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独裁と覇権を強める習近平

2018年3月1日   田中 宇

 3月5日から始まる中国の全人代(なんちゃって議会)で、これまで国家主席の任期を2期10年までと定めていた憲法の規定を撤廃することになった。この規定は、中国の最高権力者の事実上の任期を10年までに限定する唯一の明文化された歯止めとして1982年にトウ小平が作った。トウ小平は同時に、共産党総書記・共産党中央軍事委員長・国家主席という、党・軍・政府の3つの最高位を兼務するのが中国の最高指導者であるという不文律を作った。 (China’s Communist Party Proposal Sets Stage for Xi to Hold Onto Power

 3つの最高位の中で、国家主席は最も権限が軽いが、任期が明文化されているのは国家主席だけなので、任期10年までという憲法の規定が廃止されると、最高指導者を無期限にやれるようになり、中共の集団指導体制が崩れて一党独裁が個人独裁になってしまう。毛沢東がその先例だ。1976年に死ぬまで個人独裁を続け、文化大革命などで中国を無茶苦茶にした毛沢東のような存在が再来せぬよう、毛沢東の死後、トウ小平は集団指導体制を作り、任期10年の憲法規定を作った。トウ小平の引退後、江沢民と胡錦涛が10年ずつ最高指導者をやったが、この2人の人事を決めたのはトウ小平だ。習近平は、トウ小平の遺言でなく、集団指導体制によって決めた初の指導者人事だったが、習近平は権力を自らに集め、集団指導体制を破壊し、個人独裁体制に変えた。 (China To Change Constitution, Allowing Xi To Stay In Power Forever

 習近平は権力の最初の5年間(2013-17年)で、党上層部のライバルたちに汚職の嫌疑をかけて次々と失脚させて自らの権力基盤を強化し、自らの権威づけとして、習近平思想を、毛沢東やトウ小平の思想と並ぶ中共の重要思想に仕立てた。無敵の存在になった習近平は、その気になれば、自分の任期を伸ばすことが難しくなかった。だが、習近平が自らの任期を伸ばすには、今回の憲法改定のように、任期10年で権力者が代わっていく集団指導体制を壊さねばならない。集団指導体制を壊すと、習近平自身が権力者である間は良いが、彼自身が辞めた後、誰が権力を継ぐかをめぐって激しい権力闘争が起きて共産党が内部崩壊しかねない。

 そうした懸念を考えると、習近平はトウ小平が作った集団指導体制を壊さず、2023年に任期を守って辞めていくのでないか(続投するにしても江沢民がやったように軍事委員長だけ何年か続ける程度)と、私は昨年10月の時点で分析した。当時、サウスチャイナ・モーニングポストの共産党系の解説者(王向偉)がそのように書いており、私はそれに説得性を感じた。だが今回、習近平は集団指導体制に何の未練もないかのように、国家主席任期10年の憲法規定を撤廃することを、全人代の議題にすることにした。私の分析は外れた。トウ小平が作った集団指導体制は破壊される。 (中国の権力構造

▼経済戦略ではロシアが中国に学び、権力者の継承方法では中国がロシアに学んでいる??

 従来の集団指導体制では、2期目の5年が始まる前の党大会で、後継者の(複数の)候補が政治局常務委員に昇格させるかたちで事実上の後継者指名が行われてきた。だが、習近平は昨秋の党大会でその手の後継指名を全くやっていない。習近平は、あと15年ぐらいやりそうだが、その後どのように後継者を決めるつもりなのか。一つ浮上しているのは「プーチン方式」だ。 (China poised to end two-term limit on presidency) (China’s Xi Jinping shows ability to shock and scare rivals

 ロシアのプーチン大統領は、前任者のエリツィン大統領が政権末期に後継者として見い出された。元KGBで、地元のサンクトペテルブルグでは外国からの投資を呼び込んだ副市長として知られたものの、中央政界でほとんど無名だったプーチンは、エリツィンによって諜報長官に抜擢された後、99年に首相(代行)になるともにエリツィンの後継者として発表され、00年に選挙に勝って大統領となった。このように、有能な後継者を(何年か無名のまま育てた後)最後の段階で抜擢するやり方が成功すれば、独裁体制をうまく継承できる。 (プーチンの光と影

 習近平が集団指導体制を壊して独裁体制にした場合、大きな問題の一つは、後継者の決定過程で内紛になって自滅する懸念だが、プーチン方式がうまくいくなら、この懸念は低下する。いずれプーチンは自身が辞める時、プーチン方式で後継者を選ぶだろう。プーチンと習近平両方が、プーチン方式で後継者を決めることに成功すると、中露は共通の新たな権力継承体制を持つことになる。 (多極化の申し子プーチン

 ロシアは民主的な選挙で大統領や議員を決める「民主主義国」で、何度も選挙の試練を受けているプーチンは独裁者でない。一方、中国は国政選挙が全くない一党独裁で、この点は中露が大きく異なる。一党独裁のソ連は崩壊して多党制民主主義のロシアになったが、同時期に一党独裁の中国は崩壊せず、トウ小平が集団指導体制を作って乗り切った。 (米中逆転・序章

