中国に北朝鮮核を抑止させるトランプの好戦策2017年4月14日 田中 宇北朝鮮と米国が一触即発風の軍事対立を演じている。北は、金日成生誕105周年の4月15日に6回目の核実験をやりそうだという。衛星写真解析によると、核実験場で忙しく準備が進んでいる。一方、米トランプ大統領は、北朝鮮沖に空母を差し向け、オサマビンラディンを「殺害」した米海軍特殊部隊(SEAL6部隊)に韓国で金正恩殺害の訓練をさせていると報じられている。今にも米朝が戦争しそうな感じが醸成されている。 (N. Korea Nuclear Test Could Come Saturday or Sooner, Sources Say) (US Delta Force, SEAL Team 6 Prepare To Take Out Kim Jong-Un, Practice Tactical North Korea "Infiltration") (U.S. Navy SEALs to take part in joint drills in S. Korea) だが、これまでの事態の推移をよく見ていくと、この一触即発感は、米朝双方が別々の意図に基づいて演じているもので、米朝間の実際の戦闘になりにくい。北は軍事が米国よりずっと弱いので、自分の方から手を出さない。戦闘になるなら、米国の先制攻撃で始まる。だが、先制攻撃の前に韓国政府の了承が必要だ。米国が北を攻撃すると、北が報復としてソウルを攻撃し、下手をするとソウルが壊滅する(日本の嫌韓屋は大喜び)。韓国政府は、米国の先制攻撃案に猛反対する。5月9日の韓国の大統領選挙で反米左翼・容共的な文在寅(ムンジェイン)が勝った場合は、その傾向に拍車がかかる。だから米朝は開戦しにくい。 (South Korea Reacts to Trump’s North Korea Moves) (No war will break out unless US strikes North Korea: Analyst) トランプは、軍人出身の側近らに命じて、北朝鮮に核開発をやめさせるための3つの作戦案を作った。(1)80年代に撤去した米軍の核兵器を韓国に戻し、北を威嚇する。(2)米軍特殊部隊を北に潜入させ金正恩を殺す。(3)特殊部隊を潜入させ核兵器や核開発施設を破壊する、の3つだ。このうち(1)は無意味だ。米軍の輸送力が向上したため、核兵器は、韓国に戻さずグアムやハワイに置いたままでも抑止力としての機能が同じだ(だから80年代に韓国から撤去した)。北は米国の核の存在など無視して(むしろ米国の核があるから対抗して)核兵器を開発している。米国が核を韓国に移すと、北は対抗して核開発を急ぐので逆効果だ。 (White House Options on North Korea Include Use of Military Force) (Want to Open the Ultimate Pandora's Box? Bomb North Korea) (2)(3)は実行不可能だ。強度な監視社会である北朝鮮は、潜入してきた米特殊部隊をすぐに見つけ、殺害する。オサマビンラディンは、米軍が自由に出入りできるパキスタンにいた。防御が堅い北の金正恩と全く状況が違う(11年5月のオサマ殺害話そのものが人違い・歪曲話だった可能性が高いが)。3つの案は、報じられる「話」としての好戦性が非常に高いだけで、現実的には馬鹿げた与太話ばかりだ。米国がこんな馬鹿話を発表するので、北は「好戦的な米国の脅威に対抗するため、核兵器や弾道ミサイルの開発が必要だ」と言い、核やミサイルの開発に拍車をかけている。トランプは、北の核の脅威をあおっている。 (Trump Puts Bombing North Korea On The ‘Back Burner') (North Korea Says "Loud-Mouthed" Trump's "Reckless" Syria Bombings Justify Their Nuclear Program) (ビンラディン殺害の意味) トランプが北に対して非現実的に好戦的な態度をとっているのは、中国に北を抑止させるためだ。上記のトランプの3点の対北戦略は「中国が外交的なやり方で北にいうことを聞かせるのに失敗した場合、米国はこれらをやる」というものだ。トランプは4月6日の米中首脳会談で、習近平にそう提示している。トランプが、北核問題の解決策として馬鹿げた軍事的な好戦策しか示さず、その好戦策が北の核開発に拍車をかけているのだから、習近平は、米国に頼れず、中国主導で北を威圧・制裁・説得して核開発をやめさせるしかない。 (Trump Issues New Warning to North Korea) (US carrier’s Korea mission: a message to the world) ▼融和と敵対という両極端の間で突然の転換をするトランプと北朝鮮は、似た者同士の好敵手 北の核の脅威を軍事的なやり方で除去するのはもう無理だ。