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ユーラシアは独露中の主導になる?

2014年10月7日   田中 宇

 今回書こうとしている記事は「いずれ来るドルや米国債の崩壊後、ユーラシア大陸は、ドイツ(EU)とロシアと中国が主導し、そこにインドやイランが加わる体制になりそうだ」という話だ。この話は、私のこの数年の覇権分析の中心をなすものだが、米国の覇権分析者のペペ・エスコバルが昨日、そのような記事を書いたので、私も触発されてこのテーマで1本書くことにした。 (Can China and Russia Squeeze Washington Out of Eurasia?

 ユーラシアの主導役が米国から独露中に移転するには、ドルや米国債の崩壊という、現時点の常識からすると多くの人が「あり得ない」と考える展開が、事前に起こらねばならない。世界中の全ての債券の原点として存在する米国債が信用を失墜することは、全ての債券の信用失墜、金利高騰を意味する。これは、とんでもない話だ。しかし、すでにFT紙は「社債市場の崩壊に備え始めよ」と題する記事を出している。債券市場に対する懸念が増している。 (Start getting ready for the corporate bond crash

 米投資会社ブラックロックは最近「社債市場は壊れており、改革が必要だ。取引の9割を10大ディーラーが行っており(それ以外の取引者が入ってこないため)流動性の面で問題がある」とする報告書を出している。08年のリーマン危機後、誰も取り引きしたがらなくなった凍結状態の債券市場を表向きだけでも復活させるため、米金融界では金融機関の間での債券取引を再生し、現在まで、あたかも債券市場が危機を脱しているかのような状況を作り出している。それが「社債市場は壊れている」という指摘になっている。改革は必要だが無理だ。ブラックロックの報告書は改革を説くためのものでなく「債券市場は危なくなっている」という警告を発するためのものだろう。 (BlackRock Urges Changes in `Broken' Corporate Bond Market

 米連銀はQE(量的緩和)によって資金(ドル)を過剰に発行し、金融市場を極度の金あまり状態にして金利を下げ、債券の利回り上昇(債券価値の下落)を防いでいる。債券を取引しているのは連銀と気脈を通じた金融界の内部者ばかりで、今のところ連銀の策は効いており、債券の金利は低い水準だ。しかし何らかのきっかけで社債市場における信用が崩れると、連銀が資金をいくら発行しても金利が下がらなくなる。しかも連銀は今月でQEを終わらせる予定だ。 (Jim Grant: We're In An Era Of "Central Bank Worship"

 連銀や日銀のQEは、市場を救済するために不健全な状態に置いている。投資家のピーター・シフは「連銀のQEが金融システムをひどく痛めていることに、多くの人が気づいていない。連銀はQEで(金融を健全化せず逆に)リーマン危機の原因となったもの(バブル)をさらに拡大している。いずれ、リーマン危機よりはるかにひどい金融崩壊が再来する」と警告している。 (Blind faith in dollar will lead world to financial Armageddon - Peter Schiff

「今の世界の負債総額は、リーマン危機前よりずっと巨額だ。次の金融危機は、リーマン危機がピクニックのように思えるぐらいの、ひどいものになる」という指摘も出ている。 (The Stage Is Set For an Ever Bigger Crash Than 2008

 債券が崩壊するなら、その前に株が急落するだろう。IMFのラガルド専務理事は、実体経済が悪いのに、それを無視して株が上がっていることは危険だと指摘している。 (Is This Why Christine Lagarde Is Suddenly "Quite Worried" About Disconnect Between Market, Economy?

 先進諸国の中で(見かけ上)比較的高い経済成長をしているのは米国だけだ。米経済の成長は金融バブル拡大にともなうもので、債券バブルが崩壊すると、米国はマイナス成長になり、世界経済はリーマン危機後以上のひどい不況になる。米連銀や日銀のQEで過剰発行された資金は、世界中の新興市場諸国にも流入しているので、米国のバブル崩壊は、米国自身よりも、基盤が脆弱な新興市場の経済をまず破壊するかもしれない。 (Global recovery is stalling, index signals

