コロナ時代の中国の6つの国際戦略2020年7月14日 田中 宇中国共産党中央委員会の対外連絡部(中連部)は、共産党中枢で対外工作を担当する諜報機関だ。この機関の元副長官である周力(Zhou Li)が6月22日、中国政府系の中国社会科学院の学術誌「中国社会科学報」に「国際情勢の変化に積極的に対応する」(积极主动应对外部环境变化)と題する論文を発表した。この論文は、対外連絡部が中共中央に命じられ、今後の世界情勢の変化とその対策を6か条にまとめたものだ。中共全体が今後、この論文の内容に沿って動いていくことになるという趣旨が論文内に書かれている。この論文は、今後の「コロナ時代」の中共の国際戦略の要諦として用意された重要文書だ。この論文に書かれた6か条と、それに対する私の分析は以下のとおりだ。 (积极主动应对外部环境变化) (中联部原副部长周力:积极主动做好应对外部环境恶化的六大准备) (1)米国は中国敵視を強め続けており、この傾向は今後も続くので、中国は自国を米国から(経済的、政治的に)切り離す(デカップリング、脱钩)必要がある。米国は中国に対し、人的交流を制限したり、最恵国待遇を剥奪したり、ファーウェイを犯罪捜査したり、中国のマスコミ5社を規制するなどの敵視策をやっている。敵視は全面的であり、今後も続くことが確実だ。中国は、米国からの敵視策を軽視黙認せず、防御策をとっていく必要がある。 (周力:积极应对六大外部环境恶化的准备) (Top Communist Party Official: China, US Headed For "Complete Economic Decoupling") 【私の分析】鄧小平から胡錦涛までの以前の中共中央は、リベラルな政治体制を(少なくとも形式的に)目指しており、米国が中国をリベラルさが足りないといって批判敵視するのを軽視黙認する傾向があった。以前の中国は、経済発展を与えてくれる米国に従う姿勢だった。今の習近平は、従来の姿勢をやめて、一帯一路など独自の経済圏を作って米国に頼らない戦略を開始し、米国からの敵視に対して防御反撃する傾向を強めた。中共中央には以前のリベラル姿勢の継続を好む勢力が残存しており、習近平は彼らを潰すため「米国からの敵視を黙認せず反撃するのだ」「米国が理不尽な敵視を続けるのだから、中国は米国と縁を切るデカップリング・対米自立をやらざるを得ない」と強調している。今回の新戦略は、その方向の加速だ。覇権放棄屋・隠れ多極主義のトランプは、昨秋から中国敵視策を全面展開しており、それが世界の多極化につながる習近平の対米自立策を強力に後押ししている。トランプ政権は、中国のドル離脱を扇動するため、最近では香港ドルの対米ドルのペッグを外すことまで検討している。 (米国の多極側に引っ張り上げられた中共の70年) (Forget TikTok Ban, Trump Aides Discuss Busting The Hong Kong Dollar Peg To Punish China) 【分析の続き】中共が今回、トランプや議会の中国敵視策が今後もずっと続くと予測したことは、中共が今秋の米大統領選挙でトランプが再選され、バイデンが負けると考えていることを意味している。従来の軍産エスタブ(米経済覇権維持派)を代表するバイデンが勝つと、米国は中国との経済協調関係を蘇生していこうとするはずで、そうなると中国側は米中デカップリングを進めるのでなく、米国からの仲直り提案に乗って従来の米中協調で儲ける体制に戻るのが良いという話になるからだ。今は米議会も超党派で中国敵視だが、バイデン政権はそれを乗り越えて中国と再協調しようとする。別の見方をすると、習近平とトランプは多極主義の同志である一方、中共の従来派であるリベラル演技派とバイデン・軍産エスタブは米覇権主義の同志であり、米中間の2つの隠然同盟体が対立関係にある。私の今の予測では、米民主党が左右に分裂しているため秋の選挙はトランプの再選になるが、私の予測が外れ、マスコミの予測通りにバイデンが勝つと、今は盤石な中共中央における習近平の独裁体制が揺らぎ出す。 (Joe Biden Should Avoid Trump's China Trap) (Is Biden Trying To ‘Out-Hawk’ Trump On Foreign Policy?) (2)新型コロナ対策で都市閉鎖や経済・交通の停止が世界的に続くので、世界の輸出市場が縮小した。輸出企業の売り上げが大幅に減った。世界的な輸出でなく、中国国内と周辺の地域諸国(一帯一路)での経済発展に転換していかねばならない。世界的な流通網の立て直しも必要だ。 (China to Further Use Panama Canal as Important Means to Encourage Global Trade, Beijing Says) (Welcome to the Coronavirus-Inspired Supply Chain Security Showdown) 【私の分析】米欧が中国に投資した資金で、中国が工場などを作って米欧などに製品を輸出し、中国はその儲けを米国債など米国中心の債券金融システムに投資して米金融界を繁盛させるという循環が、従来の米金融覇権体制の世界の中心にあった。コロナによる世界経済の停止と(1)の米中デカップリングが重なって、この体制が崩れている。中国は、内需と一帯一路の経済発展で食っていく。米国企業は、トランプらの中国敵視に引っ張られ、内需と一帯一路で儲けていく今後の中国市場に入っていけず、中国から撤退する一方になる(万が一、バイデンが勝つとこれが逆流して米中経済協調が戻りうる)。欧州や日本の企業は、米国を無視する形で目立たないように中国市場に残り、中国の経済的な対米自立についていこうとする。いずれ米国は、おそらく遅すぎる段階になってから、隠れ親中国の欧日を経済制裁するぞと脅すようになる。 (ブレトンウッズ、一帯一路、金本位制) (ユーラシアの非米化) (3)新型コロナの感染拡大は長期化する。人類はコロナとの長期共存を余儀なくされる。第2波、第3波がくる。 (Coronavirus expert says Americans will be wearing masks for ‘several years’) (Dr. Fauci Warns Any Protection Provided By COVID-19 Vaccine May Be "Transitory") 【私の分析】コロナの感染が今年中とか来年夏までとか、わりと短期的に終わるのなら、(2)の世界市場の縮小状態も長く続かず、中国は再び輸出に依存できる。後述する(4)の米連銀がQEをやりすぎてドル崩壊する話や、(5)の世界的食糧危機も起こりにくくなる。コロナの感染が長期化するので、世界の消費市場は縮小したままになって中国経済の転換が必要になり、QEのやりすぎでドルが崩壊し、食糧危機も起きる。コロナの長期化が、中国の対米自立、米覇権の崩壊と多極化を引き起こす。 (コロナ大恐慌を長引かせる意味) (無制限の最期のQEに入った中央銀行群) 【分析の続き】また、中共が「コロナの長期化」を言う場合、それは米中など世界各国の当局とマスコミ権威筋が実際の感染状況を誇張して「感染再拡大」や「長期化」を演出している状態をふまえた上での話になっている。米国と中国は、地政学的な覇権運営上は敵どうしだが、コロナの誇張に関しては仲間である。コロナ対策のまとめ役であるWHOは米国の離脱によって中国の傘下に入っている。今後の「コロナ時代」の世界体制は、多極型(途上諸国をまとめる中国ロシアなどと、孤立主義化する米国が対等になる)新世界秩序であり、コロナの誇張はこの新世界秩序(UN+ G20など世界政府的なもの)によって立案運営されていると感じられる。以前は「地球温暖化人為説」の誇張がこの枠組みで試みられたが、コロナの方がはるかにパワフルなので温暖化の話はすたれている。 (COVID-19 Close To Losing Its Epidemic Status In The US, According To The CDC) (2020: A Rough Year For Greta?) (4)米国は中国敵視の一環で、米ドルが世界の決済通貨である点を悪用し、中国をSWIFTなどドルの決済システムから締め出して経済制裁しようとしている。防御策として中国は、人民元の国際化を急ぎ、世界がドルでなく人民元で決済できるようにすることで、ドルの単独覇権を壊す必要がある。ドルは今後、米連銀(FRB)のQE策が行き詰まった時に価値が大幅に下がる。その点でも、中国の機関や個人が資産をドルでなく人民元で持ったまま国際決済できるようにするのが良い。 (Time for China to decouple the yuan from US dollar, former diplomat urges) (Time for China to decouple the yuan from US dollar, former diplomat urges) 【私の分析】これと同じ趣旨のことは、周力の論文が発表されたのと同じ6月下旬に、中国政府の金融担当の2人の高官が、相次いで発言している(銀行保険監督委員長の郭樹清と、証券監督管理副委員長の方星海)。