眠れるトルコ帝国を起こす2019年12月24日 田中 宇米議会がトルコを激怒させる決議を次々と放っている。12月22日にトランプ大統領が署名・発効させた2020年度の米国の防衛予算法(国防権限法、NDAA)に、トルコを新型のF35戦闘機の開発事業から除外する経済制裁の条項が盛り込まれている。トルコがNATO加盟国のくせに「敵方」のロシアから最新鋭のS400迎撃ミサイルを買ったことと、トルコ軍が10月に米欧の反対を押し切ってクルド退治の名目で北シリアに侵攻したことに対する制裁だ。トランプ自身は表向き親トルコの姿勢をとってきたが、米国の防衛予算案と一体になっているためNDAAを拒否しなかった。 (Turkey's Grand Plans for Middle East Primacy) (Turkey accuses US Congress of ‘hostile’ behaviour) 米上院は12月13日、トルコが敗北した第1次大戦前後の1915-23年にトルコ帝国内のアルメニア人を虐殺したとされる事件に関して、トルコを非難する法案を可決した。トルコはこの事件を「虐殺」とみなすことを拒否している。トランプも「虐殺」と認めない姿勢だが、この法案も議会上下院の圧倒的多数で可決されており拒否権発動できない。アルメニア人虐殺法案は以前にも米議会に提案されていたが、NATO加盟国であるトルコに配慮して反対に回る議員がおり、可決されなかった。今回は反対していた議員たちが賛成に転じて可決された。 (Senate passes Armenian genocide bill in move likely to infuriate Turkey) (Intel: Trump administration distances itself from Congress’ recognition of Armenian genocide) (600万人が死んだと喧伝される「ホロコースト」をうまいこと「史実」化し、米政界を席巻してきたイスラエル系のネオコンなどの勢力が、アルメニア系米国人の組織に入れ知恵し、イスラム教徒の国であるトルコの反米感情を扇動してテロ戦争の「敵」に仕立てる策として、この「虐殺」問題を盛り上げてきた。当時虐殺されたアルメニア人は150万人とされ、ホロコーストの4分の1の規模に仕立てられている) (ホロコーストをめぐる戦い) (イスラエルとの闘いの熾烈化) (近現代の終わりとトルコの転換) トルコがS400の購入を決めたのは2017年であり、今回のトルコ制裁はそれから2年も経っている。米議会は「最悪」(見方によっては最高)のタイミングでトルコを激怒させた。トランプが覇権放棄策を展開し、10月にはシリア撤兵によってシリアを露イラン側に与え、12月にはNATO諸国とトランプとの喧嘩がひどくなった。NATO加盟国だが、EUや米ネオコンから邪険にされ続けてきたトルコは、全会一致が原則であるNATOの意思決定のやり方を逆手に取り、トルコの主張をNATOが受け入れないならNATOの重要決定に反対して拒否権を発動すると脅している。表向きだけ好戦的で実はNATOを潰したい「隠れ多極主義者」であるトランプやネオコンは、トルコを激怒させることでNATOを機能不全に陥れている。軍産複合体の穏健派(中道派)は、トルコを怒らせるとNATOが決定不能な状態に陥るので、トルコを怒らせたくない。トランプは表向き軍産の穏健派に同調して親トルコの姿勢をとりつつ、議会が圧倒的多数で可決したので仕方なくトルコを怒らせる2法案に署名したという演技をやっている。 (Pentagon worried Turkey ‘spinning out’ of NATO orbit) (Macron Hits Back, Questions Trump: How Can Turkey Buy Russian S-400s & Remain In NATO?) NATOは11月末の会合で、ロシア敵視策の一つとして、ロシアと隣接するバルト3国の防衛力を強化する計画を議論したが、ロシアからS400を買ったりして親露的な姿勢を強めるトルコは、この計画に反対して拒否権を発動した。トルコは表向き、ロシアを擁護するのでなく「トルコがクルド退治のためにシリア北部に侵攻したことを、米欧が非難するのをやめて、テロ組織であるクルド民兵団をトルコが退治しているという『テロ対策』として認めない限り、トルコはバルト3国の防衛強化案に賛成できない」とぶち上げた。クルド民兵団に対を、トルコは敵視しているが、米欧は味方と見ているので、米欧はトルコのクルド退治を肯定できない。また「テロ対策」のキーワードは、トルコを非難したフランスのマクロン大統領が、NATOをロシア敵視の組織からテロ対策の組織に転換しようと提案したことに引っ掛けている。 (Turkey refusing to sign NATO defense plan for the Baltics, pressing alliance to label Syria’s Kurds as ‘terrorists’) (Erdogan to hold up NATO plan unless allies recognize terror threats against Turkey) トルコがNATOのバルト3国防衛強化に反対したのは、NATOを混乱させてロシアに恩を売るためだ。トルコの安全保障にとって最も重要な国は数年前まで米国だったが、その後はロシアだ。ロシアにとっても、シリアやリビアの内戦終結においてトルコが重要な交渉相手になっている。 (Are Russia and Turkey in tug of war over Libya?) (Two Baltic defense chiefs shrug off Turkish threat to freeze NATO’s eastern defense plans) シリア内戦では、ロシアはアサド支援の勝ち組、トルコはISアルカイダ支援の負け組だ。だが、今後のシリアの安定化や国家再建を国際的に主導するロシアは、シリア国内のISアルカイダの残党をイドリブ周辺で監視しつつ生活させているトルコは大事な存在だ。ISカイダの残党とその家族をうまく処遇しないと、内戦後のシリアの安定や国家統合を実現できない。10月にトルコ軍がイドリブ周辺に侵攻し駐屯したことは、クルド退治でなくISカイダ監視・安定化というシリア再建策として「良いこと」だった(だからトランプもトルコ軍のシリア侵攻を容認した)。今後、ロシアの仲裁でトルコとアサドが和解していく流れになる。トルコは負け組のまとめ役だが、シリアを安定させるために2015年から露イラントルコが開いてきた「アスタナ会議」の中心メンバーでもある。 (Russia, Turkey plugging away at Syria's northeast, Idlib) ("These Gates Will Open" - Erdogan Declares As Turkey Begins Deporting ISIS Captives To Europe) イドリブ周辺では、シリア政府軍とISカイダの残党との戦闘が断続的に続いている。ロシア空軍がシリア政府軍を空爆で支援している。米欧はいまだにISカイダに「人道支援」のふりをして軍事支援物資を送りたがり、12月20日に国連安保理で「支援」策を提案したが露中に拒否権を発動された(米英仏は、露中が出した対案に拒否権を発動)。イドリブ周辺には300万人の国内避難民(多くはISカイダ系と家族)がおり、シリア政府軍から攻撃されるたびにトルコ国境にに難民が押し寄せる。トルコにはすでに370万人のシリア難民がいる。その中には無数のISカイダ残党がいる。トルコは欧州などに対し「トルコの言うことを聞かないと、シリア難民を欧州に行かせ、2015年みたいな欧州難民危機を発生させるぞ」と脅している。欧米はトルコを非難するが、もともとISカイダを作ったのは米国の軍産であり、ドイツなど欧州は軍産の傀儡だ。難民危機は欧州の自業自得である。 (Facing new refugee wave from Syria, Ankara sends delegation to Moscow) (West blocks Syria aid resolution after Russia, China veto rival plan) 2011年に始まったシリア内戦においてトルコは当初、米サウジと一緒にISカイダを支援してアサド政権を倒そうとしていた。トルコの与党であるエルドアンのAKP(公正発展党)は「隠れムスリム同胞団」であり、シリアの最大の野党勢力も同胞団だ。エルドアンは、アサドを倒してシリアに親トルコ的な同胞団の政権を作ろうとした。だが、2015年にオバマ政権の米国がシリア内戦への軍事的な対策をロシアに丸投げし、ロシアとイランがアサドを支援してISカイダを退治する流れになると、トルコは負け組に転じた。さらに2015年には米諜報界(隠れ多極主義勢力?)がトルコ軍を騙して露軍機を撃墜させ、露トルコを戦争寸前の対立状態にさせ、米国にはめられたエルドアンが怒って16年夏のヤラセのクーデターなどを起こして親ロシアに転じる流れを作った。その後、エルドアンはロシアからS400を買うことにした。 (米覇権への見切りとトルコのクーデター) (中東を反米親露に引っ張るトルコ) 今年10月のトランプのシリア撤兵騒動後、トルコはますます米国から距離を起き、トルコ空軍のインジルリク基地を米軍に使わせるのをやめることまで検討し始めた。米軍はインジルリクに核兵器を置いてきた。米軍は、インジルリクが果たしていた基地機能をギリシャに移すつもりのようだ。インジルリクから米軍が出て行くと、トルコはますます安保戦略上ロシアに接近し、中東の非米化・米覇権放棄が進む。米国がトルコを経済制裁すると、トルコは「一帯一路」の一員として経済面で中国に依存する度合いを強め、中国が漁夫の利を得る結果になる。 (Turkey Gives NATO The Middle Finger, Threatens To Shutter Critical Military Bases Over Sanction Threats) (Could Turkey bar US military from Incirlik air base?) (Turkey May Close Incirlik Air Base for US Over Sanctions Against S-400 Purchase - Foreign Minister) トルコは、中東と欧州にまたがった国だ。欧州においてトルコは、ギリシャやキプロス(ギリシャ系)と敵対し続けてきたが、ギリシャ人はロシアと同じスラブ系の民族であり、いずれロシアがトルコとギリシャを仲裁する可能性がある。ギリシャはもともとオスマントルコ帝国領だったが、英国が第1次大戦前にギリシャ人を扇動してトルコから独立させた。それ以来、英米はギリシャをテコ入れしてトルコと敵対させ続ける恒久分断戦略をやってきた。英米の覇権が続く限り、ギリシャとトルコは敵対させられるが、米国が覇権を放棄していくと、代わりにロシアが出てきて、トルコとギリシャを和解させる安定策をやる。 (Pompeo Inks New Defense Pact With Greece, Criticizes Russia, Iran, China) (テロと難民でEUを困らせるトルコ) 英米は単独覇権なので世界各地を分断し、従属させておきたいが、ロシアは多極型覇権体制の一つの極にすぎないので、もっと安上がりな方法を好み、支配の費用がかかる恒久分断でなく、さっさと和解させてしまいたい。トルコは、ロシアや中国と仲良くしておくと、これから米国が退潮して露中の影響力が強まる東欧やバルカンにおいて利権を得ることができる。かつてトルコ帝国は東欧も版図に入れていた。欧州における米国の退潮を早めるためにも、トルコはNATOの意思決定を妨害し続けて崩壊させたい。NATOには加盟国を辞めさせる条項がなく、トルコはNATOを壊し放題だ。覇権解体屋のトランプがエルドアンを好むのは当然だ。 (Transatlantic Alliance Mistake: Turkey Isn't Worthy of NATO Membership) (NATOを出ていくトルコ) トランプは覇権の放棄・解体・多極化を隠れた戦略としているが、米議会はそうでない。全体として米国の覇権を永続させたい軍産の主流派(穏健派、中道派、エスタブ)の傀儡勢力が多そうだ。それなのになぜ米議会は、トルコを怒らせてNATOを機能不全に陥れる方向性の法案を次々と可決したのか。これは占領失敗が事前に予測されていたイラク侵攻への支持など、これまでの米議会の間違った他の意思決定にもつきまとっている疑問だ。これはおそらく「火力調整」の問題だ。トルコを叱責して対米従属させておく米覇権永続のための戦略は、叱責のタイミングや強さを間違うと、トルコを叱責して激怒させて対米自立させてしまう多極化のための戦略になる。今回は後者だ。叱責のタイミングや強さは、諜報界の「専門家」が決めるのだが、彼らの中に「軍産のふりをした隠れ多極主義者」であるネオコンや親トランプ派が多数入り込み、間違った叱責策を議会にやらせてしまう。多くの議員はトルコに対して利害がなく「集団思考」に引きずられ、専門家による歪曲論を軽信する。 (欧米からロシアに寝返るトルコ) (シリアをロシアに任せる米国) すでに述べたように、トルコの与党AKPは「隠れムスリム同胞団」であり、トルコは中東各地の同胞団系の勢力を隠然または顕然と支援している。トルコは最近、内戦下のリビアで首都トリポリ周辺(西部)を支配している同胞団系の勢力GNA(国民合意政府)への支援を強めている。トルコ軍がトリポリに進出するかもしれない。リビアでは西部のGNAと、東部のハフタル将軍(元CIA、今は親ロシア)の勢力が内戦し、ハフタルがトリポリを包囲してGNAを潰しにかかり、ハフタルの勝ちでリビア内戦が終わりに向かっている。ハフタルは、米露エジプトUAEに支援されている。GNAは国連に認められた正統なリビアの政府だが、ハフタルに潰されそうなので、フランスなどはGNAを見捨ててハフタル支持に転向し始めている。そんなとき、トルコとカタールという「同胞団の黒幕コンビ」がGNAの助っ人として入ってきた。 (Will Libya become Turkey’s next Syria?) (Erdogan Opened a Pandora’s Box in Libya That Will Be Difficult to Close) 米露やEUは、ハフタルの一方的な勝利でなく、ハフタルとGNAを和解させて連立政権にしたい。2017年にいったん和解したが再び内戦になった。今回トルコがGNAをテコ入れし、それによってハフタルの一方的な勝利でなくGNAとの交渉が再開するなら、今後のリビアにおけるトルコの影響力がぐんと強まる。ハフタルの最大の後ろ盾は米国でなくロシアであり、トルコがGNAの後ろ盾になれば、リビア内戦の解決の構図は、シリアと同様、トルコとロシアの話し合いになるのでやりやすい。ロシアは、トルコのGNA支援をこっそり支持しているはずだ。リビア内戦がトルコとロシアの主導で解決していくなら、リビアの対岸にあるEUは露トルコを重視せざるを得ない。これまでEUに加盟させてもらえず意地悪されてきたトルコは、EUに一矢報いられる。 (Turkey Ready To Deploy Troops In Libya Against Haftar Offensive: Erdogan) このような優勢を背景にトルコは11月末、リビアのGNAとの間で、東地中海の経済水域をトルコとリビアで占領し、横にあるギリシャやキプロスの権利を認めないという宣言を発した。ギリシャやキプロスは、地中海の対岸にあるイスラエルの協力も得て、東地中海で海底ガス田の開発をしているが、その海域もトルコが経済水域として宣言し、ガス田開発を妨害する策になっている。ギリシャ・キプロス・イスラエルと、トルコが海上で軍事衝突する懸念が増している。トルコとギリシャの紛争激化はNATOの機能不全に拍車をかける。この紛争も今後誰かが仲裁に入るとすれば、それは米国やEUでなくロシアだろう。トランプはもう仲裁などしない。EUはギリシャ寄り過ぎる。 (Turkey-Libya agreement shakes up eastern Mediterranean) (Greece and Turkey closer to armed conflict, say experts) エルドアンのトルコは、中東各地のムスリム同胞団を支援して、それらをつないでオスマン帝国の復興になるような中東覇権を構築したいと考えている。トルコがこの戦略をとる前、同胞団を最も支援していたのはペルシャ湾岸のガス成金国であるカタールだった。中東各国では米国覇権が退潮するなか、カタールが支援する同胞団系の勢力と、イランが支援するシーア派系の勢力が協力し、サウジアラビアやUAEが支援する反同胞団・反イランの勢力と対立する傾向だ。この流れの中で17年夏、サウジがトランプに扇動されてカタールを経済制裁した。 (カタールを制裁する馬鹿なサウジ) (サウジアラビアの自滅) トルコはカタールに味方し、昨年秋にサウジの同胞団系の反体制派であるジャマル・カショギがイスタンブールのサウジ領事館内で、サウジのMbS皇太子が派遣してきた暗殺団に殺された事件を暴露し、サウジに反撃した。その後、トルコ軍がカタールに基地を作って駐屯するようになった。カタールは小国だが資金力があり、アルジャジーラを保有するなどプロパガンダや諜報の力もある。サウジは対米従属なので、米国覇権が弱まるほどサウジの政治力も低下し、最終的にトルコカタールやイランと和解せざるを得なくなる。イランはすでにトルコやカタールと仲が良い。 (サウジを対米自立させるカショギ殺害事件) トルコカタールの次の標的はパレスチナだ。パレスチナでは、ガザのハマスが同胞団であり、トルコカタールやイランから支援されている。UAEやサウジは、ハマスのライバルであるアッバースPA(パレスチナ自治政府)大統領のファタハを支援している。パレスチナでは来年春までに選挙をやりそうだ。時期は未発表だが、議会選挙の後、大統領選挙をやる構想だ。民意の支持はハマスが優勢だ。06年の前回選挙の敗北を認めないまま独裁を敷いてきたアッバースは84歳で、今のところ続投すると言っているが、議会選挙でファタハが負けるとアッバースは立候補をあきらめ、ファタハの指導者が若手に交代するだろう。ファタハの若手として何人かの名前が取り沙汰されている。(Marwan Barghouti、Jibril Rajoub、Mohammed Dhalan、Mahmoud Al-Aloul、Majed Farajら) (Turkish leader and UAE emir face off over the Palestinian succession race) トルコは12月19日、これらのPA大統領の候補と目されている人々の中でUAEの傀儡色が強いムハンマド・ダハランを逮捕すると言って指名手配した。ダハランへの容疑はトルコのクーデター未遂事件に参加したとか、カショギ殺害に関与したとか、いかにもエルドアンっぽいインチキで濡れ衣な感じのものだ。ダハランはガザ出身で、90年代にアラファトの傘下のファタハ内でガザの治安担当者に任命され、当時まだ弱かったハマスの活動家を逮捕拷問していた。07年のパレスチナ選挙の前後、ガザではダハラン一派とハマスが激しく内戦し、ダハランは負けて西岸に移ったが、今度はアッバースに楯突いて敗北し、UAEやエジプトの傀儡になってUAEに逃げている。 (Israel worried by Erdogan's meddling in Palestinian affairs) (Will Turkey rid Abbas of Dahlan before Palestinian elections?) アッバースのPAはダハランを国際指名手配してくれと何度もインターポールに申請したが「政治的」と判断されて断られている。今回トルコはダハランを指名手配したことで、アッバースのPAに擦り寄り、PA大統領の後継者選びにUAEサウジに対抗して介入しようという腹だろう。ガザのハマスの代表団は12月上旬、トルコのほかロシアやカタールを歴訪し、選挙を前に国際認知を広めようとしている。最近の記事に書いたように、イスラエルや米国もこっそりハマスを認知している。 (イスラエルとトランプの暗闘) このようにエルドアンのトルコは、中東から北アフリカ、欧州の広い範囲で、自国の影響力を強めようと、あこぎなことを懲りずにやりまくっている。エルドアンは2000年に政権をとってから、トルコを「欧米傀儡」から「ムスリム同胞団の黒幕としての新トルコ帝国」に変身させるため、いろいろやっている。トルコ国内では、それまで強かった欧米好きのエリートたち「欧米傀儡」勢力に「ギュレン派」などの罪や濡れ衣をなすりつけて、どんどん無力化してきた。トルコはそれまでEUに入れてもらおうと努力してきたが、キリスト教世界であるEUは、最初からイスラム世界であるトルコを入れるつもりなどない。トルコは、第一次大戦で大英帝国に負けてオスマン帝国をほろぼされ、欧米化を提唱するアタチュルクらの体制になって以来、ずっと欧米世界の一部になりたいと希望してきたが、それは英国が作るプロパカンダへの軽信でしかなく、最初からかなわぬ夢だった。 (Poll: Most Germans Want Turkey Kicked Out of NATO Over Syria Invasion) エルドアンは、自国が見させられてきたインチキな欧米化の夢をかなぐり捨て、中東での新オスマン帝国の創設という、新たな夢にすり替えた。トルコ人の中で、以前の夢を見続けたい人々(クルド人を含む)は冷や飯を食わされている(クルド独立の夢も、英国が作ったプロパガンダだった)。エルドアンの新トルコ帝国の夢は、シリアや北イラク、地中海などで失敗や紛争につながっており、苦しい試行錯誤だった。しかし、それを「成功」の方に強く引っ張りあげてくれるようになったのが、米国のトランプが展開している覇権放棄・多極化の戦略だった。 (トランプ・プーチン・エルドアン枢軸) (ロシア・トルコ・イラン同盟の形成) 多極化は、米国が覇権放棄を宣言するだけではダメで、米国に代わって覇権運営を担ってくれる大国を登場させることが必要だ(さもないと軍産がすぐに覇権を米国に戻してしまう)。米国に代わる単独覇権国は存在しないので、いくつもの地域大国が自国周辺に覇権を行使する多極型の覇権体制にしていくしかない。エルドアンのトルコは、中東の覇権の一部を担わせるのに格好な国際野心を持っている。トランプや、ネオコンに引きずられた米議会がトルコを怒らせるほど、エルドアンは「トルコ帝国の復活」をやりやすくなり、この百年あまり眠らされていたトルコ帝国が起こされて中東覇権の再獲得を目指し、世界の覇権構造の多極化に貢献するようになる。 (カショギ殺害:サウジ失墜、トルコ台頭を誘発した罠) 隣国イランも国際野心があるし、北方のロシア、東方の中国も国際野心がある(米国が中国を敵視するほど、中国は一帯一路に象徴される旧中華帝国的なユーラシア地域覇権を拡大しようとする)。米国の覇権が低下するほど、サウジやイスラエルも米国依存(イスラエルの場合は牛耳り)をあきらめ、自国中心の国際影響力を重視せざるを得なくなる。これからの中東は、これらの諸国がモザイク状に国際影響力を持つ多極型になっていく。
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