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トランプの米州主義

2025年1月8日   田中 宇

ドナルド・トランプが昨年末、グリーンランド、カナダ、パナマ運河について、米国領になるべきだという趣旨の発言をした。トランプは12月22日に駐デンマーク大使(Ken Howery)を指名した際、米国は安保強化などのためにグリーンランドをデンマークから買収すべきだと表明した。
トランプは、グリーンランドやパナマ運河を武力で併合することも否定せず、人々(関係者やリベラル派)を怒らせる策をやっている。デンマークもパナマもカナダも親米国であり、トランプは(覇権放棄屋・隠れ多極派として)同盟関係潰しをやっている。
Trump demands Denmark hands over Greenland
Trump won't rule out force to take Panama Canal, Greenland

その後、トランプは息子のジュニアや側近たちに、買収の下見さながらにトランプの専用機でグリーンランドを旅行させ、併合発言を冗談として受け流そうとした権威筋などに警告を発した。
Donald Trump Jr. and Trump Allies Arrive in Greenland Amid Trump’s Proposal to Purchase Island

トランプは2019年からグリーンランド買収を希望している。グリーンランドはカナダのさらに北、北米大陸の北東の端の北極圏にあり、欧州やロシアを睥睨する軍事・地政学的な要衝だ。
グリーンランドは地下資源が豊富と言われるが未開発で、産業が漁業ぐらいしかない。人口も6万人しかいない。政府の財政収入の大半がデンマーク政府からの補助金だ。この補助金を上回る金額を米国側がグリーンランドに流せば、現実論として、分離独立や米国編入もあり得る。法的には、グリーンランドはデンマークから独立する権利を持っている。
トランプの1期目に閣僚だったネオコンのジョン・ボルトンは「トランプはグリーンランドにカジノを作りたい(その税収をグリーンランド政府に流す)んだ」と言っている。なるほど。
Donald Trump May Want to Open ‘Casino’ in Greenland, John Bolton Claims

トランプは12月24日のクリスマスのメッセージの中で、カナダは米国に併合されて米国の51番目の州になった方が税金が安くなるし経済も発展するので良いぞ、どうだねトルドー州知事よ、みたいな表明をした。
リベラル派のトルドーは、経済政策が失敗続きで党内の批判が強まり、1月7日に辞意を表明した。カナダでは少し前までリベラルが席巻していたが、今では、かつて誹謗中傷しかされていなかった保守派の人気が高まっている。米国の保守派であるトランプのカナダ併合希望の発言は、トルドー辞任の直接の引き金ではないが、同じ流れの中にある。
Meet New Boss, Same as Old Boss? Who Might Emerge as Canada's Next Leader
Trudeau resigns as Canadian prime minister

トランプは同じクリスマスメッセージの中で、中国軍がパナマ運河の周辺に駐屯していると非難した。パナマ運河の東西の出入り口の港湾は中国(香港)の企業が管理を請け負っている(そこに中国軍がいるかどうかは不明)。
トランプは「米国が多くの犠牲を払ってパナマ運河を建設し、その後運河の権利をパナマ共和国に譲渡したのに、パナマは恩を仇で返すかのように米国の船からも法外な通行料を取っている。これは譲渡時の約束に違反しているので、米国は運河をパナマから取り戻すべきだ」という趣旨も述べている。
Trump threatens 'very high' tariffs on Denmark over Greenland

私から見ると、トランプのこれらの言動は「覇権放棄」と表裏一体の「米州主義」に沿っている。今後の米国は、世界覇権を喪失・放棄して、「北米」や「南北米州」を重視する米州主義になっていく。その始まりが、これらの発言だ。
グリーンランドは欧州(デンマークの自治領)でなく米州でなければならない。カナダは英国の傀儡(=リベラル主義)を離脱せねばならない。パナマ運河の運営を「他の極」である中国に任せてはならない。などなど。世界のことより、米州のことが重要だ。
Trump threatens to retake control of Panama Canal

従来の米国は全世界を支配していた。グリーンランドが米州なのか欧州なのかは、どうでも良かった。どっちにしても米国の支配下・NATO領域だった。
戦略的に重要なパナマ運河を中国が運営しても、中国が米覇権に楯突かずおとなしくしている限り問題なかった。米英は金融(債券システム)と軍事力が圧倒的に強いことが重要で、実体経済は金融の下請けだった。米国は、中国に下請けさせる認識で、パナマ運河の港湾運営をやらせていた。
米国は、英国と一緒に世界覇権を仕切っているので、カナダは英傀儡でかまわなかった。英国は米覇権(諜報界)の黒幕であり、米民主党など米国のエリートも英傀儡だった。
Trudeau Out: Canadian Prime Minister To Quit As Liberal Party Leader, To Stay On As PM Until Successor Is Chosen

