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ギリシャ危機とユーロ破綻の可能性

2011年9月20日   田中 宇

 ユーロ建ての3年ものギリシャ国債の利回りは、今年6月に20%だったが、3カ月後の今では50%以上だ。一時的に80−100%になった銘柄もある。従来、世界的に最も高い国債利回りは14−15%の水準だった(債券は利回りが高いほど価格が安い)。投機筋が国債のCDS(債券破綻保険)を売ってギリシャ国債の危険度が高いイメージを作り、それに乗って米英系金融マスコミが今にもギリシャがユーロから離脱してドラクマに戻るかのように報じ、債券格付け機関がギリシャ国債を格下げする。これらの動きが続いた結果、ギリシャ国債の利回りが上昇した。 (Greek bond yields rise to unprecedented levels

 私は以前から、ギリシャ国債危機に象徴される昨年来のユーロの危機について、米英系の投機筋と金融マスコミと債券格付け機関が結託し、崩壊しかけているドルや米国の債券金融システムの問題から世界の人々の目をそらしてドルを守るため、ユーロ圏内の弱い諸国の国債を攻撃するユーロ潰しの金融覇権戦争を起こしていると考えてきた。ギリシャ経済の脆弱性は昔からの話であり、それが今になって過度に重視されるのは不自然だ。ギリシャ国債の利回り上昇が、金融戦争の表れだとしたら、それは今後もずっと続くだろう。ユーロは、創設以来の危機に直面している。 (ユーロ危機はギリシャでなくドイツの問題

 EUが、米英金融筋から仕掛けられているユーロ潰しの攻撃を乗り越えるには、ギリシャなどユーロ加盟諸国が別々にユーロ建ての国債を発行する従来の体制をやめて、財政統合を進め、国債発行をEU当局に一元化する「ユーロ国債」の制度に移行するのが良い。ユーロ加盟国は、EU当局の方針に沿った緊縮的な財政政策をやる代わりに、ドイツ国債と同じトリプルA格の低利回りのユーロ国債による資金調達ができる。投機筋は、ギリシャやイタリアの国債を下落させられても、ユーロ国債だと相手が強すぎて勝てない。ユーロを救うにはユーロ国債しかないと、投資家のジョージ・ソロスが最近のインタビューで言っている(ソロスは米英投機筋の一人だが、多極主義者的な感じもする)。 ('You Need This Dirty Word, Euro Bonds' SPIEGEL Interview with George Soros

 しかしユーロ国債の発行を実現するには、各国の政治的な同意が必要であり、時間がかかる。ギリシャ国債の利回りが急騰していた8月中旬に、フランスのサルコジ大統領が、ドイツのメルケル首相に、ユーロ国債を発行する体制を整えようと提案した。だがドイツ政界は与党内も含め、ユーロ国債の発行に猛反対したため、メルケルはサルコジの提案を拒否せざるを得なかった。 (Germany's Angela Merkel faces eurobond mutiny

 この時点で、ギリシャ国債危機の早期解決の道が閉ざされた。ドイツ政界では「ギリシャの放蕩癖がなおるはずがない。ユーロ圏から追放し、通貨を昔のドラクマに戻させろ」といった荒っぽい言説が放たれ、そのたびにギリシャ国債の利回りが上がった。 (Angela Merkel under pressure as German opinion divides

 EUは、すでにギリシャ政府に対し、国債の利払いや元本償還の際に足りない資金を供給する救済策を行っている。救済策は少なくとも2012年末まで続けることになっており、独メルケルは「2013年までギリシャがデフォルトすることはない」と言って、今にもギリシャがデフォルトしそうだと言い続けるマスコミなどを批判した。 (Merkel bids to quash Greece default talk

 しかし、ギリシャ国債の利回りが上がるほど、国債の利払いのために独仏など他のユーロ諸国が出さねばならない救済金の額が増える。勤勉を自称するドイツ人は、怠慢のレッテルを貼られがちなギリシャの救済のために使われる自国の公金が増えることに反対し、ギリシャ救済の持続が困難になっていく。EUの中でも、助けられる側のイタリアやスペインなどは、ギリシャ救済に反対しない。フランスでも反対は少ない。だが助ける側の筆頭役であるドイツでは、メルケルの与党CDUが地方選挙で負け続けており、危うい状態が続いている。 (Merkel coalition suffers new vote loss

