同盟諸国を自滅させる米国2023年5月1日 田中 宇米国が日欧などG7の同盟諸国に対し、ロシアと中国に対する超愚策で自滅的な経済制裁を強要し、間もなく開かれる広島G7サミットで決めたがっている。対露輸出の全面禁止と、半導体製造技術などハイテク分野での対中貿易制限を、米国はG7にやらせたい。 ウクライナ開戦後、G7諸国からロシアへの輸出は制裁開始で半減したが、まだ残っている。ロシア優勢の戦況を変えるため、輸出を全停止してロシアを困らせねばならないと米政府は言っている。 だが実のところ、対露輸出を全面停止して長期的に困るのはロシアでなく日欧の方だ。ロシアは日欧から輸入できなくなった分を中国から買うようになる。中国を経由した迂回輸入も可能だ。日欧製品は中国製品に置き換えられ、とくに欧州の輸出産業が打撃を受ける。 (Allies resist US plan to ban all G7 exports to Russia) (G7 ban on all exports to Russia ‘not doable’ - FT) 日欧が輸出禁止をやると、ロシアは日欧に資源類を売らない報復措置をする。日本はサハリン天然ガス事業から追い出され、ガス供給が急減してエネルギー不足に陥る。 日欧は米国に、対露輸出の全面停止は実現できない、無理だからやめようと言っている。米国は、ロシアをのさばらせて良いのかと反論している。 米国は開戦後、同盟国を巻き込んだ対露制裁をしだいに強めている。だが、ロシアは制裁された分を中国など非米側との取引に置き換えて乗り越え、むしろ経済成長を強めている。 (Russia's economy is recovering, even foreign forecasts favorable - Mishustin) 米国は、もともとロシアとの取引が少ないので対露制裁で自滅しにくい。日本も、エネルギー以外の対露依存が前から少ない。問題は欧州だ。 欧州は冷戦後、ロシアとの経済関係を緊密化した。ロシアとの経済関係を本気で切ると、欧州の方が破綻する。対露制裁は欧州にとって、まさに自滅的な超愚策だ。 欧州は本気で対露制裁をやれない。そのため、米国側の対露制裁は抜け穴がいくつも残してある。たとえば、欧州はロシアから直接に石油ガスを買えないので、代わりにロシアがインドに売った石油や、ロシアが中国に売った天然ガスを転売してもらってなんとかしのいでいる。 (Russian Oil Still Powering Europe’s Cars With Help of India) 米国は、対露制裁の抜け穴を一つずつふさいでいこうとしている。今回は対露輸出が標的だ。印中経由の迂回輸入は今のところ制裁違反でないが、いずれこの抜け穴も米国によって違反の範疇に入れられる。 抜け穴をふさぐと、困るのはロシアや非米側でなく欧州など同盟諸国だ。ロシアから欧州への石油ガス輸出の迂回路になっている中国やインドの国営エネルギー産業は、転売で大儲けしている。その分、欧州人は高価な石油ガスを買わされ、インフレ激化と生活水準の悪化に苦しんでいる。 対露制裁は、非米諸国をボロ儲けさせている。インドは喜んで中露との関係を改善し、対露制裁が非米側の結束を強化している。まさに超愚策だ。 (China Reselling Europe Russian LNG) ゼレンスキーは、和平を仲裁する中国との関係を緊密化している。和平が早く進めば、米国側の対露制裁も必要なくなり、欧州は自滅せずにすむ。だが米国は、ロシアを絶対に許すべきでないと言ってこの流れに抵抗しており、今後もずっと対露敵視と制裁強化を続けたがっている。 米傀儡だったゼレンスキーが中露の側に転向して和平する可能性もあるが、米傀儡からの足抜けは簡単でない。米国側の武器弾薬が減っても戦争状態は続けられる。和平にならず戦争状態と対露制裁が続くほど、欧州など同盟諸国の自滅と凋落がひどくなる。 (West no longer hiding who is behind planning of Kiev's counteroffensive) 米国は同盟諸国に対し、ロシアだけでなく中国への敵視と経済制裁の加速も強要している。同盟諸国は、中国との経済関係も自滅的に切らされていく。ロシアとの関係断絶は欧州が特に困るが、中国との断絶は日本や豪州が困る。 米国自身も、ロシアよりも中国との経済関係が緊密で、米国も中国との断絶は困難で自滅的だ。米国の財界は対中制裁・米中分離に反対しているが、バイデンの米政府は中国との断絶を強める傾向だ。 (The dollar falls behind the yuan for the first time in Chinese cross-border transactions) ロシアも中国も、米国側との断絶は長期的にマイナスでなくプラスだ。世界の資源類の大半は、中露が率いる非米側が持っている。 米国側が中露を敵視制裁するほど、好戦的な米国側が世界的に嫌われ、足抜け不能で米国側にとどまらざるを得ない先進諸国(同盟諸国)をのぞく世界の諸国の多くが中露主導の非米側に結束していく。 (The US is humiliating Germany, and Russians are deeply disappointed at the spinelessness of Berlin’s elites) 米国側が持っている資産は、膨張して破裂寸前のバブル化した債券金融システム(ドル覇権)だけだ。すでに米国で起きている銀行危機がいずれ再発し、巨大な金融破綻・ドル崩壊が起きる。 大金持ちだったはずの米国がしぼんでいく。世界の中心が、米国から非米側とくに中国に移っていく。この転換がこれから何年かけて起きるか不明だが、転換はもう不可避であり、確実に起きる。 米国が欧日を傀儡化して強行している中露との敵対・断絶は、米国覇権や先進国支配の崩壊と、中露主導の非米側の台頭、覇権の多極化を引きおこす(中国は単独覇権体制でなくBRICSが立ち並ぶ多極型の体制を好む)。 (De-Dollarization Kicks Into High Gear) 覇権を自滅させている米国は大馬鹿に見える。米国の上層部が、本気で中露を潰そうと考えて自滅策をやってきたのなら大馬鹿だ。しかし、米国はこの策を30年前からずっと続けている。 冷戦後、イスラムから中露までのすべての脅威(=非米側全体)を潰す策として最初に提案されたサミュエル・ハンチントンの論文「文明の衝突」が出たのは1993年だ。あれから30年、米国が志向する戦略はおおむね文明の衝突に沿っている。大失敗を繰り返しつつ続けている。 米国は、覇権が自滅するのもかまわずに、中露など非米側を敵視・制裁し続けている。覇権の自滅は、ハンチントン以来の米国の「隠れた基本戦略」なのだ。 最終的に、中露もサウジもイランも潰されない。中露サウジイランは結束し、米国側なしで世界を運営していける多極型の新世界秩序を作っている。 文明の衝突は結局のところ、米国側の自滅と、米国が敵視した諸国による世界支配を生んでいる。しかも、これは「失敗」でない。米中枢にとって当初から予測された戦略遂行の結果である。 文明の衝突やネオコン、政権転覆、民主化強要、ドルを使った経済制裁など、冷戦後の米国の世界戦略の根幹にあるのは、結局のところ、明言せずに米覇権の自滅と多極化を実現する「隠れ多極主義」である。 なぜ米国は隠れ多極主義を採ったのか。自滅を望む国家などありえない。それに、中国やロシアは悪い国だろ。中露主導の多極型世界は極悪な世界だよ。そんなの米国がやりたがるはずがない。米国はふつうに失敗しただけだ。隠れ多極主義という立て方自体がお前の妄想だよ、と言われてきた。 私はそう思わない。多極型の世界は、米国が大戦後に覇権を英国から譲渡された時に国連P5などで具現化しようとした世界体制だ。これは自滅でなく覇権体制の作り替えである。 終戦直後の多極型の世界が長期に実現していたら、中露(中ソ)など非米側の高度成長が1950-60年代から具現化していたはずだ。