東アジアの新時代2018年6月23日 田中 宇今年の年初来、私は46本の記事を書いたが、その3分の1にあたる15本が北朝鮮を主題としていた。今年最大の問題だ。シンガポール会談で首脳どうしが和解して米朝の対立が解け、東アジアに新たな時代が来た。ひと区切りついて、自分が書き散らかした15本を読み返してみると、いまもって正しいと思える分析と、そうでない「はずれ」が入り交じっている。見直し、思考の整理整頓が必要だ。再考が必要な「はずれ」事項でまず思いつくのは、なぜ首脳会談の合意文書に「朝鮮戦争の終結」「在韓米軍の撤退」と、その交換条件としての「北の核廃絶の具体的な進め方」が明記されなかったのか、という点だ。事前のトランプの言動からは、これらが盛り込まれそうな感じが強かった。 (在韓米軍も在日米軍も撤退に向かう) 朝鮮戦争の終結が宣言されれば、在韓米軍の撤退がぐんと近づく。トランプは記者会見で、在韓米軍の撤退が自分の目標だが実現に時間がかかると表明した。「やりたいけど、できないんだ」と宣言した感じだ。結論的には「軍産複合体の反対が強すぎて、まだ実現できない」ということだ。在韓と在日の米軍は、世界で最後まで残っている冷戦型の、大型で固定的な駐留米軍だ。軍産の最大の利権の一つである。これを残したいという気持ちは共和党内でも強く、中間選挙や次期大統領選挙に勝ちたいトランプは(韓国側からの要請でなく)自分の方から在韓米軍を撤退することができなかったのだろう。鋭い指摘を発するガレス・ポーターも、その線で分析している。 (An Elite Coalition Emerges Against a Trump-Kim Agreement by Gareth Porter) マスコミでは、首脳会談で北の核廃絶の具体的な進め方を何も決めなかったことについて「トランプは金正恩にしてやられた」といった見方が席巻している。だが私の見立てでは、金正恩は、米国が北敵視を不可逆的にやめるなら(何発か隠し持つ感じの)核廃絶に応じても良いと考えてきた。昨年11月に「核兵器の完成」を宣言し、今年の元旦に平昌五輪への参加を表明し、3月にトランプに核廃絶を前提とした会談を申し入れるという、金正恩の一連の行動から、核と敵視のバーター戦略を、彼が本気で考えていたことがうかがえる。もしかすると正恩は、北の核が未完成の段階で「完成」を宣言する芝居をしたのかもしれないという点も含め、この部分の自分の分析が今でも正しいと考えている。 (朝鮮戦争が終わる) (北朝鮮の核保有を許容する南北対話) 問題は、北の核廃絶の方でなく、米国の北敵視の終了の方にある。正恩は核を廃絶するつもりがあったが、トランプの方は、国内の軍産の反対が強いので、北敵視の終了を宣言できない。北敵視をやめると在韓米軍を撤退せねばならず、それができないので、トランプは、首脳会談の合意文書に、朝鮮戦争の終結、在韓米軍の撤退、北の核廃絶の具体策の3つを盛り込めなかった、というのが私の新たな分析だ。米国の方の都合で、北の核廃絶が宙に浮いてしまっている。この点が、トランプの米朝和解の限界となっている。 (北朝鮮を中韓露に任せるトランプ) トランプは、米朝合意文書に関して軍産の反対を乗り越えられなった代わりに、金正恩と個人的に親しい関係を構築した。2人は、相互に直接電話し合えるようになった。首脳どうしの関係が親密になったので、米朝戦争の可能性が急減した。この緊張緩和の波に乗って、北朝鮮と韓国、北朝鮮と中国の関係が、急速に好転している。北朝鮮の経済開発を韓国や中国が支援する態勢が整った。核廃絶を後回しにして、先に緊張緩和と北の経済開発を進める中国主導の「ダブル凍結」のシナリオが動き出した。これは前回の記事に書いたとおりだ。 (北朝鮮に甘くなったトランプ) ここで出てくるのが、私の分析のもうひとつの「はずれ」である、韓国の対米自立に向かう力を過大評価していたことだ。私は昨年以来何回か、文在寅の韓国が南北和解の波に乗って在韓米軍に撤退を要請したり、米韓軍事演習の延期や中止を宣言するような方向性を予測した。だが結局、文在寅は米国に立ち向かうことを、ほとんど何もしていない。昨夏、米国が北朝鮮を先制攻撃するなら韓国の許可が必要だと表明した程度だ。