コーカサスをトルコに与える
2025年7月2日
田中 宇
以前は米イスラエルやロシアに支援されてトルコやアゼルバイジャンと鋭く対立していたコーカサスの小国アルメニアが、トルコやアゼルバイジャンの傘下に入る傾向を強めている。
アルメニアは、古代にシリアやエルサレムまでを支配した大帝国の残存勢力で、冷戦終結までソ連の一部だった。その後も、最近までロシアに守ってもらっていた。
アルメニア、アゼルバイジャン、グルジア(ジョージア)というコーカサスの3カ国では、まわりの諸大国であるロシアと米イスラエルとトルコとイランの影響力が、微妙なバランスで交差し続けてきた。
アルメニアは、同じくソ連から分離独立した隣国アゼルバイジャンとナゴルノカラバフの領土紛争で激しく戦ってきた。米イスラエルが「テロ戦争」の一環としてイスラム教徒のアゼルバイジャンを(過激化させたい)敵とみなし、アルメニアに肩入れした。
アルメニアは、イスラエル(と米国のシオニスト・リクード系)から西岸入植地を拡大した手法を伝授され、ナゴルノカラバフの占領地を拡大し、アゼリ側を退却させていた。アルメニア人はユダヤ人と並ぶ離散民族で、米国で政治的につながっている。
トルコは、トルコ系の民族であるアゼルバイジャンに肩入れしてきた。米イスラエルは、テロ戦争の一環でイスラム教徒のトルコを凹ませよう(トルコ人を怒らせて過激化させてテロリストに仕立てよう)と、第一次大戦でオスマントルコがアルメニア人を虐殺した話を「ホロコースト」のコピペみたいな感じで持ち出(誇張)してトルコに人道犯罪のレッテルを貼り、アルメニアがトルコを非難し続ける構図を作った。
米国で、ユダヤ系のネオコン(好戦派)や入植者勢力が、アルメニア系の活動家を指導してトルコ叩きさせていた。
(コーカサスで和平が進む意味)
トルコはNATOだが、ネオコン(からトランプへ)の系列はNATOを自滅させたい(隠れ多極派)。ネオコンとトランプは表向き敵同士だが、いずれもリクード系の勢力であり、実は似ている。ネオコンはテロ戦争の勢力、トランプはその次のバージョンの勢力だ。
イスラエルのアルメニア支援は2022年から大転換した。イスラエルは、自国のエネルギー不足を解消するため石油ガス産出国のアゼルバイジャンに肩入れし始めた。
イスラエルは、アルメニアを加圧してナゴルノカラバフから撤退させ、ナゴルノカラバフは一転してアゼルバイジャンのものになった。アゼルバイジャンは大喜びしており、多分ほとんど無償でイスラエルに石油ガスを送っている。
(ナゴルノカラバフ紛争の終わり)
2023年秋からのガザ戦争で、トルコのエルドアン大統領はイスラエル非難の急先鋒になり、トルコとイスラエルの関係が悪化したが、それは表向きだけだった。
イスラエルの言いなりなアルメニアのパシニャン首相は、おそらくイスラエルに加圧されてトルコとの和解に動き続けた。パシニャンは6月末にもトルコを訪問している。
同時にパシニャンは、国内に駐留しているロシア軍に撤退を求めたり、ロシアと旧ソ連諸国の集団安保体制CSTOから離脱する姿勢を見せた。
全体的に見て、アルメニアのパシニャンを動かしているイスラエルは、アゼルバイジャンからの石油ガスを輸入するためにアルメニアをアゼルバイジャンに譲歩させただけでなく、アルメニアをロシアの傘下から引っこ抜いてトルコの傘下に移している。
(アルメニアを捨てアゼルバイジャンと組んだイスラエル)
パシニャンは、米欧に接近するためロシアと安保関係を疎遠にする(米露対立の中で露側から米側に転向する)策のように見せかけているが、米国はトランプになって反露から親露に転じたし、フランスなど欧州は言葉だけで、アルメニアの安保の面倒を見る余力がない。
おかしいなと思っていたら、パシニャン(イスラエル)の真の意図は、コーカサス(アルメニアとアゼルバイジャン)を、ロシアからトルコの傘下に移すことだった。
(The Outcome Of Armenia’s Latest Round Of Unrest Will Be Pivotal For The Region’s Future)
アルメニアのキリスト教会などの(反トルコ・親欧米・親露)勢力は、パシニャンのトルコ訪問後、アルメニアがキリスト教のロシアから離れてイスラム教のトルコと組むことに反対し始めた。
パシニャン政権(ポピュリスト)は、教会幹部(旧エスタブ・カラバフ占領支持勢力)を弾圧し、政権転覆運動の拡大を防ごうとしている。
アゼルバイジャンの当局も、国内で活動しているロシアのメディアの記者を次々と拘束し、ロシアとの関係悪化を演出している。
(Russian MFA voices protest to Azerbaijani envoy in view of Baku's unfriendly actions)
アルメニアとアゼルバイジャンはロシアから離れようとしているが、ロシア自身は、それを止めようとしていない。プーチン政権は、アルメニアの反政府派を支持せず、アルメニアの内政に干渉しないと宣言して距離をおいている。
まるで、今起きている展開を前から知っていたかのようだ。イスラエルは、プーチンに話をつけたうえでアルメニアを露傘下から引き剥がしてトルコ傘下に入れている感じだ。
(Conflict between government and church in Armenia stirred by same forces as in Ukraine)