米覇権の運営を牛耳った軍産英複合体は、それが起きないよう冷戦を起こして多極型を破壊し、非米側の経済成長を妨害して米単独覇権を維持した。 これは世界経済の成長を阻害するので1980年代に冷戦終了が容認されたが、その替わりに米覇権維持策として金融の債券化による米国側の経済(バブル)膨張の体制が作られ、米国側は金融の大膨張で覇権を維持した。 加えて、これから台頭してきそうな非米諸国を妨害するために「民主主義や(でっち上げの地球温暖化など)環境対策をやらない国は経済制裁・政権転覆するぞ」という、ハンチントンやネオコンやIPCCの戦略が用意された。 しかしこれらの策はいずれも過激に稚拙に展開されたので米覇権を自滅させ、非米側が結束して米覇権に替わる多極型の世界を作る流れを生み出した。 米国は「ふつうに失敗」したのでなく、隠れた戦略を進めるために意図的に失敗した。失敗を装うことで、バレずに多極化を進められた。 米国の隠れ多極派は、米国自身より先に欧日の同盟諸国を先に自滅に追い込んでいる。なぜなのか。その理由は、米国が自滅を試みると、対米従属の方が居心地が良い同盟諸国が勝手に米国を助け、米国は自滅させてもらえないからだ。 ニクソンが金ドル交換停止でドル覇権をいったん自滅させたら、そのあと日独の同盟諸国が為替介入してドルを救うG5の体制が作られてしまったのが好例だ。米国は今回、欧日が音を上げて対米自立するか、もしくは潰れるまで自滅策を続けるだろう。 中国やロシアが悪い国だという善悪観自体、英軍産マスコミに延々と洗脳されてきた米国側の人々に植え付けられた妄想である。米国は冷戦後、イラクやアフガンやシリアやイエメンや旧ユーゴなどの無数の戦争で数百万人を殺してきた。 ウクライナ戦争も起こしたのは米国だ。ロシアは被害者だ。この間、中露はほとんど殺していない。ウイグル人やチベット人は差別弾圧されてきたが、大量殺害されていない。 多極型の世界は大国間の勢力を均衡させて維持するので戦争にならない。多極化すると覇権争いで戦争になるという話は軍産マスコミによるウソだ。中露よりも、米国側で洗脳されたまま軽信している人々の方が「悪い」。 金融バブルは必ず崩壊する。米経済は素晴らしい、というのも植え付けられた妄想だ。今後の非米側は実体経済の成長が中心だから、バブル依存の米国側よりも健全だ。 多極化は、世界経済の健全化でもある。金融主導の経済は貧富格差を広げる。米覇権が続く限り最貧国の発展が阻止され続ける。多極化すると、世界中の貧困層の生活が改善する。人類は早く多極化した方が良い。 (China Is Quickly Becoming One Of The Largest Automobile Exporters In The World) もう一つ気になるのは、日欧の同盟諸国は、どんなに自滅させられても米覇権とかG7という「監獄」から出ていけないのか、という点だ。 フランスのマクロンは中国に行って「欧州は米国の傀儡から脱せねばならない」と表明した。私はマクロンを評価する記事を書いた。 しかし、米覇権を否定してみせたマクロンの一連の発言は、負け組に入っている欧州が、勝ち組である中国など非米側と付き合わせてもらって利益を分けてもらうために、習近平からうながされて行った「演技」だった可能性が高い。発言だけで何の動きもないので、私はそう思うようになった。 (欧州を多極型世界の極の一つにする) (Here’s why Macron’s call to break away from US control is just meaningless posturing) マクロンが訪中した4月初め、BRICSなど非米諸国の首脳が相次いで米覇権を否定する発言を行った。BRICSで申し合わせて発言し、米覇権を崩壊に近づけようとした感じだ。 そこにちょうど訪中してきたマクロンからいろいろ頼まれた習近平が「頼みごとを聞いてあげるから、BRICSみたいに米覇権を否定する発言をいくつか放ってよ」とうながしたのでないか。 