ギリシャはユーロを離脱しない2015年2月12日 田中 宇ギリシャがユーロから離脱する「グレグジット(Grexit)」を予測する声が強まっている。Greeceとexitを掛け合わせ、2012年に米銀行界のアナリストが作った言葉だ。EUはギリシャに対し、2月末までに財政緊縮を実行する具体的な政策を提出しないと80億ユーロの救済資金を出さないと通告している。緊縮財政をやらないと公約して総選挙に勝ったギリシャのツィプラス新政権は、2月末の期限を守らないと明言し続けている。 (Greek withdrawal from the eurozone - Wikipedia) (Varoufakis Blasts ECB "Has Lost Control Of Monetary Policy" As Germany Tells Greece: "There Is No Way Out") ツィプラスは、ギリシャ前政権が以前にEUと結んだ救済策と引き替えの財政緊縮を拒否し、各国からつなぎ融資と債務帳消しを受けつつ新たな再建策をEUと結びたいと提案している。EUやドイツはこの提案を拒否した。イタリアやフランスなどギリシャ新政権に同情的な諸国も、債権国ドイツににらまれたくないので、ギリシャへの追加融資や帳消しに応じていない。このままだと3月以降、ギリシャ政府の資金が尽きて国の運営ができず、公務員の給料も払えず、対外債務も返せず国債が債務不履行(デフォルト)になり、ユーロから離脱して昔の通貨ドラクマを再導入せざるを得なくなる、というのがグレクジットのシナリオだ。 (Merkel pours cold water on Greece's push to end bailout) (Greek PM Tsipras says EU bailout failed, rejects extension) ギリシャ新政権は、ユーロから離脱しないと言い続けている。ドイツなどEU側も今のところ、ギリシャにユーロ離脱を強要しないと言っている。新政権のバロウファキス財務相は、ギリシャが離脱したら、それを機にイタリアやポルトガルなど、同様に国債危機でEUから救済を受けている南欧諸国への金融圧力が強まり、南欧にユーロ離脱の動きが広がってユーロ自体が崩壊する(だからEUがギリシャにユーロ離脱を迫ることはない)と述べた。 (Greek finance minister: The euro will collapse if Greece exits) 対照的に米国のグリーンスパン元連銀議長は、ギリシャが抜けても南欧の連鎖的な離脱などユーロ崩壊につながらないと考え、EUがギリシャにユーロ利用をやめさせることを勧め、ギリシャのユーロ離脱は不可避だと述べた。グリーンスパンは、ユーロを維持するにはEUの政治統合が不可避だが、今のEUは政治統合どころかその前段階の財政統合も完了しておらず、ギリシャを離脱させ時間稼ぎすることが必要だと指摘した。 (Greece: Greenspan predicts exit from euro inevitable) ギリシャが離脱したらユーロがどうなるかを考える前に、離脱する場合の手続きやシナリオについて考える必要がある。実のところEUは、ユーロを作る際、ユーロに加盟する手続きだけ法制化し、ユーロから離脱する手続きを作っていない。EU(独仏)の上層部は、EUやユーロに加盟する諸国の国民が、加盟による国権の放棄に反対し、選挙で反EU政党が勝って政権をとっても、簡単にEUやユーロから離脱できない状態をあらかじめ作っておくために、加盟のための「入口」だけ作って、離脱のための「出口」を意図的に作っていない。米金融界はドル防衛の一環としてユーロを痛めつけようとしてグレグジットという言葉を造語し乱用しているが、実はユーロにエグジット(出口)自体が存在しない。 ギリシャ政府がユーロを離脱して昔のドラクマに戻ると公式に表明した場合、EUが離脱の手続きを法制化するのは比較的簡単だが、ギリシャ政府が望んでいない現状が続く場合、EUがギリシャをユーロから強制的に離脱させる手続きを新たに法制化して実行するのは困難だ。