中東和平に着手するロシア2016年8月30日 田中 宇プーチンのロシアが、イスラエルとパレスチナを仲裁する中東和平に首を突っ込み始めた。米欧が手掛けてきたものの頓挫している和平交渉を、ロシアが引き取って進めようとしている。8月21日「イスラエルのネタニヤフ首相と、パレスチナ自治政府のアッバース大統領の直接交渉をモスクワでやりたいと、プーチンが連絡してきた」と、エジプトのシシ大統領が発表した。ネタニヤフもアッバースも、ロシアの仲裁を歓迎している。 (Moscow Ready to Host Direct Talks Between Abbas, Netanyahu) (WAR AND PEACE IN PUTIN'S MIDDLE EAST) プーチンがモスクワ交渉をいつ開くのか明らかにされていないが、シシがロシア主導の中東和平計画を発表した直後、米大統領選挙の結果が出た直後の11月11日に、ロシアのメドベージェフ首相がパレスチナを訪問する予定をロシア政府が発表した。メドベージェフの訪問は、モスクワでの中東和平交渉の準備のためだろうから、モスクワ交渉は、次期米大統領が決まった後の11-12月に予定されていると考えられる。 (Palestine Expects Russian Prime Minister's Visit on November 11) 中東和平の仲裁役はかつて米国だったが、オバマ政権は2期目になってネタニヤフとの関係が悪化している。イスラエルの協力が得られなくなり、米国主導の中東和平は頓挫している。今年に入り、米国の代わりにフランスやEUが仲裁役を買って出て、5-6月からフランス立案の和平案を進めようとしたが、これもイスラエルの協力が得られず破綻している(エジプトやサウジは、欧米と協調してイスラエルとの交渉を進めている)。 (Netanyahu steps up opposition to French ‘peace’ initiative) (French FM to Netanyahu: I know you're against peace initiative, but train has left the station) 米欧とくにEUは、イスラエルが、将来のパレスチナ国家の領土になるはずのヨルダン川西岸地域で、パレスチナ人を追い出してユダヤ人用住宅(入植地)を作っているのを批判し、やめさせようとしている。極右の入植者組織に牛耳られているネタニヤフ政権は、入植地拡大でイスラエルを非難する欧米が中東和平の仲裁役をやることを好まない。だから欧米主導の和平は進まない。ロシアが仲裁役になるプーチンの申し出は、欧米主導の和平策の破綻の上に出てきている。 (Israel lays groundwork for possible settlement expansion southeast of Jerusalem) (西岸を併合するイスラエル) ▼敵対扇動の米英覇権の失敗の末に ロシアは以前から、中東和平の主導役として米国が組織した「カルテット」(米露EU国連)の一員である。イスラエルのユダヤ国民500万人のうち100万人は、旧ソ連から移民したロシア語を使う人々だ。イスラエルは建国後の20年間、社会主義を標榜し、ソ連と親密だった。ロシアは安保理の常任理事国でもあるため、カルテットに入っている。だがこれまで、ロシアが表立って中東和平を主導したことはなかった。パレスチナ問題は、大英帝国の中東支配の中で作られた謀略的な問題であり、70年以降は米国のユダヤ支配の暗闘の絡みで、これまた謀略的に問題解決が推進(するふりをして阻止)されている。パレスチナ人はソ連の社会主義につながる左翼が多かったものの、パレスチナ和平は英米の謀略問題なので、ソ連やロシアは首を突っ込まなかった。 (イスラエルとロスチャイルドの百年戦争) そのロシアのプーチンが今回、中東和平に首を突っ込むことにしたのは、昨秋のロシア軍のシリア進出以来、中東におけるロシアの軍事・政治面の影響力が急拡大し、それに連動してイスラエルが自国の安全保障をこれまでの米国でなくロシアとの関係に頼る傾向を強めたからだ。シリア内戦は、露イランアサドの側が勝ち、米サウジトルコに支援されたテロリスト(ISとヌスラ)の敗北が確定しつつある。6-7月には、エルドアンのトルコが(やらせ)クーデターをはさみ、米ISヌスラ(軍産NATO)を見捨ててロシア側に劇的に寝返り、中東でのロシアの立場はますます強くなった。 (欧米からロシアに寝返るトルコ) イスラエルにとって敵もしくは味方として重要な、イラン、シリア、レバノン、トルコ、イラク、エジプト、ヨルダンといった国々のすべてが、今やロシアと親密な関係を持っている。イスラエルは、ロシアの仲裁を得ることで、これまで脅威・仇敵だったイランやレバノン(ヒズボラ)、シリアとの敵対を緩和し、自国の安全を強化できるようになった(従来は、米国がイランやヒズボラやシリアを敵視していたので、イスラエルもそれらを敵視し続ける必要があった)。イスラエルが、イラン、シリア、ヒズボラ、イラクとの敵対を解くに際して不可欠なのが、パレスチナ問題の解決もしくは好転だ。