他の記事を読む

歪曲続くイラン核問題

2009年9月27日   田中 宇

 9月25日、イランが秘密の核施設を建設していることがわかり、国際社会がいっせいにイランを非難したという報道が世界的に流れた。IAEA(国際原子力機関)は「イランが核兵器を開発していると思われる兆候は見あたらない」とする報告書を何度か出し、米政府の諜報機関も「イランは保有ウランの濃度を核兵器用にまで高めていない」とする報告書(NIE)を9月初めに出した。米オバマ大統領は、イランと対話する姿勢を打ち出していた。 (New US spy report verifies Iran stance

 しかし、イランが秘密の核施設を作っているという話になったので、こうした流れは転換しそうだ。イランが秘密裏に核兵器を開発している懸念が高まったので、オバマの対イラン宥和策は間違いだったことがわかり、やはり米イスラエルでイランの核施設を空爆するしかない・・・そんな主張が、米イスラエルを中心に、一気に強まっている。 (Too late to stop Tehran, Obama tries to prevent an Israeli strike

 しかし今回の話も、詳細に見ていくと、むしろ「大量破壊兵器」のでっち上げによってイラクが侵攻されて以来の、米英イスラエルが敵性国に「濡れ衣」を着せて攻撃する戦略の一つであるという感じが強まる。

 まずおさえるべきは、問題になっている核施設が「秘密」の施設と言えるのかどうかという点だ。問題の施設が建設中であることをIAEAに伝えたのはイラン政府である。イランが隠していた施設を米国などが発見して暴露したのではない。イラン政府は9月21日に、新施設を建設中であることをIAEAに申告した。

 問題の施設はイラン中部の都市ゴムの郊外にある「革命防衛隊」(事実上のイランの軍隊)の基地にある地下のトンネルで建設されており、3000基のウラン濃縮用の遠心分離器を収納できる施設となる。イラン政府によると、施設が稼働し始めるのは1年半後の予定だ。IAEAの規則では、加盟国がウラン濃縮施設を建設・稼働する際には、稼働の半年前までにIAEAに申告し、IAEAが施設が怪しいものでないかどうかを吟味することになっている。国連総会出席のためニューヨークに来ているイランのアハマディネジャド大統領は「半年前に申告すべきものを1年半前に申告したのだから、誉められるべき話であって、非難されるべき話ではない」と主張した。イラン政府は、IAEAが同施設を査察するなら受け入れるし、IAEAの監視施設も設置して良いとの方針を表明している。 (UK says 'no sane person' thinks about attacking Iran) (Iran to put new uranium plant under IAEA supervision

▼イランはIAEAの規則に違反していない

 米国などからは「核開発が問題になった後、イランはIAEAと個別の取り決め(追加協定)を結び、ウラン濃縮施設を新設する際には構想の段階でIAEAに設計図を提出して認可を受けねばならないことになっている。イランは今回、このIAEAとの取り決めに違反した」との非難が出ている。 (Ahmadinejad: Iran is not violating IAEA rules

 かつてイラク核査察時に活躍した米国の元専門家(現在は活動家)であるスコット・リッターによると、イラン政府は2004年12月にIAEAとの追加協定に署名したが、イラン議会が批准しなかったので協定は発効せず、イラン政府は07年3月に、追加協定を結ばず白紙に戻すことをIAEAに伝えた。 (Iran's secret nuclear plant will spark a new round of IAEA inspections and lead to a period of even greater transparency

 米国などは「イランの一存でIAEAとの協定を破棄することは許されない」と主張しているが、IAEAは加盟国との協定で成り立っている組織であり、たとえばイスラエルはIAEAに加盟していないため、IAEAが何を決めても守らなくてよい立場にある。イラン議会がIAEAとの協定を批准せず、協定が最終的に破棄された以上、イランが守るべきIAEAの規則は「稼働の半年前までに新施設について申告する」ということだけになる。イランは違反しておらず、米国など「国際社会」の方がお門違いな非難をしていることになる。

▼オバマの対話戦略を破壊する目的?

