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イスラエルの虐殺戦略

2024年1月11日   田中 宇

イスラエルが、ガザ戦争の第3段階に入ろうとしている。第1段階は、ガザ北部(市街地)を激しく空爆して市街を壊滅させ、市民を無差別にどんどん虐殺して恐怖のどん底に陥れ、市民の8割以上(190万人)を北部から南部に避難させた。
イスラエルは、ハマスのトンネル網を水没させる口実でガザ市街地の地中に大量の海水を注入して地盤を軟弱にし、市街地の再建を困難にした。その一方でハマスは、戦略的に重要なトンネル網を潰されたのに大して弱体化せず勢力を保っている。
Israel’s Gaza withdrawal, a prelude to full-out war

イスラエルは40年前からハマスを敵として育ててきた。イスラエルの目的は表向き、ハマスを完全に潰すことだが、実は違う。ガザを住めない場所にして、市民(パレスチナ人)をエジプトなど外部に追い出す民族浄化をやり、ガザを空き地にしてパレスチナ問題を終わりにするのがイスラエルの真の目的だ。
パレスチナ問題はもともと、建国後のイスラエルが大国化して英欧の言うことを聞かなくなることを懸念した英国による建国妨害・矮小化策だった。英国から覇権を譲渡された後に入り込まれて英傀儡にさせられた米国も、ずっとパレスチナ問題を重視しているので、イスラエルはガザ戦争の真の目的を公言・正式化していない。
ヘルツォグ大統領は、ガザ市民の追い出しがイスラエルの目的ではないと強く否定する演技をして見せている。だがその横で極右の閣僚たちは、追い出しが目的だと公言している。ガザ戦争は、シオニズムを道半ばで止められているイスラエルから英米への80年後の仕返しである。
Israel’s president says expelling Palestinians not the plan

ガザ市街を消滅させる第1段階は完了した。第2段階は、北部から南部に逃げて避難民生活を始めたガザ市民をさらに空爆して虐殺した。ガザにいる限りイスラエルに殺されるから、何とかして外部(エジプト)に逃げるしかないと市民に思わせる策だ。
イスラエルは当初、ガザ南部を攻撃しないと言っていたので、ガザ市民の大半が、北部の市街地から南部のエジプト国境近くに避難した。だがその後、イスラエルは戦争の第2段階として南部を攻撃し始めた。
ガザ市民は、ガザ内部に逃げ場がなくなってしまった。南部には、ガザからエジプトに抜けるラファ国境検問所があるが、エジプト政府はガザ市民の入境を許可していない。エジプトは、ガザに支援物資を入れること(ガザに市民を閉じ込めたまま生かす策)に積極的だが、ガザ市民のエジプトへの入国は、第三国への移動が決まっている場合などを除き、以前から「パレスチナの大義が失われる」という理由で拒否してきた。
ずっと続くガザ戦争

イスラエルは以前からガザ市民を抑圧し続けてきたから、エジプトが入国を許可したら、ガザ市民の多くがエジプトに移動(移住)したい(表向きは全員が「パレスチナ国家の実現が最重要だ」と言いつつも)。ガザとエジプトは言葉(アラビア語エジプト方言)がほぼ同じなので、ガザ市民はエジプトで不自由なく住める。
だが、エジプト移住を許したら、ガザ市民(パレスチナ人)はエジプト人になってしまい、パレスチナ建国の意欲が低下して大義がしぼむ。まともな生活をするために移住したがるパレスチナ人たちをガザに閉じ込めてイスラエルと戦わせ、(永遠に実現しない)パレスチナの建国まで頑張りを強制するのが、エジプトやヨルダンからサウジ、イランまでのイスラム諸国が掲げる「パレスチナの大義」だった。
ガザ戦争の長期化

パレスチナ人の多くがエジプトやヨルダンに移住したら、彼らと一緒にハマスもエジプトとヨルダンで強くなり、エジプト軍政とヨルダンン王政という米傀儡の政権が倒れて反米・親イランなハマスの政権になる。それは困るので、エジプトとヨルダン(や米欧)のエスタブたちは、パレスチナの大義を叫び続けている(ハマス自身も大義を叫んでいるが)。
これに対してイスラエルの右派は昔から「パレスチナ人なんて、もともといないんだよ。いるのはアラブ人だけ(言葉も宗教も同じだから民族的に同じ)。パレスチナ国家なんて要らない。ヨルダンとエジプトに移ればいい」と言い続け、西岸のパレスチナ建国用地を侵食して入植地を広げてきた。
パレスチナの大義はもともと英国製のイスラエル抑止目的のイデオロギー(共同幻想)だから、ユダヤ右派の言い分も一理ある。ヨルダン人のほとんどは西岸からイスラエルに追い出された元パレスチナ人だ。
中東問題「最終解決」の深奥