EUの重要な決定は全会一致が原則で、ギリシャを強制離脱させるための新法制定にはユーロの全加盟国が賛成する必要がある。強制離脱を法制化すると、ギリシャだけでなくイタリアやスペインなど他の南欧諸国も強制離脱させられかねない。ドイツなどが法制化を提案したとしても、南欧勢が離脱の法制化に反対して可決できない。ギリシャをユーロから強制離脱させることはできない。ギリシャ政府が望む限り、ギリシャはユーロを使い続けられる。 (ドイツや北欧がどうしても不満なら、ギリシャをやめさせるのでなく、自分たちがユーロから離脱するしかない。そうすべきだとの意見もあるが、ドイツの上層部は自国の影響力・地域覇権を拡大できるEUやユーロを捨てたくない) そもそもこれまで米欧金融界などが語ってきたギリシャのユーロ離脱のシナリオは、ギリシャが財政難から脱する方法として、ユーロを離脱して昔の通貨ドラクマを導入するのが得策だという話だ。ドラクマの為替が急落して輸出産業に有利になり、ギリシャから他のEU諸国への輸出が増えて経済が活況に戻り、税収も増えるというシナリオだ。 金融界は経済面を見て「ギリシャはユーロから離脱した方が得策だ。それしか方法はない」とグレグジットを喧伝しているが、ギリシャ新政権は経済でなく政治面を見て、ユーロから離脱せず、ドイツなどと交渉し続けた方が得策と考えている。ツィプラス首相が交渉期限の2月末を超えてドイツの緊縮要求を断り続けると、数か月以内にギリシャ政府は対外債務を返済できず国債の露骨なデフォルト(債務不履行)に至る。債務再編中の今は、管理された「事実上のデフォルト状態」だが、それが露骨なデフォルトになると、悪い評価が他の南欧諸国の国債に感染し、ドイツやECBがユーロを救済するコストが増加する。 (Tomorrow Greece Decides: Europe... Or Russia) それを回避するためドイツが、ギリシャに交渉期間の延長を認めるなど少しでも譲歩すると、それを見て、同様に財政危機の南欧諸国で「わが国もギリシャと同じやり方でドイツを譲歩させよう」という考えが広がり、シリザの盟友であるスペインのポデモスなど反緊縮の政党が南欧各地で支持を急増して政権をとり、ドイツやECBに従順な既存の2大政党制が崩れ、EU政界の革命が起きる。ツィプラスは、ドイツの要求を強硬に拒否し続けることでEU全体の政治構造を転換できるかもしれないのだから、自らユーロを離脱しないだろうし、緊縮にも応じないだろう。EU政界の革命も、ユーロ危機の悪化も起こしたくないドイツは、難しい立場に追い込まれている。 (ギリシャから欧州新革命が始まる?) ギリシャのユーロ離脱は時間の問題だという見方が、マスコミでもネットの分析者の間でも強い。しかし、どんな道筋でギリシャがユーロを離脱しうるのか、具体的に書いたものがない。 (It's Only A Matter Of Time Before Greece Exits The Euro) ギリシャ国債は下落(利回り上昇)しているが、最近のECBのQE開始発表を受けてイタリアやポルトガルの国債は上昇している。ギリシャと他の南欧諸国の相場は切り離されており、ギリシャがデフォルトしても他国に感染しないとの見方もある。しかしユーロ圏の国債破綻は史上まだないので実際にギリシャが破綻したらどんな影響が出るかわからない。ECBのQEが実際どの程度の効果を持つかもわからない。先行き不透明感が非常に大きく、史上初の事態は悪影響が大きくなりやすい。未解決が長引くほど、EUの「経済制裁」でギリシャ国民の生活が困窮している構図が強まり、人道的な見地からギリシャの債務を減免せよという圧力がEU内で強まる。 (Goldman: Markets Ignore Grexit Threat Due To ECB QE, But If There Is A Grexit Then All Bets Are Off) (◆ユーロもQEで自滅への道?) 前回の記事に書いたように、すでにツィプラスはキプロスをけしかけてロシアの軍事基地を作らせ、キプロス紛争の構図を転換し始めている。