|
ずっと続くガザ戦争
2023年11月25日
田中 宇
ガザの戦争は、ハマスが数十人の人質を釈放する見返りに、イスラエルが11月24日から4日間の停戦に入った。11月29日に停戦期間が終わった後、戦争が再開されるのか、それとも停戦状態が維持されて何らかの和平につながっていくのか。
パレスチナを支持する人々は、イスラエルが追い詰められて停戦せざるを得なくなったんだと言っている。イスラエルはガザをいくら攻撃しても人質を救出できず、市民を殺戮して戦争犯罪を重ねるばかりなので、もう戦争を続けられない、これはハマスの勝ちなんだ、とイランなどが言っている。
(Iran claims Israeli 'surrender' in Gaza hostage deal)
(Scott Ritter: Hamas Winning Battle for Gaza)
私はそう見ない。今回のガザ戦争のイスラエルの目標は、ガザ市民を全員エジプトに追い出すことだ。ここまでの1か月半の戦争で、イスラエルはガザ北部の市街地を完全に破壊して住めないようにした。北部の市民の大半が南部に避難し、南部は過密になって住環境がとても悪い。
イスラエルは、外部からガザへの物資供給を妨害し、ガザ南部は水や食料や燃料などが不足している。この状態が長引くほどガザ市民の生活が悪化し、パレスチナの大義を超えた現実的な救済が必要になる。
パレスチナの大義とは、ガザ(西岸)市民をエジプト(ヨルダン)に移住させず、パレスチナ国家ができるまでガザ(西岸)に押し込め続けることだ。
言語や習慣から見るとパレスチナ人がヨルダンやエジプトに移ってもそのまま住めるが、パレスチナ建国の大義があるのでパレスチナ人は移住を禁じられ、イスラエルからの攻撃に耐えて西岸やガザに住まねばならない。
(US Doesn’t Think Israel Can Make Good on Hostage Deal Promise to Increase Aid)
エジプト政府は、ガザ市民がエジプトに来ることを昔から強く拒否してきた。だが、このままガザ市民をガザに押し込め続けていると、飢餓など人道危機がひどくなる。あと1-2か月もしたら、国際社会やアラブ諸国がイスラエルを非難しつつも、人道的な理由からガザ市民をガザから出し、エジプトのシナイ半島に難民キャンプを作って移住させることが必要になる。
イスラエルは、その時までガザを攻撃し続ける。イスラエル国防相は、4日間の停戦が終わったら攻撃を再開し、少なくとも2か月は続けると言っている。最短で2か月後に、世界からの道義的な加圧により、エジプト政府がラファ検問所を開けてガザ市民をシナイ半島に受け入れざるを得なくなるとイスラエルは予測しているのだろう。
(Short ceasefire, long fight – Israel)
イスラエルは昔から、パレスチナ人をエジプトやヨルダンに強制移住させ、跡地をイスラエルの領土にすることを画策してきた。イスラエルはパレスチナ人を撃ち殺したり家や畑を焼いたりして、パレスチナ人を絶望させてエジプトやヨルダンに移住させたい。
ヨルダン国民の大半は、これまでの中東戦争でイスラエルに追い出されたパレスチナ人だ。エジプト人とガザ市民は言葉(エジプト方言)や生活習慣がほぼ同じだ。パレスチナ人は、ヨルダンやエジプトで難民(外国人)としてでなく市民として生きていけるのだから強制移住で問題ない、というのがイスラエルの言い分だ。
(Egypt threatens legal action against Israel for plan to push Gaza Palestinians to Sinai)
歴史的にも、イスラエルはもともとバルフォア宣言(1917年)でイスラエル全域(ヨルダン川の東岸と西岸)をユダヤ人国家にすることを英国から認められていた。それなのに英国は、イスラエルが中東の大国になって英国の脅威になることを恐れ、ヨルダン川東岸をハーシム家に与えてトランスヨルダンを建国させ(1923年)、さらに西岸の半分もパレスチナ国家にする国連分割案まで決めて(1947年)、イスラエルに与える領土を4分の1にしてしまった。
イスラエルは、英国の建国妨害策に屈せず、英傀儡のジャーナリストやアラブ諸国から人道犯罪のレッテルを貼られても無視して、パレスチナ人を殺したり脅したりして強制移住させる策をやってきた。
イスラエルは、ホロコーストを誇張して自分たちを人道犯罪の加害者でなく被害者に仕立て、2度とホロコーストの被害者にならないようイスラエル建国を完遂せねばならないのだと言って、大量殺戮の強硬策を正当化してきた。
