金融蘇生の失敗2015年10月17日 田中 宇米国の大手銀行、特に投資銀行の儲けが減り続けている。ゴールドマンサックスは、先日発表した7-9月期の決算が予想以上の減益だった。中核的な事業である債券・為替・コモディティの分野が悪化し、中でも債券取引の利益が前年同期比4割も減った。米国の大手5行の合計で、債券取引の利益が2割減となっている。JPモルガンも債券取引の利益が23%減となり、全体として予想以上の減益だった。総数店舗を3%減らし、1万人を解雇してコストを削減する。 (Goldman bond trading hit caps bleak season for Wall Street) (JP Morgan reports revenue slide) (JPMorgan grapples with revenue slide) バンカメなど商業銀行も減益だ。シティは増益したが、その理由は、6千億ドル近い巨額の資産を売却して利益を捻出したからだ。米国の大手銀行は08年のリーマン危機まで、債券が絡んだ(高レバレッジ型)金融業務で大儲けしていた。だがそれ以降、債券事業は儲からなくなり、米連銀などの当局が出してくれるQE(量的緩和策)などによる救済的な資金を頼りに何とか会社を回してきた。それでも黒字にできないため、資産売却や支店閉鎖、大量解雇が必要になっている。 (Citi shines in gloomy bank earnings season) 米銀行界は今回の減益について「米連銀が利上げせず、ゼロ金利が続いているので利ざやが稼げなかった」と、不振を連銀のせいにしている。こうした言い訳が出ることは、リーマン以前の金融界の大儲けの源泉だった債券金融システムが復活しておらず、米銀行界が昔ながらの「低利で預金を集めて少し高い金利で貸す」という、薄利な「利ざや業務」に頼らざるを得なくなっていることを示している。預金融資型の事業の収益率は良くても15%だが、かつての高レバレッジ型の債券金融事業は収益率が50-100%だった。収益が激減したのだから、大幅減益や大量解雇は当然だ。 (Top US banks grapple with weak revenue) (アメリカ型金融の破綻) 銀行事業のうち、昔ながらの預金融資型事業はわかりやすいが、高レバレッジ型の債券金融事業は理解しにくい。「高利貸付とジャンク債(高利社債)が絡んだ金融をレバレッジ金融と呼ぶ」という解釈もある。私が理解するところ、高レバレッジ型金融は「仕組み金融」である。レバレッジ(先物など)を使ってリスクを分離し、高いリスクの金融商品を低リスクに見せて売るとか、倒産しそうな企業の資産のうち優良なものだけ関連会社(別帳簿)に移し、関連会社が高い格付けをもらって債券を発行して資金調達し、企業の倒産を防ぐとか「金融技術」を駆使することで異様に高い儲けを出せるようにしていた。この事業は1990年代に米国の投資銀行が開発した。 (What is Leveraged Finance?) 倒産しそうな企業は、非常に高い利回りを提示しないと債券(ジャンク債)を発行できないが、企業が倒産した場合に債券の減額分を補填する保険(CDS)をつけて売ると、利回りを低くできる。リーマン危機の前後、ジャンク債が連鎖破綻し、CDSを発行する金融機関(投資銀行、保険会社など)の支払い能力を超え、CDSの仕組み自体が破綻しかけた(米政府が公金で救済した)。CDSは、実のところ全く「保険」になっていないシステムだが、危機さえ起きなければ、倒産しそうな企業が倒産しなくなり、金融市場や景気の右肩上がりの恒久化に貢献する。 (リーマンの破綻、米金融の崩壊) 高レバレッジ金融は、金融界や大金持ちを儲けさせるだけだが、政府や金融界自身がうまく仕掛けを作れば、金融の儲けが他部門の経済全体を押し上げる「トリックル(滴り落ちる)システム」を構築でき、好景気を生み出せる。米国のトリックル理論は粉飾の部分が大きそうだが、少なくとも経済モデルとして、金融主導で米経済が発展して世界経済を牽引する金融覇権体制が、リーマン危機以前は存在していた。リーマン危機後、金融界は自己救済だけで手一杯となり、利益のトリックルがなくなり、米国(と世界)は貧富格差が一気に拡大した。 (超金融緩和の長期化) (加速する日本の経済難) 高レバレッジ金融の中には、詐欺的ないし倫理的に悪いものも多い。レバレッジ型企業買収(LBO)は、投資銀行と結託した買収専門企業が、含み資産が多いが株価が安い老舗の上場企業に狙いを定め、その企業の資産を勝手に担保にした債券を発行して投資銀行が投資家に売り、その資金で株を買収して企業を乗っ取り、資産を売却したり大量解雇でコストを削減して短期間に大幅な利益を出し、それを投資家、買収屋、投資銀行で山分けするものだ。買収された企業は、含み資産を吸い取られ、しゃぶられて捨てられる。似たようなやり方で、不動産開発の地上げ資金の調達も債券で行われてきた。 (国際金融の信用収縮) リーマン倒産につながる危機の発生点となった「サブプライム住宅ローン債券」も詐欺的な金融商品だった。住宅ローン債券は、家を買う市民に銀行が貸した資金の債権を束ねて債券化して投資家に売るものだ。債券化によって銀行は債権を転売してしまえるので、ローンの債務者が返済不能になっても銀行が損をかぶらずにすむ。銀行は、返済不能の可能性が高い人々(サブプライム格、つまり資金面で優良より低い格づけの個人)にどんどんローンを貸し、それを債券化して売りまくって儲けた。投資家は、銀行が審査して貸した債権だから大丈夫だと思って買ったが、実際は07年夏に債券破綻を引き起こし、システムごと崩壊した。 (広がる信用崩壊) リーマン危機後、高レバレッジ金融は倫理の欠如を指摘され、「悪」として非難された。レバレッジとは「てこの原理」のことだ。技術を使って本来の能力を超える力を出すことを、人類は「てこ」を発明した大昔から行ってきた。歩いてゆっくり移動するのでなく、自転車や自動車に乗って速く移動することは、速さのレバレッジがかかっている。レバレッジ自体は、善悪と関係ない。金融のレバレッジが悪用されないよう、当局などが規制していれば、事態は変わっていた。問題は、80年代以降の金融自由化の中で「金融技術」の開発が、当局の監督外のところで急速に進んだことだ。 (Leverage (finance) From Wikipedia) リーマンが倒産する3カ月前の08年6月、英国の銀行協会の会長で英最大手銀行HSBC会長でもあったスティーブン・グリーンが、英銀行協会の講演で「高レバレッジ型の金融は、事業モデルとして破綻した(もう蘇生しない)。銀行は、収益の減少を覚悟しつつ、基本(預金融資型事業)に戻るしかない」という趣旨のことを述べた。 (HSBC says excessive bank leverage model "bankrupt") 1980年代後半からの米英経済の復活は、米英が(おそらく談合しつつ)高レバレッジ金融に象徴される金融技術の「産業革命」を行い、ニューヨークとロンドンの金融界が世界経済を牽引する金融覇権体制を作ったことに起因している。高レバレッジ金融は、英国にとっても非常に重要なものだった。それが事業モデルとして破綻したと、英銀行界の中枢にいるグリーンが宣言したことに、当時の私は驚愕した。これは、米英覇権の終わりになると感じた。 (米英金融革命の終わり) その後リーマン危機が起こり、米英金融覇権は破綻に瀕した。グリーンの宣言は正しいかに見えた。しかしさらにその後、米当局は巨額の公金投入や、米連銀によるドルの大量発行(QE)によって金融界を延命させ、金融危機は再発せず、株価は高騰し、債券市場は比較的安定している。米金融界はリーマン危機を乗り越え、蘇生したように見える。 しかし、7年前のグリーンの言葉と、今回の米銀行界の業績の状態を並べて考えてみると、米金融界は本質的に蘇生などしておらず、グリーンの宣言が今になっても正しいことがわかる。グリーンは、米英の金融界が高レバレッジ型の事業を蘇生させて再び大儲けすることは不可能で、金融界は儲けの少ない昔ながらの預金融資型の事業に戻るしかないと宣言していた。今、米銀行界は「米連銀が利上げしてくれなかったので(預金と融資の間の)利ざやが少ないままで、儲かりません」と愚痴を言っている。加えて、高レバレッジ型の中心である債券業務は、どこも減益だ。つまり米銀行界は、高レバレッジ型の事業を蘇生できておらず、薄利な昔ながらの事業に頼るしかないのが現状だ。 米国の銀行は近年、ATMの利用料をつり上げることで利益を出そうとしている。WSJ紙によると、米国で、口座がある銀行とは別の銀行のATMからお金を引き出す「他行引き出し」の手数料の平均が過去最高の4・52ドル(5百円強)になっている。8ドルとるATMもある。他行引き出しは、日本だと大体100円だ。500円は、悪質な「ぼったくり」である。米国の銀行は、隆々とした過去の高レバレッジ時代と似てもにつかぬ、貧相な小銭稼ぎのやくざ稼業に成り下がっている。 (Record ATM Fees Rise Toward $5) (Punishing Cash: US ATM Withdrawal Fees Soar To All Time High) ここで「銀行は薄利で良いじゃないか」と言う人がいるかもしれない。確かに、銀行自身は薄利でかまわない。問題は、高レバレッジの金融事業が成功し続けることが、米英が覇権国であり続けるための必要条件だった点だ。銀行が薄利なままだと、米国の金融界が世界を牽引する金融覇権体制を蘇生できず、米国は自国の覇権喪失と多極化(中露などの台頭)を容認せざるを得なくなる。 米金融界が高レバレッジ型の金融システムを蘇生できない理由の一つは、米連銀のQEなど金融救済策によって、当局が金融界のリスクを吸い取っているので、金融界自身が自助努力によって高レバレッジ型金融を蘇生していくことを怠っているためだ。