EUの対露制裁強化もギリシャとキプロスの反対で否決された。ギリシャ政府は、EUがつなぎ資金を貸してくれないなら、露中など他の諸国から借りるぞとも脅している。ツィプラスは国際政治や地政学の策略に非常に長けている。危険人物とみなされ(米英筋などから)暗殺されるのでないかと懸念する指摘もすでに出ている。 (ウクライナ米露戦争の瀬戸際) (The New Greek Government May Be Assassinated) (Greek defence minister says Greece has Plan B if EU rigid on deal) ドイツがギリシャに対する「緊縮しないなら支援しない」という態度をこの先もずっと変えない場合、EU外で資金に余裕がある中国がギリシャに救済資金を貸すかどうかが重要になる。中国の姿勢は揺れている。ギリシャ新政権が緊縮しないと言い出した直後、中国政府は「ギリシャはドイツの言うことを聞くべきだ」と表明した。中国は、中国包囲網やロシア敵視で脅してくる米国の覇権を嫌い、ドイツ主導のEUが統合を成功させて欧州が米覇権から自立し、多極型世界における中国やBRICSの伴侶になることを望み、ドイツのEU統合の努力を強く支持してきた。 (Germany And China To Greece: Do Not Reneg On Reforms) (Go West, Young Han By Pepe Escobar) 中国は従来、EUが独主導の欧州エリートが2大政党制で談合して欧州統合を推進することを支持してきた。だからギリシャにツィプラス政権ができてドイツの地域覇権に反抗し、EU各国の2大政党制を破壊しそうな動きを始めたとき、中国はドイツの肩を持った。中国は、危機対策としてのギリシャ政府の民営化事業として売りに出たアテネのピレウス港を買収し、ピレウスを中国船団の地中海のハブにする計画を進めている。ツィプラス政権は、ナショナリズムの立場に立ち、国有資産の安値売却である民営化事業を中止すると表明した。ピレウス港の利権が侵害されかねない事態に中国政府は懸念を表明し、親露親中に見えた左翼のツィプラス政権の対中関係が悪化しそうだった。 (Greece's port in a storm: anger as Syriza stops China extending hold on Piraeus) (China attempts to split EU and US) しかしその後、中国政府がツィプラスを訪中に招待したとの報道が出てきた。ツィプラス政権は、中国勢がピレウス港を開発し続けることを認めることにしたのだろう。 (Tsipras Invited To Visit Premier Li Keqiang In Beijing) 中国は、欧州統合を進めるドイツを強く支持する半面、米国の自作自演的なロシア制裁にドイツが付和雷同していることには不満を持っている。ギリシャのツィプラス政権は、EU内でロシア制裁に反対し、追加制裁を潰した。ギリシャは、EUを親露反米の方向に引っ張ろうとしている。このギリシャの動きを、中国は支援したいはずだ。中国は、ドイツの面子を立てつつギリシャを支援する道を探っていると推測できる。中国が公然とギリシャに支援融資するとドイツが怒る。中国がギリシャを支援するとしたら、ロシアが貸したことにするなど、目立たないようにやるだろう。 (◆ユーラシアは独露中の主導になる?) ギリシャ新政権の登場は、ロシアを有利にしている半面、EU自体を混乱に陥らせ、南欧と北欧の対立を激化させ、欧州統合の先行きを暗いものにしている。欧州が今のように弱いままだと、覇権の転換(多極化)が進まず、世界から資金が米国債に戻ってドル覇権が維持され、米国が国際政治と経済(バブル)の両面で弱まりつつも単独覇権を維持する状況が続く。 (Blistering Foreign Demand For 10 Year Treasurys, Highest Since 2011)
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