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アメリカ型金融の破綻

2008年7月12日   田中 宇

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この記事は「米英金融革命の終わり」の続きです。

 現在の世界の金融システムは、信用格付けによって支えられている。信用格付けは、企業が発行する債券、CP(手形)などが約束どおり履行される確かさについて、ムーディーズやS&Pなどの格付け会社が、その企業の現在と過去の財務状態をデータとして、コンピューターモデルに入力して計算し、AAAからCやDまでの段階で表示したものだ。(関連記事

 格付けが高いほど、低い利回りで債券などを発行でき、企業は資金調達のコストを下げられる。格付け会社だけでなく、アメリカの大手の金融機関は、社内で独自の格付け計算式を使って、あらゆる取引相手や証券のリスクを計算している。

 世界の銀行に対する評価基準を決めている「バーゼル銀行監督委員会」(米欧日10カ国の中央銀行で作る国際会議。スイス・バーゼルの国際決済銀行に拠点を置く)は、昨年から世界の銀行で採用され出した「バーゼル2」と呼ばれる銀行の健全性(自己資本比率)をめぐる新基準で、格付けの概念を多く導入している。以前の基準では、高リスクの資産と低リスクの資産という分類が弱かったが、新基準では、高リスク資産が多いほど不健全とみなされる傾向が強まった。米の証券取引委員会(SEC)などでも、証券会社の経営状態を評価する際に、格付けを用いた計算モデルを使っている。

 地価の鑑定が不動産業界の基盤になっているように、債券やCP、金融派生商品で回っている現在の国際金融業界は、信用格付けの存在を基盤としている。格付けが多用されるようになったのは、1980年代後半にアメリカで金融革命が起こり、預金に依存した従来の銀行ビジネスではなく、あらゆる債権債務関係を証券化して流通させる証券化の技能を使ったレバレッジ型の金融ビジネスが主流になってからのことだ。

 人々から預金を集め、それを企業などに長期で融資して利益を出す従来型銀行ビジネスでは、総利益(ROE)は15%程度だが、証券化によるレバレッジ型の金融ビジネスでは、総利益は50−100%にもなる。従来型金融では、銀行は融資が満期になって返済されるまでリスクを負わねばならないが、レバレッジ型金融では融資債権を証券化して売却でき、リスクを抱えずにすむ。米英の金融界は、こぞってレバレッジ型金融の拡大を追い求めた。新型金融の拡大に消極的だった欧州大陸や日本などでも、この「アングロサクソン型」の金融を拡大するのが最先端であるかのような見方が流行した。(関連記事

 従来型金融はアメリカで10兆ドル、世界で30兆ドルほどの規模だが、アメリカのレバレッジ型金融(「影の銀行システム」とも呼ばれている)は、今や10兆5000億ドルの規模を持っていると試算されている。(関連記事

▼金融危機で無効になった信用格付け

 昨夏以来アメリカで起きている金融危機は、この新型金融モデルの自滅を引き起こしている。金融危機の発端は、インフレ悪化によるアメリカの金利上昇の結果、住宅ローンを返済できない米国民が増え(特に変動金利型のサブプライムローン)、ローン債券の破綻が急増したことだったが、破綻したローン債券の中には「銀行に預金するより安全」とされる最上格のAAAのものが多く含まれていた。

 米金融界の住宅ローン債券は、無数の住宅ローンの債権を束ね、いくつかのトレンチ(「松竹梅」的な階層)に分けて債券として売り、「梅」の債券はローンのうちの5%以上が返済不能になったら元本割れする(リスク大。利回り高)が、「松」の債券は返済不能25%までは元本割れしない(リスク小、利回り低)という取り分で分類され、松はAAA格、梅はB格として売られる、という感じだった。

 金融危機が起きても、理論的には、当初に梅の債券だけが損を出し、松の債券は問題ないはずだったが、実際には、昨夏の金融危機の発生直後から、住宅ローン債券は格付けに関係なく担保として受け取らない、買い取らない、という投資家や金融機関が急増し、たとえAAA格であっても売却できなくなった。金融界は「住宅ローン債券」と聞いただけで敬遠するパニックに陥り、格付けは事実上、無効になった。

