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あたらないミサイル防衛

2012年3月23日   田中 宇

 米政府の会計検査院(GAO)が4月20日、米欧や日本で配備しているイージス艦などを使ったミサイル防衛の迎撃システムについて、うまく迎撃できることが確認できないまま配備されているとする、批判的な報告書を発表した。国防総省が、ミサイル防衛システムの実験を続ける一方で、実験段階が終わらないまま実戦配備を始めているので無駄が多く、予算超過の状態が続いていると、報告書は指摘している。米国防総省は昨年度、イージス艦SM3などのミサイル防衛について5回の試験をしたが、いずれも失敗に終わっている。 (MISSILE DEFENSE - Opportunity Exists to Strengthen Acquisitions by Reducing Concurrency

 ミサイル防衛システムの不完全さについては、以前からあちこちで指摘されてきた。だが今回のタイミングは、4月16日の失敗した北朝鮮のロケット打ち上げに対し、日本政府が米国産のミサイル防衛システムを使って北のロケット(の破片)を迎撃しようと喧伝していた直後だった。あたるかどうか怪しいのに、日本が1兆円以上の巨額予算を米国に払っているミサイル防衛についての再考が必要になっている。 (Vaunted missile shield more for show than protection

 ミサイル防衛については昨年末、国防総省の技術顧問団である国防科学評議委員会(Defense Science Board)も、飛来した敵国のミサイルが本物の弾頭の周囲に「おとり」を飛ばしていた場合、米国側の迎撃ミサイルがおとりと本物の区別がつかず、迎撃に失敗する点などを指摘する報告書を出した。報告書では、ミサイル防衛が抱える難点を改善するのに巨額の費用がかかり、しかも改善できるめどもないと酷評している。この報告書は重要な内容を持っているが、ほとんど報じられなかった。

 ミサイル防衛システムのうち艦載のイージス艦システムは、米国と日本の共同開発だが、国防総省の技術顧問団は、イージス艦のレーダーが監視できる距離が短いので、敵ミサイルを探知して迎撃ミサイルを発射するまでの許容時間が短すぎて命中させられないと指摘している。イージス艦搭載のSM3ミサイルは、おとりをともなう敵ミサイルの弾頭に命中させることが困難であると以前から指摘されてきたのに、改善が進んでいないとも指摘されている。 (European Missile Defense Program Coming Under New Scrutiny

 飛来する敵のミサイルに対してミサイルを発射して命中させて迎撃を試みるミサイル防衛システムは、実現が困難で、当初から、長期の時間と巨額の資金がかかると予測されていた。そのため米国防総省は、実験が終わって技術が確立してから実戦配備するのでなく、一方で実験を続けつつ、他方で実戦配備を開始する二重の開発の構図を続けている。この構図が、実は命中率が低いのに、政治的・プロパガンダ的な歪曲を使って、命中率が高いかのように米日などの国民らに思わせ、巨額の開発費を出し続ける状況につながっている。 (カナダもアメリカ離れ

 最近では、2010年に地対空の迎撃システムについて、南太平洋から打ち上げた敵のミサイルを米西海岸から打ち上げるミサイルで迎撃する試験が2回行われたが、いずれも失敗している。米西海岸には、すでに30基の迎撃ミサイルが配備されているが、これらが役立たずであることがわかってしまった。迎撃に失敗した原因を究明して対策を講じたら、次回の試験をすることになっているが、試験は10年末以来行われていない。 (U.S. missile-defense test fails over Pacific

 日本の防衛省も、ミサイル防衛の意義は、実際の命中率の高さと別に、ミサイル防衛システムが日本に配備されている現実が国民に安心感を与えることにあると表明し、間接的に、命中率が低いことを認めている。命中率が低いことが国民にばれると、国民に与えていた安心感が消し飛んでしまうので、日本のマスコミは米国産の自国のミサイル防衛システムの命中率が低いことを報じない。 (米ミサイル防衛システムの茶番劇

 安心感を与えるのが目的なら、米国に1兆円以上も払わなくても、日本政府が自国の技術で迎撃ミサイルを作りましたと言って、張りぼてのシステムを公開すればすむ。しかし対米従属の国是の悲しさで、日本は1兆円を米国に払っている。もし日本が国産の張りぼて迎撃ミサイルを用意したら、米当局は日米マスコミに「日本政府の迎撃ミサイルは張りぼてだ」とリークしてスキャンダルを起こし、高価な米国産を買うよう仕向けるだろう。日米同盟は、足抜けを許さない、たちの悪い暴力団と似ている。

 命中率が低いのだから、先日の北朝鮮のロケット発射に際し、日本政府が発射を確認するのが30分以上遅れたことは、むしろ望ましいことだった。北の発射を日本側がすぐに探知して迎撃ミサイルを発射したが命中しなかったとなれば、なぜ命中しなかったのかの方を問われてしまう。命中率が低いことを日本人に悟らせないことが重要なのだから、民主党政権や防衛官僚の無能さが問題になった方が良い。

