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こっそりイスラエルを助けるアラブやトルコ
2024年9月20日
田中 宇
9月17日、レバノンやシリアで、主にシーア派民兵団・政党のヒズボラの要員たちが使っていたポケベルの中にイスラエルが仕掛けた爆弾が一斉に爆発し、3千人が負傷した。
ヒズボラは今年2月(や、それ以前から)、スマホはイスラエル諜報に通信傍受されうるのでポケベルを使って連絡を取れと、要員たちに言っていた。イスラエルは、レバノンのポケベル流通網に入り込み、小型爆弾を内蔵したポケベルを流通させた。
(Israel Created Shell Company to Produce Explosive Pagers Shipped to Lebanon)
ポケベルは、特定の文字列を受信すると爆発する仕掛けだった。イスラエル政府は、近くヒズボラに対して大規模な攻撃を仕掛ける予定で、それに先立って一斉爆発を挙行した。
ポケベルは、ヒズボラだけでなく病院関係者などにも使われており、差別テロだと非難された。イスラエルは、また一つ人道犯罪をやらかした。
翌日にはヒズボラが連絡用に使っていたトランシーバーが一斉に爆発した。ヒズボラは、今さらながらに、レバノンが輸入する電気製品の一斉検査に乗り出した。
爆発したポケベルは台湾製(Gold Apollo)で、レバノン向けの輸出はハンガリー企業(BACコンサルティング)が請け負っており、この企業がイスラエル諜報界の一部だった。ネットに出ているBACの経営者の経歴からMI6の関与を疑う声もあるが、経営者の存在自体が不確定だ。
(Israel's Pager Attack - A Sophisticated One-Times Shot With Little Effect)
イスラエルは、敵国レバノンの通信機器の流通網に入り込み、爆弾入りのポケベルを敵の兵士たちに持たせていた。イスラエルは米欧でも、通信業界や引っ越し業界などにも入り込み、傍受や盗聴のやり放題で、この情報収集力を使って米国の政界などを恫喝(もしはくは逆にコンサルタント受注)して牛耳ってきた。
イスラエルの諜報力は強烈だ。だが、今回のレバノンでの攻撃は何が目的だったのか、という点になると、急に話がショボくなる。
(Israel's War Cabinet Greenlights Offensive War Against Hezbollah, Sends Elite Brigade North)
ネタニヤフ首相は、ヒズボラと全面戦争したい。だが、政府内や軍内には、すでにガザと西岸で戦争しているのに、追加でヒズボラと本格戦争することへの反対が強い。ネタニヤフは、反対派のガラント国防相を更迭するぞと脅しつつ、ヒズボラとの全面戦争に入ろうとしている(ガラント更迭話は前にもあった。口だけ)。
(Israel's Threat To Wage War On Hizbullah Is Getting More Serious)
この流れの中で、ネタニヤフが「イスラエルはすでにヒズボラとの全面戦争に入っており、後戻りできないのだ」ということを示すために、ポケベルやトランシーバーを一斉に爆発させた、という説が出ている。イスラエル国内の反対を黙らせるために、レバノンの流通網に入り込む手の込んだ長期作戦の末のポケベル爆発を挙行したというわけだ。
(Netanyahu Set To Fire Defense Chief As Israel Mulls War In Lebanon)
そもそも、ネタニヤフはなぜヒズボラと全面戦争したいのか。ガザや西岸での戦争は、パレスチナ抹消の民族浄化であり、米欧での受けが悪いが、イランの配下にあるヒズボラとの戦争は、米欧が敵視するイランとの戦いなので、イスラエルが人道犯罪を繰り返しても米欧に支持され、兵器の供給や軍事費の支給を継続してもらえる。
ネタニヤフはヒズボラとの戦争を、パレスチナ抹消のための目くらましとして拡大している。
(Israel Inserted Elite Commandos Into Syria, Blew Up Secret Missile Base, Reports Say)
