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アフガン撤退に向かうNATO

2010年7月12日   田中 宇

 従来は親米勢力だったパキスタンと、米国の傀儡だったアフガニスタンのカルザイ大統領がいずれも、米国などNATO軍がアフガニスタンから撤退することを歓迎する姿勢を明確化している。最近までパキスタンとカルザイは敵同士だったが、今ではカルザイとタリバンとの和解交渉をパキスタンが仲裁する関係になっている。NATO内で、米国はタリバンとの和解に消極的だが、英国やドイツなど欧州勢は、早くタリバンと和解してアフガンを安定させ、自国軍が撤退できる状況にしたいと思っている。

 7月9日、パキスタン外務省は定例記者会見で「NATOがアフガニスタンから撤退すると期待される。NATOが撤退を決定したら歓迎する」と発表した。7月20日、NATO諸国など世界の70カ国の外相らがカブールに集まって、アフガニスタンの今後について検討する国際会議を開くが、このカブール会議でNATOのアフガン撤退の日程について何らかの決定がなされると、パキスタン政府は期待している。 ('Pakistan to Welcome NATO Withdrawal From Afghanistan'

 7月20日のカブール会議では、カルザイが、6月2日にアフガン国内の各派を集めて挙国一致的な和解を模索した「平和ジルガ」でまとめたアフガン国内の和解策を提案する。ジルガは、アフガンの各派が利害を調整する伝統的な会議制度だ。アフガン人がジルガで決めた和解策を、カブール会議で「国際社会」(70カ国の外相ら)が承認することで、アフガンは国内各派が和解交渉する段階に入り、NATOは撤退していける。 (Afghan Peace Jirga 2010 From Wikipedia

▼撤退傾向を強める欧州諸国

 欧州勢では、ドイツ議会が7月9日に「ドイツ軍が守っているアフガンの9県のうち、来年までに3−4県で地元の軍勢に治安維持の権限を委譲し、独軍は撤退する」と決定した。ドイツではメルケル政権への支持率が低下しているが、その一因はアフガン駐留をやめないことにある。独国民の7割がアフガン占領を早くやめるべきだと思っている。ドイツは、米国との関係が悪化してもアフガン撤退を挙行せざるを得なくなっている。 (German foreign minister: NATO force to hand over 3 or 4 Afghan provinces in 2011) (Germany to leave Afghanistan by 2011) (◆ドイツ・後悔のアフガン

 ポーランドのコモロフスキ新大統領は最近、2012年までにアフガニスタンから自国軍を撤退させると宣言した。またポーランド首相は6月、自国兵士がアフガンで戦死したことを受け、11月のNATOサミットでアフガン撤退期限を明確化の提案すると発表している。 (Poland reveals 2012 deadline for Afghan exit) (Poland Wants NATO to Plan an End to Afghan Mission

 ロシアを脅威と考えるポーランドは従来、米国の軍事戦略の忠実なしもべであり、NATOの東方拡大に賛成、米国主導のイラクやアフガンの戦争に積極参加し、ロシアを事実上の標的とする米軍の迎撃ミサイルの配備の話にも応じた。しかし近年は米国の衰退感が強まっている上、オバマは昨年ロシアに譲歩してポーランドへの迎撃ミサイル配備を中止すると決めた。これを見たロシアは、ポーランドに和解攻勢をかけ、ポーランドはロシアと和解する方向に動き出した。ポーランドがアフガン撤退の意志を強めたのは、こうした流れの中の動きだ。 (◆ロシアと東欧の歴史紛争

 だが、今ごろになって米国はポーランドの親露化を止めようとしている。クリントン国務長官が7月3日にポーランドを訪問し、迎撃ミサイルの話を蒸し返した。今度は短距離迎撃ミサイルを配備する話(以前は長距離)で、まさにロシアを標的にしている。ポーランド政府は今さらありがた迷惑な話だと思いつつも、米国の提案を拒否できないでいる。米国は、グルジアや台湾、韓国などに対しても、この種の遅すぎる再介入をやっている。ロシアや中国を仮想敵とする同盟国にいったん冷や飯をくわせておいて、同盟国が仮想敵と和解せざるを得ないと動き出した後になって、防衛してやると遅すぎる転換をして、同盟国を窮地に追いやる。こうした「遅すぎ」は「やりすぎ(イスラム勢力などを過剰に敵視して結束強化してしまう)」と並ぶ米国の「隠れ多極化戦略」の一つという感じがする。 (US, Poland amend missile system deal

