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敗走に向かうアフガニスタンの米欧軍

2012年3月19日   田中 宇

 3月14日、米軍のパネッタ国防長官が、アフガニスタン南部ヘルマンド州の海兵隊基地(Camp Leatherneck)を訪問し、駐屯する約200人の海兵隊員を激励した。激励の演説が行われる予定の会場で、海兵隊員がパネッタの到着を待っていると、上官が、持っている武器を全て会場の外の置き、丸腰になって会場に戻ってくるよう命じた。

 ヘルマンド州はタリバンの攻撃が頻発する地域で、兵士は基地内でも武器を携行して戦闘に備えていた。武器は敵に向けて使うものであり、上官であるパネッタの話を聞く際にも隊員が武装しているのが日常だった。パネッタが来る際に隊員が武装解除を命じられることの方が異例だった。それは、米軍の上層部が、部下の隊員たちを信用していないことを意味するからだった。隊員を激励するはずの訪問は、隊員に不信感を植え付ける結果になった。 (In 'highly unusual' move, Marines asked to disarm before Leon Panetta speech

 パネッタと国防総省の同行者たちが、基地の海兵隊員を信用できないことには、理由があった。その直前、パネッタら一行を乗せた飛行機が、隣接する英軍基地(Camp Bastion)の飛行場に着陸しようとした時、一台の自動車が滑走路に走り込んできた。乗っていたのはアフガン人で、自爆テロの企てだったと報じられている。滑走路周辺にいた米兵が狙撃したらしく、車は炎上して停止し、パネッタを乗せた飛行機は無事に着陸した。 ('Suicide attack bid' on US Defence Secretary

 アフガニスタンでは1カ月ほど前から、米兵による銃の乱射事件など緊張が高まる事件が連続しており、米軍基地は警備が厳しかった。それなのにアフガン人が自動車で基地に入り込んで自爆テロを起こそうとしたことは、米軍内の何者かが自爆テロの発生を誘発するような行為をしていた可能性がある。この事件で、パネッタらは警戒を強め、自分の部下たちの海兵隊員すら信用できなくなり、演説会場に入る前に急遽、武装解除させたのだろう。

▼危険な撤退時の相互不信

 アフガンでは、米軍などNATO軍が地元のアフガン軍と警察を創設・訓練し、2014年までに治安維持を彼らに任せ、NATO軍が撤退することをめざしている。だがここ数カ月、アフガン軍兵士がNATO軍兵士を射殺したり、その報復であるかのように、米兵が基地の近くの村々に押し入って16人の村人を射殺したり、米兵がコーランを燃やしたり、殺したゲリラの遺体に向かって立ち小便している光景の動画が流出したりして、アフガンの兵士や一般市民を激怒させる事件が相次いでいる。NATOとアフガン側の対立がひどくなり、事態が悪化している。 (Man in Afghan army uniform kills 2 U.S. troops

 タリバンのゲリラ兵は米欧軍の敵であるが、地元の人々の中にはゲリラを支持している者も多い。米海兵隊員がゲリラの遺体に立ち小便する映像が流出したら、米軍に対する地元の感情が悪化することは目に見えている。基地内でコーランを焼き捨てるのも同様だ。また3月11日にカンダハルで武装した米兵が基地の近くの村に行って銃を乱射した事件は、米政府の発表では単独犯となっているが、アフガン側は20人近い米兵が関与していたとの調査結果を出している。米当局は、容疑者をアフガンで公開裁判すると約束したのに、その後、容疑者を米本土に連れ帰ってしまった。 (Up to 20 US troops behind Kandahar bloodbath - Afghan probe

 戦争は、戦闘行為のみによって行われるものでなく、占領地域の人々の感情を良く保っておくことが重要な作戦の一つだ。それなのに、地元の人々の感情を意図的に悪化させるかの事件が続くのは、単なる米軍の規律保持上の失策と考えてすませるには無理がある。米軍内に、意図的にアフガン人の反米感情を扇動しようとする勢力がいる感じだ。同様のことはイラクでもあったし、ベトナム戦争でもあった。 (イラクの治安を悪化させる特殊部隊) (イスラエル化する米軍

