|
トランプの返り咲き
2023年5月31日
田中 宇
私が接している情報群は米国発が多く、米国の政治に関する話がふんだんにある。だが、私は米政治の話を最近あまり記事にしていない。なぜならウクライナ開戦後、世界の多極化が加速して相対的に米国の重要性が下がり、米国がどんな戦略をとろうが世界にあまり関係なくなったからだ。
米国は911以来の20年あまりで覇権を喪失した。今から覇権を取り戻すのは経済面でも政治面でも不可能だ。経済面だと、ドルや米金融システムはすでに不活性、形式的に存続しているだけのゾンビ状態で、不可逆的な崩壊が時間の問題だ。
政治面では、中国やロシアやサウジが米単独覇権を押しのけて多極型の覇権体制を形成しており、米国はもう失地回復できない。
(世界は意外に早く多極型になる)
米国がどんな世界戦略をとるかが世界に与える影響は以前より大幅に減ったが、それでもゼロではない。
たとえば経済面では、世界経済にとって米中関係が最重要だ。中国は米国と良い関係でいたい。問題は米国だ。米国が中国と良い関係を維持するなら世界経済にプラスだが、対中制裁や米中分離を推進するにマイナスになる。今の米国は民主党も共和党も中国との経済関係を切りたがるので、マイナスが大きくなっている。中国敵視は超愚策だ。
(資源戦争で中国が米国を倒す)
安保面では、中露BRICSなどが進める多極型体制の形成に対し、米国が敵対・妨害するのか、協力するのかという戦略の分岐がある。多極化は、米国が協力するなら平和理に進むが、敵視妨害するなら闘争的に進む。
今のところ、公然と多極化に協力したがる勢力は米政界に皆無だ。多極化は闘争的に進んでいる。
しかしその中でも、トランプ前大統領ら共和党には、世界が多極化したいならすれば良いし、米国に依存したがる日欧など同盟諸国にぶら下がられ続けるのは御免だと考える反覇権主義(悪口的にいうと孤立主義)や覇権放棄といった非闘争の傾向が強い。
(これからの世界経済)
対照的にバイデンやヒラリー・クリントンら民主党では、米単独覇権にこだわり、中露など対抗してくる国々を敵視制裁する闘争的な傾向が強い。
米民主党も、以前は経済覇権を重視して戦争を嫌ったビル・クリントンや、中露など諸大国に覇権の一部を渡しつつ米覇権を維持しようとする現実的なバラク・オバマがいた。しかし彼らはいずれも、稚拙な好戦策をやりたがる軍産ネオコンに妨害されて自分の世界戦略をやれなくなり、米覇権は自滅していった。
冷戦後、米国には4種類の覇権戦略が存在してきた。1つ目は、ビル・クリントンが英トニー・ブレアを誘って推進した金融主導の覇権戦略。冷戦後1990年代の米覇権と米金融の圧倒的な強さを背景に、米英が金融で世界を支配した。
この戦略は、2001年の911テロ事件で軍事覇権勢力(軍産やネオコン)がクーデター的に米国覇権運営権を乗っ取ったことで崩壊した。さらに2008年のリーマンショックで米金融システムがバブル崩壊してQE(中銀群の資金注入)という生命維持装置で形だけ残っているゾンビになり下がり、米金融覇権の戦略は潰えた。
(多極化を認めつつも自滅する英米エスタブ)
2つ目の米覇権戦略は、911後のテロ戦争などの過激な軍事覇権。軍産やネオコンが米覇権を乗っ取り、イスラム世界やロシアや中国など、米国に歯向かいそうな敵勢力を「文明の衝突」に沿って戦争や経済制裁で潰していくシナリオだ。子ブッシュと、今のバイデンがこの戦略に席巻されている。
冷戦を継続させた米国の戦略も、ソ連や共産圏を敵視する過激な軍事覇権戦略であり、911後の過激覇権策はその焼き直しだ。
この戦略は、戦争や制裁を過激に稚拙にやって失敗し、米覇権を強化するふりをして自滅的させる「隠れ多極主義」の様相が特徴だ。冷戦の戦略も、ベトナム戦争など自滅策が多かった。
(同盟諸国を自滅させる米国)
3つ目の米覇権戦略は、2つ目の過激策がイラク戦争の劇的な失敗を起こした後、オバマが大統領になって米覇権の立て直しを画策したもの。オバマは米覇権衰退後の多極化を見据え、中国やロシアなど他の諸大国と和解していこうとした。
だが、米中枢(諜報界、政界マスコミ)に巣食う過激派(ネオコン、隠れ多極派)にことごとく妨害されてオバマの策は未達成に終わった。
過激派は逆に、リビアやシリアを内戦や国家破綻に陥らせて米国の中東覇権を壊し、ウクライナを米傀儡の露敵視に転換するマイダン革命を起こして米露関係を修復不能にした。
