プーチンの偽悪戦略に乗せられた人類2022年6月24日 田中 宇今回のウクライナ戦争の、私にとって理解困難な謎の一つに「なぜロシアは2月24日の開戦時に、異様に大規模な全面戦争をいきなり始めたのか」というのがある。ロシアが今のウクライナ戦争で達成したいことは、ウクライナの極右政府や軍が東部2州(ドンバス)のロシア系住民をいじめたり殺したりしていたのをやめさせることだ。開戦前、ロシアの政府や軍は、ドンバスを助けるために軍事的なことをほとんどしていなかった。ロシアの軍や諜報機関の要員たちが私服でロシアからドンバスに越境して露系民兵団の顧問をしていただけだ。露軍はドンバスに入っていなかったし、兵器の支援もしていなかった(民兵団はウクライナ軍からの転向者が持ってきた兵器で戦っていた)。次の段階として、露軍がドンバスを助けるなら、まず兵器を越境支援するとか、露軍がウクライナ全土でなくドンバスだけに侵攻するといった展開が予測された。私はその線に沿って開戦を予測する記事を開戦前の今年1-2月に書いた。 (ロシアは正義のためにウクライナに侵攻するかも) (ロシアがウクライナ東部2州を併合しそう) だが、2月24日に実際に露軍がウクライナに侵攻した時、露軍は電撃的にウクライナ全土の制空権を奪い取り、ドンバスだけでなくキエフに北部などにも地上軍を入れた。露政府が発表したウクライナ侵攻(特殊作戦)の目的は、ドンバス露系住民の保護だけでなく、それよりはるかに広範な、ウクライナ全体の非武装中立化と極右勢力排除(非ナチ化)だった。私は、ロシアが一足飛びにウクライナ全土を戦争の対象にしたので驚いた。露軍が東部ドンバスだけに侵攻しても米国側は猛烈な対露制裁をやるのだろうから、それならロシアとドンバスを安全にするために非武装中立化や非ナチ化、全土の制空権剥奪といった大きな目標を掲げたのでないかと考えたりした。 (ロシアは意外と負けてない) もし2月24日に露軍がウクライナ全土でなく東部ドンバスだけを侵攻対象にして、ドンバスの露系住民がそれまでの8年間に米国傘下のウクライナ極右政権からいかにひどいことをされてきたかを世界に向けて強調して説明していたら、ロシアは今のように米国側から猛烈に敵視されなかったかもしれない(単に米国側に無視されて極悪のレッテルを貼られて終わっていたかもしないが)。これまでドンバスの露系住民をひどい目に合わせてきた「犯人・黒幕」は米国だ。ロシアは被害者の側だった。米国が2014年にウクライナに諜報的に介入して親露政権を転覆して米傀儡の極右の反露政権を就任させた後、極右政府はドンバスなどの露系住民に前政権が与えていた自治を剥奪し、弾圧してドンバスで内戦を勃発させ、8年間で14000人の露系を殺した。米国はこの8年間、ウクライナを傀儡化してロシアの在外邦人である露系住民を殺し続ける「ロシアを怒らせる策略」を続けてきた。 (優勢なロシア、行き詰まる米欧、多極化する世界) ウクライナとロシアは別々の国だから、何の前提もなければロシアがウクライナに侵攻したら「戦争犯罪」になる。だが歴史的に見ると、ウクライナとロシアは1990年のソ連崩壊まで、ソ連という1つの国の中にあった。ソ連崩壊後も、ウクライナを含む旧ソ連各国にそれぞれ一定数のロシア人(露系住民)が住んでいる。露軍の重要なセバストポリ軍港があるクリミアが、ウクライナに属していたりする(ウクライナ系の権力者だったフルシチョフが1954年にクリミアの帰属を変更した)。ソ連崩壊後、ウクライナとロシアが別々の国であるには、ウクライナがロシア敵視にならず、国内の露系住民を大事にして、露軍がセバストポリ港を使うことを承認し続けることが必要だった。米国は、これを崩す目的で2014年にウクライナの政権転覆を扇動・実現して露敵視の極右政権を就かせ、露系住民の人権を剥奪し、セバストポリ港を露軍に使わせないと新政権に言わせた。米国はウクライナを傀儡化してロシアに宣戦布告したも同様だった。