(ホロコーストをめぐる戦い)
ラビン首相は1993年、イスラエルを人道犯罪のくびきから救おうと、米国提案のオスロ合意に乗ってパレスチナ国家の創設に合意した。だが、パレスチナ人に国家主権や発言権を認めると、次は過去の中東戦争でのイスラエルによるパレスチナ人追放(ナクバ)が戦争犯罪に問われ出す。
イスラエル国籍のアラブ人も権利主張を拡大し、イスラエルをユダヤ人だけの民主主義国にするシオニズムの達成も困難になる。これらの懸念や不満が増大してラビン暗殺が起こり、パレスチナ国家を否定するリクードが与党になり、イスラエルは人道犯罪も辞さない強硬策でパレスチナの大義を潰してシオニズムを完遂する戦略に戻った。その延長に、今回のガザ戦争がある。
(UNRWA says Gaza operations being deliberately strangled)
アラブ諸国は、パレスチナの大義を理由を理由にパレスチナ人を西岸とガザに押し込め続ける。悪いのはイスラエルだ。文句はイスラエルに言ってくれ。イスラエルはパレスチナ人を追い出そうと、攻撃や嫌がらせ、殺傷や焼き討ちを過激化する。
イスラエルは、しだいにひどい人道犯罪を常態化し、アラブ諸国や欧米の人権重視なリベラル派が「人道犯罪国家イスラエル」「アパルトヘイト国家イスラエル」への非難や敵視を強める。アラブ諸国はパレスチナ人を閉じ込めることで、イスラエルの人道犯罪をよりひどいものに仕立てることに成功してきた。
これに対してイスラエルは、米諜報界により深く入り込み、米国の政界やマスコミ権威筋をイスラエルの傀儡にする策略を強めて、イスラエルがパレスチナ人に対していくら人道犯罪をやっても「悪いのはハマスなどアラブやイランのテロリストだ」という話になるよう歪曲を強化した。
(BRICS asked to label Israel ‘terrorist’ state)
以前のイスラエルは、覇権国だった米国から加圧され、ガザや西岸のパレスチナ人に水や食料、燃料など最低限の生活保障をしてきた。パレスチナ人はイスラエルに出稼ぎにいくことを許されていた。パレスチナ人はイスラエル社会で最下層に押し込められつつ、収入を得ることを許された。
イスラエルは、ガザの面倒をエジプトに見させたいと考えたが、エジプトは拒否し続けた。それに、エジプトがガザの面倒を見ると、ガザへの兵器流入も容認されてイスラエルが攻撃される。
(Settler Violence, Dispossession, and Displacement Accelerate in Hebron, Amid Gaza War)
以前のイスラエルは、パレスチナ人の人権を最低限認めてきた。だが最近のイスラエルはパレスチナ人の人権を認めなくなり、むしろ虐殺など明らかな戦争犯罪を積極的に展開し、それによってパレスチナ人を恐怖のどん底に陥れ、殺されぬようエジプトやヨルダンに出ていかざるを得ないように仕向けている。
イスラエルは今回のガザ戦争で、わざと戦争犯罪を重ねている観がある。イスラエルはガザ北部のシファ病院を、ハマスの司令部として使われていると言って攻撃・破壊し、重大な戦争犯罪を犯したと世界的に非難されている。
(イスラエルの戦争犯罪)
イスラエル軍(IDF)はシファ病院を占領したが、ハマスがそこを司令部に使っていた証拠をほとんど示せていない。IDF自身が持ち込んだとおぼしき兵器類を撮影して「ハマスの武器だ」と言ったりしている。前回の記事に書いたように、シファ病院の地下室群は以前にイスラエル自身が建設したもので、そこをハマスが司令部として使うはずがない。
その後、IDFはガザを掃討中にシファ病院から8キロ離れた地点で本物のハマスの司令部を見つけたという指摘が出てきた。イスラエルは、本物のハマスの司令部を見つけたので、そこでなく、間違いだと最初からわかっていたシファ病院に司令部があると言い募り、世界が注目する中で、病院を攻撃する戦争犯罪を大胆に展開した。
(IDF Knew Real Hamas HQ While Lying About al-Shifa)
そしてイスラエルは、シファ病院の攻撃と占領が完了した直後、次はガザ南部を攻撃するから市民は避難しろと言い出した。イスラエルは、病院を攻撃して無数の乳幼児を殺戮することだって平気でやるんだ。ガザ南部の150万人が避難しないなら皆殺しだ、と言っているかのようだ。
今のガザ市民は、避難しろと言われても、逃げる先がない。いやいや、エジプトに頼んでラファ検問所を開けてもらってシナイ半島に行けよ。イスラエルはそう示唆している。
