トランプ・プーチン・エルドアン枢軸2016年11月27日 田中 宇来年1月20日から米国の大統領になるドナルド・トランプは、まだ大統領に就任していないのに、シリアやイラクでISISやアルカイダを退治する国際軍を米露主導で編成することについて、現職のオバマ政権をすっ飛ばし、NATOの同盟関係も無視して、すでにロシアやトルコなどと協議している。モサド系のデブカファイルによると、トランプの大統領就任とともに、米露トルコ軍が連携して、シリアとイラクでIS退治の軍事作戦を開始する。 (Trump and Gen. Flynn move in on Syria, Iraq wars) (Israel Media: Trump Secretly Preparing Joint US-Russian-Turkish Assault on Daesh) トランプは11月8日に大統領に当選してからの2週間に2回、ロシアのプーチン大統領と電話で会談し、米露協調について話を詰めている。トランプはその一方で、米政府のCIAなど諜報機関が次期大統領向けに毎日行なっている諜報報告会議にほとんど出ず、歴代大統領に歪曲情報ばかり注入してきた諜報機関の話を聞かないようにしている(諜報機関が好戦的な歪曲情報を大統領に注入したがることについては、オバマも以前の雑誌アトランティックのインタビューで指摘している。その前のブッシュは、歪曲情報を真に受けてイラクに侵攻した。欠席ばかりのトランプは賢明だ)。トランプが報告会議に出たのは、当選以来2回だけで、残りは側近たちを出席させている。トランプは当選以来、ロシアの諜報機関出身のプーチンから2回、米国内諜報機関からも2回しか話を聞いていない。これは、プーチンを重視するトランプの姿勢を象徴している。 (Donald Trump has spoken to Vladimir Putin as often as he's talked to his intelligence briefers) (The new special relationship: what does Putin want from Trump?) (軍産複合体と闘うオバマ) トランプが手がける、シリアやイラクにおける米露間の軍事協力体制は、ヨルダン国王が事務局をつとめている。ヨルダン国王は、昨年ロシアがシリアに軍事進出した後、米露双方に、自分が事務局をつとめるので軍事協力体制を作ったらどうかと何度も提案し、ロシア側の賛同をとりつけたが、米国側のオバマ政権はロシア敵視の姿勢を崩さず、ヨルダンの提案は無駄に終わっていた。トランプは、その話を拾い上げ、自分の政権のために使い始めている。オバマ自身はロシアと協調したかっただろうが、議会は共和党に支配され、米政界全体がロシア敵視の軍産に席巻されていた。オバマは、自由にやれるトランプをうらやましく思っているはずだ。 (Jordan stresses intensified US-Russia cooperation on Syria) トランプとプーチンが協力して行うIS退治の軍事作戦には、トルコも入って3カ国主導になっている(このほかヨルダンやサウジアラビア、カタールなどの軍が入る予定)。トルコのエルドアン大統領は、当選したトランプにすり寄り、米露の軍事協調の仲間に入れてもらった。トランプから安全保障担当の大統領補佐官に任命された元陸軍幹部のマイケル・フリンが、ロシア政府と軍事協調の実務を担当しているが、フリンは2014年に国防情報局長官をクビにされた後、ロビイスト会社を設立し、トルコ政府から対米ロビー活動を受注していた。この経緯から、フリンは以前からエルドアンと親しい(トランプはロビイスト出身者を自分の側近から排除すると宣言しているが、なぜかフリンは問題にされていない)。 (Trump's security chief `paid to lobby for Turkey's Erdogan') (Trump's Top Military Adviser Is Lobbying For Obscure Company With Ties To Turkish Government) (Michael Flynn chastised by former military boss) トルコはイスラム教徒の国なので、エルドアンは今夏まで、イスラム教徒の米入国を禁止すると発言するトランプを批判していた。だが、トランプが当選しそうで、しかも中東における米国の覇権を放棄しようとしているのを見て態度を豹変し、今ではトランプを批判するトルコ国内の動きを批判し続けている。独裁的なエルドアンにごまをするトルコのマスコミ言論人は皆、トランプを称賛している。 (Turks for Trump) (Erdogan and Trump: Birds of a Feather?) (President Erdogan tells protesters to stop calling Donald Trump a dictator) (Why Turkey Is Salivating for President Trump) エルドアンは、中東におけるトルコの覇権を拡大する「新オスマン主義」を目標にしている。