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2015年の予測

2015年1月6日   田中 宇

 正月に今年の経済予測を発表するのがマスコミや評論家の定番になっているが、私自身は正月に1年を予測する記事を書くことに消極的だ。私は毎週の記事で頻繁に世界の政治経済のどこかの部分について予測的な分析をしている。加えて、年末年始が重要な節目であるとは考えにくい。短期的に国際情勢の大事なテーマは3点あるが、いずれも昨年後半から続くもので、年末年始は単なる連休以上の意味がない。

 現時点の、短期的に重要な国際情勢のテーマは以下の3点だ。(1)サウジなどによる原油安攻勢がいつまで続くか。ロシア経済と、米国のシェール石油産業のどちらが先に潰れるか。(2)先進諸国の金融緩和の行方。米連銀は利上げするか、もしくはQE(通貨過剰発行による債券買い支え)を再開するか。ECB(欧州中央銀行)はQEをやるか。アベノミクスはどうなるか。(3)中東の対立。年末にパレスチナが国際刑事裁判所に加盟し、イスラエルが世界的な悪者になりそう。3月イスラエル選挙の与野党逆転で和平に転換か?。解かれそうで解かれないイランの核の濡れ衣。やらせ的ISIS戦争の行方。 (原油安で勃発した金融世界大戦) (米シェール革命を潰すOPECサウジ) (中国の米国債ドル離れの行方

 日米などの当局やマスコミが統計や株価、景況感などを不正操作する傾向が強くなり、経済予測の意義が低下している。実体経済が実質的に悪化しても、株価や経済統計が歪曲されて良いままなので、経済が悪化したことにならない。言い方を変えると「今年も株価や統計に対する当局の歪曲が続き、株価上昇や報道上の景気回復は続くが、実体経済の実質的な悪化が続き、中産階級が貧困化する傾向も続く。しかし多くの人は、自分が貧しくなってもそれを世の中全体の現象と認識しないまま過ぎる」というのが今年の経済予測だ。 (アベノミクスの経済粉飾) (米国と心中したい日本のQE拡大

 世界経済は、米国中心の金融バブルの崩壊期に入っている。いずれ崩壊しそうな事態が08年のリーマンショック以来ずっと続いている。まだ崩壊していないが、バブル自体は膨張を続けており、崩壊の危機が続いている。バブルは小さなきっかけで突然に崩壊するので、今年中に崩壊するかどうか予測が難しい。「数年内に崩壊しそう」といった予測にしかならない。 (金融危機を予測するざわめき

 とはいえ、ときどき世界の政治経済の全体像の今後を展望・予測することは意味がある。それがたまたま正月であってもかまわないので、今回は今年の世界の政治経済を予測してみる。すでに述べたように、短期的に世界で重要な3点は(1)原油安から始まっている金融世界大戦の行方(2)先進諸国の金融緩和(3)中東の善悪転換だ(対照的に、中長期的に世界で重要な点は「多極化」「米国覇権の崩壊」)。この線に沿って書いていく。

 原油安はまだ続く。1バレル40ドル以下まで下がりそうだ。米国のシェール産業では解雇が広がっている。米政府は昨年末、シェール産業に対する救済策として、シェール石油の一部(コンデンセート)の輸出規制を解除し、自由に輸出できるようにした。この米国からの供給増で、国際原油相場はさらに下がる。サウジは20ドルになっても減産しないと言っている。ロシアは国債や国営企業債券を債務不履行(デフォルト)にするかもしれない。 (Oil price drop triggers major layoffs in US oil industry…may not rebound until "well into 2016") (U.S. Easing of Oil Exports Challenges OPEC's Strategy) (ロシアが意図的にデフォルトする?

 しかしロシアは、米欧から経済制裁や金融攻撃を受けるほど、自国を経済面で中国の傘下に入れることでしのぐ傾向を強め、最終的に米欧がロシアを制裁攻撃しても大して効果がない状況になる。中露は12月29日から、元とルーブル建てで貿易決済する体制を開始した。ロシアは、米欧との経済関係が切れても問題ない状態になりつつある。困るのはロシアとの貿易が重要だった欧州諸国の方だ。米欧からの制裁を恐れる必要がなくなったロシアは、外交的に大胆な動きをするようになっている。ことし予測される動きの一つは、経済の非米化によるロシアの強化だ。 (Pepe Escobar - 2015 Will Be All About Iran, China and Russia) (Russia's economic rumble and the GCC: What's next may surprise you) (Dangerous Escalation: US Backs Putin Into a Corner) (China To Launch Yuan Swap Trading With Russian Rubles On Monday) (中露結束は長期化する) (プーチンを怒らせ大胆にする

