|
トランプのベネズエラ攻撃の意味
2025年11月10日
田中 宇
米軍がカリブ海のベネズエラ沖に展開し、間もなくトランプ米大統領がマドゥロ大統領を政権転覆するためのベネズエラ侵攻を始めそうな感じになっている。
トランプのベネズエラ攻撃は、麻薬取り締まり(麻薬戦争)の形式をとっている。米軍はすでに、麻薬類(フェンタニルなど)を秘密裏に運搬していたとしてカリブ海(公海上)を航行中のベネズエラ船舶を何隻も攻撃した。
だが、ベネズエラから米国に大量のフェンタニルが流入しているという現実はなく、濡れ衣的な言いがかりだ(と言われている)。濡れ衣性の指摘は、とくにトランプ敵視のリベラル派のマスコミなどで喧伝されている。リベラル派はトランプ敵視の歪曲報道が得意だが、今回の話は事実だろう。
(Why Venezuela?)
マドゥロ転覆の動きは、昔から転覆を提唱していたマルコ・ルビオ(元上院議員、反カストロなキューバ系)がトランプ政権の国務長官になって以来、強まる傾向だ。トランプはベネズエラをどうするかをルビオ国務長官に任せており、反左翼なルビオは左翼マドゥロの転覆が念願なので、転覆は必ず行われる。そんな筋書きだ。
トランプは、これまで米覇権の戦略だった戦争や政権転覆を二度とやらないと公約して大統領に返り咲いた。それなのに、ベネズエラに戦争を仕掛け、政権転覆しようとしている。公約違反じゃないか。英国系がトランプ批判を強めている。
(Trump Considering Menu Of Venezuela Attack Options, Including Oil-Field Seizures)
(Death knell for the Summit of the Americas?)
実のところトランプ政権内では、対ベネズエラ戦略がもう一つ動いている。それはトランプが、2期目の当選前から特殊任務特使リチャード・グレネル(元駐独大使)にやらせている、ベネズエラとの非公式な交渉だ。
トランプはグレネルを通じて、マドゥロとその側近たちに対し、身の安全を保障するから政権を手放して辞任して亡命しろと要求してきた。マドゥロは当初、トランプからの辞任要求を断っていたが、その後はトランプの意図を探ったり、条件交渉に入っている観がある。
(Maduro Open To 'Managed Exit' If Trump Provides Amnesty; Putin On Standby With Military Aid)
トランプは2期目の政権で、グレネルかルビオか、どちらかを国務長官にしようとしていた。ベネズエラのマドゥロ政権を潰すのに、交渉でやるグレネルか、戦争でやるルビオか。結局トランプはルビオを国務長官にした。
トランプのベネズエラ戦略は好戦的になった。だが同時に、水面下でグレネルの交渉も続いている。ルビオの好戦策だけが目立っているが、それはトランプ流の目くらましで、最終的にグレネルの交渉策で事態が展開するかもしれない。トランプは最近「マドゥロの政権は間もなく終わる」と言っているが、それが戦争が近いという意味とは限らない。
トランプは2期目の当選前からベネズエラを政権転覆する策を持っており、最初から、グレネルとルビオの硬軟2人を用意し、好戦策のルビオを目くらましてとして使う計画だったのかもしれない。テレビドラマの制作者だったトランプらしいシナリオに見える。
(Trump says ‘days numbered’ for Venezuela’s Maduro)
マドゥロは最近、ロシア(や中国)に対し、米国と戦争するから兵器を売ってくれと要請したと報じられている。要請は事実だろうが、マドゥロがロシアに求めた要請はそれだけでなく硬軟両面があり、要請の主眼はむしろ、マドゥロがトランプの要求を受け入れて亡命する場合に、プーチンに亡命先を用意するなど協力してほしいという話だ。
マドゥロ政権は、戦争で倒されるのでなく、プーチンの協力を得て自発的に政権放棄する可能性がある。
(What Wider War in Venezuela Would Bring)