米中G2の案は小心者の胡錦涛に断られた。オバマはイラン核合意(JCPOA)を作り、イランにかけた核兵器の濡れ衣を解いて親米側に戻そうとしたが、トランプとイスラエルが合意を潰した。
(シリアをロシアに任せる米国)
(新興諸国に乗っ取られた地球温暖化問題)
米覇権戦略の4つ目は、トランプの覇権放棄と米諜報界(深奥国家)潰しの策。彼はドイツEUやNATOに冷淡に接して同盟関係の破壊を試みる半面、習近平やプーチンと個人的に和解して多極化を黙認しようとした。トランプは、諜報界や軍産ネオコンやマスコミなど米覇権運営を握ってきた深奥国家にけんかを売って潰そうとした。
諜報界の側は、対露和解を阻止してトランプにロシアのスパイの濡れ衣をかけて潰すため、ロシアゲートを捏造した。諜報界は、2020年の大統領選挙でコロナ下の郵送投票制度を悪用して選挙不正を行ってトランプの再選を阻み、諜報界の言いなりになるバイデン政権を就任させた。
(好戦策のふりした覇権放棄戦略)
米諜報界はバイデン政権下で、ロシアを挑発してウクライナ戦争を引き起こし、中国敵視も強めることで、中露が非米側を率いて世界を多極化し、米覇権を潰す策をとるように仕向けた。ウクライナ戦争は米国の失敗となり、資源類を非米側にとられて米欧のインフレと不況が悪化し、米国民はバイデンへの不支持を強めている。
(Dedollarization is here, like it or not)
米国の覇権戦略のうち、1つ目の経済戦略はリーマン危機後に潰れた。3つ目の覇権立て直し策も、ここまで多極化(中露非米側の台頭)が進むと不可能だ。米国にはもう覇権を立て直す戦略が残っていない。
今残っているのは、バイデンがやらされている2つ目の過激ネオコン策と、4つ目のトランプの覇権放棄策だ。いずれの策も、米覇権の低下と多極化を(こっそり)促進する方向だ。次の2024年の大統領選は、ネオコン策のバイデンと、覇権放棄のトランプとの一騎打ちになりそうだ。
(You Are Not Alone, Anger Is Building Across The World!)
民主党ではRFK(ロバートFケネディ・ジュニア)も立候補を表明したが、彼は諜報界(深奥国家)とその策を非難しており、諜報界に喧嘩を売るトランプと同類だ。RFKはトランプを一定評価しているが、民主党内で2割ほどの支持を得ている。つまり民主党内の2割は、バイデンのネオコン策に反対し、RFKやトランプの草の根ポピュリズムに賛同している。
(Robert F. Kennedy Jr. Claims Trump Is Best Debater Since Lincoln)
(Robert F. Kennedy Jr. decries ‘weaponization’ of FBI)
RFKは民主党内の予備選挙でバイデンに負ける。この敗退後、RFKを支持していた民主党内の2割が、類似思想のトランプを支持する「トランプ・デモクラット」になる可能性がある。RFKは、そのための呼び水として存在している観がある。
かつて共和党のレーガンは、移民や人種に対する民主党の政策を嫌う人々(レーガン・デモクラット)から支持されて勝った。今の民主党も移民や人種の政策で大失敗し、党内の7割がバイデンの続投を望んでいない。トランプ・デモクラット的な勢力が強まると、トランプが勝利し返り咲きになる。
(How RFK Jr. Could Lose Badly But Still Throw Biden Off His Game)
(Why I believe RFK Jr. will be the 2024 Democratic nominee)
諜報界の傀儡になった米民主党は、2020年の大統領選と2022年の中間選挙で不正をやり、バイデン政権を不正に成立させ、米議会での共和党の優勢を最小限にとどめた。諜報界は、自分たちを潰そうとするトランプを決して容認できない。諜報界傀儡の民主党は2024年の大統領選でも選挙不正をやる。
二大政党が僅差なら選挙不正がやりやすいが、共和党の優勢が大きいほど、不正をやっても選挙結果を変えられなくなる。差が何%の場合まで選挙結果を不正に変えられるのかわからないが、トランプの得票がバイデンより10%以上多ければ、トランプを不正に落選させるのが困難になるのでないか。
これからウクライナや、米景気インフレなどの状況がさらに悪化し、バイデンの不人気が増す。対照的に、トランプには追い風が吹いている。
(Former Deputy Nat'l Security Adviser: FBI, CIA & DOJ Will Rig 2024 Election)