パレスチナ人がイスラエルにひどい目に合わされている限り、イラン、シリア、ヒズボラ、イラクなどイスラム諸国のほとんどは、イスラエルと和解するわけにいかない。 (中東を多極化するロシア) (Jordan, Russia seek 'inclusive solution' to Syria crisis) イスラエルは、911以来、イスラム世界との敵対を扇動・恒久化する米国のテロ戦争に自国を組み込み(もしくは911を機に米国をイスラムとの恒久対立に引っ張りこみ)、「米イスラエル同盟がイスラム世界と戦う」構図を作り、米国にイスラエルの安全を保証させる態勢を組んだ(戦後の英国が「英米同盟がソ連と戦う」冷戦構造を作って自国の安全保障としたのを真似た感じだ)。911以後、パレスチナ問題は「過激なパレスチナ人がイスラエルに対してテロを行う」というテロ戦争の構図の中に歪曲して組み入れられ、イスラエルがパレスチナ人をひどい目にあわせ、パレスチナ人や他のイスラム教徒がそれに怒ってイスラエルを敵視するほど、イスラエルの傀儡と化した米政界で「米国はイスラエルを守らねばならない」との主張が席巻し、米イスラエルのテロ戦争の同盟体が強化される構図だった。パレスチナ問題が解決から遠のくほど、米イスラエル同盟の維持に都合が良かった。 (国家と戦争、軍産イスラエル) (Egyptian president: Putin willing to host Netanyahu and Abbas) しかし、米国のテロ戦争は、やり過ぎや稚拙な策の(意図的な?)繰り返しの末に、決定的に失敗した。米国は、シリアやイラクを露イランに任せ、イスラエルを残して中東から撤退する方向だ。米国の後ろ盾が失われつつある中、これまでイスラエル自身が扇動してきたイスラム世界からの敵視は、イスラエルにとって「対米同盟を強化する良い策」から「自国を危険にする悪い策」に変質している。イスラエルは、イスラム世界との関係を「敵対」から「協調」に急いで転換する必要に迫られている。最も有効な転換策は、中東での影響力を急拡大するロシアとの関係を強化し、ロシアに頼んでイスラム側との敵対を緩和することだ。敵対の緩和に必要不可欠なのが中東和平、パレスチナ問題の解決である。プーチンは、ネタニヤフに頼まれてモスクワでの中東和平をやる感じだ。 (イスラエルがロシアに頼る?) ▼ネタニヤフがプーチンに花を持たせる? これまで中東和平は、米欧が手がけて頓挫し続けてきた。ロシアがやったからといって急にうまくいくのか?、という疑問が湧く。実のところ、この疑問は、問題の立て方が間違っている。中東和平が頓挫し続ける理由は、すでに述べたように、911以降、米国とイスラエルの両方が、イスラム世界の怒りを扇動する策として、和平の頓挫を望んできたからだ。中東和平が最後に進展したのは911前の98年のワイリバー合意だった。その後のテロ戦争下では、中東和平が進展しなくて当然だった。 ネタニヤフがプーチンに頼んで再開してもらう今後の中東和平交渉は、これまでの米主導のものと違い、うまくいかせるために行われる。以前の和平交渉は、イスラエルが譲歩するふりをして新案を出すが、その細部にパレスチナ人が拒否する項目を入れておき「せっかくイスラエルが譲歩したのにパレスチナが拒否した」と糾弾する構図が繰り返されたが、今後の交渉はそうでなく、イスラエルが最小限の譲歩でパレスチナ人が満足する構図を作ろうとし、ネタニヤフは交渉を成功させてプーチンを立てようとするだろう。 (Why Netanyahu's 'Asian option' is raising eyebrows in Israel) プーチンが中東和平に乗り出す理由は「イスラエルに恩を売る」ことに加えて「欧米が延々と失敗し続けた中東和平をプーチンが短期間に成功させ、世界を驚嘆させ、ロシアの国際信用を引き上げる」ことがある。ロシアに頼って自国の長期的な安全を確保したいネタニヤフは、ロシア主導の新たな中東和平を成功させてプーチンに花を持たせる何らかの策をすでに考えているのでないか。 今後のロシア主導の中東和平の「成功」は、米国がどう反応・対応するかによって変わってくる。11月8日の大統領選挙で、対露協調による中東安定を提唱するトランプが勝てば、米国は露主導の中東和平を積極的に評価・協力し、米露協調で和平を進めることも視野に入る。だが反露・軍産系のクリントンが勝つと、米国は露主導の中東和平を評価せず、けなすか無視する態度をとる(イスラエルが賛成しているので表立った反対や妨害はしない)。クリントン傘下だと、米マスコミは露主導の中東和平を「成功」と書きたがらなくなる。次の米大統領が誰になるかわかってから、メドベージェフがパレスチナを訪問するのは、このような背景があるからだろう。 (トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解) ▼プーチンのサウジ取り込み策との関係 ロシアが中東和平を始めることを最初に発表したのは、ロシア政府でもイスラエルでもなく、エジプトのシシ大統領だった。この奇妙な展開は、私が見るところ、プーチンによる「サウジ誘い出し策」である。シシは、サウジ王政の資金援助でエジプトを回している。