プーチンは昨年末、イスラエル傀儡のアルカイダ(シャアラ政権)がシリアのアサド政権を転覆した時も、アサドにモスクワの亡命先を用意した。イスラエルは事前にプーチンに対し、アサドの亡命先を用意してくれと、秘密裏に依頼した可能性がある。
今回のベネズエラでも、イスラエル傀儡のトランプが事前にプーチンに対し、マドゥロの亡命先を用意してくれと秘密裏に依頼した可能性がある。
(トランプとプーチンで中東を良くする)
マドゥロの亡命によってベネズエラが政権転覆されると、同じく米国に経済制裁され続けている中南米の左翼政権の国であるキューバやニカラグアでも、似たような手口でトランプが政権転覆していく流れに拍車がかかる。
トランプの中南米戦略は左翼を敵視する半面、アルゼンチンのミレイ大統領など、中南米の右派(極右や保守派。キリスト教原理主義)を支援している。
(Cuba Is Returning To The US’ Crosshairs)
トランプの策が成功すると、中南米から左翼が掃討されていき、長い左翼と右翼の対立による分裂から脱却できる。トランプ(とその後)の米国自身、右翼の国になって左翼に戻らないだろう(民主党は見事に自滅させられている)。南北米州は右傾化して安定していく。
トランプの後ろには、中東のイスラム主義(左翼の盟友)を次々と転覆してイスラエルの覇権地域にした実績を持つ、米諜報界支配者のリクード系がいる。
(戦争ばかりしているイスラエルが世界を安定させるわけないと思う人が多いだろうが、世界を200年間ずっと不安定にしてきたのはむしろ英国系だ)
(911と似たトランプの左翼テロ戦争)
これまで中南米を分裂・弱体化してきたのは、最近まで世界覇権勢力だった英国系だ。中南米は200年前に近代国家群になった時から、ナポレオン戦争後に世界覇権を握った英国の覇権運営に楯突かぬよう、中小の諸国に分裂するよう誘導され、100年前から左翼と右翼が各地で対立し、弱体化させられてきた(アフリカや中東やアジアも同様)。
英国系は、世界覇権を維持するため、中南米に戦争構造を植え込み、米国が中南米を率いて南北米州を戦争だらけのユーラシアから自立した繁栄地域にすること(米州主義)を防いできた。
(中南米を右傾化させる)
第二次大戦で英国が米国に覇権を譲渡した後、英国は米国をそそのかして米諜報界を新設させて英国系が乗っ取り、もともと米国の戦略を握っていたロックフェラーなど多極派を押しのけた。
多極派は、世界を戦前の英国覇権から多極型に転換し、米国は南北米州の盟主(地域覇権国)として中南米とともに繁栄し、南北米州がユーラシアや欧州とは相互不可侵な別の領域(極)になる米州主義をやりたかったが、英国系に覇権を乗っ取られ、不可能になった。
(トランプの米州主義)
米国を牛耳る英国系は、中南米の内部を分裂させ、中南米と米国との間も敵対させ、米国に稚拙な中南米策をとらせ続けた。米州主義は実現不能にされ「孤立主義」と呼ばれて悪者にされた。米国は、ソ中との冷戦など、英国系が誘発したユーラシアの恒久対立の中に埋め込まれ、不本意な世界支配を続けさせられてきた。
(トランプの米州主義と日本)
トランプは、それを壊そうとしている。しかも偽悪的なやり方で。偽悪的な戦略をとって英国系の人道主義の覇権戦略を潰すやり方は、世界のリクード系の強国の3大指導者であるトランプ、プーチン、ネタニヤフに共通している。
ベネズエラは世界最大の石油埋蔵量を持つ(精製コストが高くて使えない超重質油が大半だが)。天然ガスも出る。トランプがベネズエラを転覆したがる最大の理由は、石油ガス利権を得ることだ。
左翼政権を潰して石油利権を強奪するトランプ。まさに極悪だ。だが、これまでの民主党政権下でも、米国はベネズエラを経済制裁し続け、石油輸出を許していなかった。
(プーチンの偽悪戦略に乗せられた人類)
トランプは、ベネズエラが米国への麻薬流入にほとんど関係ないのに、マドゥロ大統領は麻薬組織の黒幕だと濡れ衣をかけて潰そうとしている。これは、トランプが公約・豪語する米国内の麻薬問題の解決が、ベネズエラ転覆によって達成できるというウソの話を作るためのものだ。
米国内の麻薬問題は、これまで民主党(や共和党エリート系)の政権が放置してきた米墨国境の管理強化や犯罪見逃しなどリベラル諸策の廃止、違法移民の取り締まりなど、トランプが開始した他の諸策によって解決されつつある。