 米国のバブル崩壊で先に新興市場が潰れるなら、中国やロシアは潰れることになる。ドイツなどEUも「ギリシャが15カ月以内に再び財政破綻するだろう」とS&Pが発表するなど、金融財政面で米国より脆弱な感じだ。たとえドルや米国債が崩壊して米国が覇権を失っても、それでユーラシアの主導権がドイツとロシアと中国に移るものなのか。 (Here We Go Again: Greece Will Be In Default Within 15 Months, S&P Warns

 米国の金融システムは世界のシステムだ。それが崩壊すると、欧露中を含む世界経済のすべてがいったん大不況になる。しかし、その被害は長くて数年だ。長期的に見ると、米金融システムの崩壊は、ドルと米国債という、米国が覇権の源泉としていた道具の喪失であり、米国が超大国の座をおりることを意味する。欧露中が何の準備もなく米国中心のシステムの崩壊に直面すると、代わりのシステムを構築するのに長い時間がかかる。しかし、欧州はすでに国際通貨としてユーロを持っている。露中はBRICSで今年、IMFや世界銀行に代わるBRICS開発銀行などの国際金融機関を創設するとともに、ドルでなく人民元やルーブルなど自国通貨で決済するシステムを強化している。 (米覇権下から出てBRICSと組みそうなEU

 最近、決済の非ドル化を最も強く進めているのは、ウクライナ危機で米国から敵視を強められたロシアだ。ロシアの大手銀行の経営者は最近「今後2−3年で、ルーブルの決済システムをドルやSWIFT(米欧中心の銀行間送金システム)から完全に離脱できる」と述べている。 (Russia banker: two to three years needed to be totally disconnected from dollar

(興味深いのは、欧州で「ロシアを外すなら、パレスチナでひどい殺戮や人権侵害を繰り返しているイスラエルもSWIFTから除名すべきだ」という主張が出ていることだ。イスラエル右派に牛耳られている米国の右派としては、ロシアは外したいがイスラエルを外すのは反対だ。逆に米国がイスラエルの傀儡と堕していることを嫌う人々は、イスラエルを外せと言っている。イスラエルを除名しろという要求が強まっていると暴露したのはSWIFT自身だ。SWIFTは、自分たちが国際政治の道具にされていることを嫌がり、ロシアやイスラエルをシステムから外すことに反対する声明を発表した) (SWIFT Announces It "Regrets The Pressure" To Disconnect Russia

 ロシア政府は、中国と組んでSWIFTに代わる送金情報システムを構築しようとしている。ロシアは、米国から敵視されるほど、BRICSがゆっくり進めようとしていた国際決済の非ドル化・非米化を急いで進めようとする傾向を強める。米国が経済・政治両面の自国の覇権を大事にしたいならロシアを制裁しない方が良いと、米欧の多くの著名な専門家たちが警告している。ロシア敵視策は、米国の覇権を自滅させる「隠れ多極主義」的な策略だ。 (The hidden cost of freezing Russia out of finance) (US use of sanctions could spur dollar's decline) (◆ロシアは孤立していない) (◆米国自身を危うくする経済制裁策

 今春からのウクライナ危機の本質は、NATOのアフガニスタン占領が今年で終わるのを機にドイツがEUの軍事統合に拍車をかけ、欧州を脱NATO・脱対米従属・親露的な独自路線に進めようとするのを、米国が阻止しようとする策だ。ドイツのメルケル政権は、EU内の対米従属派に配慮して米国のロシア敵視策にある程度つき合いながらも、最終的にウクライナ危機を転機として、欧州とロシアとの影響圏の境界確定につなげ、独露関係を好転しようとしている。長期的に見てウクライナ危機は、きたるべき多極型世界(multipolar world)を準備するための、欧露の影響圏が重なっているウクライナやコーカサス、東欧地域における影響圏の境界画定の作業となる。欧州のシンクタンク(LEAP2020)がそう指摘している。 (The Euro-Russia row as a result of an overlap between two economic unions : lessons for a multipolar world in the wake) (◆NATO延命策としてのウクライナ危機

 ロシアは、ベラルーシやカザフスタンと結成している「ユーラシア関税同盟」を、金融や労働市場に拡大し、来年の元旦から「ユーラシア経済同盟」に格上げする。この3カ国は来年から、ルーブルを基軸通貨とし、3カ国の国民は自国だけでなく3カ国のどこででも労働ビザなしで就労できる。 (Russia completes ratification of Eurasian Economic Union, as Putin signs law

