ロシアゲートとともに終わる軍産複合体2019年3月29日 田中 宇米トランプ大統領はロシアのスパイでないか、ロシアの諜報機関が16年の米大統領選でニセ情報をネットで流して米国民を騙してトランプを勝たせる不正をしたのでないか、といった疑惑「ロシアゲート」は、3月24日に米国のウィリアム・バー司法長官が、トランプの無罪を認める文書を議会に送ったことで事実上終わった。17年から2年間かけて行われたミュラー特別捜査官のロシアゲートに関する捜査が3月22日に終わり、最終報告書を司法長官に提出した。バー長官は、この報告書の要約文書を議会に送った。報告書は、ロシアゲートに関してトランプ陣営内で起訴すべき人物はいなかったと結論づけている(これまでに何人かが起訴されたが、それらはロシアゲートでなくそれ以外の私的な犯罪容疑で起訴されている)。報告書は、トランプ陣営に対するロシアゲートの疑惑は濡れ衣だったと認めている。 (Mueller report: The full text of William Barr’s summary letter) (Impeachment Odds Implode As Mueller Report Clears Trump Of Collusion) ロシアゲートは、16年秋の米大統領選挙の前にオバマ政権が「ロシア勢がネットでニセニュースを流して米国民を騙し、選挙結果に影響を与える不正操作を試みている疑いがある」とか「ロシアが米民主党本部(DNC)のサーバーに侵入してメールの束を盗み出した」などと言い出し、司法当局に捜査を開始させたことに始まる。選挙でトランプが勝つと「トランプとロシアが共謀して米国の選挙を不正操作した」という容疑に変わった。トランプは当初から容疑を全否定し、自分を敵視する軍産複合体エスタブ諜報界マスコミ側による濡れ衣攻撃だと言い続けた。だが、選挙結果に関係なく諜報・外交界・マスコミ権威筋として米中枢に居座る軍産は強く、トランプ側近のマイケル・フリン安保担当補佐官が政権就任直後にロシアゲートと似て非なる微罪で起訴され辞任するなど、ロシアゲートの騒動が続いた。17年5月には軍産側の圧力を受けたトランプが、司法省・FBIの傘下にロシアゲート専門のミュラー特別捜査官を置いた。 (偽ニュース攻撃で自滅する米マスコミ) (フリン辞任めぐるトランプの深謀) マスコミは、ロシアゲートに関して最初から最後まで「トランプ推定有罪」の姿勢で報じ続けてきた。だがロシアゲートの疑惑の根拠を見ると、トランプ陣営を有罪と考えるには全く無理があった。疑惑の根拠の最大のものは、英国の諜報機関MI6の要員(スバイ)であるクリストファー・スティールが作成した「スティール報告書」で、ミュラーの捜査はこの報告書に全面的に依存していた。ネット上ですでに公開されているスティール報告書は、トランプ陣営とロシア側がいつどのように接触したかについて16年に書かれた書いたバラバラなメモ類の束であるが、書かれていることの情報源が匿名ばかりで曖昧だ。 (ロシアゲートで軍産に反撃するトランプ共和党) (The Reckoning Finally Arrives For The Trump Resistance) 英国の権力中枢であるMI6は、兄弟機関である米CIAと並んで軍産の一部であり、トランプ敵視派が主流だ。スティール報告書自体が、トランプを攻撃するためのでっち上げの濡れ衣である可能性が高い。米国の選挙に介入しているのは、ロシアよりも英国である。昨年末には、CIAやFBI自身が、スティール報告書は根拠が薄いので信用できないと認めている。 (FBI, CIA Told WaPo They Doubted Key Allegation In Steele Dossier) (英国の超お粗末な神経ガス攻撃ロシア犯人説) しかもスティール報告書の作成費用を出したのは、16年の大統領選でトランプと戦っていたヒラリー・クリントンの陣営だった。これは今や「権威ある」米マスコミも報じる「事実」だ。要するに16年の大統領選は、ロシアがトランプと組んで米国民を騙したのでなく、英国がクリントンと組んで米国民を騙し、しかもそれをロシアとトランプのせいにしていた。マスコミ(軍産エスタブ)は英クリントンの側なので、従来このような全体像を知っているのに無視して書かず、トランプをロシアのスパイ呼ばわりする濡れ衣報道を続けてきた。今後は米マスコミ自身の犯罪性が問われる傾向が強まる。ようやくここまできた。 (After the Mueller Report) (2018年秋の世界情勢を展望する) トランプ政権の就任から2年間は、軍産側の攻勢が続き、トランプは守勢を強いられていたが、昨年11月の中間選挙で敗北を最小限に抑えるとともに共和党内を掌握した後、トランプが強くなった。トランプは年末に、軍産側だったセッションズ司法長官を辞めさせ、後任に、トランプを支持する司法省たたきあげのウィリアム・バーを指名した。バーは、司法副長官だった時代パパブッシュのイラクゲート疑惑を払拭するなど、大統領の疑惑政争に勝った実績があった。しかもバーは以前から、ロシアゲートを使ったトランプ叩きを批判していた。議会での承認騒動を経て2月14日にバーが司法長官に就任し、ミュラーに捜査を終わらせるよう命じ、今回のロシアゲート終結となった。 (William Barr - From Wikipedia) (Cover-up Attorney General Bill Barr strikes again) (Legal experts question William Barr’s rationale for exonerating Trump) ミュラーの捜査対象は、ロシアゲートの本体部分のほか、トランプ陣営による捜査妨害がなかったかどうかも問うており、こちらの件については結論が出ていない。「だからロシアゲートは終わっていない」と言い募るマスコミ評論家もいる。だが捜査妨害というものは、疑惑が本当で被告側にやましいところがあるから妨害するのであり、トランプの場合は疑惑がウソで濡れ衣の冤罪なのだから、ふつうに考えて、トランプ陣営は捜査妨害でなく冤罪を晴らす努力をしてきたはずだ。