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トランプの米州主義と日本
2025年9月8日
田中 宇
トランプの米戦争省(国防総省)が、来年からの4年間の米国の軍事戦略を定めた「国家防衛戦略(NDS)」の素案に、中国やロシアの脅威など世界的な問題よりも、米国内や南北米州(西半球)の問題に対して優先的に取り組むことを盛り込んでいる。
トランプは、米国の戦略として単独覇権を放棄し、多極型の世界に対応する米州主義(英国系であるマスコミが孤立主義と批判してきたもの)に転換している。
(Pentagon plan prioritizes homeland over China threat)
米国(を牛耳ってきた英国系)はこれまで、敵を作って単独覇権体制を維持する策略として、中国やロシア、イランやアルカイダなどを世界的な脅威とみなし、それらとの対決を防衛戦略の中心に据えてきた。
実のところ中国やロシアやイランは、米国や世界にとって脅威でなく、仲良くしても問題ない相手だった(アルカイダに至っては、米諜報界が創設・支援していた)。
中露イランは、米国をほとんど敵視していない。だが、中露イランと仲良くしてしまうと、米覇権は敵がいなくなり、米国と同盟諸国の結束や、英国系がNATOなどを使って米国を牛耳る構図も不必要だとバレてしまう。
英国系が米国を牛耳り、米国が世界を支配する覇権体制を維持するため、中露などが米国の脅威とされ、NDSに盛り込まれていた。実のところ、米国自身にとって中露敵視は不必要だった。(日本にとっても。中国人の日本乗っ取りを招いているのは日本政府自身だ)
(US War Department To Shift Focus From China To 'Threats' In Latin America)
911以降、米諜報界に入り込んだ隠れ多極派やリクード系が、イラク戦争やウクライナ戦争など、米単独覇権主義の戦略を過激に稚拙にやって意図的に失敗し、米覇権体制と英国系の支配が崩壊し、中露などが台頭して世界が多極型に転換してきた。その流れの総集編として出てきたのが今の2期目のトランプだ。
トランプは、米覇権が崩壊して世界が多極化したのだから対応するしかないという姿勢で、年初の就任直後から、米国の戦略を、世界支配的な単独覇権主義から、南北米州だけを影響圏とする米州主義に転換している。
(トランプの米州主義)
地理的に北米大陸の一部だが、これまで政治的に欧州の一部であるデンマークの領土だったグリーンランドを、デンマークから分離独立させて米国の傘下に組み入れる策略とか、ゴリゴリの英国系(リベラル主義)であるカナダをトランプ系(保守主義)に転換させて米傘下に入れる策略などが、トランプ就任後に取り沙汰されてきた。
今回の、中露敵視をやめて米州主義に転換する防衛戦略(NDS)も、同じ流れの中にある。
(トランプの隠れ多極主義)
(トランプが作る新世界)
トランプは、世界覇権放棄と米州主義を盛り込んだNDSの素案をリークすると同時に、米州主義の発露として、中南米を荒々しいやり方で米国の傘下に引き戻す策略を開始している。
その一つは、ベネズエラから米国への麻薬運搬船を取り締まる名目で、トランプが、ベネズエラに対して戦争も辞さない艦砲外交を展開していることだ。
トランプはまだベネズエラと開戦していないが、今後、開戦して米軍がベネズエラの麻薬関連インフラを徹底破壊する可能性がある。
(Hegseth Doesn’t Rule Out Regime Change in Venezuela, Suggests More US Strikes on Boats Are Coming)
トランプは、反米左翼政権であるブラジルに対しても、高関税策などで敵視を強めているし、エクアドルへの敵視も進めている。
(Brazil Facing Tariff Wars, Economic Pressure From United States)
従来の米国の中南米戦略は長い支配が泥沼化して自滅的だったが、トランプはこれを短期の戦争策に転換し、政権転覆を含む中南米の傀儡化を進めようとしている。
この戦争策を遂行するのが、戦争省に改名される国防総省だ。トランプが国防総省を戦争省に改名したのは、米国が(英国系の利害に沿って)同盟諸国を守り続ける単独覇権主義に基づく「防衛」を担当する官庁から、米国内と南北米州を支配するための米州主義に基づく戦争を担当する官庁に衣替えする意図がある。
今回トランプがリークした防衛戦略(NDS)と、国防総省の改名は、米州主義に転換する戦略(単独覇権放棄)として一体のものだ。
(When The Pentagon Shifts Its Priorities Will U.S. Strategy Follow?)