(目くらましでヒズボラと戦争するイスラエル)
イスラエル軍の特殊部隊は、シリアに潜入して、イラン系のミサイル基地を破壊する作戦も手掛けている。イスラエルは、戦争と人道犯罪をどんどん拡大している。
アラブもイランもトルコも、残虐な戦争犯罪を激化するイスラエルを敵視している。欧米でも、イスラエルを制裁しろという声が強まっている。イスラエルは、戦争を拡大して大丈夫なのか。近いうちに、武器不足や戦闘での敗北、経済制裁などによって負けて国家崩壊していくのでないか。そんな懸念がある。
親パレスチナなオルトメディアは「いずれ潰れるイスラエル」みたいな記事を、ざまみろ口調で出し続けている。
(‘Hamas has never been stronger’: Israel is stuck in a war it can’t win)
ところが、オルトメディア群を少し読み込んでいくと、親パレな人々にとって不都合な事実も出てくる。それは、アラブもトルコも、表向きのイスラエル非難・敵視とうらはらに、イスラエルとの貿易を続け、イスラエルを経済制裁していないことだ。
(Egypt Saw Gas Trade With Israel Soar In 2023, As Economy Falters)
まず、アラブ諸国の中でイスラエルと国交を結んでいるUAE、バーレーン、ヨルダン、エジプト、モロッコは、イスラエルとの貿易関係を続けており、今年のイスラエルとの貿易額が昨年より増えた国が多い。
バーレーンからイスラエルへの輸出は今年、7月までの既発表分が前年同期比12倍(1161.8%増)だった。UAEからの輸入は14%増えた。エジプトからの輸入は16%増、エジプトへの輸出は130%増えた。2.3倍だ。
(Axis of Normalization: The Arabs and Turks who sustain Israel’s wartime economy)
アラブ諸国の中で、ちゃんとイスラエルと戦っているのはイエメンだけだ。イエメンを統治するフーシ派は、ガザ戦争開始直後から、イエメン沖の紅海を航行するイスラエル系や親イスラエル諸国の貨物船やタンカーを無人機で攻撃する軍事行動を続けている。この結果、イスラエルは紅海経由の貿易ができなくなっている。
(米国側諸国の船はこの1年、紅海やスエズ運河を通れず、喜望峰周りを強いられている。紅海やスエズは中露など非米側の専用航路になっている。世界経済非米化の流れの一つだ)
イスラエルは、紅海経由で輸入できなくなった物資を、ペルシャ湾のバーレーンやUAEに運んでもらい、そこからサウジアラビア・ヨルダン経由で陸路で輸入している。
イスラエルに直接輸出することできない物資も、バーレーンやUAE、エジプト経由でイスラエルに輸出されている。そのため、これらのアラブ諸国とイスラエルの貿易が増えている。
これらのアラブ諸国の議会や政府は、人道犯罪を繰り返すイスラエルを何度も非難し、経済制裁すると宣言しているが、それらは口だけだ。
イスラエルの製品を輸入したくない国は、世界に多い。だが、イスラエルの製品が隣国エジプトに持ち込まれ、エジプト製品として世界に輸出されたものは、買うのに抵抗がない。だから、イスラエルからエジプトへの輸出が増えている。
イスラエルは、敵国レバノンの敵軍ヒズボラが使うポケベルやトランシーバーの流通システムに入り込んで爆弾を仕込めるぐらいの流通専門家集団だ。イスラエルの人々(ユダヤ人)は、ベニスの商人やコロンブスやもっと昔から、世界貿易のシステムを構築して運営してきた。
世界最強・最古の流通専門家集団にとって、経済制裁の迂回や、爆弾内蔵製品の流通はお手のものだ。イスラエルが対策を打つ前に、アラブ諸国などの方で経済制裁を控えてくれている。
(Erdogan’s Proposed Islamic Alliance Against Israel Is Pure Demagoguery)