イスラエルはわざとひどい戦争犯罪を犯し、世界から戦争犯罪を非難されても屁とも思わずガザ市民を虐殺できるぞと示唆し、ビビった世界とパレスチナ人たちがエジプトを加圧してラファの国境を開けさせるように仕向けている。
(Gaza: a pause before the storm)
今回のガザ戦争の隠れた本質のもう一つは、以前から書いている「ガザ市民がエジプトに追い出されると、エジプトでハマス=ムスリム同胞団が活発化し、米傀儡の軍事政権を再び倒すアラブの春が再演される」ことだ。
ハマス(同胞団ガザ支部)がイスラエルによってガザから追い出されることで、同胞団はガザよりはるかに大きなエジプトの政権を得る。イスラエルはガザの土地を接収し、パレスチナ問題のくびきの半分から解放される。ハマスはエジプトを得る。
表向き仇敵どうしのハマスとイスラエルは、この「ウィンウィン」のシナリオで事前にひそかに合意したうえで今回のガザ戦争を展開している可能性がある。
(Israeli intelligence was warned about Hamas attack)
エジプトが転覆したら、それはヨルダンにも波及する。ヨルダン国民の大半はナクバで追い出されたパレスチナ人で、ヨルダン議会の最大政党はハマスだ。ハマス(同胞団)はいずれ、エジプトとヨルダンの権力を得る。同胞団の最大の目標はパレスチナ国家の建設でなく、イスラム主義の共和国を作ることだ。
エジプトとヨルダンを得た同胞団が自分の国の安定と発展を望むなら、イスラエルと戦争して西岸とガザを取って自国の領土を拡大する「パレスチナの大義」よりも、大義を(こっそり)棚上げしてイスラエルとの関係を維持するのでないか(イスラエルが弱体化したら潰したがるかもしれない)。
エジプトとヨルダンの現政権はイスラエルと国交を持っている。以前モルシーの同胞団がアラブの春でムバラクを追い出して1年間だけエジプトの政権をとった時、イスラエルとの国交を断絶しなかった。
今回のガザ戦争でエジプトとヨルダンがムスリム同胞団の国に転換していくなら、エルドアンのトルコも悪い気はしない。エルドアンの与党AKPは実のところムスリム同胞団である。エルドアンは表向きイスラエルを非難しているが、イスラエルへの石油輸出を止めていない。
イスラエルが消費する石油の4割は、アゼルバイジャンの油田からトルコにパイプラインで運ばれ、そこからタンカーでイスラエルに運ばれている。イスラエルは、アゼルバイジャンがアルメニアとの戦争に勝つための兵器を送った見返りに石油を得ている。
トルコ系民族の国であるアゼルバイジャンは、トルコとも仲が良い。エルドアンが決断すれば、イスラエルへの石油輸送を止められる。だがエルドアンはそうしない。イスラエルがガザ市民をエジプトに追い出し、エジプトが同胞団の政権になることを妨害したくないからだ。
(Turkiye's Middle Ground Position Becomes Untenable As US Intensifies Conflicts)
トルコが石油を止めないことをイランが批判した。しかし実のところ、イランもハマス(同胞団)の仲間だ。トルコもイランも、エジプトが米傀儡の軍事政権から同胞団政権に転換したらうれしい(エジプトの軍事政権自身、以前は米傀儡だったが今はロシアやサウジと親しく、イランとも敵でない非米側だが)。
イランに忠誠を誓うレバノンのヒズボラ(レバノン国軍より強い民兵団で、最有力政党でもある)は、いつイスラエルと開戦してもおかしくない一触即発の敵対状態と言われている。イランが支援するハマスがイスラエルと戦争しているので、同じくイラン系のヒズボラも参戦しそうだという話だ。
だが、ヒズボラの指導者ナスララは常にイスラエルを非難しているものの、参戦していない。この事態も、エジプトをハマス(同胞団)の国に転換するイスラエルの策略をイランも歓迎していることを踏まえると納得できる。
(War between Israel, Lebanon unlikely, analyst says)
ところでハマスは、エジプトを得られるなら配下の何万人もの親愛なガザ市民が殺されても良いのか??。人権重視の現代人はそう考えるだろう。私なりに分析すると、ハマスはイスラエルとの戦争に備えるために、兵士や人間の盾を増やすため、ガザ市民に多産を奨励し、人々も喜んでそれに呼応して人口を急増した。戦前の「産めよ増やせよ」である。
パレスチナ国家は、西岸とガザでなく、エジプトとヨルダンを転換して作られる。それはまさに昔からイスラエルが言ってきた「詭弁」でもある。