イスラエルは今回の虐殺攻撃で、シオニズム(建国運動)を完遂するためにガザ市民をエジプトに強制移住させるか、移住しないなら皆殺しにして(ガザの次は西岸でも虐殺・移住強制して)パレスチナ問題を抹消するつもりだと、ガザ市民に強く思わせた。これが第2段階だ。
生きるためには、何とかしてエジプトに移らねばならない。だが、エジプトへの入国は拒否されている。この絶望的な状態で、100万人以上のガザ市民が、ラファ国境の近くで避難生活を続けている。悪いのはイスラエルである。しかしイスラエルは、善悪を無視してガザ市民を虐殺している。パレスチナの大義が、そんなに大事なものなのか?。永久に実現できない大義のために百万人以上がイスラエルに殺されかけているのに、ラファ国境を開けないのが「良いこと」なのか??。
そのような問いは、今のところマスコミ権威筋の言論の中に出てこない。ガザ市民の死者数も、おそらく過小に発表されている。米欧など世界的に、親イスラエルの勢力もけっこういて、彼らは「イスラエルが悪い」とすら言いたがらない。いまだに「悪いのはハマスだ」と言っている。ガザをめぐる認識は、少しずつしか変わっていかない。
Nikki Haley Tries To Tie Putin To Israel Attackers, Says Gazans Should Be Resettled In 'Pro-Hamas Countries'

それでも、米民主党などのリベラル派がバイデン政権に要求した結果、米政府はイスラエルに対し、ガザをあまり攻撃するなと加圧する動きを強めている。それに呼応する形で、イスラエルは最近、ガザ戦争の第3段階として、市民への攻撃・虐殺を弱めながらずっと続け、ガザ南部にいる避難民たちが、エジプトに移動しないと殺されるという強い恐怖を持ち続けるように仕向ける心理戦を開始した。
いったん強い恐怖心を植え付けられ、最悪の住環境で避難生活を強要されている百万人以上のガザ市民は、イスラエルからの攻撃が低強度になっても、エジプトに移動するしか生きる道がないと思い続ける。今は無視している米欧のマスコミ権威筋が、ラファ国境を開けてガザ市民をエジプトに入れるしかないかもと言い出すようになる。これがイスラエルの目標だ。
「ガザの壁」の崩壊

イスラエルは小さな国だから、長期の全面戦争は危険だ。北方では、レバノンのヒズボラとの戦闘も激化していき、戦争は2正面になる。だが、低強度戦争ならイスラエル軍の疲弊が減り、ずっと続けられる。戦争が長引くほど、ガザ市民の悲惨さがひどくなり、ラファを開けるべきだという話になる。
イスラエルや米国では「戦後のガザをどう統治するか」が語られ、その話で米国とイスラエルが対立しているとも報じられているが、実のところガザ戦争に「戦後」はない。イスラエル上層部は、ガザの民族浄化を完遂せずに終わるつもりはない。停戦しても一時休止にすぎない。
Officials Warn Biden Is Leading the US Into a Major Middle East War

第1段階から、イスラエルは大っぴらに人道犯罪の市民虐殺を続けている。空爆だけでなく地上軍をガザ市街に侵攻させ、避難せず市街に残っていた市民を無差別に殺し続けてきた。イスラエルの政府と軍は、意図的に、虐殺の人道犯罪を展開している。それは事実だ。イスラエルを人道犯罪で国連の国際司法裁判所(ICJ)に提訴した南アフリカの訴状に、それが詳述してある。
APPLICATION INSTITUTING PROCEEDINGS

虐殺、強制移住、民族浄化といった人道犯罪は永久の重罪だ。第二次大戦で負けて人道犯罪国になった(仕立てられた)日本やドイツは、永久に「反省・土下座・劣等国化」させられている。
(南京大虐殺は、戦時の米英側の誇張報道をそのまま事実・正史にして日本を人道有罪にしたものだ。ホロコーストは、強制収容策ではあるが、ガス室で虐殺はでっち上げの可能性が大)
イスラエルとの闘いの熾烈化

イスラエルは、ドイツを人道犯罪国に仕立てることに加担して自国を有利にしてきた勝ち組だ。人道犯罪をめぐる政治闘争で敗者になることが、いかに大きな不利であるか、イスラエルは熟知している。
それなのにイスラエルは今回、意図的に大っぴらに人道犯罪の虐殺と強制移住と民族浄化をやり続けている。一見とても不可解だ。イスラエルは今後、ICJの法定で敗訴して人道犯罪国に成り下がる可能性が大きい。イスラエル上層部は、それでかまわないと考えているふしがある。なぜか??
The Case for Genocide in Gaza