 最優良な債務者のローンだけを集めて「松」のローン債券が作られるのではなく(それだと管理コストが高くなる)、ローンの束の全体に対する権利の優先度に応じて松竹梅を設定していたので、債権者(ローン債券の所有者)と債務者の関係が個別に明確化できず、債権者は自らの債権の中の焦げ付いていない額を確定することすらできず、担保権を行使できなかった。(関連記事

 金融危機が2−3カ月で去っていたら、住宅ローン債券に対する忌避も短期間に終わったかもしれないが、アメリカの住宅価格はその後、現在までじりじりと下がり続け、金融危機は昨年7月と11月、今年3月と6月の合計4波にわたって繰り返されている。住宅ローン債券に対する忌避は続き、AAA格なのに破綻するローン債券が相次ぎ、信用格付けそのものに対する信用が失われた。

 住宅ローン金融への忌避と、ローン破綻の増加は、ファニーメイとフレディマックという、アメリカの公的な2大住宅ローン会社をも経営難に陥らせ、2社の株価が急落している。連銀の元理事ら専門家は、2社はすでに破綻状態にあると指摘している。(関連記事

 2社は政府系企業なので、破綻したら米政府に救済義務がある。2社を救済するため、米政府が国有化すべきだという意見が出ている。ブッシュ政権は今のところ、国有化を否定しているが、今後さらに状況が悪化すると、米政府は何らかの対応をせざるを得ない。状況は日に日に悪化している。2社は、合計で5兆ドルの債権債務を持っている。米政府の債務は9兆5000億ドルで、2社の債務はその半分以上に匹敵する巨額さだ。(関連記事

 2社を国有化した場合、米政府の財政状況は一気に悪化し、米国債の格付けは現在のAAAから格下げされてしまうだろうと、ウォールストリート・ジャーナルは書いている。米国債は、すべての債券の頂点に立つ「神様」で、格下げは今のところ「あり得ない話」である。今年1月、格付け会社のムーディーズが「米政府が財政を改善できない場合、米国債は10年以内に格下げされる」と警告し、その時には「まさか」という感じだったが「10年以内」は以外と早く訪れるかもれしない。(関連記事その1その2

▼金あまり好循環の終わり

 昨夏の金融危機より前、レバレッジ型金融は、あらゆる債権債務を証券化することによって、世の中の金回りを格段に良くして、世界を「金あまり状態」にした。金あまりで資金調達コストが下がったので、企業は倒産しにくくなり、倒産や破綻のリスクが減り、債券の金利が下がった。この「リスクプレミアムの低下」を背景に、格付け会社は最優良AAAの太鼓判をどんどん押せるようになり、AAA格が増えた分、企業の資金調達が拡大し、さらに世界の金あまりに拍車がかかるという、金融界にとって好循環が続いていた。

 昨夏の金融危機は、この好循環を根底からくつがえした。投資家たちは「金融危機になったら格付けは無効になる」という、見てはならないものを見てしまった。また後述するように、債券の破綻に対する債務保証(CDS)も「破綻が増えると保証不能になる」というネズミ講状態が暴露された。

 格付けの信頼性は吹き飛び、投資家はリスク評価ができなくなり、リスクプレミアムは高騰した。短期で金融市場から資金調達して長期で運用していた投資銀行やヘッジファンドは、資金調達コストが急上昇し、赤字転落や大幅減益に見舞われた。レバレッジ型金融は、一気に儲からなくなった。前回の記事で紹介した、6月上旬のイギリス銀行協会会長の「レバレッジの急拡大で儲ける経営モデルが破綻し、伝統的な経営モデルに戻らざるを得なくなった」という宣言は、このような背景で発せられた。(関連記事

 レバレッジ型金融はこれまで、金融当局の監督外の領域で発達してきた。1980年代の金融自由化(金融革命)以来、アメリカでは「当局の規制は少ない方が良い。状況を一番良く知っているのは当事者だから、業界の自主規制が一番だ」と考える風潮が席巻し、レバレッジ型金融は、その最先端を行っていた。

 実際には、金融業界は、儲かったときのことしか考えておらず、損したときの状況を考えて準備していなかった。そのため、昨夏以来の金融危機で、信用格付け制度の限界や、CDSのネズミ講的な準備金不足など、レバレッジ型金融が持つ大きな欠陥がいくつも露呈した。欠陥は構造的であり、時間がたっても修正されず、金融危機が長引いている。英銀行協会長も「循環的な危機ではなく、ビジネスモデル自体の破綻だ」と言っている。