「ドル崩壊への準備を強める中国」に書いたとおりだ。2人は金融の実務者だが、周力はそれより政治的に格が高い国際政治戦略の立案機関にいる。中共中央に近い筋が、QEのやりすぎでドルが破綻すると予測し、ドル崩壊への対応として人民元の国際化による基軸通貨の多極化を明確に提案したことは画期的だ。これまでドルと米国の覇権と共存共栄してきた中国は、トランプの中国敵視策に押され、ドルと米国の覇権を終わらせる戦略に転換した。中国の方から強大な米国に無茶な喧嘩を売るのでなく、米国が中国に喧嘩を売りつつ自滅していくので、中国は防御策として対米自立し、それによって米国の自滅を後押しする。これは、米国から中国への覇権移譲である。 (ドル崩壊への準備を強める中国) (習近平を強める米中新冷戦) (5)世界的な食料難が起きる。コロナ危機やイナゴ大発生で、世界の食料生産は今年30%減る見通しだ。トウモロコシや大豆や小麦の国際価格が30-50%値上がりした。多くの国が輸出を減らして穀物備蓄を増やしている。多くの国で食料難から暴動が起こり、世界経済の悪化に拍車をかけている。中国は世界最大の大豆輸入国なので悪影響が大きい。中国国内と国際的な、農業や、食料の流通備蓄の改善が必要だ。 ("We Need To Act Now" - UN Warns World Faces Worst Food Crisis In 50 Years) 【私の分析】今年後半から来年にかけて起きそうな世界的な食料難について、日本では軽視されているが、国連では5月末から対策会議が行われている。コロナによる先進諸国の消費急減は食料にも及んでおり、その意味では需要減・供給過多なので食料難と逆方向だ(それで日本は軽視)。だが、コロナ危機の長期化で穀物や食肉の国際流通網が脆弱化しているのに加え、発展途上諸国の経済難が悪化して極貧の人々が急増している。世界がまんべんなく食料難になるのでなく、まだら模様に食料難が起きるのかも(コロナの「感染」拡大状況と似ている)。国連が叫ぶ「世界的な食料難」とは「先進諸国が途上諸国にもっとカネを出してくれ」という意図にもとれる。米国はカネを出さない(だから日本も出さない)が、代わりに中国が米覇権を穴埋めすべく、途上諸国に食料自体や農業技術などの支援を加速するかもしれない。中国の覇権戦略としてみると、日本(対米従属)が軽視する世界食料難を中国(対米自立)が重視するのは意味がある。 (UN chief warns leaders pandemic may cause historic famine) (6)IS(イスラム国)やアルカイダといった国際テロ組織が再勃興してくる。コロナで世界的にテロ防止策が棚上げされているのに便乗している。イスラム過激派は(新疆ウイグルを弾圧する)中国への敵視を強めている。上海協力機構やBRICS、ASEANの枠組みでテロ対策を強化せねばならない。 (Russian Anti-Terror Chief: Jihadis Are Intentionally Spreading Coronavirus) 【私の分析】中東などの情勢を見る限り、ISカイダはコロナ危機下であまり再興していない。ISカイダの最大の支援者は米国の軍産・諜報界であり、米国の中東撤退とともにISカイダは縮小している。中東の新覇権勢力であるロシア中国イランなどがISカイダを退治し、トルコやサウジアラビアなどがISカイダの後始末(米撤兵後の世話役)をしている。この枠組みの中で中国が「これからのテロ対策」を言う時、それは「米国に代わって中国が中東アフリカなどのテロ対策の主導役(の一翼)を担い、それによって中国の国際的な影響力や金儲けを拡大する」という意図が感じられる。 (US supports terrorists, will be expelled from Syria, Iraq) (China Inks Military Deal With Iran Under Secretive 25-Year Plan) 以上の6点を貫く方向性として見え隠れするのは、コロナ危機とトランプの世界戦略を逆手に取って中国の国際影響力を拡大しようとする意図だ。香港の分析者などは「この6点は中共が、米国からの経済制裁やコロナ危機や食料難やISカイダによって苦しめられ、危機に陥って弱体化している状況を露呈している」と分析しているが、こうした見方は私から見ると、トランプに乗っ取られた軍産が発する過度に楽観的な解読だ。トランプや軍産からの敵視にさらされている中共が自らの弱体化を進んで露呈するはずがない。