理由を考えた時に出てくる一つの構図は、米英覇権体制が組まれた第二次大戦以来、人道犯罪や「虐殺」という政治用語は、米英覇権が敵視した国にだけ適用される傾向だったことだ。日独戦犯を皮切りに、人道犯罪は米英覇権運営の道具であり続けた。
共産主義の当局が人々を殺すとすぐ虐殺のレッテルが貼られるが、米軍がベトナムやイラクやアフガニスタンで無差別に市民を虐殺しても罪に問われない。
ウクライナの激戦地でウクライナ当局が遺体を加工して米国側マスコミに撮らせ「ロシア軍が虐殺した」とウソを喧伝すると、米英G7はすぐロシアに人道犯罪のレッテルを貼った。ウクライナの軍や民兵団が国内のロシア系住民を虐殺してきたことは不問に付された。
コソボで米傀儡のアルバニア系軍勢によるセルビア系住民虐殺は無視されるが、米欧に敵視されたセルビア系が報復してアルバニア系を殺すと虐殺の人道犯罪と非難される。などなど。
人権外交の終わり

イスラエルは、米国の政府や議会を傀儡化しており、最強の国際政治力を持つ。米英覇権を乗っ取っているイスラエルが人道犯罪をおかしても、米国のエスタブやマスコミ権威筋は無視する傾向だ。米政府は「イスラエルは虐殺してない」と言い続けている。だからイスラエルは思いきり人道犯罪の虐殺をやってガザ市民を恐怖のどん底に陥れ、百万人がエジプトに移住させろと叫び続ける事態を作ったとか??。
だが、この仮説は現実と合わない。イスラエルをめぐる話には2つの位相がある。一つはイスラエルが米国を傀儡にしていること。2つめはパレスチナ問題(2国式の目標)がイスラエル抑止策として存在していることだ。
イスラエルが抑止を乗り越えようとして、パレスチナ問題を潰すためにパレスチナ人を殺害・脅迫して強制移住させようとすると、米欧のエスタブや右派は無視したがるが、リベラル左派はパレスチナ問題に固執してイスラエルへの批判を強める。
「ジャーナリズム」の多くも、イスラエルによるパレスチナ迫害を監視するための機能で、潜在的・顕在的に反イスラエル・(うっかり)英傀儡である。
民主や人権の模範でなくなる米国の失墜

2つの逆方向の位相があるので、イスラエルはこれまで両方向のバランスをとり、パレスチナ人を強制移住させるために脅迫、虐待、個別の殺人はやっても、大量虐殺はなるべくやらないようにしてきた。露骨な虐殺、民族浄化策をやりたがる入植者・極右を、対米外交重視の上層部が抑える構図があった。
ガザ市民などパレスチナ人も、イスラエルは自分たちを虐待するが大量虐殺はしないと考えてきた。だが今回は違う。イスラエルは思い切りガザ市民を虐殺し、市街地を徹底破壊して帰宅不能にする民族浄化の人道犯罪を好き放題にやっている。イスラエルは今後、ガザの民族浄化・追い出しが進んだら、次は西岸の民族浄化策を強める。
ガザ訪問記

イスラエル上層部のヘルツォグ大統領が「ガザ攻撃の目的は民族浄化でない」と力説しても茶番にしか見えない。「これは民族浄化だよ、人道犯罪なんてクソ喰らえ」と公言する極右の閣僚の方が強い。なぜこんな転換が起きたのか??
ガザでは、ジャーナリストも容赦なく殺されている。ジャーナリズムは英傀儡のイスラエル抑止機能であり、イスラエルは以前のような米覇権(米英)への配慮をやめるとともに、ジャーナリストへの配慮も捨て、ガザで好き放題に殺し始めた。
Is Israel ready to start a second war?

パレスチナ抹消の民族浄化を続けるイスラエルは、ICJで有罪になる。ジャーナリズムもイスラエル敵視を強める。米民主党内では、イスラエルを放任するバイデン政権への批判がすでに強まっている。米欧やイスラム諸国で、イスラエルを経済制裁すべきだという声が強まる。米欧日の左翼リベラルはすでに、イスラエルと付き合う企業へのボイコット運動を始めている。
だがイスラエルは、米欧日の企業と取引できなくなったら、中露印度など非米側の企業と取引すれば良いだけだ。イスラエルとの経済的な縁を切る制裁をやることで困窮するのは米欧日の企業や経済の方だ。
こういう機会がなければ、これから米欧が覇権崩壊・経済衰退しても、もともと親米欧なイスラエルは、付き合う相手を米欧側から非米側の企業に変えられなかった。だが米欧から経済制裁されるほど、イスラエルはタイミング良く付き合う相手を替え、経済を非米化していける。むしろ好都合だ。
中露が役割分担で中東安定化