シシはサウジの名代として中東和平に関与し、サウジが作った中東和平の「アラブ仲裁案」を推進し、パレスチナ自治政府を動かし、最近ではイスラエルとの和解を加速している。プーチンは今後の中東和平においてシシを重用し、サウジ和平案を尊重する姿勢を見せ、サウジがロシアと協調して中東和平を解決する構図をとろうとするのでないか、と私は推測している。 (Egyptian National Security at the Heart of Rapprochement with Israel) (Egyptian FM sparks uproar by saying Israel not guilty of 'terrorism') サウジアラビアとその子分であるペルシャ湾岸諸国(GCC)は、石油ガスなど経済の分野で、ロシアと比較的良い関係を維持している。サウジとロシアは敵対していない。だが、シリア内戦で、ロシアは勝ち組、サウジGCCは負け組に入り、対立関係になってしまっている。シリア内戦でのロシアの盟友であるイランやシリア(アサド)は、サウジと敵対関係にある。ロシアは、中東の4つの地域大国のうち、トルコ、イラン、イスラエルと良い関係を築いたが、サウジとだけはシリア内戦の敵味方関係が邪魔している。プーチンは、この状態を乗り越えてサウジと戦略関係を強化し、サウジを対米従属から引き剥がしたいはずだ。ロシアがサウジと関係を強化したければ、シリア内戦とは別の所でやる必要がある。その場所が、パレスチナの中東和平でないかと私は分析している。サウジ王政は最近、イスラエル側との接触を増やしている。 (In Israel, ex-Saudi general says Palestinian state would curb Iran aggression) (More Israelis visiting Saudi Arabia, Persian Gulf Arab states) サウジは従来、軍事面で米国に頼り切りだが、それがゆえに、サウジは中東での敵対を煽る米国のテロ戦争の戦略に巻き込まれ、イランとの対立から脱却できず、もともとサウジ系の身内勢力だったアルカイダからもテロの反逆を起こされている。イエメンの戦争も、もともと米国がサウジを巻き込んで起こしたものだ。サウジは、敵が多いので米国に頼っているのでなく、米国に頼ったので敵が多くなった。中東での米国の影響力が減退するなか、サウジは上手に米国依存を脱却する必要に迫られている。プーチンのロシアは、サウジの対米脱却を手助けし、中東での影響力を拡大しようとしているように見える。 (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) 中東では、スンニ対シーア、アラブ対イスラエル、シリアやリビアの内戦、クルド独立問題など、解決困難に見える対立構造がいくつもある。しかし、対立の多くは、大英帝国時代から近年のテロ戦争まで延々と続いた英米の中東分断支配戦略によって扇動され、解決不能な状態まで押し上げられている。米国が中東の覇権国である限り、対立を解く努力をするふりをして悪化させる状況が続き、対立が解けないが、米国が退却し、対立扇動戦略を持たないロシアの影響力が拡大すると、対立が解消されていく可能性がある。ロシアも中東を分断支配したがるのではとの懸念があるが、ロシアの中東戦略の要であるシリア内戦を見ると、ロシアは敵対を解消し、事態の安定化を目指していることがわかる(クルド人に関しては、できるだけ独立させないことが中東の安定維持になる)。 (ロシア・トルコ・イラン同盟の形成) (シリアをロシアに任せる米国) パレスチナ問題、中東和平の最大の障害は、アラブとイスラエルの対立でない。イスラエルの上層部で、和平を進めようとする中道派勢力よりも、西岸でパレスチナ人の土地を奪って入植地を拡大して和平を阻止する極右の入植者勢力が強い力を持っていることが、最大の障害だ。ロシアが中東和平を手がけても、入植地の拡大を止めるのは困難だ。入植地が拡大されている限り、和平(パレスチナ国家創設)も、イスラエルとイスラム諸国の和解も実現しない。ただ、和平や和解が実現しなくても、敵対を低下させることはできる。すでに最近、アラブ諸国のイスラエル敵視が減っている。 (入植地を撤去できないイスラエル) (世界を揺るがすイスラエル入植者) 加えて、米国の中東覇権が低下すると、入植者の政治力も低下する。イスラエルの入植者の中で極右の政治活動家たちの多くは、70年代前後に米国からイスラエルに移民してきた二重国籍の「米ユダヤ左翼くずれ」で、米国の軍産や好戦派のユダヤ勢力とつながりがあり、米国からの資金で動いている。入植者の中には、住宅が格安で手に入るので参加しているロシア系なども多いが、政治活動としてみると、中東和平を妨害する入植者組織は、米軍産の代理勢力である。米国の覇権が強かった従来は、彼らがイスラエル政界を牛耳り、ネタニヤフも彼らの言いなりだった。しかし今後、米国が中東から撤退する傾向が強まると、彼らの政治力の減退が予測される。
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