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イスラエルのパレスチナ解体計画

2016年11月1日   田中 宇

 イスラエルが、西岸の面倒をヨルダンに、ガザの面倒をエジプトに見させようとしている。90年代以来、米欧が主導してきた中東和平交渉は、西岸(ヨルダン川西岸地域)とガザに「パレスチナ国家」を作り、ユダヤ人国家のイスラエルと、アラブ人(=パレスチナ人)国家のパレスチナが仲良く並び立つ「2国式」の解決を推進してきた。だがイスラエルは、90年代にいったん2国式を受け入れたものの、その後は事実上2国式を拒否している。 (Does Jordan hold key to Palestinian independence?

 イスラエルが2国式を拒否する本質的な理由は、パレスチナ国家ができると、それがイスラエルに対抗するアラブ諸国・イスラム世界の象徴的な存在となり、イスラエルとアラブ・イスラム側との和平でなく対立を推進してしまうからだ。「イスラエルが(西岸の)不正入植をやめればアラブ・イスラム側と和解できる」とムスリムや欧米系リベラル派は言うが、イスラエルはもともと西岸だけでなく国土全部が、パレスチナ人から土地を奪って(もしくは不正に買い取って)作った「不正入植国家」だ(ムスリム側から見ると、の話)。 (国家と戦争、軍産イスラエル

 いったん建国を許されたパレスチナ国家は、いずれ、当初の西岸とガザだけでなく、イスラエルを含むパレスチナ全土を正当な領土だと主張しかねない。これは歴史認識の問題であり、イスラエルとアラブの力関係によって「正しい認識」が変化する。イスラエルが強い間は「正当な国家」だが、米覇権から切り離されるなどして弱体化すると、国際社会から「不正な国家」とみなされかねない(歴史に真実など存在しない。歴史は政治力学で決まる。古来、諸帝国の記録係・記者として機能してきたユダヤ人はそれを熟知している)。現実に、米国の中東覇権が低下し、オバマとネタニヤフの仲が悪い中で、ユネスコなど国連機関が、米国の後ろ盾が弱くなったイスラエルを非難する度合いを増している。 (Kerry: Israel and Palestinians headed for binational state, world must act or shut up

 パレスチナをアラブ人とユダヤ人の国家に分割する「パレスチナ分割案」は、70年前に英国(大英帝国)が起草して国連で決めた。同時期に英国は、インド植民地をインドとパキスタンに分割して独立させる策もやった。英国の帝国を継いだ米国は、朝鮮半島の南北分割や、台湾と中国の分割を誘発している。それらの英米の分割政策に共通するのは、いったん分割されたら、破片どうしが永遠に敵対・戦争し続け、平和共存が非常に困難になることだ。英国の草案に基づくパレスチナ国家が創設されると、それが長期的にイスラエルにとって友好的な存在になる可能性は非常に低い。むしろ逆に、アラブとイスラム世界に根強いイスラエル敵視のパワーを煽る存在になっていく可能性が高い。(分割が恒久化しなかった数少ない例外の一つは、英米が冷戦構造を使って行ったドイツの東西分割だ。冷戦終結時のレーガンの米国の強い意志があり、ドイツは再統合できた)

 イスラエルが自国を安全に存続するなら、2国式を実現しない方が良い(逆に、イスラエル国家は潰れるべきだとする観点に立つと、2国式を実現するのが良い)。80年代末(レーガン政権)以来の2国式推進は、米英上層部にいる、親イスラエルのふりをした反イスラエル勢力が仕掛けた罠だったともいえる(レーガンは、ドイツを強化するとともにイスラエルを陥れようとした)。イスラエルは07年以来、2国式に基づくパレスチナ側との交渉を全て拒否している。だが、拒否するだけでは、イスラエルにとっても問題の解決にならない。 (イスラエルとロスチャイルドの百年戦争