だがしかし、リーマン危機やウクライナ開戦を経て、米覇権は大幅に縮小し、非米側が結束して世界の大半を握り始め、世界は多極化した。
米国側を支配する米諜報界では長らく英国系(単独覇権派)と多極派(ロックフェラーなど)が暗闘してきたが、911以来、多極派の要員(ネオコンとか)が英国系のふりをして単独覇権戦略を稚拙にやってわざと大失敗し、米覇権を自滅させて世界を多極化した。
共和党・子ブッシュ政権(2001-09年)のテロ戦争が失敗して自滅した米覇権の立て直しのために民主党のオバマが出てきた(2009-17)が、多極派に加担するイスラエルなどに妨害されて失敗した。

オバマの覇権立て直し策を逆流させるために出てきたのが、次の一回目のトランプ政権(2017-21)で、トランプは欧州やNATOに邪険にして、米覇権の中心である欧米同盟を破壊しようとした。
経済では米中分離策を推進し、冷戦後の米覇権の基盤の一つだったグローバリゼーション(世界経済の一体化)を破壊しようとした。トランプは多極派だった。
多極派のトランプは、英国系である米マスコミ権威筋に徹底敵視され、2020年の大統領選は米諜報界の英国系が民主党に郵送投票などを使った大規模な不正をやらせてトランプを落選させ、英国系の傀儡であるバイデンを政権につけた。
多極派が、子飼いのトランプを落とす選挙不正を黙認したのは、バイデンにウクライナ戦争をやらせて多極化(非米側の結束と米欧の自滅)を加速するためだったとも思える。トランプは4年間の下野の後、今年から政権に返り咲く。
Trump says he will change the name of the Gulf of Mexico

返り咲きの流れの中でトランプが放ったのが、今回のグリーンランドとカナダとパナマ運河の併合話だ(トランプはほかに、メキシコ湾をアメリカ湾に改名する提案なども放った)。北米は地理的に、グリーンランドからパナマ運河までだ。
グリーンランドを欧州から割譲させ、パナマ運河をパナマ共和国や中国から取り返す。カナダも米国の傘下に入れて「非英化」する。これらはトランプの北米帝国主義もしくは「米連邦の拡大」である。
Should Panama Be Afraid of Trump’s New Imperialism?

厳密には、トランプの策は帝国主義でない。帝国主義は、英仏独などの欧州列強が、中近東やアジアやアフリカを植民地にすることであり、欧州の諸大国が、欧州以外のアフリカ中近東アジアといった「他の極」を支配した話だ。
対照的にトランプの帝国策は、グリーンランドからパナマまでの北米を米国が支配強化する構想だ。トランプの今回の構想は、多極型の世界体制において許されている「自分の極の地域内を支配強化する」策だ。他の極を侵害していない。「家庭内暴力」というか「親父のゲンコツ・しつけ」というか、という話だ、
Donald Trump and the great Panama Canal tantrum

米国側のマスコミ権威筋は、トランプの表明を米州主義の発露として全くとらえていない。そのような分析は皆無だ。トランプは冗談または頓珍漢な不合理を言っているか、もしくは、自分より弱い国を併合しようとする理不尽な帝国主義だと批判している。
米国側のマスコミ権威筋は、米覇権の縮小自滅や覇権多極化を無視している。多極化と表裏一体の、トランプが米州主義に基づく言動を続けても(今のところ)全く無視されている。
これまでの米国は、英国の傀儡として単独覇権を運営していた。米国が覇権を放棄して「米州の極」に転換すると、米国を握っていた英国は振り落とされて「貧乏な沖の小島」に成り下がる。それはダメなので、英国系はトランプを嫌い、多極化や覇権放棄を徹底的に無視している。
'America First' meets Greenland, Taiwan, and the Panama Canal

多極派は、それを逆手にとり、諜報界傘下のマスコミ権威筋に、米覇権縮小や多極化の現実を無視させ、その一方で温暖化人為説やコロナの超愚策や覚醒運動など米側を自滅させるリベラル全体主義を急拡大させることで、米国側が多極化を阻止せず自滅・破綻していくように仕向けている。
米国側のほとんどの人々は、多極化・米覇権自滅に気づいていない(諜報界DSが気づかせてくれない)。だから、多極化の一環として、トランプが米州主義に基づいてグリーンランドやパナマ運河やカナダの併合を言い出していることの意味にも気づいていない。
頭のおかしなトランプ・・・。いやいや、頭がおかしいのはあんたたちの方だよ。
Trump lobs threats at Greenland, Panama and Canada – should we take him seriously?

トランプの米州主義は、まだ冗談めかした言動しか発せられておらず、私も曖昧な分析しかできていない。これからトランプが大統領になるといろいろ出てくると期待される。さらに分析していく。
Here’s why Trump’s talk of annexing Canada and Greenland should not be dismissed



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