エルドアン大統領のトルコも、イスラエルを猛烈に非難している。エルドアンは最近、イスラム諸国会議(OIC)の枠組みを使い、イスラエルを制裁するイスラム諸国連合を作ろうと呼びかけている。だがトルコ企業は、親イスラエルなギリシャなどを経由してイスラエルと貿易し続けている。ギリシャはトルコと仲が悪いが、国交や貿易の関係はある。
(Turkey's Erdogan Calls for Summit of Muslim Country Leaders on Gaza War)
(The Turkiye–Israel trade boom: Talk is cheap, but money talks)
イスラエルは、セメントや鉄鋼など建設資材をトルコからの輸入に頼ってきた。プラスチックやゴム製品、繊維製品もトルコからの輸入が多い。イスラエルは石油も、アゼルバイジャンからトルコ経由で輸入している。
昨秋のガザ開戦後しばらくは、エルドアンがイスラエルを非難するが、トルコ企業はイスラエルと貿易し続ける事態が続いた。この状況に、内外の世論がトルコ政府を非難するようになり、トルコ政府は4月からイスラエル制裁を開始した。だがそれも、第三国を経由する抜け穴が多く放置されたままだ。
エルドアンのイスラエル非難は、国内とイスラム世界における人気取り策の範疇から出ていない。
(Turkey's trade boycott of Israel: 'more theatre,' less substance)
イスラエルは、こうしたアラブやトルコの抜け穴放置・不制裁のおかげで、5正面の戦争を展開し、思い切り人道犯罪をやっても負けずに続けられている。
イスラエルの目的は、ガザと西岸のパレスチナ人をすべてエジプトとヨルダンに追い出す「パレスチナ抹消」だ。パレスチナ人を恐怖のどん底に落とし、殺されないようにするにはガザや西岸から出ていくしかないと思わせるために、イスラエルは意図的に残虐な人道犯罪を露骨に執拗に続けている。
(Netanyahu's map erasing occupied West Bank sparks widespread condemnation)
(イスラエル5正面戦争の意図)
表向きガザ戦争の目的は、人質を奪還してハマスを潰すことだ。だがネタニヤフは、ハマスを潰し切らず、人質奪還交渉を頓挫させて延々と戦争を続けている。
イスラエルでは、ネタニヤフを非難する反政府デモに10万-50万人が集まったとされる。イスラエルのユダヤ人口700万人からすると、すごい数だ。
だが同時に、イスラエル国民の69%が、人道犯罪を重ねるネタニヤフのガザ戦争のやり方を支持している。ネタニヤフへの支持率は上がる傾向にある。
(Zionism on the Brink: The Gaza War Beyond Netanyahu)
(Netanyahu's Popularity Surges Despite Large Protests In Tel Aviv: Poll)
オスロ合意でパレスチナ国家の創設が決まった1990年代は、アラブ人(パレスチナ人)やイスラム教徒と和解するのが良いと考えるイスラエル人が多かったが、2001年以降のテロ戦争で、アラブやイラン系の武装したイスラム主義者がイスラエルと戦う場面が増え、パレスチナ抹消を支持するイスラエル人が増えた。
オスロ合意を結んだ労働党は全く支持を失った。パレスチナ抹消のために人道犯罪が必要なら、それも戦法だという話になっている。
サウジアラビアの権力者MbS皇太子は最近「パレスチナ国家ができるまでイスラエルと国交正常化しない」と表明した。MbSは前から同じことを言ってきたが、以前は同時に「イスラエルとの国交正常化が近づいている」とも言っていた。
パレスチナ人に最小限の国家を与え、イスラエルとサウジが国交正常化するのが、サウジとイスラエルと米国(トランプ、バイデン)の3カ国の合意シナリオだった。
(MBS: No Saudi-Israel normalization until Palestinians get a state)
だが、米英覇権の低下消失傾向を見たイスラエルは、米英がイスラエルに課してきたパレスチナ国家の創設義務も履行不要になったとみなし、昨秋からガザ戦争を開始し、パレスチナ抹消策にとりかかった。