 このシステムは、ユーロを創設して労働市場を統合したEUの経済統合とほとんど同じモデルだ。ロシアは、自前のEUを創設しようとしている。これは、いずれEUとロシアが大体同じ超国家システムを持つことを意味する。これも、多極型世界においてEUとロシアの協調関係を強める方向の動きだ(ウクライナ危機は、同国が欧露どちらの超国家体制に入るかという引っ張り合いから始まっている)。ユーラシア同盟は、ルーブル圏を創設する「非ドル化」策でもある。 (Russia ratifies Economic Union and readies trade in currencies other than dollar

 ドイツがEUの主導役であることが顕在化し、EUが米国の傘下から出てロシアと親密にする時代がくるとしたら、そのとき米国覇権の黒幕だった英国はどういう立場にいるのか。米国の覇権が崩れたら、もはや米英同盟は有効な国家戦略にならない。英国は「国際政治力」以外の取り柄がない(金融は国際政治力の具現化だ)。米覇権の後ろ盾を失うとポンドも紙切れに近づく。しかしEUにとどまってもドイツの傘下に入らされるだけの屈辱だ。最近、英国はさかんに中国に接近し、ロンドンを世界最大の人民元のオフショア市場にしようとしている。 (Opinion: Britain gives Chinese renminbi a big endorsement

 英国は、多極化に抵抗するのをやめて、むしろきたるべき多極型世界の中で儲ける存在になろうとしている。このことから推測すると、英国はドイツと話をつけ、EUに残留していずれポンドを廃止してユーロを導入する代わりに、英国がユーロ圏と中国などを結ぶ最大のオフショア金融市場であり続けることをドイツが認めるといった国家延命の道筋をつけるのでないかと予測できる。 (UK Hints At Next Reserve Currency, To Issue Chinese Yuan-Denominated Bond

 欧露の話はこのぐらいにして、ユーラシアのもう一つの極と目される中国に話を移す。日米などでは「中国は不動産市況が悪化し、米国より先にバブル崩壊する」という説が根強い。中国の不動産市況が悪化しているのは事実だ。しかし、日米で流布する「中国の不動産市場は投機ばかりだ」という指摘は間違っているとFTが書いている。中国で投機として住宅を買う人は、全体の7−12%にすぎない。中国の住宅価格は年平均9%上がっており、日米ではこれが「バブルだ」と言われるが、中国の都市住民の名目所得は毎年平均で13%増えており、人々の購買力の増加より値上がり率が低い。などなど、FTの記事は中国の不動産市場がバブルでない理由を詳細に書いている。 (Guest post: China's property is slowing, not crashing

 香港では最近、行政長官の選挙の民主化を求める市民運動(中環占拠)が再燃し、10月1日からの国慶節の連休を使って40万人の市民が民主化要求デモに繰り出した。これを受け、日米などの分析者の間で「香港の民主化要求運動が内陸部に波及し、共産党政権を潰すかもしれない天安門事件並みの大運動に発展しそうだ」という説が出ている。 (China Is a Paper Tiger

 しかし私が見るところ、中国大陸の人々のほとんどは、天安門事件が再来して共産党政権が潰れるシナリオの実現を望んでいない。中国人の多くは生活の安定を最重視し、経済的な破綻や混乱を何よりも嫌う。中国では政治が不安定になると社会が混乱し、経済が悪化する。中国人は民族的に利権希求力が強い(つまり強欲な)ので、中国では選出方法に関係なく、権力を持つ者が腐敗しやすい。中国人は、市長や主席を自分たちで選ぶことでなく、共産党が強さを維持して腐敗しない市長や書記や主席を選出・監視してくれることの方を望む。香港の民主化運動は、中国本土に波及しにくい。 (◆民主化運動で勝てない香港

 中国とユーラシアの多極化の関係で見ると、これまで国境紛争で対立してきた中国とインドとの関係改善が必要になっている。プーチンのユーラシア戦略に乗って、中国はロシアとの国境紛争をすべて解決したが、インドとの国境紛争は解決されずに残っている。これについては最近、新たな動きが感じられる。長くなったので、ここから先は改めて書く。



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