 集団指導体制は、それまで無秩序だった中共の権力者決定方法を「制度化」「近代化」する試みで、共産党内の民主化を経て、いずれ中国全体を民主主義体制に移行することを隠れた目標にしていた。だが、80-90年代に何度か民主化移行の実験が行われた末に、リスクが大きすぎるので民主化を(無期)延期する事態になった。この時点で、集団指導体制は宙ぶらりんなものになっていた。 (東アジアを再考する

 集団指導体制を個人独裁に変えた場合のもうひとつの問題は、集団制ならチェック&バランスで間違った政策が淘汰されるが、独裁制だと政策の間違いが修正されにくくなる、というものだ。だが、独裁で決めようが、集団で決めようが、政策の立案間違いは起きる。たとえば米国のイラク侵攻や単独覇権主義は、米国中枢(軍産)が集団で大間違いの戦略を決めて失敗した「グループシンキング(集団浅慮)」だったと総括されている(この総括自体が集団浅慮だが)。近現代の日本も集団指導体制の国だが、45年の対米開戦や90年代のバブル崩壊など、集団浅慮的な大失敗をいくつもやっている。 (600年ぶりの中国の世界覇権

 習近平が国家主席の任期上限を撤廃し、中国を集団指導体制から個人独裁体制に移行させることは、欧米や日本で強く批判されている。米国や日本の中国敵視のプロパガンダ構造の中で批判が増幅されている。対中国だけでなく一般論として「独裁=悪」が、欧米(とそれを模倣する国々)の価値観の根幹にある。「独裁は必ず失敗し、国民にひどい苦しみを与える」という「呪いの言葉」がさかんに流布されている。しかし現実論として、中国が今後、個人独裁制になって必ず失敗するとは言えない。後世から見ると、今回の中国の独裁化は歴史的必然に見えるようになっているかもしれない。 (Xi Jinping as president beyond 2023 may be good for China – though the West won't believe it

▼中国がうまく地域覇権国になるため集団指導体制をやめて個人独裁に転換するのかも

 習近平が集団指導体制を壊して個人独裁体制に変えた理由は何か。権力欲にとりつかれ、自分の権力を延長したくなったという個人的な私利私欲か。それにしては、党内の上の方からの反発が全くない。集団指導体制を積極支援してきた江沢民は、上海派の後輩である習近平を一貫して支持してきた。これはどうも、私利私欲に基づく動きというよりも、中国共産党の上層部が、集団指導体制をやめて、中国古来の皇帝制に近い個人独裁体制に、制度を転換するのが良いと考えているかのようだ。 (江沢民最後の介入) (薄熙来の失脚と中国の権力構造

 だとしたら、その背景にあるものは、これまでの米英の単独覇権体制が崩れ、世界の覇権構造が多極化し、中国がユーラシア東部の「極=地域覇権国」になるという世界の構造転換に違いない。これまでの200年間の米英(欧米)の覇権体制下(=近現代の世界)では、民主主義や集団指導体制があらゆる国々の「目標」だったが、これからの多極型世界においては、状況が変わる。地域覇権国である中国は、中国がやりやすい権力構造を持てば良い。流れは自然と、中華皇帝の体制を意識したものになっていく。日本でも昨年、安倍首相が自分の自民党総裁の任期上限を2期6年から3期9年に延長する党則の改正をやっている。日本は、日本がやりやすい権力構造に転換している。 (習近平の覇権戦略

 トウ小平以降の中国は、共産党の支配を維持したまま「近代化=欧米化」を進めることを国家戦略としてきた。だが、世界が多極型に移行していく今後は、従来の近代化(欧米化)路線を歩む必要がなくなる。中国(とその他の多くの国々)は、世界秩序の転換に合わせ、自国の戦略を転換していく必要がある。これまで心がけていた対米協調路線を続ける必要もなくなる。中国の党内にはまだ、欧米化が目標だ、対米協調路線が良いのだと考えている人も多く、集団指導体制を維持したままだと、必要な転換が遅くなる。そのため、集団体制を壊して個人独裁に移行することにしたと考えることもできる。 (Xi Jinping’s bid to stay in power more of a gamble than it seems

 現実的な日程との絡みで見ると、米国がトランプ政権の2期目が終わる前後(2025年ごろ)に予定(?)どおり覇権を劇的に衰退させ、多極化が大きく進んでいく場合、一帯一路の覇権計画を創設した習近平が、この大事な時期の前に辞めてしまうことになる。 (Proposal to abolish term limit for president could buy more time to pursue reforms

 従来の体制に基づくなら習近平は2023年に最高指導者を辞めねばならない。習近平は、2期目の5年間(2018-22年)の方針を打ち出した昨年10月の共産党大会で、2013年から49年までの36年間かけたユーラシア覇権拡大計画である「一帯一路」(新シルクロード戦略)を、今後の中国の国家戦略・覇権戦略の根幹に据えた。一帯一路の計画がこれから30年以上かかるのに、習近平自身はあと5年しか担当できない。世界の構造がもっと多極化する後まで、習近平が中国の覇権運営の舵取りを続けた方が良いという考えが出てきても不思議でない。 (世界資本家とコラボする習近平の中国