だが、すでに述べたように、ヨルダン川の東岸がパレスチナで西岸がイスラエルになるはずが、詐欺師な英国が東岸をハーシム家に与えてしまったという歴史が語られないことの方がインチキだも言える。2国式は、英国の詐欺に立脚している。
(Israel’s Intelligence Minister Proposes the ‘Resettlement’ of Palestinians Outside Gaza)
イスラエルは戦争犯罪を犯した。今後、ナチスドイツみたいに戦争犯罪国として裁かれるのか??。イランは、そうすべきだと言っている。
米国の覇権が残っている間は、そうならない。米民主党の左派はイスラエル敵視を強めており、そのせいでバイデン再選の可能性がさらに減った。バイデンが負けるなら、トランプが勝つ。そして、トランプは名うての親イスラエルだ。共和党候補は親イスラエルだらけだ。
これから米国の覇権低下が加速して、中露BRICSの非米側が世界の運営を握るようになる。BRICSには来年からイラン、サウジアラビア、エジプト、UAEの中東勢も加盟する。中東勢はイスラエルを非難する傾向が強い。非米側はイスラエルを潰す気か、と思いきや、そうでもない。
アラブやイスラム諸国は、ガザ戦争への対策会議を連続して開催している。だが、絶対にイスラエルを潰してやるぞといった感じの共同声明を出していない。停戦して2国式のパレスチナ国家建設の交渉に入るべきだと言うばかりだ。
戦争での問題解決(ガザ市民のエジプト追放)しかやっていない今のイスラエルに、2国式の交渉に入れと頼むのは空論でしかない。
(Putin's Address at BRICS Summit on Gaza Aligned With Arab-Muslim Vision)
BRICSを主導する中国もロシアも、2国式の実現が目標だとか、平和的な外交解決が必要だとか言っている。戦争や経済制裁でイスラエルを潰すのでなく、平和的な外交解決をやっている限り、2国式は実現しない。
いや正確には「西岸に2国を作る」のでなく「西岸はイスラエル、東岸とエジプトはパレスチナ」の拡大2国式に事態は向かう。プーチンや習近平が言っている「2国式」は、この拡大2国式のことなのか??。違うだろう。だが、現実は拡大2国式に向かう。
(Will Russia-China Strategic Patience Extinguish the Fire in West Asia?)
私はこれまで「イスラエルが2国式に沿ってパレスチナ国家の運営を許さないと、米覇権衰退後の非米化・多極化した世界でイスラエルが受け入れられず、国家存続を許されない」と考え、イスラエルは最小限の2国式(オルメルト案=トランプ案)を受け入れるのでないかと予測してきた。
だが、その予測は外れた。イスラエルは、パレスチナ国家の存在を全く許さず、ガザと西岸からパレスチナ人を追放する策をやり続ける。ハマスにエジプトとヨルダンを与え、それらをパレスチナ国家に仕立てようとしている。
パレスチナの大義にこだわらなければ、ガザ市民がエジプト人になり、西岸市民がヨルダン人になっても生活的には問題ない。(英国の詐欺に騙されたままの)思想信条に拘泥しなければ、西岸パレスチナ国家は要らない。(あえてはっきり書いてみた)
イスラエルが2国式を全く拒否しても、中国やロシアは「平和的な外交解決」を言うばかりで、イスラエルを経済制裁する動きも拡大せず、イスラエルのやりたい放題が黙認されている。非米側がイスラエルを経済制裁していくシナリオは、トルコがエジプトの同胞団化をこっそり歓迎しているので具現化しない。
今後の世界は多極型であり、これまでの米英覇権体制に比べ、覇権国から他の国々に対する強制力が少ない。イスラエルはそれを踏まえた上で、これみよがしに戦争犯罪を重ねている。
「イラクの大量破壊兵器」「イランの核兵器開発」など、米英覇権は気に入らない国に戦争犯罪の濡れ衣を着せて潰す策をやってきた。イスラエルもその策に加担してきた。中露BRICSは、そのような米英覇権の世界を是正するために非米的な多極型体制を形成している。
そのような中露BRICSが、これからイスラエルをどう扱っていくのか。英米が遺した難問をどう解決するのか。拡大2国式の具現化を容認し、旧来2国式(西岸2国式、パレスチナの大義)にこだわる勢力をなだめて安定化するのか。それともイスラエルの戦争犯罪を裁くことにこだわるか。これは、今後の多極型世界がどういうものになるのかを象徴する事項になる。
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ
|