 いくらギリシャ国債の利回りが上がっても、EUがギリシャに救済金を出している限り、それだけではギリシャ国債はデフォルトしない。だが、ドイツの国家的な政治意志が変わった場合、ギリシャがデフォルトに追い込まれる可能性が出てくる。とはいえ、ドイツの国家意志が変わることが今後ありえるかというと、私はそれに懐疑的だ。EU統合は、冷戦終結とともに始まって以来、一貫して一方通行の戦略である。EU諸国の政治家は、統合をあと戻りするための選択肢をあえて何も作らず、統合を決める国民投票がどこかの国で否決されても、1−2年待ってほとぼりが冷めたころ、似たような統合案に別の名前をつけて再び同じ国に意志決定させ、統合案が通るまでそれを繰り返してきた。

 つまり、EUには統合の方向性しかない。それが今のEUの全体的な政治意志である。国民投票はとってつけたものでしかなく、民意は事実上、EU統合に関係ない。欧州の政治意志は昔から、ビルダーバーグ会議に出るような欧州諸国のエリートたち(資本家と王侯貴族ら)にゆだねられており、彼らはEUの統合を推進したい。彼らの意志は多分、今も変わっていない。ドイツの民意が「ギリシャのユーロ離脱」でかなり固まったとしても、ドイツが国家意志としてギリシャを見捨てる可能性は低い。だが、独議会でギリシャ救済策が次々と否決されていくと、ドイツはギリシャを救済しきれず、ギリシャの財政破綻が起こりうる。

 もしギリシャがユーロから離脱させられたら、次はイタリアやスペイン、ポルトガル、アイルランドなどが投機筋から再び狙われ、ユーロから離脱するまで攻撃され続け、次々と連鎖的に離脱していくだろう。すでに述べたように、ユーロは一方通行の戦略なので、加盟の時の手続きがいろいろ細かく定められているが、離脱の時の手続きが何も用意されていない。だから、ギリシャなどがユーロから離脱すると、それによってEU全体がこうむる悪影響が大きくなる。離脱後の数年間、欧州経済に悪影響が残るだろう。ギリシャをユーロから離脱させるのは、ドイツ自身を含むEU全体にとって自滅的だ。

 メルケルは9月29日に独議会に、財政を統合した場合にEUの財務省になる予定の「欧州金融安定化機構」(EFSF)の機能を強化する法案を提出する。それを受け、10月3日のEU財務相会議で、ギリシャに対する追加支援策を検討する。独議会がEFSFの強化を可決すれば、ギリシャとユーロが助かる可能性が増すが、否決されると困難が拡大する。 (Greek Default Inevitable?) (◆EUの財政統合を何とか進めたい独仏首脳

 ユーロが破綻すると、世界経済にとっても甚大な被害が出る。米国のドルは弱体化し、基軸通貨としての役割を果たせなくなっている。基軸通貨の多極化が必要になっており、だからこそG7の代わりにG20が世界経済の意志決定の場となった。この期に及んで世界の新たな基軸通貨の一つとして最も有力なユーロが破綻すると、いまさらドル単独基軸に戻ることもできず、世界経済が混乱するばかりだ。英国の分析者(Will Hutton)は「ユーロを、今の世界経済が抱えている問題の元凶と考えるのは間違いだ。逆に、ユーロは(諸国通貨の統合によって新たな基軸通貨を作るという)世界的な問題の解決策を用意してくれている。ユーロを潰してはならない」という意味のことを書いている。 (The ailing euro is part of a wider crisis. Our capitalist system is near meltdown

 このような状況を見据えて、中国を筆頭とするBRIC諸国が、ユーロ圏諸国の国債の買い支えなど、ユーロを助ける動きを強めている。中国は以前から、ギリシャの国債を買い支えたり、南欧諸国のインフラ事業に投資したりして、ユーロ圏を助けている。 (EUを多極化にいざなう中国

 9月22日に米国ワシントンDCで開くBRIC諸国のサミットは、ユーロ支援について協議することを予定している。これはブラジルの提案で行われるが、BRICの中でも米英寄り・反中国的なインド政府筋は、英米系記者から尋ねられ「そんな話は聞いていない」と驚いてみせるなど、BRICならではの足並みの乱れも見せている。しかしBRICは総額3兆ドルの外貨準備金を持っている上、これまでドル偏重だった外貨運用をユーロなどに分散していこうとしており、もともとユーロ建ての国債を買い増すつもりがあった。 (No free Chinese lunch for Europe

 どこの国でも多くの国民は、覇権とか世界的な体制の問題について疎く、もっと国内的でさまつな話にすりかえて民意を決めてしまう。ドイツは「民主主義国」なので、国民の大半が反対したら、国策の決定者であるビルダーバーグ参加者の意に反して、ギリシャ救済の継続が難しくなる。だが中国は共産党の独裁なので、そのようなしがらみもなく、ギリシャを救済できる。BRICのユーロ救済策は、どの程度の効果をもたらすか不透明だが、これまでなかった多極型の動きとして注目に値する。



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