 習近平は、党幹部の二世であり、英雄的・真に革命的な無茶苦茶さよりも、二世っぽく制度的でスマートなやり方を好むはずだ。彼は、毛沢東のような本質的な革命家と異なる。習近平の個性や人格から考えても、中国の将来のためという大義名分でなく、自分の私利私欲や本能だけに基づいて、先輩たちが営々と築いた中国政治の根幹だった集団指導体制を壊したいとは思わないはずだ。

▼いよいよ劉鶴が表舞台に立ち、習近平がやりたい経済政策を強化する

 今回の全人代で決まりそうなこととして、もうひとつ書いておかねばならないのは、劉鶴(Liu He)のことだ。劉鶴については、まず2016年の私の記事「金融バブルと闘う習近平」を先に読んでいただきたい。彼は習近平の経済顧問として、中国経済がバブル膨張していくのを積極的に止める「バブル潰し屋」をやってきた。地方政府が不動産価格の高騰を煽って儲けたり、党幹部が株価をつり上げて売り抜けたり、国有企業がバブル膨張的な過剰な設備投資に走って各種資材が供給過剰に陥ったりするのを厳しくやめさせる「供給側改革」(サプライサイド改革)を推進するのが、彼の役目だった。(米国からの受けを良くするため、米国が作った金融の「サプライサイド政策」と、意図的に混同させるような名前にしてある) (金融バブルと闘う習近平) (劉鶴 - 維基百科

 劉鶴は、以前から習近平の経済政策の最重要側近であると指摘されていたが、目立たないように動いてきた。彼は昨秋、政治局員になったが、それ以上の華々しい昇進をしていなかった。習近平は劉鶴を、目立たないように動かしてきた。共産党の上層部には、金融や不動産、設備投資などのバブルを煽ることで、見かけの経済成長を引き上げるのが良いと考えている幹部がまだ多く、そのような勢力から劉鶴を守る意図が、習近平にあったのかもしれない。 (The Harvard-Educated Economist Who Could Tackle China's Debt Mess) (One year on, it is time china delivered on Xi's davos speech

 だが今回の全人代で、劉鶴は、副首相(国務院副総理、全部で4人いる)と、中央銀行である中国人民銀行の総裁に就任すると予測されている。習近平は、自分自身が独裁的な権限を強めてライバルがいなくなるとともに、目立たない存在にしていた劉鶴を表舞台に登場させることにした。副首相と人民銀総裁をひとりで兼務するのは90年代の朱鎔基以来だ。劉鶴は、今までより大胆なバブル潰しや、人民元の国際化の加速、貿易黒字の資金で米国債を買って資金を米国に還流させる経済面の対米協調路線をやめるなど、世界の多極化に即した中国の新政策を手がけていくと予測される。劉鶴が人民銀行総裁になると、中央銀行の独立性は低下する。(日銀もFRBも、リーマン以降、独立性と無縁な存在だが) (China Plans Party Huddle With PBOC, Policy Jobs in Play) (Xi Jinping's trusted confidant, Harvard-educated Liu He emerges as frontrunner for China's central bank

 劉鶴は、今年1月のダボス会議で、中国からの参加団を率いる主導役も任命されている。昨年のダボス会議には習近平自らが参加している。ことし劉鶴が中国からの参加者の主導役になったことは、劉鶴が習近平の経済政策の最重要側近であることを世界に示す意図が感じ取れる。 (President Xi turns to old friends to manage economy

 また劉鶴は、2月27日から3月3日まで特使として訪米し、米国側と、貿易問題の交渉を行なっている。トランプ政権が、中国からの鉄鋼やアルミに高関税をかけるなど保護主義に走り、米中貿易戦争も辞さずという感じなのを、何とかやめてもらおうとする交渉なのだろう。トランプの目的は、中国から譲歩を引き出すことでなく、自国の覇権を放棄することなので、貿易をめぐる米中交渉は成功しない。習近平や劉鶴は、米国との和解をあきらめ、米国抜きの世界経済体制を作る方向に動いていきそうだ。 (Top Chinese emissary to visit U.S. Feb. 27

 今回の記事では、(1)米国の新たな北朝鮮制裁が実は中国企業を標的にしたものであること、(2)パキスタンが米国(FATF)からテロ支援国家に指定され、ますます中国の傘下に入る一方、サウジアラビアやトルコなどがパキスタンを気遣って親中国・非米国的な傾向を強めていることや、(3)セイシェルやモルジブなどインド洋で中国が覇権を拡大してインドが脅威を感じていること、(4)司教の任命をめぐって中国共産党と長く対立してきたバチカンが中国にすり寄っていること、などの中国の覇権拡大の分析も書こうと思ったのだが、長くなりすぎたので改めて書く。 (China says new U.S. sanctions threaten cooperation over North Korea) (With U.S. Push, Pakistan Placed on Terror Finance List) (China Encroaches on India’s Sphere of Influence) (Unholy war of words breaks out over Vatican rapprochement with China



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