だから、昨秋に露軍がシリアに進出した当初はロシアを敵視し、NATO(米国の軍産複合体)にそそのかされて昨年11月に露軍の戦闘機を撃ち落としたりしていたのに、ロシアがシリアを平定しそうだと見るや、今年6月の英国の離脱投票直後に戦闘機撃墜を謝罪してロシアと友好関係を急いで結んでいる。その延長線に、今回のエルドアンの動きがある。 (欧米からロシアに寝返るトルコ) (中東を反米親露に引っ張るトルコ) トランプが大統領になってプーチンと結託し、シリアやその他の中東各地で、米国の覇権が低下し、ロシアの覇権が上昇する移行期が続くとわかり、エルドアンは米露主導のIS退治の連合軍に入りたいと名乗りをあげ、入れてもらった。エルドアンは以前、ISが密輸出してくる石油を買い上げるかたちでISに資金供与し、ISがトルコ国内で人員募集や補給活動をすることを許す「テロ支援国家」だったが、今ではISを退治する側に転向している。こうしてトランプ、プーチン、エルドアンという、強権的な3人のワルガキどもによる枢軸体制ができあがった。 (露呈したトルコのテロ支援) ▼3人のワルガキが欧州のエリート支配を潰す 米露土の3人の枢軸が標的とするのは、実のところ、ISだけでない。3人はもうひとつ「米軍産複合体に従属する欧州のエリート支配体制」を共通の標的にしている。ドイツのメルケル首相が体現しているEUの体制を、3人は壊そうとしている。地理的にも、米国、ロシア、トルコは欧州包囲網を作れる。今年6月の英国のEU離脱可決まで、ドイツはメルケル(左右中道2大政党の連立)、フランスは中道左派のオランド、英国は中道右派のキャメロン政権で、欧州各国は中道右派もしくは左派のエリート政党の支配体制が盤石だった。 (英国が火をつけた「欧米の春」) だが今や、トランプが当選してみると、EU離脱後にできた英国のメイ政権は、トランプに擦り寄るかのようなエリート批判のポピュリズムの方針を打ち出し、ロシアともタイミングを見計らって和解していく方針を出し、いつの間にかトランプ・プーチン枢軸の側に転じている。英離脱を率いた独立党のファラージ党首は、トランプと大の仲良しになり、米国に引っ越してトランプの顧問(事実上の駐米英国大使)になることになった。 (Is Nigel Farage Moving To The US) (Trump risks rift by supporting Farage as UK ambassador to Washington) (多極派に転換する英国) (ロシアと和解する英国) フランスでは来年5月の大統領選挙における「極右」のマリーヌ・ルペンの勝算が高まり、オランドやサルコジらの左右中道のエリート支配は風前の灯だ。トランプ側近のスティーブ・バノンは、自分が経営してきた草の根右派(イスラエル右派系でもある)のニュースサイト「ブライトバート( breitbart.com )」のフランス語とドイツ語のサイトを新設し、独仏で「トランプ現象」を扇動し、ルペンを当選させようとしている。トランプ陣営はルペンを応援し、メルケルをババア呼ばわりしている。来年9月のドイツの選挙でメルケルの中道右派が勝って続投したとしても、他の欧州諸国は次々とトランプ的な反エリート・反軍産な指導者が政権を取り、欧州の軍産エリート支配は崩壊の方向だ。 (Trump wants to remake Europe in his own image: American scholar) (Riding Trump wave, Breitbart News plans U.S., European expansion) (欧州極右の本質) (欧州の対米従属の行方) メルケルは、欧州政界の「トランプ化」に抵抗しうる最後の勢力だ。先日、オバマ大統領がドイツを訪問し「トランプに負けないで頑張れ」とメルケルを激励した。だが、オバマは「死に神」だ。彼に応援された者たちは皆、選挙で敗北する。オバマが今春、英国を訪問してEU残留派を鼓舞したら、残留派は国民投票で負けてしまった。オバマに応援されたヒラリー・クリントンも、トランプに敗北した。そして今、メルケルも、オバマが欧州最後の頼みの綱だと言って応援しにきた後、来夏の選挙で勝てるかどうか怪しくなっている(私が見るところ、オバマの本音は、軍産による米覇権主義と、そこにぶら下がるEU残留派やクリントンやメルケルを好んでいない。オバマは自覚して死に神役をやっている可能性がある)。 (Angela Merkel: 'Last Resistance Fighter Against President-Elect Donald Trump') (What a Fourth Merkel Term Would Mean for Markets and More) (SPIEGEL Editorial: Trump Is a Dangerous President) トランプとの結託を強めるエルドアンは最近、EUから強権政治を批判された報復として、シリアなどからトルコに入ってきている300万人の難民を、欧州に送り出すぞと脅している。