私の分析が正しいとして、なぜイスラエル(リクード系、隠れ多極派)は、アルメニアとアゼルバイジャンを、ロシアの傘下からトルコの傘下に移したいのか。なぜロシアはそれを容認するのか。
トルコは、シリアやレバノンやクルド地域など、かつてのオスマン帝国の版図に影響圏を拡大したい。だが、それらはイスラエルが影響圏として狙っている地域でもある。
イラク戦争からシリア内戦にかけて(2003-2011年)、これらの地域はイランの傘下に入っていた。イスラエルは昨年来、トランプの返り咲きを利用して、レバノンのヒズボラとシリアのアサドというイラン系の勢力を次々と潰し、シリアやレバノンを自国の傘下に入れた。
シリアやレバノンを狙っていたトルコは、イスラエルに先を越された。イスラエルの選択肢としては、負け組のトルコを放置し、歯向かってきたらイランみたいに潰す、というかエルドアン政権を転覆すれば良いとも言える。
だが、もっと巧妙なやり方として、コーカサスをロシアから引き剥がしてトルコに与え、それを代償としてトルコを満足させる策がある。イスラエルがやったのはそれだった。
(米に乗せられたグルジアの惨敗)
これだとロシアが怒りそうだ。しかし、実際はそれもない。イスラエル(米諜報界のリクード系)は、ウクライナ戦争を誘発し、ロシアを優勢にして、欧州を自滅させた。世界は多極化・非米化し、ロシアの国際地位は大幅に上がった。
ロシアが得たものは大きい。その見返りに、イスラエルが自国の影響圏拡大のため、玉突き的に、ロシアの影響圏だったコーカサスの南部をトルコに与えることは全く許容範囲だ。
コーカサスでもグルジアは、露敵視策の影響でロシアの傘下から米欧の傘下に移っていたが、ウクライナ戦争の長期化とともにロシアの傘下に戻った。これもリクード系の采配かもしれない。
(覇権の暗闘とイスラエル)
ロシアは最近、コーカサスだけでなくシリアも、イスラエルのせいで影響力を喪失した。2011年、米国のオバマが911以来米国に取り憑いているリクード系を追い出そうとしたのに対し、リクード系はアラブの春やシリア内戦を起こして報復した。困ったオバマはロシアに助けを求め、ロシアは空軍をシリアに派遣して制空権をとった。
それ以来、昨年末まで、シリアはロシア(とイラン)の影響圏だった。だが昨年、イスラエルが傀儡化したHTS(アルカイダ)にシリアを政権転覆させた時、ロシアはシリアの制空権をあっさりイスラエルに明け渡した。
(Netanyahu says victory opens path to expand Abraham Accords)
それがなければ、イスラエルはシリアを空爆できず、HTSは政権を取れなかった。プーチンは、コーカサスだけでなくシリアでも、イスラエルの言いなりになって影響圏を手放した。
イスラエル(米諜報界リクード系)の黒幕的な国際政治力は、それだけ強いということだ。リクード系は、ウクライナ戦争の構図を作ってロシアを大幅に強化した。その返礼として、プーチンはシリアやコーカサスでイスラエルの戦略に協力している。
(‘New Middle East’: This is Netanyahu’s Real Goal in the Region)
歴史を振り返ると、イスラエルの祖先である宮廷ユダヤ人は、英諜報界として、近代の始まりにイタリアやドイツの近代国家の枠組みを作った。フランス革命や産業革命、大英帝国の黒幕も彼らだ。ロシア帝国やシベリア鉄道、ロシア革命の裏にも彼らがいた。中南米やアフリカに無数の国家を作ったのも彼ら(の中の英国系)だ。
彼らは、国家機構を作ったり壊したりする専門家だ。彼らが作る流れの最新版が、中東やコーカサスで起きている。
(覇権の起源 ユダヤ・ネットワーク)
「ユダヤが世界を動かしている」と言うと、陰謀論とか妄想とか大間違いと非難され、世の中の主流派から外される。私自身、ずっと前に世の中から外されたままだ。
彼らは、自分たちの黒幕的な動きが露呈するのを防ぐため、指摘する者たちに妄想屋のレッテルが貼られて外される仕組みを作っている。
(ホロコーストをめぐる戦い)
天下無敵の彼らだが、頓珍漢や下手糞な点もある。世界各地の政権転覆では、巧妙な黒幕として、姿を見せず手も汚さずに動いているのに、自国内のパレスチナでは、露骨で超下手くそな大量虐殺の人道犯罪を大っぴらにやっている(やらされている?)。
トルコやロシアには代償を与えたりしてうまく取引するのに、イランとだけはガチな戦争を何度もやらねばならない関係に陥っている。
(米国の中東覇権を継承するイスラエル)
これらの差異や矛盾が起きる理由は、ユダヤ人(米英イスラエル諜報界)の業界内に、いま優勢な隠れ多極派のリクード系と、劣勢になった英国系(米英覇権派)がいて暗闘しているからかもしれない。暗闘と関係ない、意図的な策(英国系の覇権戦略だった人道主義を壊す策とか)かもしれないが。
(諜報界の世界支配を終わらせる)
イスラエル内は、建国以来ずっと唯一の強い勢力だった旧労働党系が英国系で、あとから殴り込みをかけてきたリクード系に押されて下野させられた。英国系はまだ諜報界のあちこちに潜んでおり、リクード系のふりをして間違った情報や作戦案を注入し続けている。
だが同様に、英国や西欧の戦略を決めるエリート層やダボス会議などにも、英国系のふりをしたリクード系(多極派)が入り込み、温暖化人為説や過激な露敵視によって欧米が自滅するように仕掛け、大成功している。
(覇権の暗闘とイスラエル)
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