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米国の中東覇権を継承するイスラエル
2025年4月20日
田中 宇
イスラエルが、シリアのヨルダン国境沿いの帯状の地域を間接支配して、自国からイラク北部のクルド人地域までつなぐ「ダビデ回廊」を作る構想を進めている。イスラエルが米国から中東の覇権を継承し、クルド人をテコ入れしてイランやイラク(シーア派)やトルコに対抗させる策だ。
(David’s Corridor: Israel's shadow project to redraw the Levant)
イスラエルは旧約聖書で「(チグリス・ユーフラテス川からナイル川までの)2つの川にはさまれた地域」を神様からさずかったことになっている(イスラエル国旗の上下にある水色の帯は2つの川を示す)。クルド地域はチグリス・ユーフラテス流域だ。
イスラエルは、すでにナイル流域のエジプトを傀儡化しており、ナイル上流のスーダンの内戦にも介入している。イスラエルは、2つの川にはさまれた地域を支配しつつある。
(イスラエルの拡大)
イスラエルは昨年末、シリア内戦に負けてトルコ国境沿いで蟄居していたアルカイダ系の反政府勢力HTS(レバント解放機構)をテコ入れ・傀儡化して決起させ、2週間で電撃的にアサド政権を倒させた。
HTSがシリアの政権を取ると同時に、イスラエル軍がシリア南部に侵攻し、ずっと占領している。シリア南部は、イスラエルと親しいドルーズ派が多数派だ。
(Partition of Syria, the 'David Corridor'… What’s Really at Stake?)
イスラエル軍が地元のドルーズ民兵団を訓練し、準備が整ったらシリア北部のクルド地域に向けてヨルダン国境沿いを進軍させて道路を作り、回廊を構築する計画でないかと推測される。
ドルーズは、シーア派イスラム教から派生した非公開な一神密教で、スンニ(正統派イスラム教)から敵視・異端視されている。それだけに、政治的にイスラエルと親和性がある。ドルーズの母語はアラビア語で、シリア南部(62万人)、レバノン山間部(25万人)、イスラエル北部(12万人)などに分散している。
(Druze - Wikipedia)
ドルーズが住むシリア南部から、クルド人が住むシリア北部に向かう600キロほどの回廊の中間あたりには、ヨルダン国境の交通の要衝、アルタンフの米軍基地がある。
米国(とイスラエル)は2011年にシリア内戦を誘発し、ヨルダンからアルタンフを経由してシリア内部の反政府勢力(ISアルカイダ、クルド)に兵器などを補給していた。
(イランやロシアがアサドの政府軍をテコ入れし、反政府組織は敗退してトルコ国境沿いや、イラク寄りの砂漠に押しやられていた。昨秋からイスラエルが反政府軍の一部HTSを支援して電撃的にアサドを倒して大逆転した)
(Rare Firefight Erupts Between Israeli Troops & Jolani Militants In Syria's South)
今回トランプの米国は中東から出ていく方向で、シリアに駐留する米軍を2000人から1000人に半減させている(アルタンフの他に、シリア東部の油田を占領)。
イスラエルは現在、シリア南部のドルーズだけでなく、シリア東部のクルド人や、イラクとの国境地帯の砂漠に逃げているISカイダの残党にも支援を入れ、準備が整ったら一斉に決起させて、イスラエルとクルドをつなぐダビデ回廊を創設する計画だと推測(邪推)される。
(US Begins Withdrawing Troops From Key Base Near Syria's Largest Gas Field)
トランプは、自分を敵視していた米諜報界から黒幕の英国系を排除して傘下に入れた。トランプは昨秋の当選後、英国系との戦いに協力してくれるイスラエルに惜しみなく諜報を与え、それまで英国系に抑止されていたイスラエルは急に強くなってヒズボラやアサドを次々と潰した。
そして今回、イスラエルは中東覇権の拡大策として、シリアを通ってイラクのクルド地域まで行けるダビデ回廊を作り、クルドを強化し、その周りにいるイラン、イラク(シーア派)、トルコに睨みを効かせられるようにする。
(シリア新政権はイスラエルの傀儡)
