意外に早く多極型になる(2)2023年4月4日 田中 宇
これは「世界は意外に早く多極型になる」の続きです。 前回の記事で以下の点を書き忘れた。フランスのマクロン大統領ら欧州の首脳陣が非米側から石油ガスを売ってもらうために、非米側の主導国である中国を訪問して習近平と会う。習近平は非米側の産油諸国に働きかけて欧州に石油ガスを売ることに同意するだろうが、その代わり欧州は中国によるウクライナ戦争の停戦和平の仲裁に協力してほしい、と条件を出すと考えられる。中国と欧州は、石油ガスと、和平仲裁への協力を取引する。この取引があるので、中国の和平提案は意外に具現化する。すでにフランス政府の高官は、ウクライナ戦争を仲裁できるのはロシアに大きな影響力を持つ中国しかいない、と持ち上げている。 (French presidential source says China 'only game-changer' in Russia's war against Ukraine) (France believes only China can deliver Ukraine peace deal - CNN) 欧州はウクライナ戦争で経済的、社会的にひどい目にあっている。ロシアから石油ガスを輸入しなくなったのでエネルギー不足になり、インフレと不況を併発している。政府はウクライナへの支援に巨額の資金をとられているので、経済をテコ入れする財政資金がない。ウクライナなどから難民が流入して社会的負担も増えている。ゼレンスキーは傲慢に要求ばかりする。欧州の市民は厭戦機運を募らせて怒り、ふだんなら何とか実現できたはずの年金支給開始年齢の2歳引き上げなどをきっかけに反政府運動が爆発する。他の西欧諸国も同様の状態だ。 (Le Pen lies in wait as Macron's pension reforms roil France) 諸悪の根源は、すぐに勝てると喧伝されたが実は負けが決まっていたウクライナ戦争に加担したことだ。状況を好転するにはウクライナを停戦和平させるしかない。不人気が加速するマクロンとしては、何とか早くウクライナを停戦させたいが、彼自身は米国の傀儡でしかないので有効な仲裁役になれない。習近平の中国なら、和平の仲裁だけでなく、非米側から欧州への石油ガス販売を強化してくれる。習近平に動いてもらえば、欧州は窮地を脱出できる。仏独やEUは最近、中国など非米側にすり寄っている。 親分である米国を無視して中国にすり寄るフランスやEUに対し、米国は無視された腹いせに意地悪をしている。米大統領府は先日、フランスの人々はデモをする権利があるなどと言って間接的にマクロンを非難し始めた。米国は、石油もガスも産出するが多くが国内で消費され、欧州に送る分がほとんどない。売っても高い。そもそも欧州をウクライナの泥沼にはめ込んだのは米国だ。欧州は、米国に追随してロシアを経済制裁して逆にエネルギー不足になったのに、米国は、助けてくれず万策尽きて中国にすり寄る欧州に意地悪を言うばかりだ。 (US 'Humiliated' Macron by Bashing Him Over Сrackdown on Pension Reform Protesters) 意地悪を言われても、欧州は中国に頼るのをやめられない。同盟諸国は、しだいに米覇権下にいることが無意味な苦痛になる。マクロンは米国に意地悪を言われるほど、政治的な生き残りのために対米自立を余儀なくされる。NATOの内部分裂が進む。 (US troops should leave Germany - MP) フランスのマクロンと似た感じで、米国から助けてもらうべき時に米国から意地悪されているのがイスラエルのネタニヤフだ。ネタニヤフは昨年末の選挙で政権に返り咲いた後、議会が最高裁判所の判決を覆せることなどを盛り込んだ「司法改革」(司法の権力を、議会と政府が剥奪する新政策)をやり出した。ネタニヤフは、これをやりきれると見越して強行したのだろうが、フランス同様、意外に強い市民パワーで大規模な反政府デモが繰り返されている。ネタニヤフは司法改革を延期したが、それでも反政府デモが続いている。 (Lawmakers ask Biden to investigate Israel’s use of US arms) そして米大統領府はここでも、ネタニヤフを助けるどころか逆に批判している。これまで米国は、イスラエルに新政権ができたら必ず首相を米国に招待して首脳会談してきたが、今回は返り咲いたネタニヤフを米国に招待する予定がないと米大統領府が言っている。パレスチナ問題の悪化が理由だが、実のところ、パレスチナ悪化の原因の過半に米国にある。 (Israel’s Netanyahu has made himself persona non grata in Washington) (Netanyahu tells Biden to stay out of Israels business) 米イスラエル関係は急に悪化している。四方を敵に囲まれているイスラエルは安全保障がとても大事で、米国の後ろ盾を失うと、代わりに隣接するシリアに軍を駐留するロシアに頼らざるを得ない。イスラエルはシリア内戦開始後、米国の覇権低下を感じ取ってロシアと関係強化してきたが、ここにきてイスラエルが米国よりロシアを頼る傾向が一気に強まっている。イスラエルは、ロシアに配慮してウクライナ支援もやりたがらない。司法改革の失敗で米イスラエル関係が急速に悪化したことは、イスラエルが米国側から非米側に転向する最後の一撃になっている。 (Rare Rebuke Of Israel By White House Riles Republicans) (The Capital Of The Multipolar World - A Moscow Diary) ネタニヤフの窮地はイスラエルにとって、短期的に悪いことだが、長期的には良いことだ。米覇権が崩れて非米側が世界を多極化していく時に、イスラエルはタイミング良く非米側に乗り移れるからだ。