中露のものになるユーラシア2021年7月26日 田中 宇アフガニスタンやイラク、中央アジア諸国など、ユーラシア大陸のあちこちで、米国の覇権が低下し、中国やロシアの覇権が強まっている。最近の最も顕著な例は、米軍が撤退したアフガニスタンだ。アフガンでは7月3日に米軍が最大級の拠点だったバグラム空軍基地(首都カブール北方)から夜中に飛び立って総撤退し、米軍の駐留が事実上終わった。米軍は、傀儡軍であるアフガン政府軍にも伝えずにバグラム基地から出ていったが(伝えると敵方のタリバンに筒抜けになる)、それでもその夜のうちに正体不明の武装勢力が米軍撤退直後のバグラム基地を略奪した。タリバンは事前に米軍の撤退を知っていたが放置し、略奪に入ったのは他の「小物」の武装勢力だったようだ。 (US slipped out of Bagram at night, didn’t tell new commander: Afghan military) (Looters Ransack Bagram Airbase After US Sneaks Out In Middle Of Night) 米軍撤退前の時点で、すでにタリバンはアフガニスタンの国土の70-80%(カブールなど都市部以外のほとんどの地域)を統治していた。昼間は米軍や政府軍が展開していても、夜はタリバンの支配下になる地域が多かった。米軍が撤退したらタリバンがカブールの市街地に侵攻し、米国傀儡の政府軍が戦わずに瓦解してタリバンが政権をとるのでないかと予測されていた。だが実際は今のところ、米軍撤退後もそのような展開になっていない。中国、ロシア、それからイランやトルコも連携して、米国の傀儡だったアフガン政府(ガニ政権)を支持する姿勢をとり、アフガン政府とタリバンに対し、内戦でなく政治交渉するよう促し、戦闘するなとタリバンにやんわり圧力をかけているからだ。(タリバンは、歴史的にパキスタンの軍部と仲が良く、パキスタンは中国の子分だ。イランの革命防衛隊もタリバンに食い込んでいる。イランも中国の子分だ) (The Taliban Are Unstoppable In Their Momentum) (Taliban say they control 85% of Afghanistan, humanitarian concerns mount) 中国とロシアが主導し、中央アジアやイラン、トルコなどが加盟している「上海協力機構」(アフガニスタンはオブザーバー参加)が7月14日にタジキスタンで開いた外相会談にアフガン政府のアトマル外相も参加し、中国の王毅外相が提案したアフガン和平案を喜んで受け入れた。タリバンに攻められたら崩壊必至だったアフガン政府は、大喜びで中露の和平案に乗っている。米軍撤退後に支配地を急拡大し、すでにアフガン国土の90%を支配しているタリバンは、中露側から圧力をかけられて不満かもしれないが、沈黙している。タリバンは、アフガニスタンに覇権を行使する勢力が米英から中露(とくに中国)に替わったことを知っており、新しい親分である中国の言いつけに従ってみせることで、長期的・政治的な利得を得ようとしている。 (Russia-China advance Asian roadmap for Afghanistan) (Could Afghanistan crisis give Shanghai Cooperation Organisation the key role China wants for bloc?) 中国にとってアフガニスタンは、習近平のユーラシア覇権戦略である「一帯一路」の重要な場所だ。アフガニスタンが安定すれば、中国西部からパキスタンや中央アジアを通ってイラン方面に抜ける貿易路が開ける。タリバンがおとなしくして自国の安定化に貢献すれば、中国はいずれタリバンに政権をくれる。タリバンは、アフガン最大の人口(45%)を占めるパシュトン人を代表する政治勢力でもあり、選挙で失敗しない限り、戦闘せずに与党になれる(米国は、この民主主義の具現化を認めず、タリバンを針小棒大にテロリスト扱いして敵視しつつ別の傀儡政権を作りたがったので、タリバンと長い戦争になり、今回敗退した)。 (China to ‘prop up Taliban’ in Afghanistan to seize power in Middle East as US & NATO retreat) (Say hello to the diplo-Taliban) パキスタン軍部にタリバンを作らせたのは、クリントン政権前半の米国だった。冷戦後、ソ連崩壊後の中央アジアにインド洋から北上できる貿易路を開こうとした。タリバンは、米国の傀儡だったユーラシア覇権戦略の申し子・尖兵だった。しかしクリントン政権は後半になると、オルブライト国務長官らネオコン・ネオリベ・軍産勢力がタリバン政権に「女性差別するならず者国家・テロリスト」のレッテルを貼って敵視し始め、イスラエルが米国を乗っ取った「911テロ事件」とともにタリバンは正式に米国の敵にされ、アフガニスタンは米軍に占領され、戦争が再開された。