北朝鮮問題の解決に本腰を入れる韓国2017年5月1日 田中 宇韓国の5月9日の大統領選挙で勝って次期大統領になりそうな文在寅(ムン・ジェイン)が、北朝鮮の核兵器開発問題に対する新手の戦略を打ち出している。新戦略案の最も注目すべき点は、韓国軍の対米従属からの離脱、つまり在韓米軍が撤退できる状況を作ることと、北が核弾頭とミサイルの開発をやめた場合の和解策を、抱き合わせにしていることだ。「文在寅政権ができた後、北核問題が進展すると性懲りもなく予測」と小見出しをつけた記事を2週間前に書いた私としては、おおいに気になる。 (Sunshine 2.0? Moon Jae-in’s new inter-Korean policies, in summary) (中国に北朝鮮核を抑止させるトランプの好戦策) 文在寅の対北戦略は、98年から08年まで、金大中政権と廬武鉉政権が採っていた「太陽政策」を復活するものだ。文在寅は、かつて廬武鉉の側近として太陽政策を推進していた。太陽政策は3つの柱がある。(1)北からの軍事挑発を容認しない(軍事的に厳しい態度をとる)、(2)韓国は北を併合しようとしない、(3)韓国は積極的に北と協調する、の3点だ。太陽政策は、3点目の協調路線のみが注目されがちで、それゆえに「北を甘やかす愚策」と批判されてきた。文在寅は、(1)の、韓国の軍事強化策を強調し、米軍に依存するのでなく、韓国軍の独自の軍事力を増強しようとしている。 (Sunshine Policy - Wikipedia) (Crisis calls on South Korea to build up own defense capability) 具体的にはまず、有事の際の韓国軍の指揮権(作戦統制権、OPCON)を、米国政府から韓国政府に移譲することを実現しようとしている。1950年の朝鮮戦争以来、韓国政府の存立基盤が弱いという口実のもと、韓国軍の指揮権は、韓国政府でなく米国(在韓米軍)が持ってきた。平時の指揮権は1994年に韓国政府に移譲され、有事の指揮権も2012年に韓国に移譲することになっていたが、その後移譲は何度も延期され、まだ実現していない。韓国軍の指揮権を米国が握っていることは、韓国の対米従属、対米依存の象徴であり、米国の軍産複合体と韓国の対米従属派が、移譲を阻止してきた。 (Liberal candidate refutes allegations of UN vote on NK) (Moral Hazard and the US-ROK Alliance) 有事指揮権の移譲について米韓政府は2015年に「韓国軍が北に十分対抗できるようになるまで延期する」と決めた。経済などの国力で見ると、韓国は北よりずっと強く、韓国側がその気になれば短期間で(もしくは今すぐ)、米国に頼らず北に十分対抗できるようになる。だが米韓では「韓国軍が北に十分対抗できるようになるまで」というのが「永久に」という意味になっている。有事指揮権の韓国への移譲は、無期限に棚上げされている。日本の官僚独裁機構が1970年代以来「弱いふり」をすることで永遠の対米従属を模索してきたのと同じ構図が、韓国でも定着している。 (日本の権力構造と在日米軍) (集団的自衛権と米国の濡れ衣戦争) (在韓米軍撤収と南北接近) そんな中、文在寅は4月24日、自分が大統領になったら早急に有事指揮権を移譲すると表明した。これは、韓国が対米従属をやめていく宣言をしたも同様で、画期的だ。トランプ米大統領は、選挙戦中に、韓国への有事指揮権移譲を急いで進めると宣言している(就任後は沈黙しているが)。 (South Korea will TAKE CHARGE of own defence against Kim Jong-un, presidential hopeful says) (Will President Trump Push for OPCON of Military Forces To South Korea?) 文在寅は、有事の指揮権移譲を進めるとともに、北に対する韓国軍の自衛力や戦闘能力の向上策もやると言っている。軍事衛星を北の上空に配備して軍事動向を探り、北が韓国を攻撃する準備を始めたら先制攻撃する「キルチェーン」の機能、北がミサイルを発射したらパトリオットなどで迎撃するKAMDの機能、北が韓国を攻撃したらすぐ反撃できるKMPRの機能からなる3位一体の軍事強化を、2022年までに実現しようとしている。この政策も、太陽政策や有事指揮権移譲と同様、新しいものでなく、廬武鉉政権のころから立案されていたが、韓国の対米自立を遅らせたい韓米双方の阻害策ゆえ、実現が遅れてきた。 (Defense Ministry Aiming to Complete Kill Chain, KAMD, KMPR Systems by 2022) (S. Korean military speeds up development of Kill Chain and other response capabilities) (Crisis calls on South Korea to build up own defense capability) 先制攻撃やミサイル迎撃は、米国の軍事技術を使っており、その意味で軍産複合体を利する観があり、反戦派の間からは「文在寅も好戦派になってしまった」との批判が出ている。