もしかして、この窮地は意図的に起こされているのか??。陰謀説で深読みするときりがないのでやめておくが、それっぽい感じもする。 (Huge crowds rally against Israel’s judicial changes for 10th week) (Netanyahu tells Biden to stay out of Israel's business) さいきん米国(大統領府。民主党政権)に叩かれるほど強化されている指導者は、マクロンとネタニヤフだけでない。プーチンとトランプもそうだ。ロシアのプーチン大統領は最近、国際刑事裁判所(ICC)から、ウクライナの子供たちを収容所に入れて人身売買している容疑で訴追された。これは、米国務省が資金提供している米イェール大学の研究所(Humanitarian Research Lab)の調査報告書をICCがそのまま起訴事実として採用したものだが、この調査報告書は事実に基づいていない。 ロシア側の記者が、この調査報告書に沿って現地(ウクライナからロシアに鞍替えしたドンバス地方)を訪問したところ、収容所ではなく、2014年以降の内戦と戦争で孤児になった地元のロシア系の子供たちのための全寮制の音楽学校だった。イェール大学の研究所が、現地を全く調査せずにロシアに悪の濡れ衣を着せるためのでっち上げの報告書を作り、それをそのままICCが起訴状にした。米国側ではこのウソの構図が全く報じられないままだろうが、非米側ではしだいに問題にされていく。ICCはプーチンに濡れ衣を着せて攻撃しようとしたが、結果は逆効果で、ICCや米政府やイェール大学の信用が失墜し、非米側がプーチンを支持する度合いが強まる効果をもたらす。 (Bombshell Report Debunks ICC Warrant for Putin, and Mainstream Media Sidesteps It) トランプも先日、ポルノ女優のストーミー・ダニエルズに、2人が性交したことについて黙っていてもらう口止め料を支払った件で、ニューヨークの検察に起訴された。トランプとダニエルズの不倫は昔から指摘されており事実のようだが、問題は、口止め料の支払いが刑事訴追できる違法行為(重犯罪)なのかどうかという点だ。検察は、口止め料でなく不申告の政治献金だという見立てで有罪にしようとしているようだが、かなり無理がある。 (Trump Indictment "Is About Going After Anyone Who Opposes The Left's Agenda, The Establishment's Agenda") トランプは無罪もしくは起訴取り下げになる可能性がかなりあるが、その場合トランプの人気が急騰すると、トランプ嫌いのジョン・ボルトンですら言っている。米検察内の民主党系は、これかからトランプをいろんな罪で起訴しようとしているが、第一弾の口止め料の件で無罪や起訴取り下げになると、検察は不名誉を被ってそれ以上トランプを起訴しにくくなる。 (Indictment could be ‘rocket fuel’ for Trump campaign - Bolton) 不倫問題はトランプの印象を悪化させるマイナスだが、トランプは昔から印象を悪化させる話が多い。トランプを支持する人々は、その悪い印象を踏まえた上で、それでもトランプの政策が良いから支持している。 (Indicting Trump Is The End Of US Politics) ニューヨークの検事は、トランプの印象を悪くしてバイデンを再選させる政治目的のためにトランプを起訴したのだろう。だが、トランプの印象は前から悪いので、これ以上悪くなりにくい。むしろ、民主党側の検事が司法制度を悪用してトランプの印象を悪くしようとした政治謀略が、これまでトランプを支持していなかった中立系の人々を、民主党嫌い・トランプ支持に傾かせる。最終的にトランプが無罪もしくはほとんど罰せられない場合、この傾向が強まる。プーチンもトランプも、訴追で攻撃されることによって逆に強化されている。 ("Embarrassing": Some Democrats Say Trump Indictment Was A Strategic Mistake) 2024年の大統領選で共和党の候補になりそうなのは、トランプの他にフロリダ州知事のデサンティスもいるが、トランプもデサンティスも、大統領になったらウクライナに対する軍事支援を減らす。ドイツの防衛相が先日「米国が共和党政権になったら欧州へのテコ入れを減らし、ウクライナを支援しなくなって大変なことになる」という主旨の警告を発した。2024年秋より前に、世界は多極型に転換しているだろうが、2024年秋の米大統領選挙は、多極型への転換のとどめを刺すのかもしれない。 (German defense minister warns of ‘worst case’ US election scenario) 米覇権を運営している軍産リベラル複合体は、覇権を維持しようとしてマクロンやネタニヤフに意地悪したり、プーチンやトランプに司法攻撃を仕掛けている。だが、それらはいずれも頓珍漢な逆効果で、むしろ米国の覇権崩壊と多極化を加速する。複合体の上の方の戦略立案組織内に隠れ多極派が入り込んで、この自滅策をやっている。その傾向はひどくなる一方だ。世界は意外に早く多極型に移行する。 (Japan breaks with western allies and BUYS Russian oil above $60-a-barrel cap) OPECの減産や、日本がG7の談合を破る高価格でロシアの石油を買うことなども書こうと思ったが、次に回す。 ("It's No Longer A Unipolar World" - OPEC+ Makes Surprise 1 Million-Barrel Oil Production Cut)
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