トランプは兵力を出さず、代わりに諜報力を提供する。イスラエルは自国軍を使わず(もしかすると表にすら出ず黒幕に徹して)、代わりにドルーズとクルドという中東の少数派の軍事力を強化して働かせる。ドルーズもクルドも、これまでスンニやシーアやトルコから受けてきた圧力を跳ね返せるので喜んでイスラエルに協力する。
この策が成功すれば、覇権放棄屋のトランプは計画通りに中東覇権をイスラエルに譲渡し、中東に「パックス・ユダヤ(Pax Judaica。イスラエル覇権)」の安定を作り、米国を中東から引き抜く。
イスラエルは、この策のためにHTSを支援してアサドを転覆したのだと考えられる。HTSはイスラエルのダビデ回廊作りを黙認する。
(イスラエルの拡大)
「殺戮者であるイスラエルの支配が安定するはずない」と、イスラム主義者やリベラル・左翼(米欧日で、両者は重複している。中東問題では左翼=無神論でない)は言う。だが実際には、関係諸国の権力者たちの多くが、イスラエルの中東支配拡大を黙認している。
イスラエルが、ガザ戦争で巨大な人道犯罪を大っぴらに展開した理由は、米国からイスラエルへの中東覇権の移譲に際して、旧覇権勢力である英国系(リベラル・グローバリスト。DS)を排除するためだろう。
(How Israel hunts and executes Palestinian medics)
米単独覇権の黒幕である英国系は、自分らの枠外で覇権拡大を試みるあらゆる勢力に擦り寄り、協力するふりをして内情を探って覇権策を潰す。
イスラエルは今回、人権重視のリベラル覇権(実は偽善)を運営する英国系から擦り寄られないように、ガザ戦争を巨大な人道犯罪として挙行しつつ、同時並行してヒズボラやアサドを潰し、イランをへこませ、トランプにアブラハム協定を進めてもらってサウジアラビアなどアラブ諸国と和解している。
(The Abraham Peace Corridor: A strategic path to Middle East stability, cooperation)
イスラエルは、パパブッシュに1990年の湾岸戦争をやらせてイラクのサダムフセイン政権をへこませた後、イラク北部のクルド人をテコ入れして分離独立を煽っていた。クルド人はもともと英国系の傀儡をさせられており、イスラエルの横入り(中東覇権拡大)を許さない米諜報界の英国系が、フセイン政権に情報を流してクルド自治区への侵攻を誘発し、イスラエルを大きく後退させた経緯がある。
(独立しそうでしないイラクのクルド)
サウジなどGCCは、イスラエル傀儡であるHTSのシリア新政権がアサドから継承した世銀などに対する負債を肩代わりする。サウジは、反イスラエルをやめたレバノン新政権に対しても、資金供給などの支援を始めている。
サウジは表向き「パレスチナ国家が稼働しない限りイスラエルと和解しない」と言いつつ、裏ではしっかりイスラエルの中東覇権拡大に協力している。サウジが望むのは中東の安定だ。
英国系は、中東を永久に不安定にして分割して傀儡化し続けることで、米単独覇権を維持してきた。MbSが、英国系(オバマ系)よりイスラエル(トランプ)の方がましだと考えても不思議でない。
(Gulf benefactor may settle some of Syria’s foreign debt)
もともとパレスチナ問題は、英国系が、諜報面のライバルであるイスラエルが大国になるのを防ぐための分割策である。英国系の(うっかり)傀儡になっている諸勢力は、その点に(意図的に)気づいていない。
ガザ戦争の巨大な人道犯罪を犯しているのに、世界各国はイスラエルの諜報力を恐れて制裁せず、口で非難する程度だ。英国系と対峙するハンガリーのような右派政権の国は、これみよがしにネタニヤフを国賓として歓迎している。
ガザ戦争は、ICC(国際刑事裁判所)など英国系のリベラル覇権体制を破壊しつつ、パレスチナ問題という、英国系がイスラエルに強要したくびきを抹消していく。
(Orban’s Fiercely Pro-Israeli Policies Put Many Alt-Media Folks In A Dilemma)
エルドアン大統領のトルコは、国内最大の少数派であるクルド人(PKK)を敵視している。イスラエルがダビデ回廊を作ってクルドをテコ入れするのは、トルコにとって大きな脅威なはず。だが、エルドアンはイスラエルの覇権拡大を黙認している。