▼CDSのネズミ講

 米金融危機は、今年初めには、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)と呼ばれる債券に対する破綻保険(債務保証)の分野に飛び火した。CDSは世界で発行される資産担保債券の約2割にかけられており、総残高(対象債券の総額)は60兆ドルもある。発行者は、アメリカの銀行と、CDS専業のモノライン保険会社であるが、金融危機で債券の破綻が増える中、CDS発行者の保険金支払いが増加した。(関連記事

 特に、規模が小さいモノライン保険会社の経営が悪化し、6月には格付けをAAAから引き下げられ、資金調達が難しくなった。モノライン保険会社が破綻すると、彼らが発行したCDSは効力が失われ、CDSの保険がかけてあるということで高い格付けをもらっていた債券が軒並み格下げとなる。CDSの対象債券60兆ドルに対し、米投資銀行の総資本額は4兆ドル程度で、対象債券の数%が破綻するだけで、投資銀行のすべての資本金が吹き飛ぶ。債券の破綻が増える中、大手投資銀行が発行するCDSも万全ではないと疑われ、CDSの保険そのものへの信頼が失墜する。(関連記事

 CDSの40%は、ジャンク債(S&Pの格付けでBB以下の債券)に対してかけられている。もともとジャンク債は高リスク・高利回りなのだが、保険としてCDSをかけることにより、比較的安い保険料コストで、リスクを下げることができた。デリバティブ型金融システムの中で、CDSの存在は、リスク・プレミアムの低下に貢献し、多くの投資家がリスクを意識せずにジャンク債を買う状態を生み出した。昨夏以来の金融危機は、この仕掛けを構造的に破壊している。

 米金融界では、昨夏の金融危機以降もCDSの取引が増えている。CDSに対するリスクは上がっているが、その一方で金融機関は損失を穴埋めするだけの儲けを出さねばならず、リスクは高いが儲かるCDSの取引から撤退することができない。儲けるためにリスクをとって取引し、リスクが高まって損失が増えるのでもっと儲けねばならず、さらなるリスクを取りに行くという、危険な賭けを拡大させている。(関連記事

▼格付け活用をやめる金融当局

 金融危機の始まりから、そろそろ1年が過ぎるが、危機は去っていない。不況やインフレと相まって、危機は今後もっとひどくなりそうだ。そのため金融当局は、レバレッジ型金融の基盤だった信用格付けを信用することをやめる傾向を強めている。

 たとえば、スイス・バーゼルにある国際決済銀行(BIS)やバーセル委員会の地元であるスイス政府の銀行当局は、信用格付けを多用した「バーゼル2」の会計基準を不完全なものと考え、すでに適用をやめていた以前の「バーゼル1」(保有資産の格付けに関係なく、一定の自己資本保有を義務づける)を復活させ、1と2の両方を自国の銀行に守らせることを決めた。(関連記事

 スイスは米英と並ぶ金融立国で、UBSやクレディ・スイスは、レバレッジ型金融に力を入れていた。これらのスイス大手銀行は、AAA格の資産を多く持つことを心がけ、バーゼル2の基準では十分に健全な経営状態のはずだった。しかし昨夏以来の米金融危機のあおりで、AAA格の債券が次々に破綻し、UBSなどは巨額の損失償却を余儀なくされた。(関連記事

 スイス当局は、BISのお膝元であるにもかかわらず、BISが最新版として世界の銀行に採用させた「バーゼル2」の会計基準を、不十分だと判断したことになる。レバレッジ型金融に走りすぎたUBSなどは、今後の存続が懸念され、どこかに買収してもらうしか生き残りの道はないかもしれないとも言われている。(関連記事

 アメリカでも、投資銀行や証券会社を監督する証券取引委員会(SEC)は7月1日、これまで業界を管理する規則のあちこちで信用格付けが、業界企業の健全性を判断する基準として使われていたのをやめて、信用格付けを使った規則のすべてを改定した。(関連記事

▼投資銀行は消える?