 米国の特別な同盟国だった英国も、アフガン派兵反対の国内世論を受け、米国と同じ戦略を続けることをあきらめ、2014年までに英軍をアフガンから撤退させる独自戦略に転換している。6月には、英国の駐アフガン大使のクーパーコールズ卿が「米国はアフガンで有効な軍事戦略を欠いており、軍事策をやめて政治交渉に切り替えるしかない」とロンドンの非公式会合で表明した。この指摘は、米政府以外の世界のほとんどのアフガン占領関係者が同意する内容だろうが、米政府はこの指摘に激怒し、英政府に圧力をかけてコーパーコールズを辞任に追い込んだ。 (Afghanistan Withdrawal Date Reinforced by William Hague) (Envoy a Casualty of Afghan Policy War by Simon Tisdall

 その後6月27日には、英軍の司令官に就いたリチャーズ大将(David Richards)が、間もなくタリバンとの交渉が始まると述べている。軍事的に優勢になっているタリバン側は「われわれはもうすぐNATO軍を打ち負かせるので、交渉したいと思わない」と交渉を拒否している。だがタリバンの本質が、超民族的な「イスラム主義者」でなく「アフガン・ナショナリスト」であることをふまえると、NATOが撤退を決め、カルザイらアフガン人に国家再建を任せるなら、いずれタリバンはアフガンの安定を重視して、カルザイやNATOとの交渉に応じるだろう。 (US `realises it cannot win' Afghan war

▼転機としての米司令官更迭

 誇り高き米政府は、英国など同盟国から戦略の間違いを指摘されると激怒するものの、間違いには気づいている。6月23日、オバマ大統領が、米軍でアフガン占領の責任者だったマクリスタル司令官を解任したのがその一例だ。マクリスタルの更迭理由は表向き、雑誌のインタビューでオバマの他の側近たちを酷評してオバマの怒りに触れたからとされる。だが、マクリスタルが口の悪い奴というのは以前から有名で、この理由は表向きにすぎない感じだ。 (Militarism and Democracy: the Implications of the McChrystal Affair

 イラクやアフガンの戦争について、米中枢には「軍事重視派」と「政治重視派」がいる。マクリスタルは軍事重視(政治軽視)の典型だった。テロリストの指導者を探し、無人戦闘機などで空爆して殺す「直接策」が最も効率的な勝利方法であり、反米勢力と交渉して政治的に丸め込むのは非効率だと主張してきた。マクリスタルはアフガンで「直接策」を多用し、一般市民に対する誤爆を多発した結果、アフガン人は反米感情が扇動されて米軍に協力しなくなり、占領政策が破綻した。誤爆を繰り返すマクリスタルにカルザイが「あなたの任務はアフガン人を守ることであって、殺すことではない」と怒ったこともある。今年6月末でアフガン戦争の長さはベトナム戦争を超え、敗色が濃くなっている。そのため、オバマはマクリスタルを更迭したと考えられる。 (Karzai Warns Gen. McChrystal to Stop Killing Civilians

 マクリスタルは生粋の軍人だが、米中枢でテロ戦争の準備がひそかになされていた911事件前の90年代末、世界各国の政権のあり方(転覆方法)について考えているハーバード大学のケネディ行政大学院(KSG)や、米国の外交戦略立案の奥の院である外交問題評議会(CFR)の研究員をしていた。CFRなどの隠れ多極主義者たちは、マクリスタルのような「軍事解決」一辺倒の軍人にイスラム世界との戦争をやらせることで「やりすぎ」による多極化を実現できると911の前から画策していたのかもしれない。 (Stanley A. McChrystal From Wikipedia

 その後マクリスタルは国防総省に戻り、イラク戦争にかけてテロリスト殺害を任務とする特殊部隊を率いて、チェイニーやラムズフェルドに重用された。マクリスタルの部隊は、米軍全体の戦略とは関係なく、勝手にテロリストを探して殺して良い権限を持った。マクリスタルは09年5月、アフガン司令官に就任したが、軍事解決偏重で誤爆を続発させ、タリバンと交渉して効率的な占領をしようとするホルブルック大統領特使やエイケンベリー大使、バイデン副大統領、誤爆を嫌うカルザイなど各方面と衝突した。アフガン政策をめぐる側近らの対立に悩まされたオバマは、今年4月にはカブールに直接飛んでカルザイと会ったりしたが、状況は好転しなかった。 (Cheney's Chief Assassin Is Now Obama's Commander in Afghanistan) (カルザイとオバマ