▼パレスチナをヨルダンと合邦させる

 西岸とガザは、67年の第三次中東戦争で、イスラエルの占領下に入った。それ以前は、ヨルダンが西岸を、エジプトがガザを統治していた。イスラエルが西岸とガザを占領した理由は、敵対するアラブ諸国との距離を拡大(国土の「戦略的深み」を増強)し、戦争の際の優位性を増せるからだった。だがその後、占領下のパレスチナ人は反イスラエル精神を先鋭化し、アラブ諸国が送り込んでくる武器を使って、もしくは投石によって、イスラエルを攻撃(抵抗運動)するようになった。世界的に、イスラエルによる人権侵害を非難する運動も活発化した。占領下のパレスチナ人による闘争激化で、「敵」との距離は、むしろ縮まってしまった。ここに、米英がイスラエルを説得して2国式を受け入れさせる素地ができた。

 イスラエルの占領が始まるとともに、西岸とガザに、パレスチナ人を包囲・監視するかたちで、ユダヤ人入植地がどんどん作られた。入植者は政治的に非常に活発(特に米国からの移民勢力)で、総勢で80万人(イスラエル総人口の1割強)しかいないのに、イスラエル政界を牛耳る政治力を持ち、2国式を潰している。入植住宅を建設する政府の住宅省は入植者の言いなりだし、入植地を批判する米欧との協調を維持しようとした外務省は事実上解体されてしまった(外務大臣が置かれず、首相が兼務している)。入植者はイスラエルを牛耳り、西岸や東エルサレムで好き放題に入植地を拡大している。(ガザの入植地は、シャロン元首相が撤去して以来、再開されていない) (西岸を併合するイスラエル

 だが、パワフルな入植者たちも、西岸やガザのパレスチナ人の全員を「消す」、つまり国外追放したり殺したりすることはできない。パレスチナ人を何らかの方法で「消」さない限り、西岸やガザをイスラエルの国土として取り込むことができない。パレスチナ人が住んだまま取り込むと、いずれパレスチナ人にイスラエル国籍を与えざるを得ず、国籍=選挙権を与えてしまうと、イスラエル政界でパレスチナ人=アラブ人の政党が強くなり、ユダヤ人国家でなくなってしまう。

 このジレンマを乗り越えるために、イスラエルは近年、ヨルダンやエジブト、それから両国に経済支援してきたサウジアラビアと親しくする戦略を続けている。今年10月、ヨルダンとは安保協定を結び、軍事技能や治安維持の方法を教えている。イスラエルは近年、地中海の経済水域内でガス田を開発し、天然ガスを産出するようになったが、その一部をヨルダンに供給する計画も進んでいる。イスラエルは、ヨルダンからの出稼ぎ労働者の数を増やし、ヨルダン経済に貢献することもやっている。

 ヨルダンとイスラエルは、今年に入って急に親密さを増している。地理的に、ヨルダンとイスラエルの間にある西岸のパレスチナ自治政府は、双方から無視される傾向を強めている。ヨルダンでは「イスラエルのガスや雇用に引きずられてパレスチナを見捨てるな」と主張する政府批判のデモなどが起こされているが、こうした批判を無視して事態が動いている。 (Is Jordan Israel's new best friend?

 イスラエルは同様に最近、エジプトに対しても、軍事諜報や治安維持技能の分野でノウハウ提供をしたり、水利(海水の脱塩)や観光の分野で合弁事業による経済支援を行なっている。エジプトのシシ大統領の軍事政権は、カイロの春(エジプト革命)で当時の軍事政権(ムバラク大統領)を倒して作られたムスリム同胞団のモルシ政権をクーデターで倒して軍事政権に逆戻りさせたものだが、シシ政権とイスラエルは、ムスリム同胞団(イスラエルの場合はガザのハマス=同胞団パレスチナ支部)と戦っている点で利害が一致している。エジプトにはまだ同胞団支持者も多く、彼らはシシ政権とイスラエルの結託強化に反対する政治運動を続けているが、政府に弾圧されて終わっている。 (Israel And Egypt Discussing Large-Scale Economic Projects) (Egypt and Israel

 イスラエルは、ヨルダンに対する影響力を増強したうえで、ヨルダンが、西岸のバレスチナ自治政府(PA)を傘下に入れるかたちで「合邦」することを望んでいる。西岸地域は、イスラエルがパレスチナ人の居住地を分割し、幹線道路を分断するように入植地を作りまくった結果、地理的な統合性を失い、国家として機能できなくなっている。入植地によって寸断され、ぼろぼろになった西岸をヨルダンに押し付けるのが合邦の策略だ。