 韓国も米国産のミサイル防衛システムを持っているが、韓国軍は「北は予定どおりのコースで打ち上げるだろうから迎撃は必要ない」とあらかじめ表明していた。日本より韓国の方がスマートだ。とはいえ日本では、国民に北朝鮮に脅威を感じさせ「日米同盟が重要だ」と思わせることが国策だ。だから、本当に北の脅威と隣接している韓国と違って、日本は空騒ぎでかまわない。

▼法外に高価で信頼性の低い兵器を同盟国に売りつける

 米政界でミサイル防衛システムが問題になっているのは、日本や北朝鮮に関してでなく、欧州やロシア、イランに関してだ。米政府は前ブッシュ政権時代に、イランが米国に向けて弾道ミサイルを発射したら途中で迎撃するためと称し、ポーランドやチェコといったロシア近傍の東欧諸国に、迎撃ミサイルや高精度レーダー施設などのミサイル防衛システムを配備する計画を開始した。ところがイランから米国に弾道ミサイルを飛ばす場合、ポーランドやチェコの上空を通らない。

 迎撃ミサイルは飛ばす方向を変えるだけでロシアを攻撃できる。そのためロシア政府が脅威を感じ、配備をやめるよう米国に求めたが聞き入れられず、米露関係が悪化した。イランは近年、何度も人工衛星を打ち上げるロケットを発射し、衛星を軌道に乗せることに成功しているが、米国は一度もイランのロケット発射を非難したことがなく、黙認している。衛星用ロケットは、技術的に弾道ミサイルと同じだ。北朝鮮の出来損ないのロケット発射は許されないが、イランの成功する発射は許されるという茶番劇が続いている。 (What's good for Iran is bad for Pyongyang

 これらのことから考えて、東欧諸国への米国のミサイル防衛の配備構想は、冷戦型の戦略に基づいてロシアを怒らせることが隠れた真の目的だろう。09年にブッシュのあとを継いだオバマは、ロシアとの緊張緩和と、米政府の防衛費の削減のため、東欧に配備するミサイル防衛システムを縮小し、ブッシュ時代に新たに開発しようとしていた地対空迎撃ミサイルのシステム構築を廃棄し、既存のイージス艦を地中海に配備する計画に替えた。 (White House Scraps Bush's Approach to Missile Shield

 オバマ政権は、新システムの開発をめざしたブッシュ時代の計画と異なり、自分らの計画が、すでに実戦配備されている既存の技術を使った確実なものだと自慢していた。だが国防総省の顧問団は、昨年末の報告書で、イージス艦を使ったオバマのミサイル防衛システムも信頼性が低いと指摘した。オバマ政権は昨年末の報告書を無視し、イージス艦搭載のミサイル防衛システムを、陸上用に改造した「陸上型イージス」(Aegis Ashore)を、2015年からルーマニアやポーランドに配備すると、4月18日に発表した。システムの信頼性の低さを指摘した報告書を無視してオバマ政権が新計画を発表したので、会計検査院(GAO)が動き出し、2日後の4月20日に、ミサイル防衛システムの問題点をあらためて指摘する報告書を発表し、警鐘を鳴らした。 (Inside the Ring: Aegis Ashore moves ahead

 米国製の兵器は、イージス艦などミサイル防衛システムだけでなく、新型戦闘機のF−35も不具合が多いうえに法外に高価だと指摘されている。米国防総省自体、防衛費削減の一環としてF−35の購入数を減らそうとしており、生産者であるロッキードが不満を表明している。米国との同盟関係を使って世界を間接支配して戦略が潰えている英国も、F−35の購入をやめることを検討している。米英がF−35を買わない分、日本や韓国への売り込みが激しくなっている。総会屋の押し売りに近いものがある。 (U.S. slowdown on F-35 jet buy to raise cost: Lockheed) (Ministers discuss U-turn on F-35 fighter planes

 予算削減を迫られる国防総省は、全米各地で基地の閉鎖や縮小を検討している。欧州大陸でも、米陸軍が、ドイツのバンベルグ基地からの撤退を2年前倒しして早めることを決めた。NATOはアフガニスタンからの撤退も前倒ししている。アフガン撤退後、NATO内部で欧米間の亀裂が深まるだろう。米軍は日本でも、沖縄からグアムなどに転出する流れだ。 (Army to transfer Bamberg airfield to Germans two years earlier than planned) (Pentagon call for US base closures a political move, lawmakers say

 このように米軍が予算難で縮小撤退していき、各国が米国との軍事同盟に頼れない・頼らない傾向が強まる中で、ミサイル防衛など、法外に高価なうえに性能に疑問がある米国製の兵器に対する疑念が発生している。日本の自衛隊が米軍の傘下から抜け出すのは、暴力団からの足抜け以上に困難だろうが、日本の防衛を本気で考えるなら、しだいに自衛隊が米国の傘下から出て自立した方が良い状態になっている。



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