シリア新政権のHTSは、昨年秋まで内戦の負け組としてシリアのトルコ国境近くのイドリブに押し込められ、トルコ諜報界が面倒を見ていた。
イスラエルは、HTSを支援してアサドを転覆する前に、世話役のトルコに話を通したはずだ。トルコは、イスラエルがシリアを傀儡化してクルドと再接続する流れを、止めずに黙認した。なぜなのか。
(こっそりイスラエルを助けるアラブやトルコ)
これも、そもそもなぜエルドアンがクルド人を敵視するのかを考えると、見えてくるものがある。エルドアンは、それまでトルコの政権を握っていた世俗リベラル派(ケマリスト)を破って政権につき、イスラム主義を使ってオスマン帝国(中東覇権)の復興を目論んでいる。
トルコは、第一次大戦でオスマン帝国が英国に敗れて中東を分割支配され、縮小したトルコはイスラム敵視・反封建のケマリストが親英的な近代国家として再生した(だからケマリストは、封建的な江戸幕府を倒して親英で強い近代国家を作った日本の長州明治政府が好き)。
(中露の仲間入りするトルコ)
2000年に親英的なケマリストを倒して政権をとったエルドアンは、トルコを中東の覇権国にしたがった。英国系(米欧マスコミ権威筋)は、それに妨害するため「クルド人の人権」を問題にしてトルコを非難した。
もともと第一次大戦後、クルド人に国家を作らせてやると扇動しつつ4分割し、その後で4か国(トルコ、イラク、イラン、シリア)がクルド人の政治活動を弾圧していると言って人道主義をふりかざして4か国をへこませたのは英国(系)だ。人道主義は、善悪問題に見せかけた政治である(気づかず乗せられている欧米日の人道主義者は間抜け)。
(Harvard sanctions pro-Palestinian group after anti-Israel protest)
エルドアンらトルコの右派にとって、これまでの英(米)覇権下のクルド問題は、自分たちを潰そうとする英国系の謀略だった。しかし今、英国系の覇権が潰れ、トランプから中東覇権を移譲されたイスラエルが、シリアを奪取してクルド地域に再接続しようとしている。
ガザ戦争で英覇権の人道主義を潰すイスラエルは現実主義であり、トルコのクルド人弾圧を非難しないだろう。だがイスラエルは、クルド人を支援してトルコなど4カ国から領土を奪って建国させていくかもしれない。そうなると、トルコにとってイスラエルは英国以上の脅威だ。
(Israel and Turkiye in Syria: No clash, just a division of spoils)
しかし、イスラエルがトルコを削ってクルドに建国させて、何の得があるのか??。トルコがイスラエルを敵視するなら、イスラエルにとってトルコは弱体化すべき脅威になる。だが、トルコがイスラエルの中東覇権を容認するなら、イスラエルはクルドの建国よりトルコとの友好を優先する。
米国がイスラエルに中東覇権を移譲するのは避けられそうもない。ならば、トルコとしてはイスラエルを敵視せず、口だけ非難して友好関係を隠然と維持して恩を売った方が良い。エルドアンは、そう考えて、ガザ開戦後もイスラエルとの貿易を続けている。
(Will Turkey’s mortal ‘enemy within’ lay down arms after a century of conflict?)
イスラエルとトルコは最近、今後のシリアにおける利権を調整する動きをした。トルコがHTS(イスラエル傀儡)のシリア支配を認める代わりに、シリア国内のいくつかの軍事拠点を維持する。
イスラエルとトルコが関係を維持すると、イスラエル傘下のクルド人とトルコとの境界設定も行われ、クルドとトルコの対立が低下し、事態が安定していく。
(Turkiye and Israel Clash Over 'David's Corridor' Plan)
トルコだけでなく、イランとイスラエルの敵対も、同様の線で収まっていく。イスラエルの盟友であるトランプは最近、イランの核問題を解決(低濃度のウラン濃縮を容認)して和解していこうとしている。
トランプがイランに甘いのでイスラエルが怒っていると喧伝されている。だが、これはネタニヤフの演技だろう。米イスラエル間の齟齬を、ネタニヤフ自らがリークしている。
(Who leaked Israel’s attack plans against Iran’s nuke program and why?)