だが、00年前後の前回の太陽政策の時は、北がまだ核開発を進める前だった。北は、02年に米ブッシュ政権が北を政権転覆対象(悪の枢軸)の一つに定めた後、核兵器開発を本格化している。現在の北は、核ミサイルの完成を急いでおり、核武装を、その後の政治交渉を有利にする道具として使おうとしている。こうした現在の北に対抗するやり方として、北のミサイルを軍事的に無力化しようとする策が有用であると考えられる。 (South Korean presidential candidates move further to the right on North Korea) もう一点、迎撃ミサイルの迎撃能力に対する疑問も根強い。韓国のKAMDにも使われる予定の米国のパトリオットミサイルは、90年の湾岸戦争で、迎撃力がかなり弱いことが画像解析によって推定されている(25年も前の話ではあるが)。長距離の弾道ミサイルを迎撃する米軍のミサイル防衛システム(GMD)は、04年のかなり甘い迎撃実験で、9発のうち3発しか当たらなかった。GMDは12年になっても、使い物にならないと米政府の会計検査院(GAO)から疑問視されている。 (U.S. May Not Be Able to Shoot Down North Korean Missiles, Say Experts) (あたらないミサイル防衛) だがその一方で、イスラエルの短距離ミサイルなどに対する迎撃システムであるアイアンドームは、ハマスやヒズボラが撃ってくるロケット弾など飛行物に対し、一定の効果(実質的な迎撃率6-8割か?)をあげている(ハマスや従来のヒズボラはゲリラでしかなく、北朝鮮に比べてトロい武器しか持ってないが)。ロシアの迎撃ミサイルS300とS400も、迎撃力がある程度高いと言われている。4月6日に米軍がシリアの空軍基地に対して59発のミサイルを撃ち込んだとき、着弾したのは36発のみで、残りの23発が行方不明だ。ロシア軍がシリアに配備するS300で迎撃した可能性を、米ランド研究所の関係者が指摘している(ロシア軍が、電波のジャミングによって米軍ミサイルの航路をそらして海上などに落とした可能性もあり、それを考慮するとS300の命中率はそれほどでもないが)。 (Iron Dome - Wikipedia) (Did Russia Shoot Down US Missiles In Syria) 北朝鮮の対南国境である38度線からソウルまで30キロしかなく、南北が本気で戦争したら迎撃ミサイルなど効かない事態になる。北に対する韓国の3位一体の軍事力強化策の最重要な点は、本気の戦争で勝つことでなく、韓国が米軍に頼らなくても北と対峙できる軍事力を持つ(という政治的な認識を持つ)ことで、南北が和解した時に、北が求める在韓米軍の撤退を韓国が実現できるようになる点だ。 (朝鮮半島を非米化するアメリカ) 以前の太陽政策の際は、まだ韓国が軍事的な対米自立が計画される前だった。当時、北が韓国との和解を進めても、北にとって脅威である在韓米軍は去らず、世界最強の米軍がいつでも北を攻撃できる態勢にあった。これでは、表面上の経済協調を進めても、根本的な国家安保面の協調が進まなくて当然だった。事実、02年に米国が北への敵視を強化し、それに北が核兵器開発の本格化で対抗し、南北関係が再び悪化する中で、08年に韓国に好戦的なネオコン路線の李明博政権ができ、太陽政策は棚上げされた。 (転換前夜の東アジア) 北は、在韓米軍が撤収し、米国と韓国が北敵視をやめるなら、核とミサイルの開発をやめて、米韓に対する敵視もやめると言っている。韓国が軍事的に自立し、在韓米軍に撤退を要請できるようになることが、北朝鮮問題の解決に不可欠だ。その不可欠な条件を、これまでの韓国は満たせなかったが、文在寅が打ち出した策は、その条件を満たしている。 ▼韓国が北問題解決を主導すると、軍産が課す難題CVIDを回避できる 韓国が対北和解を進めても、トランプの米国が北に対する強硬姿勢を崩さなければ、北は和解に応じない。トランプは、北との戦争も辞さずという好戦的な姿勢をとっているように見える。だが実のところ、トランプの好戦姿勢は、自国政界内の軍産勢力を煙に巻くための、おちゃらけた演技でしかない。トランプ政権は4月24日に上院議員全員を大統領府に呼びつけ、北朝鮮に対する戦略について、機密扱いの説明会を開いた。だが、トランプ政権の説明は、外交と経済制裁によって北を6か国協議の場に引っ張り出して核廃絶に同意させるという筋で、しかも中身が曖昧なので、議員の多くが立腹したという。機密扱いする必要すらない内容だったようだ。 (The past 48 hours in Trump's bizarre, ever-changing North Korea policy, explained) (Phony Hysterics Over North Korea) ティラーソン国務長官はその後、国連安保理で、米国の方針として、外交と経済制裁で北を6か国協議に引っ張り出すという説明をしている。米国自身は、北との間で外交ルートがないし、北との経済関係を断絶して久しいので追加の経済制裁もやれない。外交と経済制裁で北に圧力をかけられる筆頭勢力は中国だ。中国は、北に対する武力行使に反対している。 (Tillerson: We will wait as long as North Korean threat is 'manageable') (Trump Challenges North Korea in High-Stakes Game of Risk) 中国の言うことを聞かない北朝鮮に対し、トランプは「北は(中国の属国のくせに)中国を尊敬していない。けしからん」と放言している。早く中国の属国になれと示唆している。その後、北が中国の言うことを聞いて核実験を控えていると、トランプは「金正恩は若いのに頭が良い」と評価する新たな放言を発し、軍産やマスゴミを憤慨させている。トランプは面白い。 (Trump: North Korea 'disrespected' China with missile test) (Donald Trump: N Korea's Kim Jong-un a 'smart cookie') 中国とロシアは国連安保理で、米国が韓国との合同軍事演習をやめると約束する見返りに、北が核とミサイル開発の棚上げを約束するという和解策を、あらためて提案した。トランプ政権が外交と経済制裁で北問題を解決したいというなら、まず米韓軍事演習の中止を宣言しろというわけだ。今後、文在寅が大統領になったら、韓国も合同演習の中止を求めていく可能性が高い。文在寅が構想する北問題の解決は、意外と実現性がある。 (Russia backs China’s call to stop N. Korea nuke tests in exchange for halt in US-S. Korea drills) 文在寅は、米国や中国に任せず、韓国自身が北問題解決の主導役になっていくことを宣言している。この構図が具現化すると、北問題解決のシナリオを根本から変えうる。米国は、反軍産なトランプが政権になっても、依然として軍産の力が強く、米国自身が北問題の主導役になる可能性は2月末に国務省が北の代表団へのビザ発給をドタキャンして以降、失われている。トランプはその後、中国に北問題解決の主導役をやらせようとしている。だが、中国がやろうとしているのは、米朝間の対立解消だ。米国が求める北の核兵器開発中止の定義は、米国主導の査察団が北に入国し、自由に北の軍事施設を査察し、すべての核兵器と開発設備が不可逆的に廃棄されたことを確認するCVIDだ。以前の記事に書いたとおり、これが大変なくせ者だ。 (トランプの東アジア新秩序と日本) (軍産に勝てないが粘り腰のトランプ) 以前の記事で私は「習近平に対し、トランプ自身はCVIDにこだわらないと答えたはずだ」と書いたが、たとえトランプがCVIDを放棄しても、軍産傀儡が席巻する米議会やマスコミがCVIDを強く要求し続けると、米国としてCVIDを北核廃棄の条件にする状況に戻りかねない。北は、外国の査察団が軍事施設を自由に見て回ることを許さない。北は、観光客に見せる自国の市民生活すらひどく粉飾している。CVIDが条件になったとたん、北問題の解決は再び頓挫する。米国と北朝鮮の交渉を中国が仲裁する構図は限界がある。米国が交渉の重要な当事者である限り、CVIDが絶対条件にされて頓挫する懸念が常に残る。 (Why Trump Must Talk to North Korea) (北朝鮮問題の解決が近い) その点、韓国が北問題解決の主導役になると、米国が交渉の重要な当事者でなくなる。交渉の重要な当事者は、韓国と北朝鮮になる。北問題の解決に不可欠な在韓米軍の撤収は、韓国が米国に撤収を要請し、米国がいやいやながらそれに従う形で実現できる。北の核兵器廃棄をどう定義するかは、米国でなく韓国が決められる。韓国は北を追い詰めない。軍事施設の査察も最小限になる。中国やロシアは、韓国のやり方に賛成する。CVIDは静かに無視される。米国は、不満を表明するだろうが、拒否権発動まではやらない。北は、核兵器を隠し持っても、それを米国まで届かせるミサイルを持てないままになる。トランプは「北の核ミサイルが米本土に届く事態になるよりましだ」と軍産系を説得できる。 (Surveying President Trump’s options on North Korea) (北朝鮮の政権維持と核廃棄) ▼韓国だけが北の面倒を見る体制になれば、北も韓国を重視せざるを得なくなる 韓国が北問題の主導役になると、中国にとっても都合が良い。今は、中国だけが北にエネルギーや食料といった戦略物資を供給している。トランプ政権は中国に、北への戦略物資の供給を止める経済制裁をやって北を困らせ、核廃絶させろと要求している。