北の核の脅威を除去したければ、北と対話し、条件交渉によって核開発をやめさせるしかない。軍産も昨年来、それを認めている。トランプは、中国に、この交渉を主導させたい(オバマやブッシュもそうだった)。米国自身は、できるだけ北と交渉したくない。だが、北は、中国でなく米国と交渉したい。米国が北を許さない限り、北は国際社会で容認されないからだ。中国も、米国が北と対話して核開発を抑止してほしい。中国が北を抑止しても、米国が北に敵視したままでは、むしろ軍事的に中国にマイナスになる。 (いずれ始まる米朝対話) (US Sends Aircraft Carrier Toward North Korea "In Response to Recent Provocations") 北は、米国が北を敵視するのをやめ、米韓軍事演習など北敵視の策を全部やめ、作った核兵器の(一部)保有を黙認してくれるなら、核開発をやめてもいいと考えている。この和平策だと、米朝、南北が和解するので、朝鮮戦争が65年ぶりに終結し、在韓米軍の撤退が必要になる。軍産は、それがいやなので、この和平策の進展を拒んできた。この和平策の案はオバマ政権下で出されたが、何も具体化しなかった。 (北朝鮮に核保有を許す米中) トランプも当初、選挙戦中に「金正恩と話し合いたい」と表明し、米朝対話に前向きだった。だが、大統領に就任してまもなく、ロシアとの和解策をスキャンダルや歪曲報道で潰され、軍産の抵抗が異様に強いことを思い知った。そのためトランプは、2月末に予定されていた米朝の非公式対話をドタキャンし、それ以降、それまでと正反対に、軍産も尻込みするほどの過激な好戦策を北に対してとり始め「中国が早く北に影響力を行使して核開発をやめさせないと、米国が北を先制攻撃するぞ。韓国に核兵器や迎撃ミサイル(THAAD)を配備するぞ」と言い出した。 (軍産に勝てないが粘り腰のトランプ) 韓国では5月9日の大統領選挙で反米左翼の文在寅が当選しそうだ。文在寅政権は、中国が北に核開発をやめさせる策に協力し、北が核開発をやめるなら、韓国が北に融和的な姿勢をとり、南北和解や経済支援(北を儲けさす開城工業団地や、韓国から北朝鮮への観光などの再開、太陽政策の復活)をやり始めるだろう。今後、中国と韓国は協調して、北に対して飴と鞭の政策をとり、中国が北に「核施設を廃棄しろ」と迫り、韓国が「核廃棄したら仲良くしてあげます」と提案する展開になりそうだ。今は好戦姿勢一辺倒の北朝鮮も、文在寅政権ができたら、南北対話の姿勢に転換しそうだという予測をロイター通信が紹介している。トランプは、融和と敵対という両極端の戦略の間で突然の転換をする人だが、北の独裁政府も、突然の戦略転換が建国以来の伝統芸能だ。トランプと北朝鮮は、似た者同士の好敵手だ。 (Is North Korea putting a nuclear-tipped bargaining chip on the table?) (Four Ways President Trump Could Take Charge of the North Korea Debacle) トランプと北の好敵手ぶりは、ミサイル発射で驚かせようとする点でも似ている。北は、2月の日本の安倍首相の訪米時と、4月の習近平の訪米直前に「我が国を潰そうとする談合をする奴らは、これでもくらえ」とばかり、ミサイルを発射している。一方、トランプは4月6日、習近平との会談の最中に、シリアをミサイル攻撃した。トランプは、習近平との晩餐会に入る直前にミサイル発射の命令に署名し、デザートを食べている時に習近平にシリアを攻撃したと話した。その意図は「オレは今後、シリアだけでなく北に対しても、軍事攻撃による強硬策しかやらない。オレに北をミサイル攻撃してほしくなければ、近平よ、お前が北にいうことを聞かせるしかないぞ。お前が努力しないと、米朝が戦争になるぞ」と示唆し、北を抑止することに向け、習近平の尻をたたくことだ。 (US Intel Chiefs Urge Trump to Assassinate Kim, Other North Korea Leaders) (Trump told Xi of Syria strikes over 'beautiful piece of chocolate cake') ▼北の危機を利用して米中協調。人間関係をテレビドラマに仕立ててきたトランプならではの見事さ ティラーソン国務長官によると、習近平はトランプとの首脳会談で、米国が北朝鮮沖に空母を派遣して威嚇することに同意した。中国は、それまでの米国の好戦策や米韓軍事演習を批判して北を擁護する立場から、米国の好戦策に同調して北を批判する立場に転換したことになる。これは画期的だ。2月中旬、北が金正男を暗殺した直後に、中国が、国連の北制裁決議にそって、初めて北からの石炭輸入を禁止したことと並ぶ、中国の画期的転換だ。 (Tillerson: China agrees on 'action' on North Korea as navy strike group sails) トランプは「中国が北に核開発をやめさせられないなら米国が北を先制攻撃する」と言い続ける一方で「もし中国がうまいこと北に核開発をやめさせられたら、米国は中国が喜ぶ、貿易赤字を問題にしない貿易関係を結んでやる」と言っている。トランプは、習近平が訪米から帰国した後、選挙公約だった「中国に対し、人民元の対ドル為替を不正操作しているというレッテルを貼る」政策を放棄し「中国は為替を不正操作していない」と宣言した。 (Trump just announced he’s betraying his biggest campaign promise on China) トランプは「習近平と、とても良い友人関係を作った。私たちは互いに大好きになった。15分の予定だった会談が、気づいたら3時間になっていた」とも(演技で)言っている(加えて、対称性を示すかのように「プーチンとは仲良くない。会ったことがないので、どんな人かよく知らない」と述べ、軍産マスゴミからかけられている「トランプはロシアのスパイだ」という濡れ衣を解こうとした)。トランプは表向き、中国が嫌う好戦策を最大限にとりながら、その一方で、実質的に、72年のニクソン訪中以来の劇的さで、米中の首脳どうしの関係を好転させている。人間関係をドラマにしてテレビ番組を作ってきたトランプならではの見事さだ。 (Trump and Xi: Tensions Turn to Friendship) トランプに尻をたたかれた習近平は、北に対する圧力を強めている。2月に中国政府が北からの石炭輸入を止める制裁を発令した後も、北は、中国の民間商人と組み、船を仕立てて石炭を密輸出し続けているが、米中首脳会談の後、中国政府は北からの石炭密輸入への取り締まりを強化した。中国への石炭輸出は、北の最大の現金収入だ。 (中国の協力で北朝鮮との交渉に入るトランプ) 4月7日には、中国共産党の機関紙である人民日報傘下の環球時報が「北が核兵器開発をやめないので、米国が北と戦争しそうで、それが中国北部の安定を脅かしている。北の核開発は、中国の脅威になっている。しかも北は、核開発をやめろと求める中国を敵視している。北は、中国が容認できる一線を越えている。中国は、北を制裁せざるを得ない。中国は、鴨緑江(中朝国境)の対岸に敵対的な国ができるのを容認できない」と、北に対する経済制裁や政権転覆を示唆する記事(社説)を掲載した。この記事は数時間後にネット上から削除されたが、北への警告となっている。 (Commentary: China’s bottom line on DPRK nuclear issue - Google cache) (China Warns North Korea Situation Has Hit "Tipping Point", Threatens "Never Before Seen" Measures) (China Threatens To Bomb North Korea's Nuclear Facilities If It Crosses Beijing's "Bottom Line") これと前後して、中国軍が15万人の兵力を中朝国境沿いに展開していると報じられている。また中国政府は、朝鮮半島問題の特使を韓国に派遣し、北が核兵器やミサイルの開発をやめない場合、中韓が連携して北を制裁していくことを話し合っている。 (China, South Korea discuss more sanctions on North Korea amid talk of Trump action) (South Korean Paper Reports China Has Deployed 150,000 Troops To North Korea Border) ▼文在寅政権ができた後、北核問題が進展すると性懲りもなく予測。 北の貿易の9割は、中国との売買だ。特に、北は食料と燃料(石油)の多くを中国からの輸入に依存している。中国が北を本気で経済制裁したら、北の経済は破綻する。中国は、北の生殺与奪の権を握っている。「北の手綱を握るのは中国だから、北の核開発をやめさせるのは中国にやらせるしかない」というトランプの見方は、半分当たっている。しかし、残りの半分は当たっていない。中国が北を経済制裁して北が国家崩壊していくと、北の政権は持っている兵器を使って韓国や中国を脅し始めるし、大量の難民が北から中国に流入し、中国北部が不安定化する。この展開は、中国にとって非常に危険だ。 (Trump and Xi have joint responsibility in N Korea) だから、中国はこれまで、米国が望むような一線を越えた北制裁をやってこなかった。