 イスラエルは、ヨルダンが西岸を合邦すべきだと明言していない。建前は、欧米が推進してきたPA独立の「2国式」だ。だが最近、西岸の大学(A-Najar University)が「パレスチナ人の中で、2国式が現実的な和平策だと考える人は18%しかいない半面、46%がヨルダンとの合邦を良い策と考えている」とする世論調査の結果を発表した。 (Poll: Palestinians Prefer Federation With Jordan) ('46% of Palestinians support Jordanian-Palestinian confederation based on two states'

 また、パレスチナ人の有力な専門家(戦略家、哲学者のSari Nuseibehら)が、西岸のPAをいったん独立国にしたうえでヨルダンと合邦する構想に対し、支持を表明している。 (Is confederation viable for Jordan?

 今春、ヨルダンのマジャリ元首相(Abdel Salam Majali)が西岸を訪問し、ナブルスなど主要都市で支配的ないくつかの部族の有力者たちと会い、ヨルダンとの合邦が現実的な策だという点で合意している。マジャリの西岸訪問は非公式で、ヨルダン王政を代表する訪問でなかったが、マジャリのような重要人物が、PAを迂回するかのように、PAの重鎮でなく部族の有力者たちと会い、合邦支持で合意するという、政治的な衝撃を起こしかねないことを、ヨルダン王政の支持(または指示)なしにやるはずがない。マジャリは「パレスチナ国家は財政的に国家として維持するのが困難だ(だから合邦が必要だ)」とも言っている。 (Palestinians and Jordan: Will a Confederation Work?

 ヨルダン、サウジアラビア、エジプト、UAEからなる中東カルテットは、PAのアッバース大統領をやめさせ、代わりに(ヘブライ語が流暢な)モハメド・ダハランなど(2国式にこだわらない?)他の幹部と差し替えることを検討している。 (Seeking to block rival, Abbas calls for Fatah, PLO elections) (Will we see the return of Mohammad Dahlan?

 これらのパレスチナやヨルダンでの動きが、イスラエルの意を汲んだものであるという根拠はない。だが、合邦がイスラエルにとって最も好都合な策であること、イスラエルがヨルダンと親しくする戦略をとっていることを考えると、イスラエルのために採られた動きだった可能性はある。 (As Abbas' isolation increases, Israeli military team prepares for his rule's collapse

 ヨルダンの人口の半分かそれ以上は、イスラエル独立後の中東戦争の中で故郷を追い出されてヨルダンに移住してきたパレスチナ人だ。しかも、ヨルダン王政はヨルダンを統治する歴史的な正統性が少ない。ヨルダン王家は、もともとメッカ(サウジアラビア)の知事だったフサインが、オスマントルコに反逆する代わりに英国からアラブ独立を認められたフサイン・マクマホン協定に基づき、第2次大戦後、息子たちをヨルダン、シリア、イラクなどに国王として配置して以来の存在でしかない。シリアとイラクの王政はその後、クーデターによって地元勢力(左翼のバース党の軍隊)に打倒され、ヨルダン王政だけが残っている。

 だから西岸との合邦によってパレスチナ人がヨルダン国民として増えることは、ヨルダン王政にとってリスクが高い。かつて、オスロ合意で2国式が公式化する前の90年前後に、ヨルダンと西岸の合邦が、パレスチナ問題の解決策の一つの候補とされていた時期があった。当時、PA(PLO)の指導者だったアラファト議長は、ヨルダンとの合邦に賛成していた。アラファトは、ヨルダンと合邦したら増加したパレスチナ系国民を扇動して王政を転覆し、ヨルダンを乗っ取るつもりだった。この先例からは、合邦がヨルダン王政にとってリスクであることがわかる。

 だが同時に、英米(最初は英国、戦後は米国)の傀儡政権として機能してきたヨルダン王政は、今後米英の中東覇権が衰退すると、いずれ国内のパレスチナ系住民の民主化運動が再燃し、王政を転覆されかねない。イスラエルのために西岸を吸収合併してやり、イスラエルにとってなくてはならない(傀儡)国になることは、ヨルダン王政の延命策として効果がある。

