コロナ、米中対立、陸上イージス中止の関係2020年6月26日 田中 宇今回の記事は、最近の大きな出来事である新型コロナ、米中対立の激化、日本の陸上イージス配備中止という3つの件が、相互に因果関係があることを解説したい。ひとことで言うと、コロナ危機によって米国が経済・消費の覇権国でなくなるため、中国は米国と仲良くしている意味がなくなってトランプが売ってくる喧嘩を買うようになり、日本は経済的に米国でなく中国に頼る傾向になって、中国に尻尾を振る意味で陸上イージスの中止を発表した。別の言い方をするとトランプは、コロナ危機を奇貨として、もしくはコロナ危機を誘発して、米中対立を激しくして中国を対米自立に押しやり、日本を親中国に追いやっている。この話、まずは米国が経済覇権国であることについて説明する。 (トランプ、安倍、金正恩:関係性の転換) 新型コロナは、いろんな面で人類に不可逆的な大きな変化を与えることになりそうだ。大変化の一つに、米国が世界最大の消費市場だった状態が終わることがある。これまで世界が米国を唯一の覇権国とみなし、米政府がいくら無茶なことを言ったり、歪曲的な冷戦体制を世界に強要したり、イラクなどで無茶苦茶な虐殺をやっても世界が黙認してきた大きな理由は、米国が世界から旺盛に商品を輸入し続ける世界最大の消費市場だったからだ。日本も西欧も中国も、戦後や改革開放後の経済発展の最大の部分は米国への輸出だった。米国の旺盛な消費が、戦後の世界経済を支えてきた。 (世界経済を米中に2分し中国側を勝たせる) 米経済は1970-80年代にいったん沈滞したが、80年代後半からの経済の債券化によって米国の金融が再膨張し、消費が再活性化された。人々や企業に商品を売ったりカネを貸した債権を債券化して流通できるので販売や融資のリスクが低下し、米国の旺盛な消費が復活した。世界最大の消費市場を維持できたこと(経済覇権国であり続けたこと)が、冷戦後も米国が覇権国であり続けられた最大の理由だった。冷戦後、安保軍事的には世界が米国に依存する必要が低下したが、経済面で米市場が魅力的だったので、米国は経済覇権国であり続けた。 新型コロナは、こうした米国の経済覇権国の状態を、おそらく不可逆的に終わらせる。コロナは米国だけでなく世界中の国々の消費・内需を激減させている。だが、その深刻さは米国において特に大きい。米国では各地で暴動が起き、社会混乱の長期化が予測される。流通網が停止・混乱し、インフレの悪化も指摘されている。米国は以前のような旺盛な消費の状態に戻れそうもない。コロナ危機は来年、再来年と続きそうなので、米国の経済不振も長期化する。 (米国の暴動はコロナ愚策の都市閉鎖が主因) すでに書いたように、米経済(経済の7割が消費)の強さは金融債券化によって維持されてきたが、米国の債券金融システムはリーマン危機前からバブル膨張に依存してきた。バブル、とくに中央銀行のQEへの依存がリーマン危機後に強まり、コロナ危機の到来とともに、金融相場の下落をすべてQEで穴埋めする仕組みが導入された。QEは、中央銀行によるバブル膨張策だ。米国は、金融を使って消費を拡大していく以前の仕掛けが消失し、消費拡大はそっちのけで金融バブルの維持自体が目的になっている今の状態に変質した。 (永遠の都市閉鎖 vs 集団免疫) しかもトランプ米大統領はコロナ以前から「覇権放棄屋」で、17年の就任以来、米国が世界各国から商品を旺盛に輸入して各国を儲けさせている経済覇権の状態に大きな不満を持ち、米国の製造業を保護すると言って、中国やEUなどから米国への輸出に高い懲罰関税をかけて、米国の経済覇権の状態を壊す策をやり続けている。トランプは、世界経済を米国から「デカップリング」させ、世界各国が経済面で米国に依存するのをやめさせようとしている。米国は世界最大の消費国であることをやめ、世界から米国への輸出が減り、米国の経済覇権が低下していく。 (加速するトランプの世界撤兵) 米国の覇権というと、人々が思い浮かべるのは軍事や安保の面だが、世界が米国を覇権国とみなしてきた最大の理由は、米国が世界から商品を大量購入してくれる経済面だ。ドルの強さもそこに依拠してきた。日本が戦後ずっと対米従属の国是を貫いてきた最大の理由は経済だった。近年の中国が、いくら米国から敵視されても、米国から売られた喧嘩を中国が買いたがらず、米中協調を希望してきた最大の理由も、米国が中国製品を買ってくれるからだった。