 米政府が「テロ戦争」の戦略をとっていた時には、アフガンやイラクの人々をわざと怒らせて反米感情をつのらせ、アルカイダを強化して米国と長期間戦える構造を作りテロ戦争を「第2冷戦」として機能させる戦略が存在した。だが今、すでに米政府はテロ戦争の戦略を引っ込め、米欧軍はアフガンから撤退を決めている。アフガン人の反米感情を煽るのは馬鹿げた自滅策にしかならないが、反米感情の扇動が相変わらず続いている。 (テロ戦争の終わり(2)

 米欧は昨年末のボン会議で、14年末までにアフガンから撤退することを正式決定した。それと前後して、米欧軍とアフガン人の敵対を扇動するような事件が多発した。この約1カ月間に起きた事件で、NATO軍がアフガン人の心をつかんでおく作戦が完全に破綻したと指摘されている。米国でも国民の6割が、アフガンからすぐに米軍を撤退した方が良いと考えている。 (In Afghanistan, the Dam Breaks

 米欧軍とアフガン軍との相互の信頼関係が崩壊し、パネッタ訪問時の武装解除命令に象徴されるように、米軍内部でも疑心暗鬼が起きている。戦争は、侵攻時より撤退時の方がはるかに難しい。撤退姿勢に入っている時、味方どうしが相互に疑心暗鬼にとりつかれると、軍内の規律が乱れ、瓦解的な敗走になりやすい。ベトナム戦争の時がそうだった。 (アフガン撤退に向かうNATO

▼前倒しされるNATOの撤退

 イラクでは米英軍が、報道管制などによって敗走色を表面化させず、何とかうまく撤退できた。イラク駐留米軍の内部に、イラク人を怒らせて撤退をベトナム型の失敗に誘導しようとした勢力がいたかもしれないが、オバマ政権は、その内部勢力の裏をかいて何とかうまくやった。対照的に、アフガンはイラクより不利な状態だ。イラクでは、クウェートに抜ける陸路がずっと確保されていたが、アフガンでは、米国がパキスタン側の尊厳を踏みにじる軍事戦略を展開したため、カイバル峠を経由してパキスタンに抜ける陸路が、昨秋から閉鎖されたままだ。現状では、峠道が再開される見通しがない。 (◆自滅的にふさがれるNATOのアフガン補給路

 英軍は、中央アジアのカザフスタンやロシアを経由して撤退することを計画している。このルートは距離が長い上、ロシアが米英と敵対傾向にある。米国は、東欧やトルコに事実上ロシアを標的にしたミサイルを配備する計画を進めている。この計画を棚上げしない限り、中央アジア経由の撤退はロシアが邪魔して円滑に進まないだろう。(米軍が東欧などに配備するミサイルは、飛んでくるミサイルを迎撃する防衛専用とされるが、ロシアを直接攻撃するためにも使えるので、ロシアは「防衛専用」という米国の説明を信用していない) (British troops to withdraw from Afghanistan via Central Asia

 米軍は、キルギスタンのマナス飛行場を基地として借り上げ、アフガンへの補給路としてきたが、借用期限が2014年に切れる。キルギスの大統領は、自国内の反米感情を背景に、米軍への基地貸与の延長を拒否している。パネッタがキルギスを訪問して頼んだが断られた。マナス基地が使えなくなると、米軍機はアフガンから北極圏を超えて米本土まで飛ばねばならなくなり、輸送コストが急増する。米軍はアフガン撤退を急がざるを得ない。 (Kyrgyzstan Wants US Out as Panetta Arrives for Talks

