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イスラエル化する米軍

2003年11月25日   田中 宇

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 9月下旬、バグダッドから北に70キロほどいったイラク中部の町ドルアヤの近郊で、米軍のブルドーザーが果樹園の木々をすべて根こそぎにする作業が行われた。付近は旧フセイン政権の支持者が多いスンニ派の地域で、米軍に対するゲリラ攻撃が頻発していた。米軍は、付近の村人たちを尋問したが、誰もゲリラの居場所を教えなかったため、その「懲罰」として、村人たちが所有するナツメヤシやオレンジ、レモンなどの果樹を、根こそぎ切り倒した。(関連記事

 伐採するなと泣いて頼み込む村人たちを振り切り、ブルドーザーを運転する米軍兵士は、なぜかジャズの音楽をボリューム一杯に流しながら伐採作業を続けた。ナツメヤシは樹齢70年のものもあり、村人たちが先祖代々育ててきた果樹園だった。伐採を止めようと、ブルドーザーの前に身を投げ出した女性の村人もいたが、米兵たちに排除された。

 伐採を担当した米軍部隊の中には、村人たちの悲痛な叫びを聞き、自分に与えられた伐採の任務と「なぜ村人たちにこんな辛い思いをさせねばならないのか」という不合理感の板挟みに耐え切れず、突然大声で泣き崩れてしまう兵士もいたという。

 テロ・ゲリラ攻撃が起きた場所の近くで、実行犯の居所を教えろと村人に尋ね、情報をもらえなかったら「懲罰」として村の家々を壊したり、果樹園を伐採したりするのは、イスラエル軍がパレスチナ占領地でよく行っている「作戦」である。パレスチナ人はオリーブの果樹園を大事に育て、オリーブはパレスチナ人の「民族の木」のような意味合いを持っているが、それがイスラエル軍のブルドーザーによって潰されることは、パレスチナ人の全体にとって、イスラエルに対する憎しみを植え付ける「効果」がある。

 ナツメヤシの実が特産品であるイラクでは、ナツメヤシが人々にとって民族の象徴のような木になっている。その意味で、ドルアヤでの果樹園の伐採は「イラクのパレスチナ化」「アメリカのイスラエル化」を象徴する出来事として報じられた。

 10月30日には、サダム・フセインの故郷であるティクリート近くのオウジャという町を米軍が包囲した。この日の深夜、米軍は町の周囲を有刺鉄線で取り囲み、翌朝以降、米軍が設けた検問所を通らねば町に出入りできないようになった。これもまた、イスラエル軍がヨルダン川西岸地域とガザ地区で行っていることと、全く同じだった。検問所の前後に置かれた車止めの置き方まで、イスラエルの方式と同じだった。(関連記事

 首都のバグダッドでも、イラク駐留米軍の本部の周辺の住宅街は、ヨルダン川西岸の占領地の町のように、高い防御壁や鉄条網で囲まれてしまっている。住民は、自分が住んでいる地区から他の地区に行くのに、米軍の検問所を通らねばならず、検問待ちで行列ができるときもある。これまた、パレスチナでは日常的な光景だ。米軍本部はチグリス川の西岸にあるので、住民たちは「ここはイラクの西岸だ」と皮肉を言っている。(関連記事

 米軍が最近開始した、イラク側が仕掛けたテロ・ゲリラ攻撃に対して制裁的な空爆を行う「鉄拳作戦」や、ゲリラ戦の実行者が潜んでいそうな地域の住宅を破壊することも、イスラエル軍のやり方を踏襲している。(関連記事

▼イスラエルに頼る米軍

 こうした状況的な類似だけなら「イラクのパレスチナ化」を単に「アメリカのイラク統治には、たまたまパレスチナと似ている部分がある」という話に終わらせることもできる。だが、米軍がイラク人の統治のやり方について、アラブ人を占領統治する者としての「先輩」にあたるイスラエル軍からいろいろ教わっており、イラクが泥沼化するほどアメリカはイスラエルに頼っているということになると、話の意味合いが違ってくる。