イスラエルがイラクのクルド地域と再接続し、イスラエルの影響圏がイランと隣接することをイランが黙認するなら、イスラエルはイランを許す(冷たい和平を維持する)はずだ。イラクまで来ているイスラエル(傘下のクルド)軍は、すぐにイランを攻撃できる。イランの反撃力は弱い。イスラエルの優勢が恒久化する。
トランプ陣営内の和平派と好戦派の対立も喧伝されているが、これもトランプの強さを隠すための演技だろう。
(JD Vance Vs. The NeoCon Boomer Hawks On Iran Policy)
トランプとイランの交渉には、ロシアもイランをなだめる役として協力している。トランプ就任後、米露はウクライナ和平を議論するふりをして、米国からイスラエルへの中東覇権移譲について、サウジ王室の同席も得つつ、リヤドで延々と協議した。すでに話はついている。予定通り、ウクライナは停戦していない。
(トランプとプーチンで中東を良くする)
ロシアは戦後、英国系に延々と敵視され続けてきた。それだけにプーチンは、トランプが英国系を潰し、中東覇権をイスラエルに移譲することに賛成だ。米国が中東覇権を持ち続けていると、いつの間にか英国系が復活して米覇権を再び乗っ取る。レーガンもクリントンもオバマも、それで失敗した。
イスラエルは、中東の地域覇権国になる。世界覇権ではない。イスラエルは、ロシアや中国や米国と対等だ。世界は多極化する(もうしている)。ロシアにとって、こっちの方がずっと良い。
(ロシアの中東覇権を好むイスラエル)
(中国は経済面で、従来の単独覇権なグローバル市場の方が確実に儲けられた。今後の多極型世界が本当に経済発展するのか不透明でリスクがあり、中共は消極的な部分がある。だからトランプは、高関税策で従来の世界市場をぶち壊し、中共を多極化支援の方に押しやっている)
(高関税策で米覇権を壊す)
プーチンは、イスラエルがHTSにシリアを乗っ取らせた時、アサドをモスクワ亡命にいざなって政権転換を円滑化し、イスラエルに恩を売った。
プーチンは、イランとの軍事協定を強化し、イスラエルがイラクのクルド地域まで進出してくることに対するイランの懸念を緩和してやった。これらは、トランプやイスラエルを喜ばせている。
イランに対しては、サウジも外相がイランに行ってなだめている。英国系と傀儡以外、誰もイスラエルの中東覇権拡大に反対していない。
(人道犯罪を許すのか!! って??。許さないぞ、許さないぞ、許さないぞ+¥n。シュプレヒコール+ !!!+ ¥n )
(Gulf-backed genocide: How Arab monarchies fuel Israel's war machine)
中東で唯一、軍事的に反イスラエルを続けているのはイエメンのフーシ派だ。しかし、ここも今後転覆があり得る。
イエメンでは、ずっとフーシ派に負けていた親サウジのハディ(前)大統領系の組織(PLC)が最近、ハディから政権を移譲され、米国に支持されて再決起してフーシ派と戦う姿勢を見せ始めている。
これはひょっとすると、シリアで昨年末にHTSが再決起してアサドを倒したのと似た流れになりうる。イスラエルがHTS方式をイエメンでも展開し、サウジに返礼しているのかもしれない。
(US Mulls Ground War In Yemen Via Mercenaries, Pro-Saudi Factions)
今回の件の発見で私は、冷戦後の世界の歴史を、英国系とイスラエル(と多極派)の暗闘として再考する必要があるかもしれないと感じている。オスロ合意の詐欺性とか、911事件の謎解きや、事前に失敗が決まっていたイラク侵攻の意味とか。これから考える。
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