(選挙不正が繰り返される米国)
共和党ではフロリダ州知事のデサンティスも大統領選に立候補した。だがデサンティスは、外交などの政策がトランプと同じだし、独自色を出してトランプに勝とうとする感じがあまり感じられない。支持率もトランプよりかなり低い。
彼は州議会を動かして、フロリダ州知事を続けながら立候補できるようにした。今回は予備選で負けて州知事を続投して「次の次」を狙うつもりでないか。共和党の候補はトランプで決まりな感じがする。
(What Does Ron DeSantis Say About US Foreign Policy?)
(Huge Trump leads in US Republican primaries – polls)
かつて2016年にトランプが勝って大統領になる中で、トランプを妨害した最大の謀略が、諜報界(軍産、深奥国家)が、民主党(ヒラリー・クリントン陣営)と司法省・FBI・マスコミにやらせた「ロシアゲート」のでっち上げだった。
ロシアゲートでは「トランプとプーチンが結託し、ヒラリー陣営のサーバーに侵入するなどの破壊工作をした」という筋書きが捏造された。ヒラリー陣営が英諜報界に資金を出して、この筋書きを裏付ける内容の「スティールの報告書」を作った。
私的なニュースレターの切り貼りみたいなこの報告書は、ウソやうわさ話を列挙したお粗末な内容だが、FBIはこの報告書を大きな根拠としてトランプ陣営にロシアのスパイの濡れ衣をかけて捜査した。
(How Congress Could Have the Final Say on the Russian Collusion Scandal)
(ロシアゲートとともに終わる軍産複合体)
当然ながらFBIは成果を出せず、トランプは2019年にジョン・ダーラムを特別検察官に任命してロシアゲートに関するFBI捜査を再調査させた。司法省やFBIなどは諜報界の下請けであり、丸ごとトランプ敵視のはずで、ダーラムは4年間も報告書を発表しなかった。
だが、来年の大統領選に向けた動きが活発化してトランプが優勢になり出した5月15日、調査開始から4年ぶりに「ダーラム報告書」が発表され、ロシアゲートが全くの濡れ衣だったこと、FBIがトランプ敵視の政治目的で動いていたことが指摘された。
(The Durham Report Indicts The Deep State... And The Media)
ロシアゲートに関してマスコミも歪曲報道に徹し、2018年のピューリッツァー賞も誤報に対して授与されていたことが露呈して信用失墜した。当然ながら今回もマスコミは、ダーラム報告書について最低限しか報じなかった。
だが、米国民はオルトメディアなどを通じてFBIやマスコミなど深奥国家・諜報界の悪さと、トランプが巨悪と戦っていることをあらためて知った。ダーラム報告書はトランプを優勢にした。
(Poll Shows How Radically Different Americans' Opinions Are From Liberal Corporate Media Narratives)
(Durham Report Condemns FBI's Russia Probe... But Don't Expect It To Make A Difference)
司法省はトランプを敵視する諜報界の傀儡だが、トランプの優勢を加速にしたダーラム報告書の発表のタイミングを見ると、諜報界・深奥国家の中にこっそりトランプを勝たせようとする隠れ多極派がいる感じがする。
米国の覇権自滅を加速することが開戦直後から感じられたウクライナ戦争を、ロシアを挑発して引き起こしたのも米諜報界だ。
(ロシア敵視で進む多極化)
蛇足になるが、ロシアゲートの発端を見ると、オバマがこっそりトランプを応援していたことが感じられる。ロシアゲートの発端は、2016年の大統領選挙前の夏に、民主党候補だったヒラリー陣営の私的なサーバーが何者かに侵入されてメールの束が盗まれたことだ。
ヒラリー陣営は、米政府のサーバーに保管しておかねばならない機密文書のメールを私的なサーバーに転送して保管していた。これは違法行為であり、大統領だったオバマは投票日の少し前にこの件の違法性をFBIに捜査させる可能性と指摘し、ヒラリーを不利にした。
(Did Obama blow it on the Russian hacking?)