トランプは捜査妨害についても無罪だろう。 (Pelosi: No Reason To Trust Barr, That Boot-Licking Hack) (Trump Wins Big with Mueller Report) 今回、ロシアゲートでのトランプ陣営の無実が事実上確定し、ミュラーの捜査などロシアゲートの構図自体がトランプ敵視の濡れ衣・冤罪であり、その裏にオバマ政権やクリントンなど米民主党側もいた可能性が高まった。共和党側は、ここぞとばかりにオバマ政権や民主党を徹底捜査するぞと言って、反撃の姿勢をとり始めている。トランプは共和党の上院議員たちを集めて反撃の徹底捜査を呼びかけ「隠れ親トランプ」として動いてきたランド・ポールらが呼応した。 (Rand Paul: ‘Absolutely’ James Clapper, John Brennan, Susan Rice, Others Should Testify on Spygate Role, Be Subpoenaed if Necessary) (It Was All a Lie) ミュラー報告書は、まだ公開されていない。民主党の議員たちは、早く全面公開すべきだと言っている。一挙に全面公開することで、ロシアゲートを早く「過去の話」にしてしまいたいのだろう。対照的に共和党側は「ミュラー報告書の公開は、ロシアゲートの冤罪の構図を誰が作ったかを徹底調査してからにすべきだ」と言っている。時間をかけてロシアゲートへの世間の注目を長引かせ、民主党を窮地に追い込もうとしている。 (Donald Trump and allies go on offensive over Robert Mueller) 「ロシアゲート」は、トランプが犯罪者にされていく疑惑だったが、それが濡れ衣だったとわかった今、次は、米民主党本部やクリントン陣営・オバマ政権・米中枢の諜報界に巣食う軍産複合体といった「軍産エスタブ民主党」の勢力が、ロシアゲートをでっち上げてトランプを潰そうとしてきたことが問題になりそうだ。「スパイゲート」と呼ばれているこの疑惑は、これまでの軍産の悪事を暴き、軍産が犯罪者にされていくものだ。ロシアゲートは今後、スパイゲートに変身していく。 (Russiagate May Become Spygate, as Those Responsible Are Held Accountable) (トランプと米民主党) スパイゲートは、米民主党が悪者にされる疑惑だが、民主党内はいま、軍産エスタブ系で従来の主流だった「中道派」と、昨年から新たに台頭している軍産エスタブ敵視の「左派」との内紛が激しくなり、左派が優勢に、中道派が劣勢になっている。エリザベス・ウォーレン上院議員など、中道派の指導者が左派に転向して大統領選に立候補したりしている。この流れの中で、スパイゲートは民主党内の中道派(=軍産エスタブ、米覇権主義勢力)をさらに弱め、左派(覇権敵視派)をさらに強める。民主党内で、左派は容赦なく中道派を攻撃し、弱体化していくだろう。 (トランプと米民主党) (土壇場のクリントン潰し) 左派が強くなる民主党は、トランプと同様、スパイゲートを使って軍産エスタブを潰していきたい。スパイゲートや覇権放棄の点で、民主党左派とトランプはひそかに結託している。米政界は、いわゆる極左と極右が強くなり、左右が結託して中道(軍産)を潰すとか、左右が大喧嘩して中道がかすむ(たとえば国民健康保険をどうするかという論争)といった流れになっておリ、今後さらに覇権放棄や国としての意思決定の不能性を加速していく。 (Trump Signals Support for Report’s Release as Democrats Dispute ‘Exoneration’) スパイゲートがこんご全面展開していかない可能性もある。トランプ自身が、スパイゲートの捜査を全面展開せず寸止めし、それによって軍産側に恩を売るかもしれない。弱体化する軍産に恩を売ることで、覇権の多極化など国際政治面でトランプが進めたいことを軍産が妨害しないようにするとともに、自分の再選を確定的にする策として流用できる。 (Mueller Report Puts Pressure on 2020 Candidates to Emphasize Issues) さらに一歩深読みすると、ロシアゲートは最初から稚拙な濡れ衣であることが見え見えで、意図的に失敗させようとしたと思われる構図を持っていた。ミュラーの捜査の最大の依存先だったスティール報告書が17年初めに早々と公開されてしまい、それが稚拙なものであることが早くからわかっていた。今回濡れ衣が晴れてトランプが勝ったことも、ロシアゲートが始まった時から予定されていたこととも考えられる。もしかすると、ロシアゲートの構造を作った米英諜報界の中に、ロシアゲートを通じてトランプを強化し、軍産や米単独覇権体制を自滅させようとする「隠れ多極主義」の勢力がいたかもしれない。ロシアゲートは最初から失敗するために仕掛けられたという考え方だ。 (The High Comedy of Spygate) 03年のイラク戦争や、英国のEU離脱問題も、米諜報界による同様の「稚拙にやって大失敗させ、米国の覇権や軍産の支配体制、マスコミの歪曲報道策の構図を自滅させる策」だった疑いがある。以前からの私の「隠れ多極主義勢力による覇権自滅策」は、反直感的なので読者のウケがかなり悪いが、現実の事態がそれにそった方向に10年20年かけて動いている以上、私は読者のウケがどんなに悪くても、自分の分析を変えられない。覇権運営勢力が多極化を望む理由は、軍産の恒久戦争戦略から離脱したいのと、世界の実体経済の長期的な成長が実現できるからだろう。今の米覇権体制は金融バブルを膨張させているだけで、長期的な世界の安定成長につながらない。 (田中宇史観:世界帝国から多極化へ)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |