他の記事を読む

出口なきQEで金融破綻に向かう日米

2015年4月28日   田中 宇

 円を過剰発行して国債を買い支える日本銀行のQE(量的緩和策)に対し、経済専門家たちが次々と警告を発する事態が続いている。米英の通信社が日本の財界人や官僚らにインタビューし「QEは良い効果より悪影響の方が大きい」「QEを続けると日銀と日本国債の信用が崩れかねない」「QEはいったん始めたらなかなかやめられないので早くやめた方がいい」「日銀がうまくQEをやめられるかどうか疑問だ」といった危機感満載の警告を記事にしている。日本のマスコミは、こうした危機感をほとんど報じない。 (BoJ QE Exit "Out Of The Question," Former Official Says As Morgan Stanley Talks JGB Liquidity

 ブルームバーグ通信社は4月22日、財務省の内海孚元財務官のインタビューを配信した。内海はQEをやめていく出口戦略について「考えること自体が悪夢だ」と述べ、日銀は国債金利の高騰を招かずにうまくQEをやめることが難しく、やめたくてもやめられないのでQEをずっと続けるしかないと指摘した。内海は、日本国債について、金利が急騰するおそれがあるので民間投資家が買いたがらないとも指摘した。 (Ex-Currency Chief Sees Bank of Japan Exit Nightmare on Debt Pile) (黒田異次元緩和の出口は「悪夢」、泥沼の累積債務で-内海元財務官

 QEは国債金利を下げるための政策だが、QEによって国債金利が人為的に下げられていることを国債投資家の全員が知っているため、QEを減額した時の金利高騰が恐れられ、民間市場で国債の売れ行きが悪い。日銀のQEが新規国債の大半を買い占めているため、民間の国債市場は供給も需要も先細り、わずかな衝撃で金利が激しく上下する。この不安定を恐れて投資家がますます国債を買わなくなり、QEで国債購入用の資金が無限大にあるのに、下がるべき金利が逆に高騰してしまう。この状態を指摘したのは「売れるべき国債が売れない」と言った内海だけでなく、ロイター通信が4月10日にインタビューを報じた岡本圀衞・日本生命会長や、ブルーバーグが3月2日にインタビューを報じた日銀出身の翁百合・日本総研副理事長も、同じことを指摘している。QEによる国債金利の高騰は「起きるか起きないか」でなく「いつ起きるか」の問題になっている。 (加速する日本の経済難) (日銀QE破綻への道

 ブルームバーグは4月27日、経済同友会の代表幹事に就任する小林喜光・三菱ケミカルホールディングス会長の、もうQEを加速すべきでないと主張するインタビューも報じた。小林会長は「(QEは)出口がどんどん遠のいている。サステイナブル(持続可能)でない」と述べ、これ以上QEをやっても景気テコ入れの効果は薄く、QEの効果の一つである円安についても、円は十分に下落していると指摘した。 (BOJ Shouldn't Ease Further; Yen Fell Enough: Business Lobby Head) (日銀は追加緩和すべきでない、円安は十分-小林同友会代表幹事

 3月以来の翁(元日銀)、岡本(日本生命)、内海(元財務省)、小林(財界トップ)といった4人の専門家の、QEに対する危険の指摘、出口戦略の不在、金利高騰の懸念は、いずれもブルームバーグとロイターが報じたものだ。日本のマスコミは、この手のQEをめぐる危険性をほとんど報じない。朝日新聞たたきやNHKへの介入など、安倍政権のマスコミへの脅し策は大きな成果を上げている。日銀は、QEを縮小する予定がなく、逆に拡大の選択肢を保持している。専門家の警告は無視されている。日本では、安倍政権を批判する者を「売国奴」扱いする風潮が席巻しているが、こうした風潮こそが日本を経済破綻に近づけている。国民のほとんどが何も知らされないまま、日銀のQEは、国債金利高騰、政府財政の破綻へと向かっている。 (QEの限界で再出するドル崩壊予測) (崩れゆく日本経済