コロナ危機は、これらの日中(など世界各国の)の対米的な従属や協調の国家戦略を無意味にする。米国が旺盛に輸入してくれない現状が続くと、中国は米国と協調しなくなる。日本は対米従属をやめて、新たな世界最大の市場である中国に接近せざるを得なくなる。 (コロナ大恐慌を長引かせる意味) 新型コロナを中国から世界にばらまいた黒幕がトランプらであるかどうかはわからない。トランプらは、軍産との戦いに勝って米諜報界を乗っ取ったので、米諜報界を動かして武漢のラボから新型コロナを漏洩させて世界に蔓延させることはできる。だがトランプらがその黒幕だという証拠はない。誰がウイルスを漏洩させたかは大して重要でない。トランプは、コロナ前から中国や同盟諸国に貿易戦争の喧嘩を売って米国の経済覇権体制を壊す試みを続けており、コロナを機にその試みを強めた。今年のタイミングでのコロナの発生は、偶然かもしれないし、トランプらの策略の結果かもしれない。どちらにしても、コロナはトランプの覇権放棄策の効果を増加させている。 (新型コロナはふつうの風邪の一種?) コロナは各国に鎖国状態を強要し、米国の覇権体制だったグローバル化された世界単一市場を短期間で破壊した。各国の鎖国状態はまだまだ続く。鎖国状態から抜けても、次は「旅行バブル」など近隣の数か国だけで経済圏を作る多極型の世界体制になり、米国覇権や世界単一市場が破壊されたままの状態が続く。これはトランプの覇権放棄策にとって強烈な追い風だ。コロナとトランプは強い同盟関係にある。それが偶然の産物なのか、意図的なものなのかは確定できないし、確定できなくてもかまわない。 (ドル崩壊への準備を強める中国) コロナとトランプのせいで米国は有望な市場でなくなり、中国が米国を重視しなくなる中でここぞとばかりにトランプが中国を敵視している。トランプはEUやイスラエル、豪州などの同盟諸国にも「一緒に中国敵視をやろう」とけしかけているが、EUはそれを断り、イスラエルは返答を避けている。豪州はモリソン現政権がトランプに近い右派なので中国敵視に乗ったが、中国から貿易断絶の報復をされて困窮し、対中姿勢の緩和を余儀なくされている。日本に対してトランプは、中国敵視に同調しろとゴリ押ししてこない。日本はまだ軍産系の対米従属派が強く、ゴリ押ししたら日本の国益を無視して中国敵視を強めかねない。トランプは、世界を反米親中に押しやるために中国敵視をやっているので、喜んで無理心中したがる日本には寛容な姿勢をとっている。 (Australia-China relations doomed to fail because of our ignorance) (Mutual trust between Australia and China at all-time low) 米中は昨年いったん貿易戦争をやめて和解している。中国は、米国から大豆などを買うことになっていた。だがコロナが起きてトランプが米中対立を激化したため、中国は米国からでなくブラジルから大豆を買うことにした。米国の大豆農家は売り先を失って危機になっている。 ("Running Out Of Time" - US Soybean Farmers Disappointed As China Goes Elsewhere) (China's May soy imports from Brazil hit highest monthly total in 2 years) 中国は従来、対米輸出が経済の中心だったので、人民元の対ドル為替が重要だった。元安ドル高は中国の利益増、米国の不利益になるので、米中は協議して元ドル為替を1ドル=7元程度で安定させる元のドルペグを保っていた。昔と異なり、元のドルペグは中国の経済運営技能が未熟だからでなく、米中貿易の安定のためだ。今回、コロナで米国の消費力が落ちるとともにトランプの中国敵視が強まり、米中間の信頼が失われ、中国は米国に気兼ねして元のドルペグを続ける必要がなくなった。そのため中国政府は1ドル=7元の底値ラインを越えて元安ドル高を進行させ、中国の対米輸出品の利益を拡大している。 (Trump Says ‘Decoupling’ From China on the Table) トランプの覇権放棄策が成功すると、最終的にはドルの国際地位が低下して元高ドル安になる。中国政府が今回やった元安ドル高とは逆方向だ。