信用の再構築には時間がかかるが、すでにリーマン倒産から7年がすぎている。この間、リーマン危機でいったん凍結したデリバティブやCDSなど高レバレッジ型のリスク回避の機能を再び生かす機会があったが、リスクはすべて当局のQEや公金注入の資金が吸い取ってくれたので、金融界はそれに依存して何も努力しなかった。その結果、金融界は債券投資で儲けることができないままだ。高レバレッジ型の金融に特化しているヘッジファンド業界の経営難が、今年に入ってひどくなり、中小から順番に潰れていく事態になっている。 (The Liquidations Begin: Three Hedge Funds Shut Down After Summer Rout) 金融界は全般的に当局のQEなどゼロ金利策に依存する傾向がひどくなり、米欧日がゼロ金利策をやめたら株価が半値になるとドイツ銀行などの何人もの金融分析者が指摘する事態になっている。 (The Unwind Of QE Means The "S&P Should Be Trading At Half Of Its Value", Deutsche Bank Warns) (Central banks are a "doomsday machine" sitting on a $100 trillion market implosion, Stockman warns) 米連銀や日銀など、QEに手を染めた中央銀行は、高レバレッジ金融が蘇生しないと、自分たちも破綻しかねない。米連銀が昨秋まで手がけていたQEは、米連銀が大量発行したドルで金融界が持っていた不良化した債券を買い取るもので、米連銀は、いずれ債券市場が蘇生して買い取った債券が高値に戻ったら売り抜け、損をしないようにしたい。債券が高値に戻るには、高レバレッジ金融のシステムが蘇生して債券市場が活気を取り戻す必要がある。金融界にQE依存体質をやめさせないと、高レバレッジ金融は蘇生せず、米連銀がQEで抱え込んだ損失を帳消しにできない。 (金融相場と実体経済の乖離) (米連銀と異なり、日銀のQEは日本国債を買い占めるものだが、これは日本国債を買えなくなった日本の金融機関に米国などの国債や社債を買うよう仕向け、米連銀が昨秋にやめたQEを肩代わりさせる策だ。日本の金融機関に損をさせないようにするには、米国中心の高レバレッジ金融システムの蘇生が必要だ) (米国と心中したい日本のQE拡大) 米連銀は昨年来、事態を改善しようともがいている。昨秋、日本と欧州に肩代わりさせることで連銀自身はQEをやめ、今春来、利上げの機会をうかがい、ゼロ金利策もやめて、短期金利を健全な水準である2%近くまで戻すことをめざした。米連銀は、金融界を救済する策を少しずつ外すことで、金融界をQEやゼロ金利策から乳離れさせ、金融界が金融技術(高レバレッジ金融)による自前のリスク吸収策を蘇生するよう仕向けたのでないか。ゼロ金利策やQEは、実体経済が不況になった時の景気対策の手段でもある。ゼロ金利やQEを続けたままでは、実体経済が悪化した時に景気対策を発動できず、景気が極度に悪化するのを看過せざるを得なくなる。その意味でも、米連銀は利上げをめざした。 (米金融財政の延命と行き詰まり) しかし、9月の利上げの機会(定例理事会)を前に、中国の株の暴落や、新興市場諸国の景気の悪化が顕在化し、米連銀は9月の利上げを見送らざるを得なくなった。その後、世界経済の減速がさらに明確になり、連銀は12月の理事会でも利上げできないという予測が強まっている。米日欧ともゼロ金利の状態で、先進国が利下げなど金融緩和による不況対策をとれないまま、世界経済が不況に突入する。来年にかけて、世界はひどい不況になるだろう。 (不透明が増す金融システム) 景気の悪化は、企業収益の悪化から株価の大幅下落や債券市場の危機につながる。債券格付け機関のS&Pは、今年1-9月で297社を米国企業を格下げした。この数は09年来の多さで、同時期にS&Pに格上げされた企業数172社をはるかに上回っている。この状態を放置すると、いずれ債券市場がリーマン危機(サブプライム危機)と似たような崩壊(信用凍結)を引き起こす。 (Bond Market Breaking Bad - Credit Downgrades Highest Since 2009) 高レバレッジ金融は、蘇生どころか2度目の崩壊に向かっている。これは、米連銀がQEで抱えた不良化した債券の価値がさらに下がり、連銀の運営状況のさらなる悪化をも意味している。米連銀は、健全化としての利上げでなく、不健全なQEを再開せざるを得なくなり、この点も連銀の運営状況の悪化になる。いつ起きるかわからないが、来年にかけて金融危機が再燃する可能性が高い。
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