでは間に合わない。代わりの国際通貨制度が準備できないままドルの信用不安が拡大すると、世界的な信用収縮が拡大し、世界的な不況が進行してしまう。レバレッジが効かず不便だが、金本位制に近いものが、一時避難的に採られるかもしれない。

 このような、ドル崩壊後の新事態を想定すべき状況は、昨年9月のリーマン倒産後にもあったが、今年は昨年よりもドル崩壊に対する現実感が増している。もはや、ドル崩壊や覇権の多極化を、従来のように空想扱いして一蹴している場合ではない。・・・と、私が力説しても、日本では英米中心主義のプロパガンダが非常に強いので、読者以外の世間一般では空想扱いされて終わり、日本は何の準備もないまま、ドル崩壊や世界の多極化を受け入れざるを得なくなりそうだ。

 日本経済が、ドルとともにいったん沈没するとしても、それによって戦後の日本人の精神の根幹にあり続けた対米従属の他力本願的な依存根性が抜けていき、日本が自律心を取り戻せるのなら、安い費用だとも思える。「米国の犬」から「中国の犬」に変わるだけなのかもしれないが。



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