トランプが、韓国を破壊する北への先制攻撃をやりたがる過激な演技をしても、韓国は、対米自立して北と勝手に緊張緩和する道をとらなかった。文在寅は昨年、独自に北と和解しようと何度も呼びかけたが、北に無視され続けた。北は、米国から敵視されている限り、韓国とも和解しない。 (北朝鮮危機の解決のカギは韓国に) (北朝鮮問題の解決に本腰を入れる韓国) この行き詰まりを解消するための韓国への助け舟として、トランプは米朝首脳会談を決行した、ともいえる。トランプが金正恩と会うと表明した後、北は韓国に対しても寛容になり、南北首脳会談が実現した。在韓米軍の撤退が以前からの目標である覇権放棄屋のトランプは昨年、北を先制攻撃すると息巻いて韓国人を怒らせて対米自立させ、米国を無視した南北対話から、韓国主導の在韓米軍の撤退につなげようとしたのかもしれないが、この道の実現は不可能だった。 (米朝核戦争の恐怖を煽るトランプ) そのためトランプは今年、逆回しをやり、先に米朝和解をやり、それに連動して南北和解が進むように仕向け、南北の緊張緩和、在韓米軍の必要性の低下につなげ、韓国の側から在韓米軍の撤収を希望するシナリオを進むようとしているように見える。米国内の軍産との関係上、トランプの方から在韓米軍の撤退を決定できないが、韓国が在韓米軍の撤退を望むなら「しかたがない」。トランプは、金正恩と義兄弟になることで、韓国が在韓米軍撤退を平気で希望できるようにした。 ▼首脳会談後も「北は脅威だ」と公言し続ける裏で金正恩と連絡を取り続けるトランプ 今回の米朝和解は、南北関係だけでなく、中朝関係も大きく変えた。03年の6か国協議開始以来、米国は、中国に北朝鮮の面倒を見させようとしてきた。中国はしだいに北に指図をする存在になっていき、北朝鮮は中国に楯突く傾向になった。米国は中国に「北に核開発をやめさせろ」と圧力をかけ、米国とうまく付き合いたいと思っている中国は北に圧力をかけた。それまで北への経済制裁をやるふりだけしていた中国は、しだいに本気で制裁するようになった。だが、自尊心の強い北は逆切れして核ミサイル開発をどんどんやり、制裁で北経済が停滞し、中朝関係も史上最悪の対立状態になったのに、北核問題は全く解決しないという悪循環に陥った。中国は、韓国やロシアの賛同を得て、核廃絶を先送りして先に北の経済協力をやる「ダブル凍結」を米朝に提案したが、米朝両方から拒否・無視された。これが昨年だ。 (プーチンが北朝鮮問題を解決する) 今年のトランプは、問題の核心である米朝対立の構図を、首脳会談での義兄弟のちぎりによって破壊した。トランプに許されることになった金正恩が、まずやったのは「中国訪問」「中朝関係改善」だった。米国が北を敵視していた昨年は、中国も北に圧力をかけざるを得なかったが、米国が北を許した以上、中国は北に加圧する必要がなくなった。習近平は、すりよってきた金正恩を歓迎し、中国は北への経済制裁を事実上解除した。昨年までの金正恩は、米国に敵視され孤立していたが、今や金正恩はトランプが支援する義兄弟だ。中国は、北に一目置かざるを得なくなった。 (The Singapore Summit Surprise) 今後、韓国や中国、ロシアなどが、北の経済建設に対する支援や投資を強める。すでに北と国交を持っている欧州勢も出てくる。日本は消極的だろう。米国もあまり出てこない。だが米国ではトランプが金正恩を政治的に支持し続け、中韓露などが北を支援する流れを下支えする。経済が動く中で、南北和解、緊張緩和、正式な制裁緩和が進み、どこかの時点で在韓米軍撤退の話が出てくる。 (Kim and China’s President Xi Talk Denuclearization, Peace in Korea) 北が核廃絶をあまり進めない場合、このような流れが逆転し、再び北敵視・制裁強化に逆戻りするだろうか。そのようには見えない。トランプは米朝首脳会談後、北の核廃絶への動きを誇張して過大評価する傾向にある。北が核廃絶の努力をほとんど進めなくてもトランプは「北はよくやっている」と喧伝したがる。このトランプの姿勢が続く限り、北敵視への逆戻りが起こりにくい。この件に関して、中国や韓国ロシアはトランプの味方だ。野党と化している米国の軍産と、その傘下のマスコミや日本が「北はけしからん」と憤慨してみせても、大した政治力にならない。 (North Korea Denuclearization Has Already Started, Says Trump) トランプは6月23日、北はまだ大きな脅威であり、今後も北を制裁すると表明した。北を敵視し続けるかのような演技だ。これは、軍産に対する目くらましだ。いったん確立したトランプと金正恩が連絡を取り合う関係は、水面下で今後もずっと続く。トランプと正恩の実際の関係は悪化しない。表向き、米朝は敵対し続け、再び喧嘩腰の言葉のやりとりをするかもしれないが、それは目くらましのための演技だ。 (Trump says North Korea still 'extraordinary threat') 日本は、安倍首相が、日本の国是である対米従属を、従来の「対軍産従属」から「対トランプ従属」に転換して以来、トランプがやることをすべて肯定している。そのため日本政府は、米朝首脳会談を「成功」と評価している。安倍は、金正恩と会いたがっている。トランプは、北への敵視をやめることで、在韓米軍ひいては在日米軍の撤退につなげる策略であり、米朝和解は、対米従属の恒久化を望む日本にとって、国体(官僚独裁)の破壊につながる「するとんでもない」動きだ。しかし日本は、対トランプ従属なので、面と向かってトランプを非難できない。マスコミがトランプに関して皮肉を言う程度しかやれない。北をめぐる事態の中で、日本は負け組になっている。負け組は日本と、米国の軍産だ。その他の、北朝鮮と中国韓国ロシアそしてトランプが勝ち組だ。国家で負け組なのは日本だけだ。 (従属先を軍産からトランプに替えた日本) 安倍は金正恩と日朝首脳会談を行い、北朝鮮との和解をはばむ構造として日本の対米従属派(官僚機構)が誇張してきた「拉致問題」について、北朝鮮が北が出してくるものを受け入れて解決を宣言することを試みるだろう。その試みが成功せず、拉致問題に拘泥して日本が北と和解しない場合、今後の東アジアでの日本の孤立に拍車がかかる。孤立も意外に心地よいかもしれない(笑)。 (Sidelined on North Korea, Japan needs all of Shinzo Abe’s diplomatic skill to get back into the game) (北朝鮮6カ国合意と拉致問題) (拉致問題終結の意味) 米朝首脳会談で朝鮮戦争の終結が決まりそうだというトランプの言い方を受け、私は、会談後に在韓・在日米軍撤退の話に突然なるかもしれないと思ったが、それは「はずれ」になった。だが会談が「義兄弟のちぎり」によって、在韓・在日米軍の存在理由の根幹にあった米朝対立の冷戦構造を破壊したのは確かだ。在韓と在日の駐留米軍は、あの会談後「死に体」になった。前回の記事に書いたように、在韓・在日米軍は、77年のカーター政権から30年間も「死に体」のまま平然と駐留しているので、死に体イコール撤退でないし、今回が初めての死に体でもない。だが、在韓・在日米軍の撤退を目標とする覇権放棄屋のトランプは、軍産と戦う大統領として、カーターよりかなり強力だ。覇権転換は、米民主党より共和党の方が上手だ。 (終わりそうで終わらない旧世界体制) 米朝が和解した米朝首脳会談後、東アジアは新しい時代に入った。軍産が今後異様に盛り返してトランプを潰さない限り、朝鮮半島の対立が解けていき、極東における米国の支配が退潮していく。北朝鮮の発展が始まり、韓国が対米自立していく。中国の覇権が拡大し、台湾が中国に併合される傾向が強まる。対米従属から離脱しない日本は、相対的な国力低下に拍車がかかる。日本はそれを甘受するだろう。中国に対するお追従が増える。無条件降伏できた国だ。尊厳など忘れ、何だってやれる(蛆)。国力が低下しつつ、今後の東アジアの中で居場所を見つけ、日本は対米従属できなくなった後の自国のバランスを何とかとっていくだろう。官僚独裁は永遠に続く。「日豪亜」的な、TPPや、海洋アジア諸国の連携が、日本にとって大事になる。 (日豪亜同盟としてのTPP11:対米従属より対中競争の安倍政権) (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本)
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