その後、諜報界やマスコミが「ロシアの諜報機関がトランプを応援するためにヒラリー陣営(民主党本部、DNC)のサーバーに不正侵入して機密文書のメールの束を盗み出した」という捏造のロシアゲートを喧伝し始めて話がすり替わった。
ヒラリー陣営の違法性は雲散霧消した。オバマは沈黙した。軍産傀儡のマスコミなどは、トランプのスパイ疑惑を問題にしないオバマを非難して「これはロシアゲートでなくオバマゲートだ」と揶揄したりした。
(Russiagate? Maybe Obamagate)
オバマは、911後の過激で稚拙なテロ戦争によって自滅させられた米覇権を何とか立て直したかったが、米覇権を自滅させたネオコンなど諜報界の過激派に妨害された。
諜報界を牛耳る過激派はヒラリーを傀儡化して大統領に就かせようとしたので、オバマはDNCサーバー問題を出して対抗した。諜報界はサーバー問題をロシアゲートに転化してトランプ攻撃の道具に仕立て、オバマを圧倒して黙らせた。それがロシアゲートの発端だった。
(The latest revelations show Team Obama invented the whole RussiaGate scandal)
(軍産複合体と闘うオバマ)
ダーラム報告書だけでなく、司法省は今年3月31日にトランプがかつて不倫相手のポルノ女優ストーミー・ダニエルズに口止め料を渡した件でトランプを起訴したことについても、トランプを優勢にしてしまう「失態」を犯している。
この起訴は一見、ダニエルズと不倫したというトランプの不名誉を暴露してトランプをを不利にしているように見える。だが実のところ、トランプが2006年にダニエルズと不倫したことは米国の誰もが知っている。その行為は「不倫」だが「違法」でない。
("Embarrassing": Some Democrats Say Trump Indictment Was A Strategic Mistake)
司法省がトランプを起訴したのは、トランプが弁護士を通じてダニエルズに渡した口止め料を政治献金として申告しなかったという違法性だ。口止め料は政治献金なのか??。そこが争点だ。
口止め料を政治献金とみなすにはかなり無理がある。この件はいずれ無罪もしくは起訴取り下げになる。それは司法省に対するトランプの勝利だ。
トランプは、スキャンダルなど無数の案件で起訴・提訴されかねない状況だが、司法省がダニエルズの件でトランプに負けたら、それ以降トランプを訴追しにくくなる。司法省は馬鹿だと民主党が怒っている。司法省は馬鹿でない。トランプをこっそり支援する隠れ多極派なだけだ。
(意外に早く多極型になる)
トランプは2017-21年に大統領だった時、習近平や金正恩と親しく会談し、プーチンとも親しくしようとした(ロシアゲートで阻止された)。2025年にトランプが大統領に返り咲くと、再び習近平やプーチンと親しく会おうとするだろう。
2017年にトランプが習近平を米国に招待したとき、世界はまだ米単独覇権体制だった。しかし2025年にトランプが習近平に再会するとき、世界はすっかり多極化し、米国と中国は対等な力関係になっている。
(Trump Willing To Meet With Putin To Have Ukraine War "Settled In One Day")
トランプが米中和解を演出すると、それは米国が非米的な多極型の世界体制を容認してそこに入れてもらう話になる。
トランプとプーチンの再会も同様だ。その時までにウクライナ戦争が終わっているのか、それともトランプがウクライナ戦争を終わらせるのか。それは、ドル崩壊が起きるのがトランプが返り咲く前なのか後なのか、という問いにもつながる。
その前に、選挙不正を乗り越えてトランプが勝つのかどうか、という問いもある。それらは、大統領選がもっと近づいてから考えた方が良さそうだ。
(決着ついたが終わらないウクライナ戦争)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ
|