 安倍政権は13年、日銀の慎重派の白川総裁を追い出して財務省出身の黒田にすげ替え、強い姿勢でQEを開始した。安倍政権の金融政策を立案している日本財務省は、最初からQEが危険なことを承知した上で、確信犯的にQEを始めた。日本がQEを続けているのは、日本自身のためでなく「おかみ」である米国の金融の屋台骨、債券システムを守るためだ。昨年10月末、米連銀がQEをやめると同時に日銀がQEを急拡大した。米連銀がQEを続けていたら、日本でなく米国の国債の金利が急騰する危険が増していた。日本がQEを受け継いでくれたので、米国はQEをやめて米国債の健全性を何とか維持できている。日本は、米国債と米連銀(ドル)を救うために、日本国債と日銀(円)を自滅させるQEを引き受けた。殿様の身代わりになって切腹する、忠義を貫く武士そのものだ。国を滅ぼす覚悟で始めたQEなのだから、周囲から批判されてもやめるはずがない。今回の安倍訪米後、日本はますます国策を米国と一体化する。QEは日本が財政破綻するまで、もしくは財政破綻した後も続くだろう。 (米国と心中したい日本のQE拡大) (中央銀行がふくらませた巨大バブル

 米連銀は、日銀が身代わりになってくれたので昨秋QEをやめられた。EUは、米連銀に頼まれて欧州中銀が今春QEを始めたが、口実を作って予定枠より少ない額しかやらず、足抜けできるようにしている。日本だけが、QEを全力でやって自滅への道を直進している。日本の対米従属は、日本が米国より下位にあることを重視する(だから90年代に日本財務省は自国の金融バブルをひどく崩壊させ、日本が経済面で米国を抜かないようにした)。米国を救うために日本が自滅するのは、対米従属の国是に合致している。日本のQEは失敗策でなく、意図どおりに大成功している。 (QEするほどデフレと不況になる

 QEの出口戦略を無理に求めるよりも、QEを永久に続けることを「新たな常識」として受け入れるのが良いと、米連銀の一部門であるボストン連銀が、最近の報告書で説いている。 (Boston Fed Admits There Is No Exit, Suggests QE Become "Normal Monetary Policy") (Let's Talk About It: What Policy Tools Should the Fed "Normally" Use? - Boston Fed

 ボストン連銀は、この提案を大まじめに出したのかもしれないが、実のところ、QEを永久に続けることなどできない。すでに述べたように、QEで債券を買い支えると、債券投資家が買い支えによる金利の歪曲を感じて投資を控える傾向が強まり、金利高騰(債券相場急落)の可能性が増す。金利高騰を防ぐため、中央銀行がQEを拡大すると一時的に金利が下がるが、金利の歪曲がひどくなるので、やがて投資家が再び債券を買い控え、金利高騰が再燃する。QEは中毒性があるので、やめるのが難しいだけでなく、続けるほど中毒がひどくなり破綻(金利の不可逆的な高騰)に至る。 (QEやめたらバブル大崩壊

 米欧3大格付け機関の一つであるフィッチが、日本国債を「A+」から「A」に格下げした。フィッチの「A」は上から6番目の格付けで、日本国債に対する同社の格付けは、ライバルのムーディーズよりひとつ下、S&Pより2つ下だ。日本では、今回の格下げがあまり問題になっていない。自身の身を挺して殿様(米国)を救う日本の対米従属策からすると、日本国債が格下げされ、日本の投資家がゼロ金利の日本国債よりも利回りが高めの米国債を好む傾向が続いた方が、日本によって米国債が延命する状況が続くので好都合だ。日本勢の米国債を買い増したので、最大の米国債保有国は最近、中国から再び日本に戻った。 (Fitch downgrades Japan's credit rating on fiscal policy concerns) (Fitch Downgrades Japan To A From A+) (Japan tops China in US govt debt holdings