だが、供給を止められて窮乏した北が、今まで友好関係だった中国への敵視を強めることは、中国自身の安全保障にとってリスクが高すぎる。北が核廃棄したら、米国が北敵視を永久にやめるという確証もない。中国は、米国を信用しきれず、トランプの提案に乗れない。 (How North Korea gets its oil from China: lifeline in question at U.N. meeting) (Trump praises China's Xi over handling of North Korea) その点、韓国に文在寅政権ができて太陽政策を復活し、南から北への経済支援が始まると、その分、中国は北の面倒を見る負担が減る。北が言うことを聞かない場合の経済制裁の主導役が、中国から韓国に代わっていく。北問題が中国に与える安保リスクが減る。 (Can China solve the North Korea problem?) 北朝鮮は、中国のほか、欧州諸国や東南アジア諸国とも外交を持ち、経済の関係がある。だが最近、トランプ政権が国連などの場で、あらゆる国に対し、北との貿易や資金移動を断絶するよう呼びかけた結果、英独仏やマレーシアなどが、相次いで北との経済関係を制限している。世界中が、北との経済関係を縮小している。 (EU Amends North Korea Sanctions) (UK freezes assets of North Korean company based in south London) そんな中で、韓国だけは、北が核ミサイル開発や敵視策をやめるなら、北との経済関係を拡大すると提案する文在寅政権が登場しようとしている。北は、韓国の提案に乗らざるを得なくなっている。以前の太陽政策の際には、韓国と北との経済関係と、中国と北との経済関係が別々に存在していた。だから北は、中国との経済関係をあてにして、韓国との経済関係をないがしろにする好戦姿勢をとることができた。だが、今は状況が違う。中国と韓国は、対北政策で強く連携している。北が韓国を怒らせたら、同時に中国やロシアや米国も、連携して怒り、北に「韓国の言うことを聞け」と言うようになる。日本の安倍も、プーチンに引っ張られ、対米従属維持の観点から見ると進んでほしくないはずの6か国協議の進展を求める声明を出している。 (U.S. Presses for Tougher Global Action on North Korea) (Russia, Japan call for resumption of talks on Korean settlement) 以前の北は、自国を「中露にもおもねらない主体的な国」と誇り、韓国を「米国の傀儡」と言って馬鹿にしていたが、今後しだいに北は、韓国と真剣につきあわねばならなくなる。文在寅の新たな太陽政策が成功すると、いずれ在韓米軍も撤収し、韓国も米国の傀儡を離脱して自立した国になっていく(南北両方が、中国の意向を重視する中国の影響圏に入っていくだろうが)。 (John Bolton: China's choice on North Korea) (It's time for America to cut South Korea loose: Washington Post opinion) 文在寅の太陽政策にとって最大の敵は、北や外国でなく、太陽政策を全力で妨害中傷するであろう韓国内の対米従属派だろう。だが、対米従属派の従属先である米国の政権を握るのは、あの手この手で世界中の諸国の対米従属派を振り落とそうとしているトランプだ。トランプが、表向き文在寅と仲良くするかどうか、まだわからない。表向きは喧嘩するかもしれない。その方が文在寅を支持する韓国の反米派の政治力が増すからだ。 (Trump picks a pointless fight with a key ally at the wrong time) (President Trump, protecting South Korea is not a real estate deal) たとえばトランプは最近、米軍が韓国に配備した迎撃ミサイルTHAADの費用を払えと韓国に要求した。文在寅がそれを拒否すると、米国側は要求を引っ込めた。またトランプは、米韓FTAから離脱すると放言し、韓国の反米感情を扇動している。トランプがあの手この手で文在寅を応援することは、これまでのトランプの姿勢からして、ほぼ確実だ。うまいこと在韓米軍の撤収までいけば、次は在日米軍の撤収になる。 (Surprise: US sets up anti-missile system in South Korea ahead of election) (The Next Trade War: Trump Threatens To Terminate "Horrible" Trade Deal With South Korea)
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