ロシアは正当防衛としてクリミアを分離独立させてロシアに併合した。露系住民の保護は後手になった。 (ウクライナ戦争で最も悪いのは米英) 歴史的な経緯をふまえると、ウクライナとロシアが別々の国であることは「事実の半分」でしかない。残りの半分は、この8年間のように米国がウクライナを傀儡化してロシア敵視をやらせた場合、ロシアが軍事的な報復をやることが「侵略戦争・人道犯罪」」でなく「正当防衛」である、ということだ。 しかし同時にいえるのは、ロシアが2月24日の開戦で東部ドンバスだけでなくウクライナ全土を軍事行動の対象にして、露系住民の保護だけでなくウクライナの非武装中立化や非ナチ化を軍事行動の目的にしてしまったため、上で述べた歴史的経緯を踏まえた正当防衛という見方が吹き飛んでしまい、ロシアが突然にウクライナを侵攻する戦争犯罪をおかした、という話だけが世界に流布することになった。「極悪なロシアを絶対に許すな」「プーチンを戦争犯罪者として裁かねばならない」「プーチン政権が潰れるまでロシアを徹底的に経済制裁せねばならない」という話になっている。この点でプーチンのロシアは大失敗した。・・・・・。そうなのか??。 (濡れ衣をかけられ続けるロシア) 常識的には、世の中から「善人」「正義」とみなされれば成功だし強い。「悪」とみなされれば失敗であり弱い。常識的にはそうだ。だがロシアの場合、突然「外国」であるウクライナに大々的に軍事侵攻して「悪」「極悪」のレッテルを貼られ、米国側から猛烈に経済制裁されたものの、経済制裁はロシアでなく米国側に石油ガス資源食料類の高騰と物不足・経済破綻をもたらす半面、ロシアはインド中国など非米諸国との結束を強めてむしろ経済的に強くなっている。軍事的にも、米国側がいくらウクライナを支援してもロシアの優勢はゆるがず、すでに露軍はドンバスやクリミア周辺を安定的に占領し、軍事作戦(侵攻)を成功させている。米国側が「極悪なプーチンのロシアを許すな」と叫んで厳しい対露経済制裁を続けるほど、米国側は経済的に自滅し、ロシアは非米諸国と結束して覇権の多極化を進めて成功していく。ウクライナでは露軍が支配地域をじわじわと広げて勝っていく。 (ノボロシア建国がウクライナでの露の目標?) プーチンがドンバスだけでなくウクライナ全土を対象にする派手な侵攻劇を展開し、米国側が激怒してロシアに極悪のレッテルを貼って極度に経済制裁するように仕向けたことが、ロシアの優勢と米国側の自滅につながっている。プーチンは、あえて派手な侵攻劇を展開して極悪者になることで、経済と軍事の両面でロシアを勝たせ、米国側を自滅させている。プーチンはもしかして、常識的には大失敗である派手な侵攻劇を意図的に展開し、米国側がロシアに極悪のレッテルを貼って自滅的な対露制裁をやるように仕向ける「偽悪戦略」を事前に考えたうえで実行し、成功しているのでないか。 (ウソだらけのウクライナ戦争) 露軍がウクライナ侵攻を成功裏に進めていることは、ウクライナ市民の死者数の少なさにも表れている。国連(OHCHR)が6月16日に発表したところによると、2月末の開戦以来の戦闘で4509人のウクライナの一般市民が死んだ。最近の記事で私は、ウクライナ市民の死者総数が5000人ぐらいでないかと書いたが、それよりさらに少ない。露軍は4か月の戦闘で4509人しかウクライナ市民を死なせていない。同時期に露軍は1万-2万人のウクライナ兵士を殺したことを最近の記事に書いた。露軍は開戦当初から、ウクライナの市民や街区や耕作地をできるだけ破壊せず、ウクライナの軍隊だけ破壊して非武装化と非ナチ化を効率的に進めると言っていたが、そのとおりにやっており、露軍の作戦は成功している。米軍はイラクで200万人(人口の1割)、アフガニスタンでも50万人以上を殺している。露軍が殺した数と桁が全然違う。殺した数から言うと、米国こそ戦争犯罪を重ねる極悪の国だ。 (Ukraine War Hits Grim Milestone As Civilian Deaths Surpass 10,000: UN 題名が間違い) (すでに負けているウクライナを永久に軍事支援したがる米国) プーチンは先日のサンクトペテルブルクの経済フォーラムで、非米諸大国のゆるやかな同盟体であるBRICSのうち、最近やる気がない南アフリカをのぞいた4か国(露中印伯)と、インドネシア・イラン・トルコ・メキシコという大きめの4か国を合わせた8か国を、新たなG8と名づけることを提唱した。日本など米国側の「旧G8」がロシアを敵視して追い出してG7に戻ったので、それへの復讐としてロシアが非米諸国を束ねて新G8を作った。米国側の旧G8はインフレと経済破綻で急速に衰退して時代遅れの存在になっており、これからは非米側の新G8の時代だ、というのがプーチンの言いたいことだ。 (US policies led to ‘new G8’ – Moscow) (Putin says Russia is building the new world order right now) こんな風にロシアはウクライナ開戦後、軍事的にも経済的にも予定通りに勝利・成功している。開戦時に派手な侵攻劇を展開する「大失敗」をやったことが、今後の経済面の「大成功」につながっている。派手な侵攻劇は「失敗」でなく意図的な「偽悪戦略」だったと考えられる。プーチンは米国側の親露政治家たちから「なぜあんな派手な侵攻劇をやって極悪のレッテルを貼られる大失敗をやってしまったのか。ロシアを擁護したくてもできないよ」と言われているらしく、最近「キエフなどウクライナ全土を軍事作戦の対象にする戦略は、私が命じたことでなく、軍の上層部の希望で進めたことだ」などと言い訳している。ロシアは重要なことを全部プーチンが決める。キエフへの派手な侵攻劇は、軍だけで決めて実行できるものでなく、プーチンが決めた策略である。プーチンは「大失敗しちゃったよ。ぽりぽり。でへへ」とニヤニヤしている。 (Putin: Era of Unipolar World Has Ended Despite Attempts To Preserve it at Any Cost) (米欧との経済対決に負けない中露) 近現代の人類の戦争では、オスマン帝国や日独からサダム・フセインまで、負ける側が戦争犯罪者として極悪のレッテルを貼られてきた。覇権を持つ英米はいつも正義で、いつも勝者だった。ベトナムやイラクやアフガンで米軍が極悪な戦争犯罪をやって敗退しても、マスコミ権威筋は米国に敗北や極悪のレッテルを貼らず、米国は無傷のまま次の戦争を展開してきた。日独の戦争犯罪は、戦時プロパガンダをそのまま「事実」にした誇張歪曲捏造だらけだが、今でも日独は極悪のレッテルを貼られたままだ。戦争犯罪は真偽と関係なく永遠の汚名だ。永遠の土下座。そのような常識からすると、プーチンの偽悪作戦はコペルニクス的転回だ。完全洗脳で軽信的な日独の人々(とくに知識人)には理解不能で想像もつかないだろう。 (権威筋や米国覇権のゾンビ化) 英米は、戦争をめぐる善悪関係を絶対的なものにしているので、米国側(英米傀儡)の人々は勧善懲悪の善悪観念に縛られ、プーチンのロシアを永久に極悪の戦犯とみなし、米国側を自滅させロシアを強化する極度の対露経済制裁をやめられない。欧州などはエネルギー資源不足になって窮乏しているが、対露制裁をやめるのでなく、制裁を続けるふりをして抜け穴を作って必要な資源類をこっそりロシアから輸入し続けている。米国側のネオコンや、その傀儡であるゼレンスキーとかが「もっとちゃんとロシアを制裁しなきゃダメだ」とネジを巻き直し続け、米国側の経済自滅を加速している。最近はリトアニアが、EUの対露制裁の一環として、ロシア本土から飛び地の領土であるカリーニングラードへの物資の輸送を止め始めており、それへの報復としてロシアが欧州へのガスなどの輸出をさらに減らし始めている。米国側、とくに欧州の経済自滅がこれからひどくなる。 (Germany accuses Putin of trying to sow 'chaos' by slashing Europe's gas supplies) (Oil Giants Warn Of Much Higher Prices For The Next 3-5 Years Amid Lack Of Supply) このように大成功している偽悪作戦は、プーチンや側近群らロシア人の発案なのか??。私の勘では、そうでなく、米国の諜報界のネオコンら隠れ多極派の発案だと思われる。多極派は、米国の覇権を自滅させて世界を多極化するために、ベトナムやイラク・アフガン戦争などで米国の政府や軍に稚拙で過激で残虐な殺戮を手がけさせて失敗させ、世界の人々が米国に愛想を尽かし、米国が自滅するとともに対米自立する国々が増えて覇権が多極化する流れを作ろうとした。だが実際は、親米だけでなく非米的な諸国まで、米国が覇権を保持していた方が便利だと考えて米国の残虐な戦争犯罪から目をそらし続け、善悪が歪曲された状態を容認し続けた。 (ポスト真実の覇権暗闘) 米国はいくら極悪な戦争犯罪を重ねても人類から見てみぬふりをされ、ネオコンの隠れ多極化策は失敗し続けてきた。米国は何をやっても悪にされず、対照的に、米国が敵視した諸国は濡れ衣もしくは針小棒大に極悪にされる。それならば、その善悪歪曲の構図を逆手にとって、ロシアがウクライナで見かけだけ派手な侵攻劇(実際の市民の死者は戦争として僅少)をやって戦争犯罪のレッテルを貼ってもらい、それをテコに米国側が自滅的な対露制裁をやって覇権を失って多極化するというシナリオはどうだろう、良いじゃん、やろうぜ、とネオコンとプーチンが意気投合し、実行してみたら大成功して今の事態になっているのでないか。 (米諜報界を乗っ取って覇権を自滅させて世界を多極化) プーチンの偽悪戦略は、中国など非米諸国を米国側と分離させて覇権の多極化を進めるための策でもある。世界が今のように米国側と非米側に分裂しておらず、米国覇権下の世界単一市場だった従来、世界各国は米国側と非米側のどちらに属すか二者択一で決める必要などなかった。だが今や中立は許されず、非米諸国はロシアと結束せざるを得ない。否応なく多極化が進む。 (中立が許されなくなる世界) (Russia Overtakes Saudi Arabia As China’s Top Oil Supplier) 今後の時代、ロシアや中国への敵視は、資源を入手できなくする馬鹿者の態度だ。日本では、右翼が対米従属の一環として昔からソ連ロシア敵視であり、彼らは米覇権崩壊とともに存在そのものが消えていきつつある(代わりにちゃんとした右派・保守派が出てくればいいのに、右の人々は米覇権衰退にも気づかずダメなままだ)。他方、左翼政党はかつて中露に寛容だったのに、最近になって中露敵視に転向しており、こちらも米英ネオコンのうっかり傀儡の馬鹿者になっている。諜報界肝いりの国際共産主義運動から発生したくせに、ちゃんと世界を見ていない。 (覇権の暗闘とイスラエル) プーチンの偽悪戦略について長々と説明したが、これは私が開戦直後から直感的に思って書いてきたことでもある。私の文章を読んで敏感に理解する読者にとっては同じことの繰り返しだろう。だが、教条的な日本の左翼さま・知識人たちとかジャーナリストさま方とか、自分の頭は柔軟だと思い込んで実は全くそうでない人々は、どのように説明しても理解してもらえず、だってプーチンは無実のウクライナに侵攻したでしょ、極悪でしょ、などと、うっかり傀儡的なことを言ってくるのだろう。新聞とかテレビとかが言っていることは最近まったく頓珍漢、というか最悪だ。最大の戦争犯罪者とは実のところ、戦争反対とか地球温暖化対策とかコロナワクチンを全員にとか、インフレ対策として利上げすべきだとか言っている、永久に軽信的な人々だと思う。
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