エルドアンは昨夏にも、自国にいる中東の難民をそそのかして大量に欧州に送り込んでいる。メルケルやオランドや英国のEU残留派が国民から支持されなくなったのは、それらのエリートたちが、エルドアンが送り込んだ大量の難民を「人道主義」に基づいて受け入れ、欧州人の市民生活が侵害される状態を作ってしまったからだ。昨夏の時点では、まだトランプの台頭もなく、米露土の強権枢軸もなかった(米英の覇権運営者がエルドアンをそそのかした可能性はあるが)。だが今では、エルドアンが難民を欧州に送り込み、トランプやプーチンが、ルペンやその他の反エリート勢力を支援する「欧州包囲網」が見え始めている。 (Trump, Putin and Erdogan a 'ring of autocrats' trying to destroy Europe, says EU's chief Brexit negotiator) (クルドの独立、トルコの窮地) エルドアンは、トランプ勝利後の先日、中露(特に中国)主導の上海協力機構に正式加盟したいと言い出した(今は「対話相手」という準加盟)。「上海機構に入れば、EUとつきあい続ける必要などない」とも言っている。エルドアンは、トランプ主導の欧州エスタブ支配体制の破壊行為に加担することにして、自国を経済的に欧州から切り離して中国など上海機構の側にくっつけるとともに、欧州の難民危機を再誘発しようとしている。トルコのエリート層に多い欧州かぶれな世俗派は、エルドアンの転換策を受け入れられない。そのためエルドアンは、世俗派エリート層に「クーデターを企てたギュレン派」のレッテルを貼り、大量失職させている。 (President Erdoğan: EU not everything, Turkey may join Shanghai Five) (Major Foreign Policy Shift: Turkey Abandoning EU For SCO) 私が見るところ、トランプが、他の独裁ワルガキを誘ってやろうとしていることは、覇権の多極化である。これまで米単独覇権体制は、バラバラな中小の国民国家が、米国の覇権に従属してぶら下がる体制だった。対照的に、今後の多極型の世界は、各地域の大国が自分の地域に対して覇権を持ち、地域大国間の談合で国際政治が決まる体制になる。そこにおいて、欧州がEUの解体に見まわれ、ドイツやフランスといったバラバラな国民国家の烏合の衆に戻ってしまうのは好ましくない。欧州はEUという地域覇権体制が維持された方が多極的だ。ルペンら、欧州の反エスタブ指導者は、欧州統合反対、ユーロ廃止、各国ナショナリズムへの出戻りを主張している。だが私が見るところ、彼らは政権をとった後、微妙に方向転換してEU統合を維持(東欧などを切り離して縮小強化)すると予測される(NATOは潰されて欧州統合軍が取って代わる)。そこに行くまでの間に、まず欧州は反エスタブ勢力に席巻されて混乱し続ける。 (Will Donald Trump End The American Unipolar Moment?) 米国の政権が軍産敵視のトランプになり、米国において軍産は野党になった。今後、米民主党をサンダース的な左翼が席巻すると、軍産は野党ですらなくなる。軍産が弱体化すると、これまで対米従属(=対軍産従属)していた諸国は、従属する先がなくなってしまう。メルケルが負けると欧州も対軍産従属でなくなる。豪州でも、対米従属を続けられなくなることについて議論が始まっている。 (Paul Keating says Australia should 'cut the tag' with American foreign policy) (What will President Trump do for Australia and ANZUS?) フィリピンは転向した。サウジは悶々としている(トランプはサウジからの石油輸入を止めることにした)。韓国も内政の暗闘が始まっている。世界で軍産従属をひきずっているのは、日本とカナダぐらいになっている。カナダは米国に近すぎるので、いずれリベラルが追い出されてトランプ化するだろう。日本について、トランプは、安倍が独裁的な政治家であることに期待しているようだ。独裁が強ければ、官僚が維持しようとする対米従属の構図を破壊して、エルドアンみたいにやれるかもしれない。どんどん右傾化して対米離脱する道だ。それが起きるかどうかはわからない(小泉純一郎は粗野なワルガキだったが、安倍は度量が足りず、線が細くて幼稚だ)。 トランプは、来年のG7シチリアサミットで、プーチンにG7に戻ってきてもらってG8に戻そうとしている。この新G8では、トランプとプーチンの固い結束が誇示される。英国のメイや、フランスのルペンが、その周りに立ってはなをそえる。イタリアもワルガキ米露へのお追従に回る。ドイツのメルケルと、カナダのイケメントルドーは困窮し、離れたところに立っている。残る一人はどうするか??。独加の孤立組と一緒に離れて立つか?。違うだろう。