 11月22日のロサンゼルス・タイムスによると、米軍は半年前にイラクの占領を始めてから、検問所のまわりの車止めの置き方から、ゲリラ犯人の捜索で住宅街の家を1軒ずつ立ち入り調査し、住民を尋問するときのやり方まで、多くのノウハウをイスラエルから教えてもらっている。

 イスラエルには、アラブ人の町を模した訓練所があり、アラブ人に扮した上官が兵士にいちゃもんをつけて、それにどう対応するかを訓練したりしている。こうした訓練所で米軍兵士が訓練を受けたり、アメリカに同種の訓練所を作る際にイスラエル軍が協力するケースが増えている。

 パレスチナ占領は世界的に非難されているので、米当局はイスラエルから占領のノウハウを提供されていることを認めたがらないが、イラクでテロやゲリラ攻撃が頻発する中、米軍がイスラエルに頼る度合いはどんどん高まっているという。

 アメリカがイスラエルから軍事ノウハウの提供を受けるのは、1982年にイスラエルがレバノンのイスラムゲリラの動向を探るために無人偵察機を使い、そのシステムをアメリカが重宝がって導入したころからの流れで、今に始まったことではない。だが911以降は「テロ戦争」の戦略立案を通じ、両国の軍事交流が以前よりずっと強まった。

 先々週の記事(罠にはまったアメリカ)で「フセイン政権の主力の戦闘部隊は地下に潜伏する作戦を採って生き残り、最近になってゲリラ戦を頻発させている」と書いたが、その後イラクでは米軍の拠点のほか、イタリア軍の拠点、ジャーナリストが泊まっているホテル、バグダッド空港を発着する民間機、米軍政に協力するイラク人警察官の派出所、日本大使館など、アメリカに協力する各勢力の拠点が次々と攻撃されており、フセイン政権が地下化して組織的な攻撃を再開した可能性がますます強まっている。

 攻撃を仕掛けているのが前政権の先細りの「残党」ではなく、自ら計画して地下化した抗戦組織であると思われる以上、イラク側の攻撃は今後さらに強まり、戦闘が泥沼化する可能性が高い。そして、泥沼化するほどアメリカはイスラエルに戦略立案を頼る傾向が強くなることが予測される。

▼わざと怒らせる占領ノウハウ

 イスラエルのパレスチナ占領が純粋に治安維持や防衛のための占領だとしたら、アメリカがイスラエルに頼ることによる懸念はまだ少ないかもしれない。だが、イスラエル軍は、パレスチナ人のオリーブの果樹園を伐採したり、住宅地を空爆したり、検問所で何時間もパレスチナ人を待たせたりすることで、パレスチナ人を怒らせ、自暴自棄にさせ、イスラエルに対して自爆テロを仕掛けるテロリストが増えることを望んでいるように感じられる。

 イスラエルに対するテロが増えると、イスラエルの右派政権は、和平交渉せよと圧力をかけてくる欧米に対し「パレスチナ人がテロを止めない限り和平交渉はできない」と拒否し、その間にパレスチナ占領地の土地を没収してイスラエル人入植者を住まわせ、占領態勢をますます強化することができる。

 つまり、イスラエルの占領ノウハウは、パレスチナ人を怒らせ、テロを増やすためのノウハウであると感じられる。それと同じことをアメリカがイラクでやっているということは、イラクでもテロが増え、民主的なイラクを作る方向からはどんどん遠ざかっていることを意味している。私は以前「米軍はわざとイラク人を怒らせているのではないか」と推測する記事(イラクの治安を悪化させる特殊部隊)を書いているが、こうした見方と「米軍のイスラエル軍化」の動きは一致する。