米国は戦後、中南米を軍事的に支配しようとして泥沼化して失敗した長い歴史がある。今回のトランプも、国防総省を戦争省に替えて中南米と戦争して泥沼化して失敗するのでないか。そう思う人が多そうだ。
私は、そうならないと考えている。トランプ政権はリクード系との事実上の連立政権であり、トランプの戦争戦略の規範はイスラエルだ。
イスラエルは昨年来、近傍のレバノンやシリアを戦争や傀儡化によって政権転覆し、ライバルのイランをへこませ(いずれ転覆しそう)、トルコやUAEサウジやエジプトやヨルダンをこっそり傀儡化している(トルコのエルドアンは、表向きイスラエルを敵視する役回りしつつ、イスラエルの助けでコーカサス覇権を大幅に拡大した)。イスラエルは中東の覇権を握った観がある。
(イスラエルの覇権拡大)
イスラエルはガザ戦争で大量虐殺の人道犯罪を意図的にやっているが、これは戦後の人道主義とリベラル主義に基づく戦争の善悪観(英国系が、敵に極悪のレッテルを貼った上で戦争して勝ち、自分たちは常に善な勝者になる)を破壊する策略だ。
イスラエルは極悪なやり方で、やりたい放題に戦争して成功して覇権を拡大し、戦争に関して全く新しい地平を切りひらいている。
この私の見方は、人道犯罪の戦争を正当化・礼賛していると非難されるが、そうした非難自体が戦後の英国系の善悪観に立脚している。イスラエル(と米露)は、その善悪観を破壊して「善悪の彼岸」的な新たな世界構造を作っている。
トランプは今後、米覇権崩壊後の米国の影響圏である南北米州における戦争戦略としてイスラエル方式を踏襲する。イスラエルが成功しているように、トランプも成功する。
「そんなの許さないぞ」と言うリベラル派(うっかり英傀儡)が世界的に没落していく。
(英国系潰し策としてのガザ虐殺)
トランプは、これまで違法とされてきた(州兵でなく)連邦軍の国内派兵もやろうとしている。それはNDS素案に盛り込まれ、国防総省の改名の由来の一つもそこにある。
中南米の犯罪組織(カルテル)が移民群として米国に入り込み、麻薬取引やその他の犯罪をやっている。トランプは、カルテルをテロ組織に指定し、米軍がテロ退治として米国内でカルテルと戦争して潰す策を展開することで、合法性を維持しようとしている。
ワシントンDCやシカゴなど、米国内で違法移民らの犯罪が増えて治安が崩壊している地域の多くは民主党が強い。犯罪者に寛容な民主党のリベラルや左翼の政策で治安が悪化している。トランプは、これらの州に連邦軍や州兵を派遣してカルテルをテロ退治し、治安を改善していく。
すでに人気が落ちている民主党は、トランプの策に反対するので、ますます不人気になる。米国はトランプ系の政権が長期化し、二大政党制が崩れる。
(President Trump warns that Chicago is 'about to find out why it's called the Department of WAR' in incendiary Truth Social post)
トランプの覇権放棄と米州主義により、ユーラシアでは米国の影響力が下がり、中露印の覇権が強くなる。
最近の上海機構のサミットで中露印の首脳が中国の天津に集まり、世界が多極化したことを示した。米国側のマスコミはこれを過小評価し、世界の転換に気づかない。
(The old world order was buried in China. Here’s why it matters)
トランプは、10月末に韓国の慶州で予定されているAPECサミットの傍らで習近平と会うことを計画している。8月のプーチンとのアラスカ会談に続き、慶州で習近平と会い、トランプの米国は中露への敵視をやめていく。
トランプは、プーチンと会った後も、ロシア敵視の発言を時おり放つ目くらまし策を続けている。米国側ではマスコミ権威筋が多極化の事実を語らないので、米国側の人々は米覇権の消失や中露台頭の意味がわからないままの間抜け状態だ。
(Trump gearing up for meeting with Xi)
トランプの米国は、中露敵視をやめてしまい、同盟諸国を守ってくれていた英国系の国防総省も、南北米州のことしか気にしないイスラエル系の戦争省に変身していく。米国は、日本など、中国近傍やユーラシアから去っていく。
対米従属の一環として中露敵視を続けつつ、米国に守ってもらうことに全面依存してきた日本は、国家安保上の全面崩壊に瀕している。
日本政府が、在日米軍にずっといてほしいと頼むと、トランプは「良いけど、もっと防衛費を増額してカネを払え」と言う。日本が追加のカネを払っても在日米軍は手薄になっていき、払う意味がなくなっていく。
(米露対話と日本)
そもそも日本の防衛は、これまで中露朝への敵視と一体であり、日米が中露朝への敵視をやめたら、中露朝との緊張を緩和でき、防衛の体制や費用も大幅に軽減できる。
今まさに米国は、中露朝への敵視をやめてユーラシアから出ていく。日本は、追加の大金を払って米軍を日本に居続けてもらうより、対米従属の一環としてやってきた中露朝への敵視をやめて、不必要になる防衛を削る方が先だ。
(中国敵視を使って対米自立)
日本の権威筋は、まだそのことに気づいていないようだ。しかし、大きな転換点にさしかかっていることは感じている。だから昨日、石破首相が辞任を表明した。
これから顕在化していく転換に対応できる、新たな首相に替わる必要がある。石破は就任当初、もっといろいろやるかもと期待されたが、実際は日本の「いないふり戦略」の最終局面を担当するという、馬鹿にされてしんどいだけの冴えない役回りになった。
石破が無能だったのでなく、そういう時期だったのだ。次は誰が首相になって、日本と米国と世界をめぐる転換にどう対応するのか。権威筋や政府筋が世界の現状を分析できるかどうかが、まず心もとないのだが。
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