3カ国の合意シナリオは壊れた。パレスチナ抹消に何年かかるかわからないが、それが完了するころには、米英の中東覇権も消失している。代わって中露BRICSが中東など世界のことを決めるようになる。
その時代、サウジの権力者はまだMbSだろう。パレスチナが抹消されて久しいので、パレスチナ国家の話をせず、現実的に中東の安定を考える必要がある、と言って中露が仲裁に動き、MbSもそれに乗って、サウジ(アラブやイスラム世界)とイスラエルが和解する話が始まる。長期的に、そんなシナリオになるのでないか。
(戦争の今後)
MbSは「オレが(イスラエルを打ち破って)パレスチナ国家を創設してやる」とは言っていない。そんなことは、エルドアンもハメネイも言っていない。米政界はイスラエルの傀儡だ。誰もイスラエルを打ち破れない。パレスチナは抹消される。
MbSは「米覇権下でパレスチナ国家ができたらイスラエルと国交正常化する」と言ってきた。米覇権が終わり、中露が仲裁するようになると、MbSは中露が出してくる現実的な仲裁条件に従う。
アラブもトルコもイランも、イスラエルを経済制裁・攻撃して潰してパレスチナ国家の創設に協力しようとはしていない。中東諸国はみんな、イスラエルがパレスチナを抹消するのを傍観している。中露も同様だ。イスラエルへの非難は口だけだ。なぜか。
私が見るところ、それは、中東諸国や中露が現実主義であり、イスラエルと戦争して中東を長期に混乱させるより、イスラエルのパレスチナ抹消を傍観した方が、その後の中東を安定させやすいからだ。
パレスチナ問題はもともと建国後のイスラエルの台頭を阻止するために英国が用意した中東分割策であり、中東諸国や中露が全力で支持介入すべき問題でない。アラブは当初パレスチナ分割案を拒否していた。
(Israel, China seek new accommodation as fissures grow over Gaza war)
私はガザ開戦当初、ハマス(ムスリム同胞団)がエジプトとヨルダンの政権を奪取するのでないかと考えていたが、それは起きていない。
トルコのエルドアン政権の与党AKPは本質的にムスリム同胞団であり、ハマスや同胞団によるエジプト再転覆を支持支援しているはずだが、最近のエルドアンは、同胞団を潰してできたエジプトのシシ軍事政権と接近し、相互の首脳訪問をやっている。エルドアンが、エジプトのハマス化をあきらめてシシと仲良くすることにしたと感じられる。
(Erdogan Calls For Greater Islamic Alliance To Combat Israeli 'Expansionism')
(ガザ虐殺からエジプト転覆へ)
ヨルダンでは9月10日の議会選挙でハマス(ムスリム同胞団)の政党IAFが躍進した。だが、王政は民意の取り込みに全力を注いでおり、王政のハマスへの譲歩が、そのまま王政の弱体化や政権転覆になるわけでない。
エジプトとヨルダンは、ハマス政権にならなくても、ガザや西岸から追い出されたパレスチナ人を受け入れている。イスラエルのパレスチナ抹消は、エジプトとヨルダンのハマス化が必須でない(そのうち起きる可能性は十分あるが。とくに米覇権衰退後)。
(Jordan’s elections: Islamism, nationalism, and tribalism converge)
中東諸国は、イスラエル敵視をバネに結束している。アラブ連盟は7月にヒズボラ敵視(テロ組織指定)を解除した。すでに述べたように、エルドアンとシシも和解した。
これらは、中東諸国が結束してイスラエルを倒すことにつながるのでなく、米覇権消失後の非米・多極化された中東で、それまで(英米の策略に乗せられて)対立していた諸国が和解し、中東が安定していくことにつながる。
この和解安定には、パレスチナを抹消した後のイスラエルも含まれていく。エルドアンもMbSもハメネイも馬鹿ではない。
(Arab League Suddenly Revokes Hezbollah's Terrorist Designation)
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