 マクリスタルは今年、タリバンの発祥地である南部の中心都市カンダハルを攻略すべく、まず今春カンダハル郊外の町マージャを攻撃したが、一般市民に多くの死者を出しただけで、タリバンを弱めることはできなかった。マクリスタルが更迭されたことで、カンダハル攻略は実施されないまま終わる可能性が増している。 (Obama Misses the Afghan Exit Ramp

 マクリスタルの更迭で「タリバンを戦闘で打ち負かしてアフガンを平定する」と主張する軍事派は米中枢で弱まり、タリバンとの交渉を重視する政治派が強まった。マクリスタルの後任のアフガン司令官となったペトロウス大将は、マクリスタルと対照的に政治重視派と言われている。タリバンとの交渉にはパキスタンの仲裁が必要だ。マクリスタルからペトロウスへの交代を見て、パキスタン政府が「いよいよわれわれの出番が来た。NATOは撤退に向かうだろう」と考えるのは当然だ。 (Endgame in Kabul

 オバマは就任直後から、11年(来年)6月にアフガンからの米軍撤退を開始する計画を持っている。最近では「オバマはこの撤退計画を放棄した」と報じられているが、6月23日にマクリスタルが更迭され、7月20日にタリバンとの和解を模索するカブール国際会議が開かれる流れを見ると、オバマは来年夏の米軍撤退開始計画をまだ実行する気でいると感じられる。 (Obama Disavows July 2011 Afghan Drawdown Date

▼非米的アフガン再建を目指すカルザイとパキスタン

 しかし、これで米国とカルザイとパキスタンとタリバンが和解し、NATOが円満にアフガンから撤退していくかといえば、そうではない。米国は、カルザイともパキスタンとも関係が悪化し、カルザイとパキスタンは米国を抜かして急接近している。カルザイとパキスタンは、米国よりむしろ中国を頼りにする傾向を強め、米英中心体制から抜け出して、多極型の覇権体制下での生き残りを模索している。今の流れで米軍やNATOがアフガンから撤退していくと、アフガン、パキスタン、インドという南アジアの全体から、米英の影響力(覇権)が締め出されていく結果になりかねない。 (McChrystal's Ouster May Embolden Pakistan's Diplomatic Efforts

(余談だが、カルザイは先日、日本を訪問したときに「わが国の鉱物資源を採掘する権利は、米国より先に日本にある。あらゆる国々より先に、日本がアフガンの資源を開発する権利を持っている」とぶち上げた。日本は以前から積極的にアフガン支援を続けてきた。それを知っているカルザイは、米国に代わる経済関係先として、中国だけでなく日本にも秋波を送ったのだ。だが日本側はこの誘いを無視した。カルザイは、日本政府が徹頭徹尾の対米従属で、米国をさしおいてアフガンの資源を漁る気など全くないことを知らないようだ。日本は悲しく不能な国だ) (Karzai: Japan Has 'Priority' on Rights to Mine Afghanistan Minerals

 タリバンは、パキスタン軍が90年代半ばにアフガン難民の若者に祖国統一軍として組織させた。カルザイは、タリバンがアフガンを統一するまで、パキスタン軍に協力していたが、その後はタリバンと対立する姿勢をとり、98年から2001年(911事件)にかけて米国がタリバン敵視を強める中で、カルザイは米国に重用され、米軍のアフガン侵攻後の傀儡政権の大統領に選ばれた。

(カルザイは、祖父の代から国王ザヒール・シャーの側近で、祖父も父も王政下のアフガン国会の副議長をつとめた王党派の出身で、79年のソ連軍侵攻後、一族はパキスタンと米国に移った) (Hamid Karzai From Wikipedia

 カルザイの出世と対照的に、パキスタン軍は911後、タリバンを養育したことを米国から非難され、タリバンと縁を切ることを誓わされた。米国は、アフガンの利権をパキスタン軍からもぎ取ってカルザイに与えた。米国はパキスタン軍に、国内のアフガン国境沿いのタリバン支持勢力を攻撃して壊滅させろと圧力をかけた。国境沿いのタリバン支持勢力は、それまでパキスタン軍にとってアフガンを支配するための盟友だっただけに、これは無体な要求だった。米国とカルザイが組んで、タリバンを敵視しきれないパキスタンを邪険にする状態となった。 (カルザイとオバマ