トランプは、米国の違法移民の犯罪組織(ギャング)として有名なトレンデアラグアがベネズエラ発祥なので、マドゥロはトレンデアラグアの黒幕だという言いがかりもつけている。トランプは、この言いがかりを通じて、違法移民を擁護する米民主党のリベラル左翼を攻撃している。
(トランプの左翼退治)
全体的にトランプは無茶苦茶なことを言っているのだが、それ自体がトランプの偽悪戦略だと思われる。これまでいろんな「合理性」を装ったウソ(温暖化人為説やコロナ超愚策やジェンダー関連など)にころりと騙されて軽信し、本気で必死に(実は極悪で不合理な)推進運動をやってきたリベラル左翼の人々は、無茶苦茶な不合理を言ったりやったりし続ける敵方に接すると、激怒して理性を失い、過激化する。
敵方が不合理をやり続けたまま(ガザ戦争やトランプ政治やウクライナ戦争で)やりたい放題に勝利してしまうと、リベラル左翼の人々は絶望し、さらに理性を失っていく。
こうしたリベラル左翼の特性は、今の日本のいろんな右傾化に対する、私の周りのリベラル左翼やジャーナリストたちの絶望や怒りからも感じられる。こんなになってもまだ、自分が延々と洗脳されてきたことに気づかない大馬鹿な左翼やジャーナリストたちは「これ以上日本を壊すな」と怒られて当然だ(それなのに、自分たちがなぜ怒られるのかわかってない)。日本の右傾化は「良いこと」だ。日本の若者を見直しました。
(ジャーナリズム要らない)
ノルウェーのノーベル委員会は10月、今年のノーベル平和賞を、ベネズエラの野党指導者マリア・コリナ・マチャドに与えた。マチャドは、米国の軍事力に頼ってマドゥロ政権を転覆し、自分がベネズエラの大統領になって米傀儡国に転換したい親米派だ。
マチャドはノーベル受賞後も、米国とイスラエルに対し、軍事力でマドゥロ政権を倒してほしいと要請しており、平和賞の概念と反対な好戦派だ。
(Venezuela's 'Iron Lady' Dedicates Nobel Prize to Trump As Maduro's Death Rattle Gets Louder)
ノーベル平和賞はこれまで、人権や民主を掲げて独裁政権と対峙する反政府人士や、人権外交の推進者など英国系の勢力に与えられることが多かった。ノーベル委員会は英国系の世界支配の道具だった。
ところが今年は、トランプが「平和賞にもっともふさわしいのはオレだ。オレが受賞しないとしたら、それは米国への冒涜だ」と宣言し、オレによこせ運動を展開した。トランプはリクード系であり、諜報界(覇権運営体)の暗闘における英国系の敵だ。
英国系のオバマ元大統領が2009年に受賞しているので、オバマと英国系を敵視するトランプが「あいつよりオレだろ。拒否するならノルウェーや北欧との安保関係を切るぞ」と、英国系のノーベル委員会を脅した。子供みたいに振る舞うトランプは、ここでも偽悪戦略をとっている。
(Trump Nobel Prize Win Dismissed as ‘Completely Unthinkable’)
英国系を潰しまくり、ガザで巨大な人道犯罪を続けているイスラエルの傀儡であるトランプに平和賞を与えるわけにいかない。
ノーベル委員会やノルウェー政府は困窮し、米政府(たぶん国務長官のルビオ)に「トランプにはあげられないので、代わりに誰かトランプが満足する別の人を推挙してくれないか」と持ちかけたと推測できる。ルビオらは、それならベネズエラのマチャドにしてくれと返答し、マチャドが受賞した。
(Nobel Committee, Fearing Trump’s Wrath, Hands Peace Prize To Regime Change Puppet)
しかし、ノーベル委員会の周りにいる左翼リベラル英(うっかり)傀儡たちは、反左翼で好戦的な米傀儡のマチャドも大嫌いだ。平和賞の決定後、ノルウェーの平和委員会が毎年祝賀の提灯行列(たいまつ行列)をやってきたのだが、今年は会員の不満が大きすぎて祝賀行列をやらないことになった。
受賞を聞いたマチャドは「私に与えられた賞をトランプに差し上げます」と表明した。
