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中南米を右傾化させる

2025年9月14日   田中 宇

9月10日、米トランプ政権のヘグセス戦争長官が、政権開始以来初めて中国側の国防相(董軍)と電話会談し、トランプ政権が中国との紛争を望んでおらず、米国が中共政権の転覆を画策することもないと表明した。
米国は前政権まで中国やロシアを敵視する傾向で、今年トランプ政権になってからも、ロシアと和解するが中国とは敵対を続ける感じが流布されてきた。だが、今回のヘグセスの表明は、米国が中国敵視もやめてしまう画期的な方向転換を示している。
Hegseth tells China in first call that US is not seeking conflict

これより前、トランプの戦争省は、来年から4年間の軍事戦略を定めた「国家防衛戦略(NDS)」の素案として、中露との対立を緩和・放棄するとともに、米国内や南北米州の問題に優先的に取り組む姿勢を打ち出した。今回のヘグセスの中国敵視放棄の表明は、NDS素案の方向性と一致している。
米国はこれまで、中露が敵だったので、中露を封じ込めて抑圧・政権転覆するために、日本(豪韓)や欧州との同盟関係を大事にしてきた。米国が中露敵視をやめると、日欧との同盟関係も不要になる。
トランプの隠れた目標が、米(英)単独覇権体制の解体と世界の多極化であることが透けて見える。日欧は国是の大転換を迫られている。
トランプの米州主義と日本

今回の米中国防相会談で中国側の董軍は、台湾独立を軍事支援するなと米国側にくぎを刺した。これにヘグセスがどう反応したか不明だが、中国と紛争しないという米国の新たな姿勢からすると、米国が台湾の独立を支援することもなくなると予測される。
北朝鮮はロシアと軍事協定を結び、金正恩が訪中して中露朝の結束が示されている。北は強い後ろ盾を得て強化され、米韓が北を軍事挑発するのは危険になっている。中露との対立を放棄するトランプの姿勢もあり、米韓と北の対立は下火になりそうだ。
米露対話と日本

台湾と北朝鮮という東アジアの2つの大きな国際紛争が、同時に沈静化・消失していく。トランプや、ウクライナ戦争を起こした勢力(いずれも隠れ多極派)の功績である。
米軍の極東駐留の必要性がなくなる。米国が台湾を見捨てて米中対立がなくなると、台湾近傍の尖閣諸島問題も米国抜きの日中の問題にり、尖閣騒動が起きる前の、鄧小平と日本側の「とりあえず対立を棚上げし、海域の日中共同開発を先に進める」というかつての合意体制に戻る。
米露が接近したので、日本は北方領土問題も、二島返還もしくはそれ以下で解決していかざるを得ない。
US not seeking confrontation with China - Pentagon

ここまでは記事の前振り。ここからが本題だ。トランプが進める米国の世界戦略の転換は、中露敵視の放棄と、米州主義という2面から成り立っている。トランプは国防総省を戦争省に改名したが、米国が中露と戦争しないのなら、戦争省の「戦争」は米州とくに中南米での戦争を意味する。
トランプはすでに、中南米のいくつもの国々と対立を激化したり、友好策をやめている。先日の記事に書いたベネズエラやエクアドルの他に、コロンビアに対しても、これまで麻薬取り締まり活動への支援金として米政府が出してきた支払いをやめる検討に入った。
Trump poised to decertify Colombia

ヘグセス戦争長官は、中国に対して軍事加圧しないと宣言したのと同日の9月10日、オスプレイに乗って、ベネズエラと戦争するためにカリブ海にいる米空母を訪問し「これは軍事訓練でなく、米国を守るための本物の戦争だ」と宣言した。
Hegseth Makes Dramatic Visit To US Carrier Off Venezuela, Tells Marines It's 'Not Training Exercise'

南北米州に対する今後のトランプの「戦争」戦略は、イスラエルが露骨な軍事力で中東の地域覇権国になっていくのと同質の「イスラエル方式」による影響圏・地域覇権の構築であるように見える。私は先日の記事でそういう趣旨を書いた。
トランプの米州主義と日本