 しかしこの事態は、09年夏のアフガン大統領選挙でカルザイが不正を行ったと米国側が言い出したのを機に転換した。米国のホルブルック大統領特使はパキスタン軍に接近し、「腐敗」したカルザイに代わるパキスタン系の人材を探し始めた。これに脅威を感じたカルザイは、ホルブルックに追い出されるのを防ごうと、これまで敵だったパキスタン軍やその傘下の各派に手を回し、ホルブルックがカルザイの代わりに立てそうな諸勢力と先に和解して、自分の方に取り込もうとした。 (Karzai in talks with senior militant leaders) (Pakistan's Plan on Afghan Peace Leaves US Wary

 カルザイの努力の結果、形成は逆転し、パキスタン軍の仲裁でカルザイとタリバンが水面下で和解交渉を開始するまでになった。6月25日には、カルザイ政権の外相が初めてパキスタンを訪問し、テロ対策や経済開発の分野でアフガンとパキスタンが協力していく協定を結んだ。 (Karzai holds secret talks with Taliban) (Declaration on Pakistan-Afghanistan Mutual Progress Signed

 カルザイは国連に働きかけて、タリバンの幹部をテロ支援者のブラックリストから外していくことも実現している。これもカルザイとタリバンの和解のための準備だろう。 (Karzai: UN Agrees to `Gradually' Remove Taliban From Blacklist

 カルザイとパキスタンが急速に接近するのと対照的に、パキスタンと米国の関係は悪化している。米軍は、パキスタンに対し、アフガン国境沿いのタリバン支持勢力に対する攻撃が足りないと、しつこく言い続けた。 (Analysts : Pakistan's 'Victory' in Orakzai a Miscalculation

 パキスタン国内では反米感情が高まり、イスラム主義勢力が台頭している。米国の圧力に従わざるを得ないザルダリ大統領への支持は低下し、議会で大統領権限を次々に剥奪されていく過程にある。ザルダリは、米国に従い続けると失脚しかねない。 (Parliament passes law to clip Zardari's powers) (国家崩壊に瀕するパキスタン

 その一方で、パキスタンが深刻な電力不足に陥っても、米国は経済支援を増やさなかった。米国はインドには原子力技術を供給したが、パキスタンには何も出さず、仕方がないのでパキスタンが中国に原子力発電所の増設を頼むと、米国は中国とパキスタンを非難した。パキスタン政府は、米国が経済支援を増やさない以上、中国に接近するしかないと、米国の非難を無視して中国との経済関係を強め、FTAも締結した。 (China to build reactors in Pakistan) (Pakistan's trade bear-hug with China

 パキスタンは、イランからも経済面で誘われている。イランは自国のガス田から天然ガスをパキスタンに送るパイプラインを作ろうと、数年前から提案している。米国の反対を受け、パキスタン政府は躊躇していたが、経済難による国民の反政府感情が高まる中、6月13日にパイプライン建設とガス購入の契約をイラン側と正式に交わした。 (Pakistan seals pipeline deal with Iran

 米国のホルブルック特使はパキスタンに対し「イランからガスを買うのは、米国が定めたイラン制裁法に抵触するおそれがある。パキスタン政府は、米国に縁を切られてもいいのか」と脅したが、背に腹は代えられないパキスタン政府は無視している。 (US opposes Iran-Pakistan gas pipeline

 ホルブルックは、カルザイが米国に従うつもりでいる時には、さんざんカルザイを非難して、パキスタンに接近してカルザイの代わりを探そうとしたが、カルザイが開き直って反米諸派やパキスタンに接近すると、今度はパキスタンに対する批判を強め、結局カルザイとパキスタンが米国抜きで結託することを誘導してしまっている。これは失敗という水準を超えた「未必の故意」の領域であり、ホルブルックは隠れ多極主義戦略をやっているように見える。 (White House Attacks New York Times for Critical Afghanistan Report

 今後しばらくアフガンのNATO軍の撤退をめぐって「撤退する」「いやしない」と、どっちつかずな話が報じられ続けるだろう。しかしたぶん来年夏までには、撤退の方向性が今よりかなり明確になる。そして、NATOが撤退した後にアフガンの安定化を担当するのは欧米ではない。おそらく、中国とロシアを中心とする上海協力機構である。中露と中央アジア諸国で構成する上海機構は、インドとパキスタンとアフガニスタンの参加を認める方向に動いている。中国は、インドとパキスタンとの和解交渉も仲裁しており、最近、目立たないが決定的な動きがあった。これについては、長くなるので改めて書く。

★以前に書いた記事

アフガンで潰れゆくNATO

アフガニスタン民主化の茶番

タリバンの復活



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