(Norwegian Peace Council Rejects Peace Prize Winner)
トランプは、自分やマチャドに授賞しろと騒ぐことで、英国系の人道主義の覇権戦略の道具であるノーベル平和賞の権威を破壊している。マチャドの受賞で、世界中のリベラル左翼が、ノーベル委員会に絶望している。英国系を破壊し、リベラル左翼を絶望させる策略がここでも展開されている。
(White House blasts Nobel Committee after far-right Venezuelan ally awarded 'peace prize' over Trump)
今回の記事は、何度も書き直している。ここからは、以前のバージョンの残りかすだ。飽きた人は読まない方が良いです。
トランプ政権の諜報長官(DNI)であるトルシ・ギャバードは最近「トランプは米国の政権転覆の戦略を終わりにした」と宣言した。この宣言は、トランプがベネズエラを政権転覆しようとしていることと矛盾し、お門違いに見える。
(Gabbard Says Trump Has Ended America's Era Of 'Regime Change')
だがその一方でギャバードは、正確なことを言う傾向が強い。ギャバードは今年3月、イランが以前も今も核兵器開発していないという調査結果を発表した。これは正しい。だが、イスラエルが昔からイランは核兵器開発しているというウソを流布しているので、トランプや米議会やマスコミなど、イスラエルの言いなりな諸勢力は、ギャバードの指摘を見事に無視している。
(Tulsi said Iran not building nukes. One Senator after another ignored her.)
トランプは率直なところがある人なので、記者から問われ「私は彼女の発言など気にしない。イランは間もなく核兵器を完成しそうなんだ」と答えた。イスラエルがそう言ってるんだから、それを「事実」にしなきゃいけないんだ、という感じだ。
(‘I don’t care what she said’ – Trump dismisses Tulsi Gabbard’s Iran claims)
イランは中東におけるイスラエルの仇敵だが、ベネズエラは違う。世界が多極型になった今、中東覇権国のイスラエルは、同じ中東のイランを転覆したがっても、他の極である西半球(南北米州)にあるベネズエラを転覆したがらない。西半球の覇権国はトランプの米国だ。
政権転覆しないというのはトランプ自身の公約であり、この件でトランプが彼女の発言など気にしないと言うわけにいかない。今回のギャバードの宣言の意味は何なのか。
(歪曲続くイラン核問題)
トランプが、ルビオ国務長官の戦争策でなく、グレネル特使の交渉策を使ってマドゥロを追い出すなら、ギャバードが言う通り、政権転覆でなくマドゥロの自主的な辞任・亡命で、米国にとってのベネズエラ問題が解決する。(そのように言えるのかどうかやや疑問)
(Is Rubio finally powerful enough to topple Venezuela's regime?)
もう一つの考え方は、多極型になった世界において、世界戦略と、自国の影響圏内に対する政策が別物だという見方。トランプ(とその後の米国)は、世界戦略として政権転覆策をやらないが、影響圏である南北米州に対しては例外で好き放題に何でもやりうる。ギャバードの宣言は世界戦略だけを指している、という話。
さらにもう一つの可能性は、戦争省のヘグセス長官が言っている「米軍はもう、世界各国を良くするために、どこかの国に(悪い政権を倒して、そのあと良い政権を作るために延々と)軍事駐留しない。戦争(壊すだけ)しかしない」という趣旨の新戦略との関係。ヘグセスは、イラクを攻撃したがフセイン政権を倒さなかった湾岸戦争型の戦争は今後もやるが、フセイン政権を倒したイラク戦争型の戦争はもうやらないと言っている。
(Hegseth dropped big Venezuela easter egg in Quantico speech)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ
|