これは、トランプとイスラエルの結束(というよりトランプがイスラエルによって据えられた傀儡に見えること)から考えた私の直観だったが、その後、この直観を裏づける話が出てきている。
イスラエルは、中南米のアルゼンチンやボリビア、チリなどで、地元のユダヤ系の勢力と結託し、親イスラエルな右派勢力を支援して政治台頭させ、昔からの左派との政争に勝たせようとしている。その結果、この10年ほど中南米各国で強かった左派が弱くなり、各地で右派の政権ができている。
この指摘は、親パレスチナ・イスラム主義で左派な英国系(諜報界の暗闘における反イスラエル派)のニュースサイトであるクレイドルが報じている。諜報界の英国系は、イスラエルのリクード系に負けつつも、残っている諜報力でイスラエルの動きを探知し、傘下の勢力に報じさせている。
The growing Israeli foothold in South America: Three new battlegrounds

クレイドルは、イスラエルが画策する中南米の「右傾化」の策略を悪いこととして批判的に描いている。(かつて客観報道と言っていたジャーナリズムは世界的に「あるべきだ論」になっている。善悪にこだわるあまり、イスラエルの戦略の意図を分析できなくなって無能化している。これは、隠れ多極派やリクード系の策略に乗せられた結果だろう)
この話をあるべきだ論でなく、イスラエル(や隠れ多極派)の戦略として見ると、トランプを擁立して米国を右傾化(MAGA化)して英国系(リベラルや左派)を無力化したように、トランプとイスラエルが協力して中南米を右傾化していき、南北米州・西半球を右派の巣窟にして、これまで英国系が作ってきた単独覇権体制から分離独立させる動きになる。
Israel is a ‘Terrorist State’: Seven times Bolivia and Morales took a stance for Palestine

アルゼンチンでは2023年に、ユダヤ系の実業家(Eduardo Elsztain)が支援献金した右派(リバタリアン)のハビエル・ミレイが大統領になり、イスラエルやトランプと親密にする政策をとっている。
ボリビアではかつてエボ・モラレスらの左派が強く、モラレスは2008年にイスラエルのパレスチナ弾圧を非難して国交断絶した。モラレスは2019年に(ユダヤ系が支援した?)右派系によるクーデターで失脚し、それ以来ボリビアは右派が巻き返して乱戦になった。10月に決選投票がある今年の大統領選挙は、すでに左派の敗北が確定している。
Bolivian minister seeks help from Israel to combat leftist "terrorism"

チリでも今年11月に大統領選挙があり、これまで政権にいた左派をしのいで右派が優勢になっている。現職の左派のボリック大統領はイスラエル敵視で親パレスチナだ(チリは中南米最大のパレスチナ系の人口)。アルゼンチンのミレイと親しい右派のカストが勝ったら親イスラエルに大転換する。
Chile cancels Israeli participation in Latin America’s largest aerospace fair

中南米は、スペインやポルトガルが、レコンキスタ(キリスト教の貴族とユダヤ商人が結託してイベリア半島からイスラム勢力を追い出した)で立国した後の世界への拡大(地理上の発見)で植民地にした。そのため中南米では、昔から政治経済に対するユダヤ系の影響力が大きい。
欧州の覇権国は、スペインからオランダ、英国へと移ったが、いずれもユダヤ商人たちのネットワーク(すなわち諜報力)と経済力に依存していた。英国は、ユダヤ商人たちの発案で産業革命を進め、軍事力と経済力が世界最強になり、覇権国となった。大英帝国は、コロンブス以来のユダヤ系の夢だった世界帝国の実現だった。
覇権の起源

フランス革命後、ナポレオン台頭などの混乱を経て英国が覇権を確立した後、世界は、それまでの封建国家がすたれ、人々を農奴から国民に変えて自ら喜んで納税や兵役をやるように仕向ける民主主義の大規模詐欺によって史上最強の国家形式になった「国民国家」が主流になった。
覇権国になった英国は、世界が植民地から独立して国民国家になることを了承したが、同時に、世界を英国と同じぐらいの大きさの無数の国家の集まりにすることで、世界中で産業革命が進んでも英国をしのぐ超大国が出てくることを防ごうとした。
英国は、フランスなど他の列強を誘って中南米やアフリカ、アジア、中国などを分割しようとした。中南米とアフリカとアジアは分割されたが、中国は、米国の横やりによって分割されなかった。
田中宇史観:世界帝国から多極化へ