 西岸とヨルダンが合邦すると、おそらく、イスラエルが西岸に多くの入植地を作り、パレスチナ国家の首都になるはずだった東エルサレムを占領しつつあることが、事実上容認されることになる。パレスチナ人やアラブ諸国は(表向き)それらのイスラエルによる占領に強く反対しているが、イスラエルが入植地や東エルサレムを手放す可能性がない以上、パレスチナ人の生活を楽にするための現実策を追求するなら、イスラエルによるそれらの占領を黙認しつつ、ヨルダンと合邦するのが一つの手だ。(エルサレムの聖地を重視するイスラム主義者たちは了承しないだろうが)

 ヨルダンが西岸を合併することが「可能性」や「話」として出ているのと対照的に、エジプトがガザの面倒を見ることは、今のところ可能性がない。エジプトの今のシシ軍事政権は、ムスリム同胞団をクーデターで倒して作られた。ガザを支配するハマスは、同胞団のパレスチナ支部である。エジプトがガザの面倒を見るようになったら、エジプトで同胞団が力を回復し、軍事政権が同胞団を抑えている今の政治バランスが崩れ、再び民主化運動で軍事政権を倒す展開になりかねない。だが、イスラエルがエジプトを支援して友好関係を維持しておくと、いずれ軍事政権がもっと力をつけたら、ガザの面倒を見てもらい、ガザに対するイスラエルの負担が減る可能性はある。 (エジプト革命で始まる中東の真の独立

▼イスラエルのパレスチナ解体を阻止したいオバマ

 イスラエルは、2国式を拒否しつつ、西岸をヨルダンに、ガザをエジプトに押し付けてパレスチナを解体し、事実上の問題解決にしようとしている。しかし、イスラエルのこうした隠然とした策謀を阻止しようとしている勢力もいる。その筆頭は、米国のオバマ大統領だ。オバマは、11月8日に米大統領選挙が終わってから、来年1月20日に任期が終わるまでの間に、国連でPA(アッバース)のパレスチナを正式な国連加盟国として認める決議を通そうとしている(オバマはそこまでやれないとの見方もある)。 (Does Obama Really Have a November Surprise Planned for Israel and the Palestinians?) (Top Palestinian Diplomat Urges Obama to Take Action on Occupation After U.S. Election

 パレスチナ加盟承認案は、すでに国連安保理で審議されており、米国が拒否権発動をやめて棄権に回れば、国連加盟を認められ、パレスチナは正式な国家になる。いったん国家になると、2国式推進にはずみがつくとともに、パレスチナを従来の準国家状態に戻してヨルダンと合邦させるのが不可能になる。国連が認めるパレスチナ国家は、東エルサレムを首都としており、イスラエルが東エルサレムを奪うことが国際法上の侵略行為になる。国連機関のユネスコはすでに、イスラエルが東エルサレムを占領することを許さない決議を出している。 (Netanyahu: I hope Obama won't forsake us at the UN

 米次期大統領の候補はクリントンもトランプも、オバマが通そうとしているパレスチナ国家の国連加盟承認の決議に反対すると言っている。だが、いったんオバマの時代に正式な国連加盟国家になったイスラエルを、再び準国家状態に引き戻すことはできない。イスラエルとオバマの最後の戦いが、これから始まろうとしている。 ('The New York Times' Calls for Obama to Support a UN Resolution That Would Divide the Land of Israel) (軍産複合体と闘うオバマ

 加えて、米大統領選直後の11月10-11日に、ロシアのメドベージェフ首相がイスラエルとパレスチナを訪問することも重要だ。従来ごりごりの親イスラエルだった米国が、オバマ政権下で反イスラエルの態度をしだいにあらわにする反面、これまでパレスチナ問題のわき役だったロシアが、シリア内戦への軍事関与を皮切りに中東で影響力を拡大するのと並行して、パレスチナ問題への関与を隠然と強め、イスラエルがロシアにすり寄る度合いを増している。イスラエルは、2国式を押し付けてくる米国を嫌ってロシアに接近する傾向だ。メドベージェフの訪問は、その意味で注目だ。 (中東和平に着手するロシア) (Palestine Expects Russian Prime Minister's Visit on November 11



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