 米政府の諜報機関は、今回問題になっているゴムの基地内の施設の存在を数年前から知っていたと報じられている。施設の建設が進んでいることを察知した米国側は、最近になってロシアに対し、ゴムの施設の存在を暴露するつもりだと伝え、ロシアがイランに対し、施設の建設を早くIAEAに伝えた方が良いと忠告し、今回のイランによる発表となった。各種の報道を総合すると、そのような展開が見える。

 しかし、この経緯説には矛盾がある。イランがゴムの施設へのIAEAの査察を受け入れれば、この施設がイラン政府の主張通り建設初期段階であるかどうかがわかるだろうが、もしイラン政府の主張通りであれば、この施設はまだ建設途上であって「数年前から存在していた秘密の施設」ではない。

 おそらく施設の建設は、数カ月前から米国の偵察衛星で探知できる状況になっていたのだろうが、米国が建設を把握していることを今のタイミングでロシア経由でイランに伝えるのは、オバマ政権にとっては悪影響の方が大きい。オバマは、10月1日に予定されているイランと国際社会の主要6カ国(米英仏露中独)を皮切りに、イランとの対話姿勢を展開していく計画だったが、今回の問題噴出によって、米国がイランとの対話姿勢を維持することは難しくなった。

 つまり「米国はゴムの核施設について暴露して非難する」とロシアに伝えたのは、米国内部だったとしてもホワイトハウスではなく、共和党右派や国防総省内、もしくはイスラエルの右派だった可能性の方が強い。彼らは、イランに「核兵器開発」の濡れ衣を着せる戦略を推進してきた人々でもある。彼らは、オバマが対話によってイラン問題を解決してしまうことに反対のはずだ。彼らが、10月1日のイランと国際社会との一回目の交渉が行われる直前の今のタイミングで、ロシア経由でイランに「米国はゴムの施設建設を暴露し、空爆の標的に指定する」などと伝え、イランがIAEAに申告するよう誘導したのだと思われる。

 イラク侵攻前に見せつけたように、彼らはマスコミ報道を操作するプロパガンダ技能を持っており、今回の歪曲報道が誘導された。NYタイムスには「オバマは世界的核廃絶の話を進めたいので、イラン核問題に焦点が戻ることを望まないが、ほかの(右派の)みんなは、これでイランを攻撃できる争点が再獲得できたと安堵している」という趣旨の「本音」も示唆されている。 (Cryptic Iranian Note Ignited an Urgent Nuclear Strategy Debate

▼突っ張るしかないイラン

 イランは現在、イラン中部のナタンズにある施設でウラン濃縮を行っている。それを、ゴムの軍事施設内に新施設を作ってウラン濃縮作業を移転する計画なのは、イランがIAEAに隠れて、発電用の低濃度ウランを兵器用の高濃度ウランに転換するつもりだったのだろうという説が、日本の新聞にも載っている。

 しかし、前出のスコット・リッターによると、IAEAはイランが保有しているすべてのウランの所在地や管理体制を把握している。イラン側がウランを持ち出せば、すぐにIAEAの知るところとなる。秘密裏に濃縮施設を建設しても、ウランがなければ核兵器を作れない。イランがゴムに新しい濃縮施設を作る理由は、米イスラエルがナタンズの現施設を空爆の標的にすると宣言しているので、空爆で破壊されないゴムの地下に新施設を作り、遠心分離器を移転するつもりではないかと、リッターは指摘している。 (Iran's secret nuclear plant will spark a new round of IAEA inspections and lead to a period of even greater transparency

 平和を愛する日本の読者から見ると、イランの核開発は平和利用に限定されていたとしても、アハマディネジャドが「国際社会」から全面的に敵視されつつ「わが国は核の平和利用をする権利がある」と突っ張り続けていることが理解できないかもしれない。「米国が止めろと言うのだから、核開発なんか止めて米国に許してもらえばいいじゃないか」と思うかもしれない。

 しかし、イランの隣のイラクは、つい数年前に「大量破壊兵器を持っているだろう」と米国から濡れ衣をかけられ、米国に譲歩して、各国に持つ権利がある短距離ミサイルすら破棄させられた挙げ句、侵攻されて国を潰され、フセイン大統領ら首脳陣は戦犯扱いされて処刑され、無実の市民が100万人(人口の5%)以上も戦争やテロで殺された。これを見ると、イラクと同様に「悪の枢軸」に入れられたイランは、米イスラエルから標的とされた以上、譲歩はむしろ破滅の道だと考えて当然だ。

 日本人自身、60年前に米国に戦争を誘発されて無条件降伏した後、60年以上たっても「米国に睨まれたらおしまいだ」と思っている。日本人は「イランは、ウラン濃縮を止めれば米国に許してもらえるのに」と思うかもしれないが、それはおそらく間違いであり、事なかれ主義と同義の平和主義でしかない。米国は、イランがウラン濃縮を止めても、次は別の案件でイランに国家戦略や安全保障上の譲歩を迫るだけだ。イランを突っ張らせているのは、むしろ米国の戦略なのである。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