ワルガキ米露の仲間になるしかない。最もありそうなのは、非常に影の薄い、ワルガキの使い走りになっている日本の姿だ。G8は、米英覇権の組織から、多極型の組織に大転換する。G7各国がプーチンの再招待に反対するなら、トランプはG7を無視するようになる。 (Trump’s first ambassador: Barack Obama) ▼イスラエルに気を遣うトランプとプーチン 話をどんどん広げてしまった。トランプの当選で巨大な移行期が始まっており、国際政治経済のあらゆるものが転換していきそうなので、話が乱雑に広がりがちだ。今後もこの傾向が続きそうだ。今回の記事の書き出しの、シリアにおける米露協調の開始の件に戻る。この米露協調でやることが決まっている話は、テロリスト退治の他にもうひとつある。それは「イスラエルがシリアから奪ったゴラン高原を占領し続けられるよう、ゴラン高原周辺の状況をシリア内戦前に戻し、シリア内戦開始後に撤退した国連の停戦監視軍を、ゴラン高原に戻す」ことだ。すでに国連軍の先遣隊がゴラン高原の周辺に到着している。 (Secret Israel-Jordanian-Syrian border talks begin) ゴラン高原はシリアの領土であり、イスラエルの占領は不当だが、トランプもプーチンも、イスラエルの占領継続を助ける姿勢をとっている。露軍に助けてもらっているアサドは、ゴラン高原をあきらめ続けねばならない。 先日、ロシアのメドベージェフ首相がイスラエルと西岸を訪問したが、到着後真っ先にやったのは、東エルサレムのイスラム教とユダヤ教の共通の聖地である神殿の丘の、ユダヤ側の聖地である「嘆きの壁」を訪れることだった。国連のユネスコでは10月に、神殿の丘をユダヤ教の聖地とみなすことを否定する(ユダヤの歴史を捏造とみなす)決議が可決されている。ロシアも決議を支持した。この決議は、イスラエルが「パレスチナ国家」の首都になるはずの東エルサレムを占領し続けていることに対するイスラエルの歴史的な根拠(口実)を否定する意味がある。 (Russia PM: 'We never denied Israel's right to Jerusalem, Temple Mount') メドベージェフの嘆きの壁の訪問によって、ロシアは、イスラエルの東エルサレム占領を容認する姿勢をみせた。トランプも「米国の駐イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移す」と繰り返し表明しており、米露は協調してイスラエルに甘い姿勢をとっている。今後、米露協調でパレスチナ問題に取り組む可能性があるが、問題解決の方向は、イスラエルが嫌がる「2国式(パレスチナ国家の創設)」でなく、西岸のパレスチナ人をヨルダンに押しつける「パレスチナとヨルダンの合邦」など、パレスチナ国家の創設を回避するやり方になりそうだ(だから米露は、ヨルダン国王が米露協調の事務局をつとめるのを認めたのかも)。ロシアはイスラエルに気を使っているが、同時にイスラエルはロシアに楯突けない状況だ。イスラエルよりロシアの方が優位にいる。 (Russia emerges as a center of gravity for Israel) (イスラエルのパレスチナ解体計画) トランプが開始した、シリアにおける米露協調において、もうひとつ考えねばならないことは「イランの位置」である。ロシアは、シリアでのテロリスト退治において、イランのちからをものすごく借りている。ロシアは空軍で、イランは地上軍(シーア派民兵団、ヒズボラ)で、テロリスト退治に参戦し、両者は緊密に協力している。ロシアは親イランだ。しかし、トランプはイラン敵視の姿勢で、オバマが実現したイランとの核協約を破棄すると言っている。イラン支持のプーチンと、イラン敵視のトランプが、どうやって協調するのか。 (Israeli official: Russia has long-term ambitions in the Middle East) トランプの姿勢として一つありそうなのは「表向きイランを敵視しつつ、裏でイランの台頭を黙認する」というやつだ(これは、オバマの「隠れ反軍産」の策を継承するものでもある)。プーチンは親中国だが、トランプは反中国的で、この点も齟齬だ(まだ不透明)。ロシア、中国、イラン、アサド、ヒズボラは、ぜんぶ味方同士だが、トランプはこれらのうち、ロシアと明示的に協調しつつ、残りの勢力とは隠然と協調(表で敵視して裏で黙認)する使い分けをやりそうだ。 (Russia and Hezbollah `officially' working together in Syria) ヒズボラは公式には米国の敵だが、米国はすでにヒズボラに武器を支援している。ヒズボラは米露両方から武器をもらっており、先日、両方の武器を誇示しながらシリアのアレッポで軍事パレードを行なっている。 (Two Hizballah brigades deployed to Aleppo)
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