 米英は昨年9、ロシアの銀行を送金情報送受信システムSWIFTから外す制裁を画策したが、これに対抗してロシアの銀行8行は、SWIFTに代わる送金情報システムを今年5月に立ち上げることを決めた。 (Russia's SWIFT Settlement Alternative) (ロシアは孤立していない

 EUのユーラシア大陸版ともいえるロシア主導の旧ソ連諸国の「ユーラシア経済連合」(EEU)が、元旦から正式に始まった。関税同盟として存在していたものが格上げされた。ロシアはEUに対し「EUも、意地悪で無茶苦茶な米国の傘下から抜けて、ロシアと組んでEEUとEUを連合体を作った方が良い」と提案している。 (Armenia Joins Russia-Led Eurasian Economic Union) (Russia's "Startling" Proposal To Europe: Dump The US, Join The Eurasian Economic Union

 日本人の「常識」で考えると、米国を捨ててロシアと組むことを提案するなんて馬鹿だという話になる。しかしドイツの上層部では、ロシアを制裁し続けて非米化させることは危険だという見方が強まっている。日米マスコミでは、ドイツが米国と連携してロシア敵視を強めているという記事ばかり流れているが、ドイツの対露姿勢は揺れている。ドイツが経済難になるほど、ロシア敵視をやめるべきだという声が強まっている。早ければ今年中に、ドイツはEUを率いてロシアとの和解を模索し、ロシア敵視一辺倒の米国から距離を置き始める(これまで何年も、そうした動きがありそうに見えたのに起こらなかったが)。 (Germany warns against tougher sanctions on Russia) (Germany split on how to handle Russian rouble crisis) (60 Prominent Germans Appeal Against Another War In Europe: "It Is Not About Putin. What Is At Stake Is Europe"

 もしEUが本当に対米従属から脱してロシア(やその背後の中国)との協調を強めると、EUは中露(中国)と並ぶ世界の極の一つになり、米覇権体制の衰退と多極型世界への転換が完了する。今年はそこまでいかないと予測されるが、もし米国の金融バブルが再崩壊したら、転換が一気に進むだろう。 (ユーラシアは独露中の主導になる?

 昨年春のプーチンの訪中以来、中国は経済面でロシアの後ろ盾となっている。プーチンの大胆な国際戦略は、中国が経済的な保障を与えているからこそ成り立っている。その意味で中露協調は、ロシアより中国の方が優位だ。米国の単独覇権が崩れた後の世界を私は「各地の地域覇権国が並び立つ多極型の体制」と予測してきたが、この多極型世界はよく見ると諸大国の対等な並立でなく、ロシアより中国の方が上位だ。インドやブラジル、南アといったBRICSの他の大国は、まだ地域覇権国としての力を十分に発揮しておらず、今のところ覇権をめぐる状況は「米単独覇権と中露覇権体制との拮抗状態」である。 ("Isolated"? China Officially Offers Help To "Irreplaceable Strategic Partner" Russia) (China Warms to a More Flexible Yuan) (プーチンに押しかけられて多極化に動く中国

 中国は共産党政権が「覇権を求めない」と言い続けてきたので、覇権的な動きをこっそりやっている。中国の国際戦略は見えにくい。しかし中国は最近、ロシアだけでなく、ベネズエラやアルゼンチンなどの経済破綻しそうな国々に対して次々と支援的な融資や通貨スワップ協定(資金繰り支援)を行っている。ベネズエラは産油国だが産油原価が高く、昨秋以来のサウジ主導の原油安で財政が悪化してデフォルトに瀕している。アルゼンチンは昨夏、米国の裁判所から嫌がらせの判決を受けてデフォルトした。 (China currency swap to lift Argentina reserves to over US$30bn) (Venezuela's Maduro to visit China, OPEC nations amid cash crunch) (米国自身を危うくする経済制裁策

 中国は、米国に核兵器開発の濡れ衣をかけられて制裁されているイランや、米投機筋から金融戦争を仕掛けられているギリシャをはじめとする南欧やバルカン諸国に対しても経済支援を続けている。EUがギリシャを見放すと、ギリシャは中露の傘下に入ってしまう。EUはギリシャを脅す策略として「改革を延期するなら見放すぞ」と言ってきたが、しだいにその策はとれなくなっている。 (Germany Says Grexit "Manageable" As Tsipras Demands Greek Debt Writeoff

 中国は、米国から制裁・攻撃を受けて困窮している国々に対し、目立たないように経済支援して破綻を防ぎ、それらの国々を親中国にしつつ、資源開発やインフラ整備を安く請け負う国際戦略を展開している。こうした中国の隠然とした覇権戦略は今年さらに強まり、少しずつ顕在化していきそうだ。 (The Chinese are Coming: Beijing in the Balkans and Eastern Europe) (Bloomberg: China Steps In as World's New Bank) (China railway strategy goes off track