 また、ブッシュ政権内でイラク戦争を何が何でも起こしたかったのがイスラエル右派に近い「ネオコン」の人々だったことを考えると、彼らの目的は、アメリカがイラクに侵攻して泥沼にはまり、イスラエルに占領ノウハウを頼らざるを得ない状況を作ることで、アメリカがイスラエルと一心同体の状態にして、イスラエルを強化したかったのではないか、とも考えられる。

 この場合、アメリカがイラクの泥沼から脱すると、イスラエルも見捨てられる可能性があるので、イスラエルがアメリカに教える軍事ノウハウは、イラクの泥沼が永続するような方向性を持っているはずである。米軍がイスラエルに頼る傾向を強めているということは「イラクが泥沼化したので米政権内でのネオコンの勢力が弱まっている」という見方は正しくないということになる。

 イラクの泥沼が続き、アメリカがイスラエルを批判できない状態が続くとしたら、今後出てくるパレスチナ和平案に対するアメリカの協力は望みにくい。米大統領が和平の必要性を強調しても、それは対ヨーロッパ関係などを考慮した「口だけ」の話ということになりかねない。

▼トルコのテロも?

 また、イスラエルが「イスラムテロ対策」のノウハウを他国より多く持っていることを考えると、先日トルコのイスタンブールで起きた自爆テロなども、新たな視点でとらえられる。

 イスラエルは、イラク北部のキルクーク油田からイスラエルのハイファ港まで石油を運ぶパイプライン(大昔に作られたがフセイン時代に破棄されていた)を修復再建し、イスラエルが石油に困らない状態を作り出そうとしている。だが、キルクークの石油はもともとトルコに運び出されており、歴史的な見地からも「キルクーク油田は本来トルコのものだった」という主張がトルコにある。(関連記事

 トルコとイスラエルは、イラク戦争前は「アラブの脅威に対抗する」という利害の一致から同盟関係が強く、合同軍事演習なども行っていた。だがイラク戦争を機に、トルコ国内の世論は親イスラムの反米に傾き、キルクークからのパイプライン問題でイスラエルとも緊張関係になった。(関連記事

 だが、イスタンブールの連続テロの後、トルコ政府はイスラエルに「テロ対策」のノウハウを教えてもらう必要に迫られ、パイプライン問題で抗議することも止め、イスラエルと親密な関係に戻る様相を見せている。イスラエルは、テロのお陰でトルコ政府から敵視されなくなったわけで、中東ではテロの背後関係を詮索する向きもある。(関連記事

 トルコは、中東イスラム世界で最も国家や経済のシステムが西欧流に整備されている国で、そのトルコが連続テロによって不安定になり、経済も悪化してイスラム主義が強くなっていくことは、イスラム世界と欧米キリスト教世界との「文明の衝突」を企図している人々にとっては、対立が鮮明になるので好都合だろう。

 連続テロは「アルカイダ」と関連がある組織の犯行とされるが、アルカイダに関しては、勢力が弱まっているという指摘があり、頭目であるオサマ・ビンラディンについても「もう捕まえても意味がない」とアメリカのアフガン担当者が言っている。「アルカイダは中心がなくても動く組織だ」という指摘はあるものの、テロが急増しているのに犯人と目される組織の頭目を捕まえても意味がない、という状態は奇異である。(関連記事その1その2

 だが、親イスラエルのネオコンにイラク戦争を起こしてもらい、「文明の衝突」の構図の中でイスラム教徒に対抗するキリスト教徒(アメリカ)とユダヤ教徒(イスラエル)の同盟関係がますます強化されているとはいえ、その結果イスラエルは安泰になったかといえばそうでもなく、イスラエルは建国以来の危機にあるということは、前回の記事(イスラエルは大丈夫か)に書いたとおりだ。

 そのことを加味して全体を考えると、イラクから始まってシリア、サウジなど中東全域を泥沼化しようとする親イスラエルの勢力と、パレスチナ和平を推進してイスラエルの拡大傾向を止めようとする勢力との、米政権中枢や欧米「国際社会」を舞台にした戦いは、まだ決着がついていないということになる。



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