米国がコロナ都市閉鎖と暴動で消費が減っても、まだ中国の対米輸出は巨額なので、今は元安ドル高が中国の利益になっており、しばらくはこれが続く。しかし、いずれドルの基軸性が失われていくと元高ドル安、そして円高ドル安になる。米国はインフレが加速し、経済面の覇権低下に拍車がかかる。 最近、トランプの元側近(元安保補佐官)のジョン・ボルトンがトランプを攻撃する暴露本を書き、出版前に内容の一部がリークされ話題になっている。ボルトンの本の内容の一つは、トランプが中国敵視のふりをして実は中国に甘いという指摘だ。私から見ると、トランプが中国に甘かったのは、軍産や金融界などがトランプの中国敵視策に反対する圧力をかけたからだ。米国には、中国からのロビー活動の代理勢力も多く、そこからの圧力もトランプの中国敵視策をなまくらなものにしていた。ボルトンの暴露は実のところ「トランプ敵視」でなく、トランプがもっと本格的に中国敵視をやれるようにする暴露であり、「トランプ加勢」である。 (Rabobank: "Bolton's Book Marks Another Step Deeper Into The US-China Cold War") コロナとトランプの隠然同盟によるダブルパンチで、米国の経済覇権が崩れていくと、米国が世界に強要してきた冷戦体制・中国ロシア敵視に世界が乗る必要も低下する。欧州では、米国(軍産)が加勢してロシア(セルビア)敵視の目的で作ったインチキ国家であるコソボの米傀儡のハシム・サチ大統領(暴力団長あがり)が最近、国際刑事裁判所(ICC)で、百人を殺した戦争犯罪の容疑で裁かれることになった。これなどは、EU(ドイツ)が米国(軍産)に追随してロシアを敵視してコソボの独立を支援してきた冷戦後の構図から脱却し、EUがロシアと隠然と組んで米国(軍産)の欧露分断策を破壊し始めたことの象徴である。ICCは最近、トランプ政権から猛烈に攻撃されて中露側に転じており、ICCが米傀儡で殺人鬼のサチを戦犯として起訴するのは、中露の側に転じて米覇権から自由になったICCが、米国の無茶苦茶な覇権行為を思う存分断罪する、米国への「返礼」である。 (Kosovo President Thaci Faces War Crimes Indictment) (Remember America’s Great Kosovo Ally? Never Mind The War Crimes! - Doug Bandow) これと似た本質を持つのが、日本の安倍首相が決めた陸上イージス配備の中止である。陸上イージス中止は、河野防衛大臣が個人的に突っ走って安倍首相を説得して決めたという筋書きが政府からマスコミにリークされ喧伝されているが、この筋書きは国民の目をくらますための安倍政権の捏造だろう。陸上イージスの配備中止は、日本側が勝手な一存でやった場合、日本にとって最重要の国是である対米従属・日米同盟を壊してしまう。トランプが安倍に中止を許可しなければ話が進まない。 (トランプ、安倍、金正恩:関係性の転換) (加速するトランプの世界撤兵) コロナとトランプ(覇権放棄)のダブルパンチで米国の消費力・経済覇権が低下し、安倍の日本は米国でなく中国を新たな大市場・アジアの覇権国として重視することを加速している。安倍は、中国にいい顔をして見せるため、覇権放棄屋のトランプの許可を得た上で、中国との戦争で使うはずの陸上イージスの配備中止を発表することにしたのだろう。陸上イージスに問題が多かったから中止したのではない。沖縄の辺野古基地は、もっと問題が多いのに中止されていない。地上イージスは中国との戦争用で、それを配備中止することが安倍の中国向けの演技になるから中止したのだ。 (EU won’t ally with US against China, foreign policy chief says before Pompeo meeting) コロナとトランプのダブルパンチによる米国の消費覇権の低下がなかったら、日本は経済的にまだしばらく米国を重視し、陸上イージスも計画が維持されていただろう。日本はコロナを機に、対米従属を離れ、対中従属もしくは対中協調へと流れていく。それは日本だけでなく、韓国や豪州やEUも同様だ。
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