 こうした中国の国際戦略は、中国自身の儲けのためだけでなく、経済制裁や金融攻撃を使った米国の国際戦略を無効にする。米国が多くの国に経済攻撃を仕掛けるほど、それらの国々が中国に救済され、米国でなく中国の言うことを聞くようになり、米国の覇権が縮小し、中国の覇権が拡大する。米国の好戦策は、米国自身の覇権を縮小し、世界を多極化している。それだけでなく中国は、自国の味方をする国々が米国に立ち向かう際に、自国が直接に後ろ盾になるのでなく、プーチンのロシアなどを使って後ろ盾の機能を果たさせている。中国はあくまで黒幕として動いている。シリア、イランなど中東で、こうした動きが起きている。 (The Outlook for 2015 - Paul Craig Roberts) (ますます好戦的になる米政界

 冒頭で掲げた短期的な国際情勢3点のうち一つ目を書いただけで、すでにかなり長くなってしまった。私が全体俯瞰的な記事を完結できない一因は、掘り下げて書きすぎることだ。残りの部分は要点だけ書く。まず、米国のシェール債券が今年中に破綻するかどうかだが、私は最近、もしかすると今年末になってもロシアと米シェールの両方とも破綻せず粘り続け、1バレル40ドル以下の原油安が続くのでないかと思っている。シェール債券が破綻すると米債券市場全体のバブル崩壊につながりかねないので、米金融界は全力で破綻を防ぐはずだ。前述したようにロシアも中国の後ろ盾があるので潰れない。原油安による金融世界大戦は意外に長く続くかもしれない。

 次に(2)の先進国の金融緩和について。FTによると「経済専門家」の多くは、今年ECBがQEを始めると予測している。私は違う見方をしている。ECBに対して拒否権を持つドイツは、通貨の野放図な増発を強く嫌っている。ECBはすでにユーロ圏内で発行された社債を買い支えているが、これをQEつまり国債買い支えに広げようとする動きは、ドイツの反対でなかなか実現しない。米国との国際関係を勘案し、QEの定義を恣意的に変更してECBがQEを始めたことにするうわべだけの解決が採られるかもしれない。 (Economists sceptical ECB bond-buying would revive eurozone) (Merkel Ally Fuchs: Draghi, Stop Talking QE, "We Shouldn't Pump Money" Into Struggling EU Nations

 米連銀は、ことし半ばから利上げ傾向に明確に転じると予測されている。連銀のイエレン総裁自身がそのように示唆している。しかし私から見ると、米連銀は簡単に利上げできる状態にない。今のじゃぶじゃぶの債券バブル状態は、ゼロ金利でないと維持できない。連銀が利上げ傾向に転じると、米国債からジャンク債までのすべての債券の利払いが増え、債券破綻の可能性が一気に強まり、非常に危険になる。米連銀は「いずれ利上げする」と言い続け、投資家に「ゼロ金利の状態はもう終わりだから債券バブルの拡大はもうやめよう」と思わせる効果を持たせつつ、その一方で実際の利上げはやらず、利上げによるシステム崩壊の危機を回避する策略と考えられる。 (What Options at the Federal Reserve: A Global Financial Crisis is Looming?

 米連銀は景気の判定として国内の雇用の推移を見ながら利上げを決めるが、米当局は雇用統計を粉飾して自由に操れるので、失業率が上がったことにして利上げを延期するのは簡単だ。米連銀は以前、QEをやめないかもしれないと言いつつやめてしまった。それと同種の口先戦略だ。ことし米連銀は金利上昇に踏み切らないというのが私の見立てだ。しかし連銀が金利を上昇に誘導しなくても、債券バブルが崩壊すると金利は上がる。 (米雇用統計の粉飾) (米連銀はQEをやめる、やめない、やめる、やめない

(3)の中東問題についても要点だけ書こうとしたが、中東情勢は入り組んでいるので簡単に書けない。改めて書くことにする。

 最後になるが、日本の今年について予測すると、日銀のQEにテコ入れされた株価上昇などうわべの「景気回復」の傾向と、対照的な実体経済の悪化・貧困化が今年も続くだろう。国際政治的には日米、日中、日韓、日露、いずれの関係も変化しにくい。日露接近の可能性についてタス通信が報じたので、中露接近に横やりを入れるため日露が接近する動きのことかと思って読んだら、そうでなくて元首相の鳩山由紀夫が述べた話だった。鳩山小沢はかつて対米従属を離脱して多極化の世界趨勢に沿った中露との協調を模索したが、日本国民は官僚傘下のマスコミを見事に軽信してそれを潰した。官僚主導の現政権では、米国覇権の衰退が顕著になっても無視するばかりだ。今年もそれは変わらない。日本国民は今年も覇権転換の流れについて何も知らないままだろう。 (Russia, Japan likely to cooperate in creating Eurasian Economic Corridor



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