この6点は、今後のコロナ時代における中国の覇権戦略である。 (中国が好む多極・多重型覇権) 今回の6点からは外れるが「中共は香港の民主化を抑圧して世界から非難され困窮している」という日米欧のマスコミなどが報じる見方も、同様のお門違いだ。中共は、米欧の覇権低下で中国の国際力が強くなってきたので、米欧からの非難を無視して香港の民主化を抑圧している。米欧以外の途上諸国のほとんどは、中国の香港抑圧を批判するどころか支持している。途上諸国に席巻されている国連人権理事会は6月30日、中国の香港抑圧をどう評価するかを議論し評決したところ、中国の香港抑圧を支持したのが53か国、批判したのが27か国だった。 (热贴:中共前高官提“后事” 中南海危机难熬) (The 53 countries supporting China's crackdown on Hong Kong) 中国の覇権拡大は、世界支配というより、金儲けのための「商売方法」の一つだ。英米は、世界システムを作って支配するのが好きな「システムおたく」「支配おたく」の傾向があったが、中国はもっと現実的・カネまみれで、儲からない覇権には興味がない。支配欲が強い英米は言うことを聞かない遠くの国を戦争で潰したがるが、金銭欲が強い中国は遠くの国と戦争しない(ヒマラヤや尖閣や南シナ海の軍事対立は国境紛争。香港や台湾やウイグルの紛争は国内的な問題)。日本が中国を警戒すべき点は尖閣よりも、長期的な経済利権の面で中国が優勢、日本が劣勢になっていきそうなことだ。 (キッシンジャーが米中均衡を宣言) (China’s 'Belt and Road' push brings risks, rewards to Mideast) 今回の6点は、いずれも中国の国家的な金儲け戦略になっている。(1)の米中デカップリングは、中国に利益を与えてくれなくなった米国を見限って独自の経済圏(一帯一路)を作る話だ。(2)の米国中心の世界の消費市場への輸出のかげりも同様だ。(3)は他の項目の大前提としてコロナの長期化があるということ。(4)のドル崩壊と人民元の国際化も(1)(2)の延長。(5)の世界的食料難は、途上諸国への中国の支援=影響力拡大による利権確保の策に読める。(6)のテロ対策の中国の主導化も、途上諸国への影響力と利権の拡大が目的だ。 (Zhou Li (diplomat) - Wikipedia) (The false logic of a China-US choice in the Middle East) (Will China Forming Oil-Buying-Cartel End The Petrodollar?) 今回の論文の6点のうち1から4は、日本にも大きな影響がある。(1)米中がデカップルしていくと、中国で製造して米国に輸出してきた日本企業が行き詰まるし、日本政府は外交的に日中両方との関係維持が難しくなる。日本は、米中分離の永続を前提とした長期戦略を立てねばならないが、現状の分析も足りない感じだ。 (Trump Says ‘Decoupling’ From China on the Table) (2)米国中心の世界の消費市場の縮小は、中国だけでなく日本も困る。中国は巨大な国内市場と一帯一路があるが、日本にはそれもない。日本は、中国にすり寄って中国と一帯一路に輸出させてもらうしかないのか。日豪亜のTPP11を広域市場として統合していくのか。 (日豪亜同盟としてのTPP11:対米従属より対中競争の安倍政権) (3)日本は、コロナ危機がいつまで続くかという公式な予測を持っていないので(1)(2)などの検討を怠っている。コロナ危機が長期化して世界の構造が不可逆的に変わることを前提とした国家戦略を立てず無策なままだと、日本はますます衰退する。 (コロナ、米中対立、陸上イージス中止の関係) (4)ドルが基軸性を失うなら、ドル建て資産を買い込んできた日本も大打撃を受ける。中国は、日本や韓国との貿易で使うための、中日韓と香港の通貨を加重平均した暗号通貨の構想を5月下旬に提案している。だが、これに対する日本からの反応は何も報じられていない(韓国も反応していないが)。中国は「ドル後」への準備を始めている。日本は(少なくとも表向き)まだ何もしていない。 (ドル崩壊への準備を強める中国) 覇権の転換への準備を進める中国と、そもそもの覇権構造の把握が不十分で、覇権転換を陰謀論としか見ることができない日本。この対照性が放置されると、中国の優勢と日本の劣勢がますます加速する。
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