 このように、アフガンはイラクに比べて撤退路をめぐる不安が大きい。アフガン駐留の米欧軍は閉じこめられた心境になりやすく、浮き足だって士気が落ちやすい。うまく撤退できず、敗走や惨敗の色彩が強くなると、オバマ政権の政治的な失点になる。今年は11月に米大統領選挙がある。オバマは、アフガンから早くうまく撤退したい姿勢を強めている。米軍は従来、14年末にアフガン軍に指揮権を移譲する予定だったが、最近それを前倒しして、13年中頃にアフガン軍に指揮権を委譲し、その後14年末までは戦闘せず、アフガン軍の訓練だけに徹する方針に転換した。 (Rants and raves for new US pullout plan

 これに先立ちフランス政府も、1月下旬にアフガン軍兵士が仏軍兵士を銃殺した事件を機に、仏軍の撤退を1年前倒しし、13年末までにアフガンから撤退することを決めた。ドイツのメルケル首相も、先日アフガンを訪問した際、撤退時期について「13年もしくは14年」と述べた後、独内外から問題にされたので「撤退時期は14年末」と言い直した。すでに米欧は非公式に、来年中にアフガンから撤退することを決めている感じだ。 (Sarkozy to Speed French Pullout, Urges NATO to Step Up End of Afghan War) (アフガンで潰れゆくNATO

 オバマ政権は、09年初の就任以来「イラクは価値のない戦争なので早く撤退するが、アフガンは戦争を続ける価値がある」と主張し、アフガンに米軍を増派した。イラクには米国が開戦事由とした大量破壊兵器が存在せず、フセイン政権はアルカイダと無関係で、イラクは米国に脅威を与えないのに、イラクに侵攻したブッシュ政権は大間違いだった。だがアフガンのタリバンは、911を起こしたアルカイダをかくまったので、アフガンからテロ組織を一掃して民主化するのが米国の安全につながる、というのがオバマの論理だった。 (Afghanistan increasingly looks like Iraq

 だが今、オバマ政権はアフガンを「勝たねばならない大事な戦争」と考えることを放棄し、できるだけ早く撤退しようとする姿勢に転換している。オバマ政権は、以前に繰り返していた「アフガンはイラクと違う」という言い方をやめて、イラクと同様、アフガンからも早期撤退を目指すようになっている。 (Afghanistan fears early US pull-out

 昨年5月、米軍がパキスタンに侵入してオサマ・ビンラディンを殺したと発表した。その後、米軍が殺したのはオサマでなかったのでないかという疑念があちこちから出ている。もしオバマ政権が意図的に人違い殺人をして「オサマを殺した」と発表したのなら、その目的は、アフガンから早期撤退できる前提条件を作るためだったと考えられる。 (Stratfor disputes OBL killing in Abbottabad) (ビンラディン殺害の意味

▼タリバン側に寝返るアフガン軍

 米欧軍は何とかうまくアフガンから撤退したいが、アフガン側は米欧の弱体化を見抜き、強気の方向に態度を変えている。米国は昨秋、タリバンとの交渉を開始し、タリバンはカタールに在外拠点を作り、そこで米側と交渉していた。だが3月に入り、米欧軍が浮き足立っているのを見て、タリバンは米国との交渉を打ち切ると発表した。タリバンは、カブール郊外の飛行場であるバグラム米軍基地に対する砲撃を強めている。バグラム基地からの離発着ができなくなると、カブールは封じ込められてしまう。 (Double blow to Nato as Karzai and Taliban derail Afghanistan strategy) (Taliban attack Bagram Airbase

 米軍はここでも自滅的な策略を展開した。タリバンが優勢になっている中で「NATO軍が撤退したら、その後タリバンがパキスタンに支援されてアフガニスタンの政権を奪取するだろう」とする機密の報告書を、英国の新聞にリークしている。 (US Military `Leak': Taliban Set to Retake Power in Afghanistan, With Pakistan's Help