米国は20年間の稚拙な戦争を続けて敗退し、ユーラシアの陸路の要衝であるアフガニスタンは中国のものになる。アフガンだけでなく中東各地で20年の稚拙な戦争をやらかし、ユーラシアで米国が中露に取って代わられる事態をもたらしたネオコン・ネオリベは、隠れ多極主義(もしくはそのうっかり傀儡)である。 (アフガニスタンとアメリカ <仕組まれた911>) (US Intelligence Says Kabul Could Fall 6 Months After Pullout) 米軍が撤退したらアフガニスタンが中露の覇権下に入ることは、2008年ごろから予測されていた。私は何度も記事を書いてきた。今回ようやくそれが実現する。新たに記事を書かなくても、これまでの記事をリンクするだけで十分だ。しかし、人類の多くは忘れっぽいので、改めて書いてみた。 (ユーラシアの逆転) (立ち上がる上海協力機構) (中国がアフガニスタンを安定させる) ▼イラクとイラン 米軍が撤退するのはアフガニスタンだけでない。911後に米軍が大規模駐留したもう一つの国であるイラクからも、米軍は撤退を決めた。イラクのカディミ首相が訪米して7月26日にバイデン大統領と会い、2人は米軍の戦闘要員の総撤退で正式に合意した。米政府はイラク撤兵をずっと否定してきたが、実のところトランプ政権時代から米政府はイラク撤兵を検討していた。イラク駐留米軍はすでに装備や人員をかなり減らしており、それを見たイラクのシーア派民兵団(イラン系)がさかんにドローン(中国製)やロケット砲などで米軍基地を攻撃していた。米軍は反撃しきれず、イラクの民兵団に「米軍基地を攻撃するのはやめてくれ」と懇願していた。米国の弱体化は明らかだった。イラクの周辺でも、カタールに配備されていた巨大な米軍の装備群がヨルダンに移されるなど撤退の方向だ。 (Biden To Seal Deal With Iraq Ending Combat Role For US Forces) (US Forces Are Under Constant Rain Of Fire In Both Syria And Iraq) 米国が出ていくほど、イラクではイランの影響力が強まる。米国のマスコミには「イラク人の多数派は、シーア派としてイランの傘下にいたいという気持ちよりも、イラク人としてのナショナリズムの感情が強く、親イランでなく反イランである。米軍が撤退してもイラクはイランの傘下に入らず、米国の傘下に残る」といった論調が出るが、これは私からすると「ネオコン的な意図的な歪曲・間違い」である。イラクとイランの間には齟齬もあるが、それに便乗して米欧がイラクを支配し続けられるほどの強さでない。 (In Iraq, an old U.S. foe grows his political power) (US transfers 3 huge logistic bases from Qatar to Jordan – gesture to Iran) イラクやアフガンなど中東に対する米国の支配は敵視と破壊ばかりだった。その状態から離脱したいと、中東のほぼすべての人(イスラエルやクルド人以外)が思っている。米国(や欧州)は、これから中東を出ていくと、二度と支配者に戻れない。世界最大級の埋蔵量を持つイラクの石油利権は「温暖化問題」の影響もあり、欧米企業が手放し、それを中国が安く買い取っている。世界の石油利権が欧米から中国やロシアに移る話も、私としては10年以上前から書き古してきたことだ。 (Chinese oil companies fill void in Iraq) (イラクの石油利権を中露に与える) (イラクの石油が世界を変える) 米国はイラク戦争後、イランに核兵器開発の濡れ衣をかけて敵視し、政権転覆しようとした。これは軍産ネオコン・ネオリベ・イスラエルの策略(覇権策として愚策。隠れ多極的)だった。オバマ政権はその愚策をやめてイランと和解して覇権を取り戻そうとして核協定(JCPOA)を2015年に締結したが、次のトランプは再び隠れ多極で、核協定から離脱した。 (トランプがイラン核協定を離脱する意味) (歪曲続くイラン核問題) 今のバイデンは表向きオバマ路線を継承し、イランと再交渉して米国を核協定に復帰させようとしている。だがよく見るとバイデンは、中東で米国の政治・軍事力が弱まる中でイランに譲歩を迫り、イランが拒否したり強気になるよう誘導している。イランが強気になるのを見て、バイデンはイランに譲歩し、それが米軍のイラク撤退や、カタールの米軍巨大装備のヨルダン移転になっている。イラン政界では対米強硬派が押している。イラン当局はすでに米国を怒らせる目的でウラン濃縮を再開した。濃縮の目的は核兵器開発でなく国際政治で、これは以前からのイランの演技だ。核協定は再締結されず崩壊していきそうだ。それはイラン中露の優勢と、米欧の劣勢を加速する。 (Spokesman: Iran Security Council Rejects Draft Proposal to Restore Nuclear Deal) (Nuclear Talks Teeter On The Brink As Iran Restarts Uranium Enrichment) 米国は中露への敵視も強めており、敵視されたイランと中露が結束を強める流れになっている。イランはもはや、米欧から制裁されても中露との経済関係で十分やっていける状態になっている。だからイラン政界で対米強硬派が強くなっている。ライシ新大統領は中露への接近を強める。中露イランを同時に敵視して結束させる米国の行為は失策のように見えるが、隠れ多極主義の観点からは、全く意図的なものに見える。米国の敵視が中露イランを結束させ、米国の覇権を自滅させ、世界を多極化するという流れも、私は10年以上前から書いてきたので、自分としては書いていて今更な感じだ。しかし、この観点がマスコミで報じられることは全くない。隠れ多極主義は今後も陰謀論扱いされ続ける。 (Raisi era will move Iran closer to Russia and China) (米国を中東から追い出すイラン中露) (非米同盟がイランを救う?) ▼トルコの独創性 ユーラシアにおける米欧から中露への覇権移転の流れの中で、裏表のある独特の動きをしているのがエルドアン大統領のトルコだ。トルコは表の顔として、米欧がロシア(最近では露中)を敵視する軍事同盟であるNATOの一員だ。しかし同時にトルコは裏の顔として、ロシアから公式に新型迎撃ミサイルなどを購入し、シリアやコーカサスの運営(覇権行為)をロシアと役割分担して(敵味方を演じつつ)行っている。露トルコの支配外交の演技は、20世紀初頭にライバルを演じつつ中東を分割支配した英国とフランスの演技に似ている。トルコは上海協力機構にも首を突っ込み、中国の一帯一路に協力している。エルドアンのトルコは表向き「欧州・西側の一員」を演じつつ、同時に「新オスマン帝国」として中露のユーラシア支配に食い込んで分け前を要求している。とてもしたたかだ。エルドアンはすぐれた政治家である。独裁万歳。 (トルコ・ロシア同盟の出現) (ロシア・トルコ・イラン同盟の形成) (眠れるトルコ帝国を起こす) アフガニスタンにおいて、トルコ軍はNATO駐留軍の一員としてカブール空港を警備してきた。米軍の総撤退を前に、ドイツや豪州など、NATOや同盟諸国の軍隊も総撤退した。だがトルコ軍だけは「カブールの欧米人がいざという時に飛行機で逃げられるようにしておくため」と称して、カブール空港を警備し続けている。タリバンが、すべての外国軍に撤退を求めると、トルコ政府は、カブール空港に駐留する自国の軍勢を、正規軍から民兵団(警備員・傭兵部隊。シリア北部にいたアルカイダ残党を移動させる)に替えて駐留を継続している。 (Erdogan Says US and Turkey Agree on ‘Scope’ of Kabul Airport Mission) (Turkey to Transport Syrian Mercenaries to Afghanistan) イスラム主義を掲げるエルドアンのトルコは、同じくイスラム主義を掲げるタリバンのアフガニスタンへの派兵を何とか維持し、米国が撤退して中国の傘下に入っていく今後のアフガンの発展の中でトルコ企業を儲けさせたい。米欧は撤退しても、トルコは残る。上海機構を通じて、中露の了承も取り付けてあるだろうから、タリバンも黙認している。トルコ自体の経済は近年(米イスラエル金融筋によって?)無茶苦茶にされているが、いずれ世界の多極化とともに蘇生していくだろう。 (Georgia: Pan-Turkic Empire’s Next Conquered Province) (Biden Refuses To Issue Erdogan Meeting Details: "I'll Let The Turks Tell You About It") (多極的協調の時代へ) 今回はこのあと、以前から書きたいと思い続けてなかなか書けなかった「中国がニュージーランドをファイブアイズから引っ剥がした話」や、米国の民主党左派などが「中国を怒らせると温暖化対策をやってくれなくなるので、あまり中国敵視しないでくれ」と言っている(笑)な話などにつなげようとしたが、とても長くなりそうなので、これらは改めて書く。 (China is Trying to Break up the Five Eyes Intelligence Network) (Progressives Demand Biden Leave China Alone Over Muslim Detention Camps, Hong Kong... To Avoid Climate Collapse) (John Kerry Says ‘Climate Crisis’ May Be Worse Than COVID Fallout, Begs China To Cut Emissions)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |