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NATOを出ていくトルコ

2017年7月23日   田中 宇

 欧米の同盟国だったトルコが、露中イランの側に寝返る動きが続いている。この動きは昨年、英国のEU離脱決定を見たトルコのエルドアン大統領が、英国の策略によって維持されていたNATOなど欧州と米国の同盟関係の弱体化を見て取り、急いでロシアと仲直りして以来の流れだ。エルドアンは、自分を倒そうとするクーデターを制圧して権力を強化する自作自演っぽいことをやりつつ、米国や欧州に楯突く姿勢を強める一方で、露中イランとの関係を強化している。最近は、ロシア敵視機関であるNATOの加盟国なのに、ロシアから最新鋭の対空迎撃ミサイルS400を買うことを決めた。しかも、その購入資金までロシアから借りている。 (欧米からロシアに寝返るトルコ) (ロシア・トルコ・イラン同盟の形成) (Turkey at the NATO crossroads, signs missile agreements with Russia and Europe

 その一方で、欧州の盟主であるドイツが、トルコから売られた喧嘩を買い、トルコ側がドイツをナチス呼ばわりし、ドイツ側がトルコを旧東ドイツ(時代遅れの独裁国)に見立てる中傷合戦になっている。トルコは、自国の基地からドイツ軍を追い出す決定もしている。トルコは来年のNATOサミットを自国でやりたがったが、欧州諸国に拒否され、サミットはブリュッセルで行われることになった。ドイツ(独仏、EU)は、トルコを、NATOやEUの仲間内から追い出したい感じだ。 (Germany continues war of words with Turkey, reviews arms sales) (EU countries move to block Turkey from hosting NATO summit: report

 NATOは、トルコを追い出すと、EU+北米(米国とカナダ)になる。米国は、トランプ政権が孤立主義に走っているし、カナダも独自の防衛力増強を始めている。ドイツなどEU諸国は、トルコを仲間から外すことで、トランプから要求されたNATO加盟諸国としての軍事拡大(軍事負担増)をしていますと言いつつ、EUの軍事統合を進められる。NATOは対米従属機構なので、NATOとしての軍事強化は対米従属体制の強化になるが、EU軍事統合は長期的に対米自立につながる。NATOの強化と、EUの強化は、長い目で見ると、正反対の意味を持つ。これまでEU加盟の準備を進めていたトルコは、EUの仲間内で唯一のイスラム教徒の国だった。EUは、トルコを外すことで、キリスト教同盟体としてのアイデンティティを持つことができ、結束を強められる。 (英離脱で走り出すEU軍事統合) (Turkey: NATO's Odd One Out

 EUの中で、対米自立を意味する軍事統合に最も反対しつつ、トルコのEU加盟(=EUの結束を困難にする自滅策)に最も積極的だったのが「内側からEUを弱める」策の英国だった。その英国が自らEUを出て行く決定をしたため、ドイツは急にやりたいようにやれるようになり、トルコとの同盟関係を切り捨てつつ、EU軍事統合を急いで進めている。トルコとドイツの両方にとって、英国のEU離脱が、自国の地政学的大転換の始まりとなっている。 (EU統合の再加速、英国の離脱戦略の大敗

▼英国の傀儡になることで国家統合維持と近代化を許されたトルコと日本

 歴史をひもとくと、トルコの現代化(西欧化)の父と呼ばれた英雄ケマル・アタチュルク(トルコ共和国の初代大統領)は、英国の傀儡(代理人、スパイ)だった観がある。オスマントルコ帝国が第一次大戦に負けて滅び、戦勝国の英国やフランスなどによってトルコが分割されかけていた時、アタチュルクは軍の若手将校として活躍してトルコの国家統合を守り、イスラム政治を捨てて世俗的な西欧風の国家体制の今に続くトルコ共和国を1923年に建国した。トルコは、英国の傀儡になることで、列強に分割されずにすんだ。アタチュルクは、英国の傀儡だから英雄なのだ。それ以来、昨年まで、トルコは英国(英米)の傀儡国だった。英国のEU離脱(=国際的弱体化)の決定とともに、エルドアンはトルコを英米の傀儡から引きはがし、トルコ国内の英米傀儡派(旧エリート)への大弾圧を開始した。エルドアンは、英米(と傀儡諸国)のマスコミ(=宣伝機関)にボロクソ書かれているが、実のところトルコにとってエルドアンは、アタチュルク以来のすごい指導者である。 (Why NATO's 'Planned Russia-Turkey Conflict' Never Happened

(アタチュルクと同様、日本の伊藤博文を筆頭とする明治の元勲たちも、英国の傀儡だった観がある。江戸幕府が英国や米仏露などから開国・開港を迫られ、阿片戦争後の中国のような分割の危機に陥った時、英国留学中の伊藤らは、英国側とわたりをつけた後、帰国して明治政府を作った。日本は英国の傀儡になることで、欧米列強に分割されず、明治維新が成功した。日本とトルコの例は、当時の英国の覇権運営技能の高さを示している。その後、第一次大戦で欧州のアジア支配が大幅に弱まったため、日本は英国傀儡をやめて独自のアジア帝国をめざしたが、第二次大戦を起こされて敗北した。戦後の日本は、明治時代よりもっと強烈な米国・米英の傀儡国家になった。いまトルコは対米自立しつつあるが、日本では米国の覇権縮小についての議論すらない)