 米欧が巨額の資金と多くの人材をかけて育てたアフガンの軍や警察の中から、大勢の要員がタリバンの側に寝返っている。NATOが撤退色を強めるほど寝返りが増え、タリバンが勝つ傾向が強まる。かつてベトナム戦争末期、米国が訓練した南ベトナムの軍や警察の中から大勢が北ベトナム側に寝返った。イラク占領の後半には、米英が育てたイラクの軍や警察の中から大勢が親イランのサドル派ゲリラの側に寝返った。米当局は歴史的な教訓に学ばず、自滅行為を繰り返している。 (Taliban eat into Afghanistan's core

 米国の傀儡のはずだったアフガンの最高指導者ハミド・カルザイも、米国から見捨てられる前に米国を見捨てようと、寝返りをはかっている。カルザイは従来、米欧軍に対し、予定どおり14年末まで駐留を続けるよう要請していた。撤退が前倒しされると、アフガンの軍と警察の訓練が間に合わないからだった。しかし3月11日に米兵が銃を乱射して16人のアフガン人を殺した事件の後、カルザイは態度を変え、13年中に米欧軍がアフガン軍に指揮権を移譲して撤退することでかまわないと表明した。同時にカルザイは米欧軍に対し、基地から外に出ず、基地に閉じこもっていてくれと求めた。 ('Karzai Only Said What Everyone Already Thinks'

 カルザイは、アフガン軍が指揮権を移譲される準備が整ったと考え始めたのでない。そうでなくてカルザイは、自分が率いるアフガン政府がタリバン側と交渉して連立政権を組むことを目指し、タリバンとの敵対をやめることで、アフガン軍の戦闘能力が低くてもかまわない状態を作ることを目標にし始めた。米国の傀儡であることをやめて、米国の敵であるタリバンと組むことにした。カルザイは、一昨年ごろから米政府に邪険にされるようになり、昨年からタリバンやその背後にいるパキスタンに接近していた。 (カルザイとオバマ

 米欧軍がアフガンから撤退し、米国の後ろ盾を失った後、カルザイがタリバンとの連立政権を作って政治生命を維持するのか、それともタリバンから米国の傀儡と敵視され、殺されたり亡命したりして終わるのか、それはわからない。しかしどちらにしても、米軍が2年以内に撤退する以上、その後もアフガンにいるカルザイにとって、米国の言いなりにタリバンと敵対し続ける選択肢はない。カルザイが米国敵視に転換するのは自然な流れだ。

 1980年代にソ連に占領されたアフガニスタンでは、89年にソ連軍が撤退した後、パキスタンに支援されたパシュトン人などの武装勢力(のちのタリバンなど)と、ロシアやイランに支援されたウズベク人やタジク人、条件によってどちらにもつく各地の武装豪族などの武装勢力が対立して内戦に陥った。今回も、14年末までにNATO軍が撤退した後、タリバンなどパシュトン人と、ウズベク人やタジク人などの勢力が対立し、内戦が繰り返される可能性がある。米欧のマスコミは、自分らの軍隊が敗走した後のアフガンの状況を報じたがらず、世界から忘れられたような内戦状態が続くかもしれない。

 とはいえ90年代と今では、アフガンをめぐる国際情勢が大きく異なる。90年代には、パキスタンとロシア、イランの仲が良くなかった。今は、パキスタンが中国の傘下におり、中国とロシア、イランが戦略的に良好な関係を構築している。そのため、パシュトン人と、ウズベク人やタジク人との対立は、中露パキスタン・イランの仲裁によって和解させられる。中露はインドとパキスタンの和解も仲裁している。NATO撤退後の南西アジアの安定は、中露協調の国際安保体制である上海協力機構によって維持される可能性が高い。その一方でNATOは、アフガン撤退後、統合しつつある欧州勢と、米国カナダの北米勢に分裂解体していく流れを強めるだろう。 (インドとパキスタンを仲裁する中国



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