コーカサスで和平が進む意味2022年3月23日 田中 宇ロシアの南にあるトルコの周辺(コーカサス)で、これまで米英が扇動してきた国際紛争があちこちで和解に向かっている。トルコとアルメニア、トルコとギリシャ、アルメニアとアゼルバイジャン(ナゴルノカラバフ戦争)という3つの対立構造が、それぞれ3月に入って和解に向けた外相会談や首脳会談を行っている。3つの国家間対立はいずれも米英が、トルコやロシアを弱体化させておくために煽ってきた紛争だ。米英の覇権が強い限り、3つの紛争も続く構造になっていた。今回、3つの紛争の当事国たちが相次いで和解交渉を進めている。これは、これまでトルコやロシアを弱体化してきた米英が、逆に影響力を喪失していることの現れだ。ロシアのウクライナ戦争も、2014年以降ウクライナを支配していた米英が力を喪失していく中で、ロシアがウクライナを影響圏として奪還する動きとして起きている。 1つ目の紛争のトルコとアルメニアは3月12日、13年ぶりに外相会談を行い、国交正常化に向けて話し合いを加速した。両国間の話し合いは昨年12月から行われており、近いうちに正式な和解と国交正常化が達成されそうだ。トルコとアルメニアの対立は、冷戦後に非米的な新興国として力をつけていきそうなトルコを悪者にして弱めるため、ソ連崩壊で独立国になったアルメニア(元から反トルコ的)を米英がたきつけて歴史的な「アルメニア人虐殺問題」を国際的に大きな問題に仕立てて誇張・扇動したものだ。ホロコーストでドイツを政治攻撃してきたイスラエル系の勢力が、その扇動手法をアルメニアに伝授してトルコ攻撃に使わせてきた。後述するナゴルノカラバフ紛争も、両国の対立を深めてきた。 (Turkey, Armenia hold ‘constructive’ talks on mending ties) トルコで2000年から政権を握っているエルドアン大統領は、それまで親欧米が国是だったトルコを、非米的な中東の地域覇権国にすることを目指し、その一環として近隣諸国との関係改善を試み、アルメニアもその中に入っていた。これに対してEUや米国は、トルコの非米的な国際台頭を妨害する目的で、アルメニア人虐殺問題を使ってトルコに極悪のレッテルを貼って攻撃する傾向を強めた。これらの妨害により、トルコとアルメニアの和解はなかなか進まなかった。 (Armenia–Turkey relations - Wikipedia) しかし昨年12月、降って湧いたように両国間の和解に向けた話し合いが再開された。米国やEU、ロシア、アゼルバイジャンなど、両国に関係するすべての勢力が、新たな和解交渉に賛同し、妨害もなく話し合いが進んでいる。なぜ急に話し合いが進んでいるのか、納得のいく解説文を見ていないが、最近EUはトルコとの関係改善を望んでいる。米国覇権の低下と多極化を受けて、対米従属の欧州は米国とともに弱体化し、欧米が、トルコを中東の地域大国の一つと認めざるを得なくなり、トルコに対する嫌がらせをやめたことが、トルコとアルメニアの和解の背景にあるようだ。 ('Turkey, EU should use recent positive momentum for better ties') 降って湧いたように和解が進んでいる2つ目の紛争、トルコとギリシャに関しては、3月13日にギリシャの首相がトルコを訪問してエルドアンと首脳会談している。トルコとギリシャは、1970年代から対立を深め(NATOはそれ以前に作られたので両国とも加盟)、キプロスなどでずっと対立し、近年は地中海の海底ガス田の利権争いや、トルコがシリアやアフガンの難民をギリシャに越境させてEUの難民問題を悪化させる動きなども加わった。しかし両国は昨年、5年ぶりに和解に向けた対話を再開し、このほど首脳会談にまでこぎつけた。 (Greek, Turkish leaders to meet in Istanbul) トルコとギリシャの紛争は、英国が1970年代にインド洋アジア方面(スエズ以東)から撤退し、東地中海が英国の国際影響圏として大きな意味を持つようになった際に、英国が東地中海のキプロス島を軍事諜報の拠点として永久駐留するために、キプロス島などで共存していたトルコ人とギリシャ人の対立を扇動して起こしたものだ。もともと現代のギリシャ共和国は、19世紀にオスマントルコ帝国の弱体化を加速させるため、大英帝国がトルコ帝国傘下のギリシャ人をたきつけて民族自決の分離独立運動を起こして建国させた。ウクライナやポーランドがロシアに対する「噛みつき役」の英米傀儡国だったのと同様に、ギリシャはトルコに対する噛みつき役として英米から支援されてきた。 (East of Suez - Wikipedia) 3つ目のナゴルノカラバフ戦争に関しては、アルメニアがアゼルバイジャンに対して和解を持ちかけ、アゼルバイジャンが呼応して5か条の和平案を出してきた。それを受けてアルメニアが3月14日、以前から仲裁役だった米欧ロシアで構成するOSCEミンスクグループに、アゼルバイジャンとの和平交渉の仲裁を依頼した。アルメニアは、アゼルバイジャンとの間の和解交渉と、トルコとの間の和解交渉を、ひと組のものとして考えている。後ろ盾だった米国の影響力が低下し、アルメニアは優勢を失い、アゼルバイジャンやトルコと和解せざるを得なくなっている。 (Yerevan turns to OSCE Minsk Group to negotiate peace deal with Baku) アルメニアとアゼルバイジャンのナゴルノカラバフ戦争は、米英がソ連崩壊後、旧ソ連地域を内戦状態にして弱体化させてロシアの蘇生を妨害するとともに、周辺のトルコやイランの台頭も邪魔するするために、ソ連から独立直後のアルメニアをけしかけてナゴルノカラバフ地域を、同じくソ連から独立直後のアゼルバイジャンから奪って自国領にするように仕向けて起こした戦争だ。トルコは同じトルコ系民族のアゼルバイジャンを支援してきたが、米国はアルメニアを支援してきた。 (文明の衝突を再利用するトルコのエルドアン) アルメニア、アゼルバイジャン、トルコはロシアの南のコーカサスにある。今回のウクライナ戦争でロシア敵視を極端に強めた米国が、ロシア敵視策の一環として、これらの国を米国の側に引き寄せてロシア敵視を強めさせるといったシナリオも机上の空論としては可能だ。しかし現実は全くそうでない。 今回のウクライナ戦争は、米国の覇権低下が昨年後半から加速したのを受けて、ロシアが影響圏を蘇生するために起こした。ロシアは、米英に無茶苦茶にされていたウクライナを、武力も使いながら、主に政治謀略によって安定させつつある。ウクライナだけでなくコーカサスでも連動して昨年後半から、米覇権低下を受けた紛争終結の動きが進んでいる。米国がロシア敵視の掛け声を強めても、コーカサスは呼応しない。ロシア敵視が強かったグルジア(ジョージア)でさえ、ウクライナ戦争に際して沈黙している。世界は、米国のロシア敵視に呼応しない。欧日が呼応しているのは、対米従属だから仕方なくやっているだけだ。ロシア敵視をガンガンやっているのはマスコミやネット大企業など、国家でなく米諜報界の傀儡であるプロパガンダのネットワークだけだ。 欧州がコーカサスの和平に積極的になったのは、ロシアから天然ガスを買えなくなるので、替わりにアゼルバイジャンの天然ガスをアルメニア、トルコを通って欧州に運ぶパイプラインを新設するためだ、という考え方もできる。だが、天然ガスパイプラインの実現には何年もかかる。その前に欧州は極度のガス欠になる。間に合わない。それに今後トルコは欧米の言うことをますます聞かなくなる。すべてを石油ガス利権で説明するには無理がある。 (No magic tap for Europe to replace Russian gas via Turkey) 米国(米英)はコーカサス地域(など発展途上国の多く)で冷戦後、ずっと地域紛争を扇動するばかりで、コーカサスの前向きな経済発展にほとんど寄与してこなかった。中国の一帯一路の方がインフラ整備などを手がけてくれる。中国はインフラ整備した国々を借金漬けにして乗っ取ってしまうと、米欧が批判している。だがコーカサス諸国は、戦争や対立の扇動ばかりやってきた米国よりも、借金漬けになってもインフラ整備してくれる中国の方がましだと考えている。 アルメニアは、コーカサスで最も親露的な国だ(北隣りのグルジアはロシア敵視)。米国はアルメニアの紛争を扇動して一時は勝たせてくれていたが、今はそれも終わって米国は去りつつある。対照的にロシアは、アルメニアやコーカサスの安定や経済発展を常に最重視してきた。もともとコーカサスはソ連の国内であり、ソ連を継承したロシアにとってもコーカサスは準国内だから、安定と経済発展を再重視して当然だ。ロシア敵視の米国は、コーカサスがロシアの準国内だから紛争を扇動してきた。 これから米覇権がさらに低下していき、米国(米英)が扇動してきたコーカサスなど世界各地の紛争が、和平交渉の再開などによって下火になっていく。紛争があった地域は、中露など非米側の一員になり、中国主導の一帯一路など、非米側の経済発展事業によって発展していく。これが多極化のシナリオであり、米中枢にもこのシナリオを望んできた人々(隠れ多極主義者)がいる。彼らは米中枢にいながら、同じ米中枢にいて世界中の非米地域の紛争を扇動する英国系の勢力(軍産複合体)に、いつもしてやられてきた。今回ようやく、彼らの間(多極vs軍産)の形勢が逆転している観がある。 今回はこの後、イスラエルの諜報機関モサドがイラクのクルド地域に作った軍事訓練施設をイランがミサイル攻撃して破壊した話を紹介し、米国の覇権が中東でも低下しているので、イランがイスラエルの施設を空爆するまでになっていることを書こうと思っていた。それから米国の反対を押し切ってサウジがUAEに、シリアのアサド大統領の訪問を歓迎する動きをやらせたこととか。しかし長くなるので、それはあらためて書く。それらのすべてに共通している背景は、米国覇権の衰退だ。ウクライナ戦争の本質も「ロシアの悪行」でなく「米国の覇権低下とロシアなど非米諸国の台頭」である。ペルーでのフジモリの釈放も、今回書いた流れと関係してるかもしれない。 (IRGC to strike Israeli bases again if Iraqi Kurdistan does not remove them: Spokesman)
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