 憂国論は愚痴だ。話を元に戻す。米国のトランプは、表向きトルコに嫌がらせをしていないが、裏でかなりやっている。トランプは、5月のNATOサミットで、NATO諸国に対し、シリアやイラクでISIS(イスラム国)のテロ組織と戦う米国主導の連合体(68カ国が参加)にNATO諸国も参加するよう、圧力をかけた。独仏伊など欧州諸国は、リスクが大きいシリアやイラクに派兵したくなかったが、軍事負担を増やさないNATO諸国を批判し続けるトランプをなだめるため、仕方なく、戦闘部隊でなく、偵察機などの支援部隊を出すことに同意した。NATOとしてシリア内戦に参戦するのは初めてだった。トランプはNATOを称賛したが、この件には裏があった。 (Turkey wary of NATO's decision to join fight against IS

 シリアに進出するNATOの支援部隊が支援する対象は、ISISと戦うシリアのクルド軍YPGだった。YPGは、トルコからの分離独立を目指すクルド人勢力PKKの仲間(弟分)であり、トルコはYPGを敵視している。YPGは、シリア北部からISISやアルカイダを追い出すことで、クルド人の支配領域を拡大し、トルコに隣接するシリア北部に広大なクルド人自治区(半独立国)を作ろうとしている。これは、トルコにとって大きな脅威だ。トルコはNATO加盟国だ。NATOがYPGを支援するとなると、トルコは仇敵を支援せねばならなくなる。トルコ国内の軍事基地を、YPGを支援するNATO諸国の空軍などに貸さねばならない。トルコは、NATOのYPG支援に反対したが、聞き入れられなかった。トランプは、トルコを怒らせている。 (Turkey's Erdogan rejects pledges over weapons for Kurdish fighters in Syria) (Kurds May Face Turkish Army in Syria One-to-One

 米軍はYPGへの武器支援を強化するため、シリア北部に米軍の輸送機が発着できる基地をいくつも作っている。こうした米国やNATOのYPG支援を見て怒っているエルドアン政権は、仕返しとして7月19日、トルコの国営通信社に対し、シリア北部のどこに米軍基地があるかという情報を漏洩し、報道させた。米軍は、ISやアルカイダなどから攻撃されぬよう、基地の場所を隠してきた。それを、同盟国であるはずのトルコが暴露したので、米軍幹部はトルコに対して怒っている。米欧とトルコの関係は、悪化が進んでいる。トランプがサウジ王政をけしかけてやらせたカタール制裁も、イランとトルコの結束を扇動する策となっている。 (Pentagon Furious After Turkey Leaks U.S. Base Locations In Syria: "Hard Not To See This As A F-You") (How US-Turkey relations have gone from bad to worse) (カタールを制裁する馬鹿なサウジ

 トルコと欧米の関係は悪化し続けているが、それでもエルドアンはNATOを離脱すると言わず、NATOにとどまっている。なぜなのか。考えられる理由は、まだ米国が覇権国である世界体制が完全に崩れ去ったわけでないので、米国側と、露中側の両方と有利に交渉できるよう、NATOに加盟したまま露中イランとの関係強化を進めていることだ。米国やNATOと早々と縁を切ってしまうと、ロシアや中国に軽く見られて損をするので、対米同盟関係を建前的に残しているのだとも考えられる。 (Turkey & NATO Drift Apart -- Russia, China, & Iran Stand to Gain) (US And Turkey’s 60+ Year Alliance Coming To An End

 トルコと対照的に、ドイツなどEUは、米国の側につきすぎている。濡れ衣と知りながら、米国主導のロシア敵視策に乗っている。その理由は、すでに書いたように、EUは、ロシアとの敵対状態を利用して軍事統合を進め、いずれ軍事統合が一段落したら、米国のロシア敵視策とたもとを分かち、ロシアと和解する策略を持っているからだろう。EUの軍事統合が一段落するまで、あと数年以内か。その時がNATOの終わりになりそうだ(事態が直線的に進むとは限らないが)。 (揺れる米欧同盟とロシア敵視

 ドイツなどEUがトルコを仲間内から追い出して露中イランと側に追いやると、それは米欧を敵視する露中イランを強化してしまい、EUにとってマイナスになる、という考え方もできる。だがこの考え方は、米欧と露中イランが恒久対立する米単独覇権型・冷戦型・軍産型の世界観である。これからの世界は、米単独覇権が解体し、いくつもの地域覇権国がそれぞれの地域を安定させる多極型に転換していく。ドイツなどEUがトルコを仲間から追い出す行為は、EUの守備範囲が欧州と地中海だけであり、トルコ以東の地域は、露中イラントルコの守備範囲だという多極型の考え方の表れと言える。トランプが、トルコを怒らせつつ、イランへの敵視を強め、トルコとイランを露中と結束させているのも、同様の動きだ。 (NATO Member Turkey Turns to Russia for Air Defense Cooperation



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