 レバレッジ型金融は、1980年代にアメリカの投資銀行が開発した手法である(それ以前の米投資銀行の主業務は、企業の資金調達相談など経営顧問役や、株式上場の幹事役だった)。レバレッジ型金融の開始後、投資銀行の資産は100倍に急拡大した。レバレッジ型金融の破綻によって、投資銀行は大急ぎの資産圧縮を迫られている。(関連記事

 アメリカでは、1929年の金融恐慌以来、国民の預金を保有するので連銀(FRB)の比較的厳しい監督下に置かれる商業銀行と、預金を持たないので証券取引委員会(SEC)による比較的ゆるい監督のみを受ける投資銀行(証券会社)との2業容に分けられている。昨夏の金融危機は、投資銀行がレバレッジ型の金融を野放図に急拡大させすぎたことが原因なので、米政府内では、金融危機の再発を防ぐため、投資銀行も連銀の厳しい監督下に置く政策転換が試みられ始めている。

 連銀は、今年3月に投資銀行のベアースターンズが破綻しかけたとき、ベアーなど投資銀行各社に対し、初めて救済措置(ジャンク債と国債との交換取引)を行い「連銀は商業銀行・SECは投資銀行」という垣根を80年ぶりに乗り越えた。この救済措置は最近、来年まで延長されることが決まったが、同時に、今後は投資銀行の監督をSECではなく連銀が行っていくことを、連銀とSECとの間で決定し、覚書が取り交わされている。(関連記事

 米の投資銀行は今後、連銀によって、商業銀行並みの厳しい監督を受け、監督がゆるかったがゆえに可能だった大儲けができなくなる。たとえば投資銀行は、帳簿外(連結外)にSIVと呼ばれる金融組織を作り、銀行自身の信用力だけを使って安く資金調達し、サブプライム住宅ローンなど高リスクの投資をして大儲けしていた。SIVを帳簿外に作ったのは、帳簿上の資産を小さく見せ、見かけの健全性を高めるためだったが、サブプライムの破綻で、投資銀行は連鎖破綻を避けるため、SIVの債権債務を帳簿上に載せざるを得なくなり、一気に不健全さを露呈した。このような手法は、今後の監督強化で難しくなる。

 投資銀行は、これまでの大儲けができなくなっている。これまで巨額の報酬をもらっていた社員の給料は、すでに急減が始まっている。インサイダー取引に走る社員が増え、これまでヘッドハンターからの電話をとらなかった幹部社員が、喜んでハンターと昼食に行くようになっている。ニューヨークとロンドンの高級マンションの価格は下がっている。(関連記事

 最終的には、投資銀行のいくつか(大半?)は、買収されたり潰れたりしてなくなっていくだろう。商業銀行と同じ規制を受けると投資銀行の利点は減るため、資本が大きな商業銀行に吸収されて一部門になった方が良いとの見方もある。米のポールソン財務長官は最近の講演で「これまで規制がなく、経営破綻した場合の倒産方法すら確定していなかった投資銀行の破綻方法を確立する必要がある。投資銀行が破綻しても、金融市場に悪影響が出ないようにする仕組み作りが必要だ」と述べている。(関連記事その1その2

▼世界恐慌の後、国際政治の拡大均衡

 信用格付けの信頼が失墜し、ジャンク債のリスクを下げていたはずのCDSがねずみ講とみなされ、レバレッジ型金融の終焉が宣言された。大儲けしていたアメリカの投資銀行は、消えていく可能性が増している。

 異様に巨額の給料をもらい、豪邸に住んでいた欧米銀行の幹部社員が失業するのは、市民感覚で見ると「ざまあみろ」だろう。しかし、喜ぶのは早い。レバレッジ型金融の消失は、世界のあらゆる企業の全体にとって、安い資金調達の手法が失われ、資金調達コストが上がり、減収減益の要因である。世の中の金回りが悪くなり、失業増や消費市場の不振になる。今後、3−5年ぐらいは、世界的な不況感が続くだろう。

 しかし同時に、国際金融界で激変があるときは、世界的な政治体制の変動も起きる。政治変動の前兆として金融変動が起こる。1929年の金融恐慌は、1945年のアメリカ覇権の始まりへの地平を開いたし(日本は敗戦で破綻したが)、1980年代の米英金融革命の始まりは、1989年の冷戦終結の準備だった。

 2007年からの米英金融危機は、おそらく国際政治の多極的な新しい大均衡状態を作る。世界の政治体制は、従来の欧米中心の「小均衡」から、BRICなど非欧米諸国を加えた「大均衡」に発展する。今回の金融危機は、日本が対米従属という戦後の拘束から解放される転機にもなる。金融破綻や世界不況やインフレが何年か続いても、それは「終わりへの道」ではなく「構造転換」であり、新たなことを始める好機と考えることができる。



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