中南米は19世紀初頭、スペインとポルトガルがナポレオンに征服されて国家崩壊している間に、次々と独立した。中南米各地のユダヤ商人たちは、意図的に別々な独立運動を支援することで、中南米のスペイン領を無数の諸国として独立させ、英国の世界分割に協力した。
英国の本質は、王室(アングロサクソン貴族群)とロスチャイルドなどユダヤ商人たちのアングロユダヤ連合国であり、ユダヤ商人を大事にしたので世界分割に協力し、英国は諜報力も強くなった。
ポルトガルは、王族(副王)がブラジルにいて、本国がナポレオンに取られた時、ブラジルに政府(王室)を移して維持したため分割されず、そのまま巨大な独立国になった。中南米でブラジルだけが巨大なのは、この経緯があるからだ。
覇権の起源:ユダヤ・ネットワーク

英国の世界覇権が始まる時、ユダヤ人は英国に協力して中南米(など世界)を分割した。英国(が牛耳る戦後の米国)の世界覇権が終わる今回、ユダヤ人(リクード系)は、英国系のリベラルや左派と対抗する右派を強化・連携させることで、分割された中南米(など世界?)を右方向で再結束させようとしている。
UN recognizes State of Palestine without Hamas – Ukraine votes ‘yes’, US and Israel vote ‘no’
米州大陸の独自性

国連総会では、ガザ戦争で巨大な人道犯罪を続けるイスラエルを非難し、パレスチナ国家を支持する決議が採択されている。ユダヤ人の国イスラエルは、極悪であり、世界的に孤立している。ざまあみろ・・・。
そうなのか??。イスラエルが(意図的に)極悪なのは確かだが、孤立については意外とそうでもない。それは、今回書いた中南米を見ればわかる。
中南米では、トランプとイスラエルの策略によって、親イスラエルな右派勢力が強くなって政権を取っていく流れがある。
Israel must not treat Africa as a peripheral market, but as a strategic asset

イスラエルは、アフリカでも親密な諸国を増やそうと画策している。中東でも、公式に親イスラエルなUAEから、敵を演じることで隠然とイスラエルに協力して見返りにコーカサス覇権をイスラエルからもらったトルコまで、本質的に親イスラエル(というより、恐怖心から反イスラエルを避ける)諸国が多い。
国連など国際社会では今後、意外とイスラエルが孤立していないことがしだいに露呈していく。
世界を敵に回すイスラエルの策
コーカサスをトルコに与える

世界は、中共が主導する左派諸国(もともとの非米側)と、トランプやイスラエルが主導する右派諸国(新たな非米の右側)、すたれていく英国系の諸国(以前の米国側)という三つ巴の状態になる。
トランプやイスラエルは、米国側(英国系)と非米側という今までの二項対立に割って入る殴り込みをかけている。
19世紀以来アングロユダヤ連合が世界を支配してきたが、今はトランプユダヤ連合が席巻し始めている。
Argentina’s Javier Milei launches group to boost Israel-Latin America ties
中南米を良くするトランプ

これからの多極型世界は、NATO的な硬直的な敵対構造を好まず、敵対を潜在的な共存に変えていく現実主義が強くなる。中国と印度の関係が象徴的だ。
イスラエルは、それを把握した上で、意図的に極悪な人道犯罪をこれ見よがしにやっている。非米諸国の盟主である習近平の中国は、パレスチナを支持してイスラエルを批判しつつ、イスラエルの横暴に困窮している。
英国系潰し策としてのガザ虐殺

イスラエルは米国を傘下に入れ、英国系が持っていた諜報界を居抜きで乗っ取っており、諜報力=軍事力がとても強い。中共は、そんなイスラエルと対立したくない。イスラエルが過激にやるほど、習近平は困らされ、現実主義に動く。
トランプやイスラエルと親しく、中共とも親しい両属的なロシアは、この新事態によって最も得をしている。プーチンは相変わらず含み笑いしている。ゼレンスキーはいずれモスクワに行く。
ウソの敵対を演じる米露
Putin Invited Zelensky To Moscow, Who Responds "I Can't Go To The Capital Of This Terrorist"



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