安保面でも、米欧の外交力が落ち、中露など非米側の影響力や仲裁力が増していく。イスラエルはこれから、ガザと西岸のパレスチナ人の大半を強制移住(ナクバ)させ、パレスチナ人をアラブ人に戻す民族浄化にメドをつけてシオニズムを完遂した後、イスラム諸国と嫌悪し合う対立(冷たい和平)の時期を10-20年ぐらい経た後、人々の記憶が薄れるのを待ってイスラム世界と和解していくつもりでないか。
その時に(その前から)仲裁役をしてくれるのはロシアや中国(続投していたらプーチンや習近平)だ。印度とパキスタンが和解していたら、印パも模範や仲裁役になる。米欧が仲裁役でないのは確かだ。米欧はたぶん仲裁役をやれないぐらい衰退と信用低下(米国は孤立主義化)している。
だから、イスラエルはもう米欧を重視する必要がない。米英覇権の衰退とともに、覇権運営の道具だった人道犯罪の構図も重要でなくなる。
複合大戦で露中非米側が米国側に勝つ

世界の主導役になる中露BRICSなど非米側は、敵に人道犯罪のレッテルを貼って潰す策をとらない。非米側はこれまで、米英による人道犯罪レッテル貼り策の被害者だった。
BRICSの中で、イスラエル制裁を強硬に言っているのは南アフリカとイランぐらいだ。南アは、米英の人道犯罪策の構図を利用して黒人が白人政権を転覆し、現政体になった。イランは昔からイスラエルの仇敵だが、中東から米覇権がなくなったらイランはイスラエルと和解する用意がある。ペルシャ人はユダヤ人と同様に賢く、アラブ人を馬鹿にする傾向まで同じだ。
イラン訪問記
隠然と現れた新ペルシャ帝国

イスラエルを合法的に軍事攻撃できるのは国連安保理だけだが、常任理事国は英米も中露もイスラエルを敵視したがらない。イスラエルは、ICJで人道犯罪の有罪判決を受けても、実質的に困ることがない。
ガザ戦争の強烈な人道犯罪は、イスラエルでなく、米英覇権の一部だった人道犯罪の断罪システムを崩壊させていく。イスラエルが人道犯罪をおかしたのに、米国はイスラエル傀儡だからそれを指摘できない。これは米国の覇権低下に拍車をかける。
ハマスを勝たせたアメリカの「故意の失策」

このような新事態から逆に考察すると、イスラエルはすでに米覇権を見捨てていることになる。イスラエルはガザで大っぴらに虐殺と民族浄化をやることで、自国への拘束・くびきだったパレスチナ問題を抹消するだけでなく、米覇権の衰退に拍車をかけ、世界の多極化を推進している。
ガザ戦争を機に、イラクやシリアなど中東各地で、イラン系の民兵団などが駐留米軍を撤退に追い込む攻撃を強めている。イスラエルがガザで民族浄化を完遂するころには、中東の米軍はかなり縮小している。
Iraq wants to kick out US troops
イスラム共和国の表と裏

ガザ開戦後、イエメンの親イラン民兵団フーシ派が、紅海を航行する米欧系の貨物船やタンカーを攻撃している。非米側の商船は攻撃されていない。米欧系の船だけが攻撃されて喜望峰回りなど迂回路をとらざるを得ず、欧米の貿易コストを引き上げ、欧米だけインフレや経済難が激化していく。
ガザ戦争は、多方面で米英覇権の崩壊を加速している。イスラエルが意図してこれを引き起こしたのなら、それはイスラエル自身がこれから非米側に転換するに際しての「持参金」なのかもしれない。もしくは「ライバル企業への転職が決まった幹部社員が、転職先への貢献策として、今までいた企業の収益構造を隠然と破壊してから転職する」みたいな話か。
The Houthi Butterfly Flaps Its Wings
対米離反と対露接近を加速するイスラエル

人道犯罪に関しては、ロシア軍がブチャやクラマトルスクで、ウクライナ当局による虐殺でっち上げの被害にあっている。だがロシア政府はその後、根強く反論してでっち上げを潰すことをやっておらず、通りいっぺんの反論をしているだけだ。でっち上げられたのに放置している。
なぜだろう、と私はいぶかっていたが、今回「もしかすると」と思う構図を見つけた。もしかするとプーチンは、イスラエルがいずれガザ戦争を起こし、米英覇権の道具である人道犯罪の断罪システム自体を破壊することを事前に知っていたので、濡れ衣晴らしをせずに放置してきたのかもしれない。
濡れ衣をかけられ続けるロシア



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