 日本が身を挺して米国を救おうとしても、米国自身の債券市場の状況が悪く、救いきれない可能性が増している。米国は、QEを日本に代わってもらった後も、米国債を多めに発行すると国債金利の高騰を招く状況がおさまらず、財政赤字が法定上限に達していることなどを理由に国債発行を制限している。その結果、市場に出回る米国債の供給量が少いままで、日本国債と同様、米国債も、わずかな衝撃で国債金利が激しく上下する状況が続いている。4月初め、JPモルガンのダイモン会長が、こうした国債不足を指摘し、次の金融危機はこれまでよりずっと悪影響が大きくなると表明した。米国のサマーズ元財務長官も、同様の債券不足を指摘している。 (Jamie Dimon warns next crisis could see `more volatile' markets) (Summers agrees with Dimon: There's a liquidity problem

 米国は日本同様、実体経済が改善しないままで、小売店の閉店が続いている。それなのに、自社株買いや日銀QEなどの影響で株価は史上最高値を続けている。米国のマスコミは「景気が良くなっているので株が高い」と報じ、先行きに悲観的な解説者をテレビに出さないようにしているが、いまだにマスコミに呼ばれる解説者自身が、この手の解説のウソ臭さを自ら感じ、皮肉的な態度が画面や紙面に出てしまうことが最近多いと指摘されている。 (Wal-Mart suddenly closed 5 stores and laid off thousands of workers and no one knows why) (The Informed Minority) (Hedge Fund Legend Julian Robertson Warns Of A "Complete Explosion" Unless Fed Contains "Boiling, Bubble" Market) (Why U.S. Economic `Statistics' Get More and More Absurd

 米金融界では従来、リーマン危機のようにジャンク債の信用崩壊がデリバティブ危機に発展する展開が懸念されてきたが、最近はこれに、QEや米国債供給の減少から国債相場の価格決定が不能になって金融危機が起きる懸念が加わった。原油安を受け、シェール石油業界のジャンク債が債務不履行担って危機がおきる可能性もじわじわと増している。最近、米金融界のバブル再崩壊が近いという指摘をあちこちで読むようになった。 (4 Billionaires are Extremely Worried that America's Next Big Financial Crisis is Coming Soon) (America's unintended strong-dollar policy worries top Fed officials, and may delay rate hikes

 日本や米国より、EUの方が先に金融破綻すると指摘する人もいるだろう。たしかにギリシャは、EUとの金融救済の交渉に失敗しそうで、5-6月に利払いができなくなって国債が債務不履行(デフォルト)に陥る可能性が増している。 (Greece prepares for debt default if talks with creditors fail

 しかしギリシャは債務不履行になってもユーロを離脱しない。マスコミは、ギリシャの債務不履行がユーロ離脱に直結し、ギリシャの離脱でユーロやEU統合が破綻していくとの予測を喧伝しているが、ユーロ離脱はギリシャ自身が望まない限り起こらない。ユーロの崩壊は、地政学的な欧州の弱体化を意味する。ギリシャのツィプラス政権は地政学的戦略に敏感で、ユーロ崩壊を起こさず、今起きている金融危機を脅しの道具に使ってEU内での自国の地位を引き上げようとしている。だからギリシャは、債務不履行に陥る可能性が高いが、ユーロを離脱する可能性はほとんどない。 (Greek default necessary but Grexit is not) (ギリシャはユーロを離脱しない

 米国や日本では「いちばん危ないのはユーロだ」という報道が好まれているが、ユーロの危機は長期的な欧州の弱体化に至りにくい。EUやギリシャの上層部は、きたるべき多極型覇権体制の世界の中で、自分たちが国家統合していた状態の方が有利だと知っている。ユーロ危機は4年も続き、最初から米日で「ユーロは崩壊だ」と喧伝されていたが、いまだにユーロは崩壊していない。ユーロは意外に強い。長期的、構造的(地政学的)な弱体化に至りそうなのは、QEで国債や債券金融システムが破綻していきそうな米国や日本の方だ。日本は、米国より先に財政破綻するのが国家戦略だし、米国は、リーマン危機やブレトンウッズ体制の作り替えを誘導する隠れ多極主義に隠然と率いられている。国際政治的に、欧州(や中露)の力は維持拡大する方向で、日米の国力は浪費される方向だ。 (ギリシャ危機とユーロ破綻の可能性) (US fears a European sequel to Lehman Brothers



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