日本では人々が「米傀儡からの離脱は(望ましいけど)無理だ」と感じている。そう洗脳されているともいえるが、戦後の先進諸国の中で対米従属をやめた国が一つもないのも事実だ。 米国は、諜報やプロパガンダの力を駆使して対米自立を試みる従属国を妨害する。従わない指導者にスキャンダルをぶつけて失脚させる。田中角栄が一例だ。 (Macron’s Push for Ukraine and Taiwan Peace: Genuine Attempt to Escape US Vassalage or PR Stunt?) フランスではマクロンよりもルペンの方が高い支持率になっている。今の自滅傾向が続くと、米傀儡のエリート層が失脚するか、エリート自身が非米化を模索するようになる。 しかし、事態はそんなに甘くない。すでにイタリアでは、マスコミが極右と呼ぶ勢力、つまり米傀儡でない勢力が政権に就いているが、対米自立の動きはまだほとんどない。国内とEU・NATO内の力関係でがんじがらめにされて動けない。 フランスでルペンが首相になったとしても、すぐに転換することはない。しかし、欧州内で政権交代が進むほど、欧州全体として対米自立するための政治力がついていく。ウクライナ戦争の構図が長引くほど、欧州は対露制裁で自滅して人々の生活水準の悪化が加速し、対米自立が模索されていく。 (After Being First G-7 Belt & Road Signatory, Italy Under Meloni Mulls Pullout) 日本は、そういった市井からの民主的な政治転換が望めない。政権交代もない。左翼系の野党は、コロナや温暖化や中露敵視などに関して超愚策を軽信する大間抜けで、彼らが政権に就くと日本はもっと潰れるが、幸いなことに国民に支持されていない。 日本ではその代わり自民党内で、何とかうまく対米従属から抜けようとする動きが続く。米諜報界に殺された安倍晋三が作った道だ(安倍殺害は、諜報界が大統領の許可なく勝手にやった点でノルド・ストリーム爆破と同じ構図だ)。 とりあえず、G7の決定事項や米国からの要請を、表向き了承しつつ、実際は遵守しないことが重要だ。 (Total Ban On G7 Exports To Russia "Simply Not Doable" - Japan, EU Officials Say) 加えて興味があるのは、英国と豪州カナダNZ(実はいまだに英国の一部な3カ国)のアングロサクソン・英国系がどうするのかだ。英国系はこれまで米国の覇権自滅策に表立って反対せず、その代わりG7やNATOなど同盟諸国内の議論の中で米国の自滅策や過激策の度合いを減らすよう誘導することで、米覇権を延命しようとしてきた。 だが、英国系による自滅緩和策は、米国の権力中枢にいるネオコンなど過激に稚拙にやりたがる勢力(隠れ多極派)によって上書きや妨害されて失敗し、米覇権の自滅が進んできた。 最近は、中露・非米側の結束と台頭もあって米覇権の延命策が完全に無効になり、米覇権の自滅と多極化が不可避になっている。英国系としても、米国と一緒にいるのをやめて非米側に転向しないと危ない状態になっている。 (Bank of England tells Britons to accept they are poorer) 英国系の対米自立。そんな動きは、理論的にあり得るが、実際には全く起きていない。少なくとも全く見えてこない。むしろ、英諜報界が完全に米諜報界に握られ、英国の対米自立への道が完全にふさがれている観が強い。 米英の諜報界は戦後ずっと一体で、かつては英国が米覇権運営を牛耳ったが、今は逆方向の牛耳りになっている。英国が非米側に入り込んで潰し策をやらぬよう、米の多極派が英国を無力化し、非米諸国を守っているわけだ。
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