北も中国のジレンマを見透かし、中国の反対や警告を無視して核開発を進めてきた。だが今回、トランプの策により、中国は一線を越えた北制裁をやりそうな感じになっている。中国が、どこまで北制裁をやれるか、北に対してどんな警告と説得を裏でやっているのか、中国と北との外交は昔から全く非公開な対話ルートで行われているのでわからない。今後、いつまでたっても北は核開発をやめないかもしれない。5月に韓国に新政権ができ、新たな対北政策を始めた後も、北の挙動が変わらないなら、トランプがけしかけた中国の北に対する手綱の引き締めは失敗した感じが強まる。 (北朝鮮の政権維持と核廃棄) トランプは4月12日、米WSJ紙に対し「私は、中国が北に対して決定的な影響力を持っていると思っていたが、習近平と話して、それが間違いだとわかった。北に核開発をやめさせるのは簡単でないとわかった」と述べている。この発言は「だから、私は中国が短期間で北を抑止できなくても、中国は失敗したと言って北を軍事攻撃したりしない」という意味なのか、それとも「中国に任せるのは無理だから、早めに北を軍事攻撃する」という示唆なのかわからない、という議論を呼んでいる。私は、前者だろうと考えている。トランプの好戦策は、軍産を黙らせつつ中国に任せるための策であり、米軍が直接に北に対する軍事行動をやることはない。 (Trump Says He Offered China Better Trade Terms in Exchange for Help on North Korea) (Trump Admits China-North Korea Relations More Complicated Than He Thought) 4月9日、テレビ出演したティラーソン国務長官が「北朝鮮の政権転覆は、米国の目標でない」と発言した。この発言も、北を宥和して中国の言うことを聞かせようとする策に見える。(ティラーソンは3月中旬に中国訪問した際、米中共同記者会見で「北に核開発をやめさせるには、武力による政権転覆をやるしかない」と宣言し、中国側と対立したのだが) (Tillerson Dismisses North Korea `Regime Change' as Warships Move) (KRN China Pushes Back on U.S. Talk of ‘All Options’ Over North Korea) 北朝鮮情勢に対する私の予測は、楽観的すぎるので、昔からよく外れる。私は、軍産の力を過小評価してきた。だが私は今回も、性懲りもなく、5月に韓国で文在寅政権ができた後、北核問題が進展するのでないかと予測している。北は最近、韓国の民衆や労組に対し、一緒に好戦的な米国と戦おうと呼びかけている。文在寅ら韓国の反米左翼は容共的で、米国によるTHAADや核兵器の韓国配備に強く反対している。事態は、北にとってかなり有利だ。北は、核開発をやめると言えば、韓国をもっと反米容共(親北、親中)の方向に引っ張れる。中国と北と、韓国の左翼が手を組んで、在韓米軍や軍産を韓国から追い出す好機だ。 (North Korea Implores South Koreans to Join ‘Anti-War’ Campaign Against US) (Tillerson’s Asia Visit: Could US Change Stance on N. Korea Even If It Wanted To?) (東アジアの脅威移転と在日米軍撤収) トランプは、軍産の傀儡に転じたふりをした隠れ多極主義者(米覇権放棄主義者)だから、韓国に左翼政権ができ、米国に出て行けと要求したら、表向きは馬鹿野郎と叫びつつ、内心やったぜと思って、在韓米軍を表向きしぶしぶ、内心嬉々として撤退させる。北は、今後の核兵器開発を放棄するだけで、すでに作った核兵器の大半を隠し持ったまま、在韓米軍の撤退と、国際社会への復帰と、韓国に対する政治影響力の行使を実現できる。北は、このおいしい話に乗るだろうというのが私の予測だ。 (How To End the Korean War by Justin Raimondo) この話には、おいしくない面や不確定要素もある。北は、米韓と和解して国際緊張が解けると、国内の戦時体制が終わり、国民の不満が政府に向き始め、政権の維持が難しくなる。この点を重視するなら、北は、トランプと中国と文在寅が織りなす今後の話に乗ってこないかもしれない。また、韓国では日本同様、対米従属的な軍産傀儡の影響力が非常に強く、文在寅が大統領になっても、思ったような政策をやれないかもしれない。逮捕された前大統領の朴槿恵も、対北和解をやりたかったのに、全くやれなかった。これらの要素が大きいと、私の予測は今回も外れる。
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