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ナゴルノカラバフ紛争の終わり

2023年10月1日   田中 宇

ロシアとトルコにはさまれたコーカサス地域で、アルメニアとアゼルバイジャン(アゼリ)の領土紛争であるナゴルノカラバフ紛争が、25年ぶりに終わった。
9月19日にアゼリ軍がカラバフに侵攻し、カラバフを占領していたアルメニア人勢力(アルツァフ共和国政府)はロシアの仲裁で敗北を認め、9月28日にはアルツァフ政府が解散を決めた。
この紛争は、ソ連が崩壊してアルメニアとアゼリが独立国になった当初から、アゼリ領だがアルメニア人が多いナゴルノカラバフ地方を、アルメニアが占領して起きた。
アルメニア人は欧米露など世界に離散した民族(ディアスポラ)で、アルメニア本国には全体の3分の1(約300万人)しか住んでいない。隣国アゼリから領土を奪い、在外アルメニア人が本国に移住できるよう国土を拡張する武力闘争が、アルメニアにとってのカラバフ紛争の動機だった。
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もともとカラバフにはアゼリ人なども住んでいたが、アルメニアは他の民族を追い出す民族浄化を進め、カラバフの人口の95%をアルメニア人にした。アルメニアは、カラバフ周辺のアゼリ領土も奪っていった。
カラバフ紛争を積極的に推進したのは米国のアルメニア人(アルメニア系米国人)の組織で、彼らは似たような離散民族であるユダヤ人から策略や諜報の技能をもらい(見返りに米諜報界に入り込まれつつ)資金や武器や民族活動家をカラバフに送り込み、イスラエルがヨルダン川西岸からパレスチナ人を追い出したのと同じやり方でカラバフと周辺地域を占領・民族浄化していった。
カラバフのアルメニア人は、資力と諜報力を持つ在米離散勢力と結託し、アルメニア本土の政治を牛耳って過激化した。米諜報界(軍産複合体)は、ロシア周辺の地域を永久に不安定化しておきたいので、カラバフ紛争の恒久化は好都合だった。
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カラバフ紛争の恒久化は米国の露敵視策の一つだったが、同時に、在米アルメニア人勢力は、オスマントルコ帝国によるアルメニア人虐殺の話を誇張して、トルコに対する敵視策も展開していた。アゼリ人はトルコ系民族で、トルコはアゼリを支援してきた。カラバフ紛争は、アルメニアのトルコ敵視策でもあった。
トルコはアルメニアに隣接しており、国境を守るため、アルメニアはロシア軍に駐屯してもらっていた。アルメニアは、国の安全保障をロシアに依存していた。それなのに、カラバフ紛争の恒久化は米国の露敵視策にもなっているという複雑さだった。
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加えて、トルコはNATOの一員で米同盟国だが、米諜報界が在米アルメニア勢力を通じて支援していたカラバフ紛争はトルコ敵視の策だという複雑さもあった。
イスラム主義化したトルコは、911以来テロ戦争で米国から敵視される傾向を強めたが、にもかかわらずトルコはNATO加盟国で、この点も複雑だ。トルコはアルカイダを擁立してシリア政府と戦わせ、米国に貢献していた。米国は、アルカイダを敵視しているが、育ての親でもある。
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冷戦中からトルコとロシアは仲が悪かったので、上記の複雑な敵味方関係が維持されていた。だが、2015年にロシアが米オバマの依頼でシリア内戦に参加してアサド政権を勝たせていく流れが始まり、勝てなくなったトルコがロシアと和解した。
これにより、アルメニアが露トルコ間の敵対を使ってロシア軍に駐留してもらい安全保障してもらう構図が崩れ始めた。アルメニアがトルコを敵視し続けていると国際的に孤立する。アルメニアは、露軍駐留の必要が低下し、トルコとの和解も必要になった。
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アルメニア政界は依然として、在米離散勢力と米諜報界に支援されたカラバフの勢力に牛耳られ、トルコ敵視と、カラバフ紛争の恒久化が推進されていた。カラバフ勢力の支配を打ち破ろうと、初代大統領のテルペトロシャンらアルメニア本体の政治勢力が2008年ごろから動いていたが負けていた。
2015年にロシアとトルコが和解して、カラバフ勢力の紛争恒久化策が時代遅れになった後、アルメニアではカラバフ勢力を追い出す政治運動が、腐敗した政府を転覆する表向きの名目を持った2018年の「ベルベット革命」に発展した。カラバフ勢力のセルジ・サルキシャン首相が辞任に追い込まれ、替わりに現首相であるニコル・パシニャンが就任した。
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パシニャンは、目くらましが上手なポピュリスト政治家だ。彼が政権についた2018年の「ベルベット革命」は、米諜報界が2000年ごろからウクライナやグルジアなどロシア周辺の諸国で誘発した政権転覆策「カラー革命」の一つに分類されている。
カラー革命で樹立された政権の多くは、米諜報界の傀儡だ。パシニャンも表向きは親米反露で、米傀儡であるかのように見せている。だが実のところベルベット革命では、パシニャンが「腐敗勢力を追い出す」という口実で倒したセルジ・サルキシャンらカラバフ勢力の方が米傀儡だった。パシニャンは、自分を米傀儡に見せかけつつ対米自立策をやってきた。
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またパシニャンは、表向きカラバフ占領を支持するそぶりを見せつつも、2020年にアゼリ軍がカラバフ周辺に侵攻してきて戦争になると、1か月あまりの戦闘の後に敗北を認めて停戦した。
アゼリの勝利は、アゼリが石油収入を使って兵器を積極購入して軍を強くした結果だった。パシニャンは、アゼリ軍の結集を知りながらアルメニア軍を大規模動員せず、負けるとわかっている戦争を展開し、半ば意図的に負けた。
(わざと負けて敵と和解して自国の安保につなげる策は、第4次中東戦争でイスラエルのゴルダ・メイア首相がやった策略でもある。イスラエルとアルメニアはいろんな点で似ている)
アルメニア政界のカラバフ派は、敗北に導いたパシニャンのやり方に激怒して辞任要求デモを繰り広げ、2021年に解散総選挙の実施になったが、パシニャンの党が勝ってしまい、続投になった。アルメニア国民の多くは、カラバフ紛争の長期化で疲弊しており、好戦的なカラバフ派でなく和解を進めるパシニャンの党を支持した。
Nikol Pashinyan Wikipedia

その後もアゼリ軍はアルメニア側に攻撃を仕掛け続けた。パシニャンは自国の劣勢への対策として、カラバフをアゼリに返還してアゼリと和解する策を打ち出し、2022年からアゼリとの交渉を進めた。アルメニア政府軍は2021年8月にカラバフから完全撤退した。
パシニャンは同時に、アゼリとの和解と抱き合わせる形でトルコとの和解交渉も開始した。
アルメニア政界のカラバフ勢力は、アゼリやトルコとの和解に猛反対し続けたが、彼らはすでに2021年の選挙で負けて野党になっていた。
コーカサスで和平が進む意味

アルメニア周辺には地域大国としてロシア、トルコ、イランがあるが、いずれも米国から敵視または疎外された非米諸国どうしで和解結束する傾向を強めており、カラバフ勢力の後ろ盾だった米国の離散勢力や諜報界は手を出せなくなった。
カラバフ勢力や米国が手を出せない中で、パシニャンのアルメニア政府はアゼリやトルコとの和解を進めた。そして今年5月、ロシアの仲裁でアルメニアとアゼリは正式に和解し、カラバフをアゼリに返還して国交を正常化することが決まった。
世界の運営を米国でなく中露に任せる

今年5月にアルメニアがアゼリと和解してカラバフを返還する話が決まり、カラバフのアルメニア人は、自前のアルツァフ共和国の政府や軍隊(民兵団)の解散を命じられ、アゼリ人としてカラバフで生きていくか、アルメニア本土に移住する選択肢を与えられた。
カラバフ勢力はそれらを拒否し、アルツァフ共和国の政府や民兵団を維持し続けた。対抗策としてアゼリ軍は、カラバフとアルメニア本土をつなぐ唯一の道であるラチン回廊を2022年末から封鎖し、兵糧攻めにした。アルメニア本土からの物資補給が断たれ、食糧難や物資不足のなか、カラバフ勢力の戦闘能力は大幅に低下した。
カラバフ勢力と敵対するパシニャン首相の傘下にあるアルメニア政府軍は、カラバフの窮状を無視して動かなかった。平和維持軍として駐留していたロシア軍も、アゼリ軍によるラチン回廊封鎖を黙認した。
Artsakh is lost after being abandoned by Armenia, Russia and the West

兵糧攻めの開始から9か月、今年5月のカラバフ返還決定から3か月経った9月初め、ロシアのプーチンとトルコのエルドアンがソチで会談した。
この会談で、アゼリ軍が最終的にカラバフに侵攻して奪還することが、アルメニアやアゼリも話に入る形で秘密裏に合意されたらしく、2週間後の9月19日、アゼリ軍がカラバフに侵攻し、1日の戦闘でカラバフ勢力の民兵団が無力化されて降参した。
その後、カラバフ勢力とアゼリ、アルメニア、露トルコの全体で協議が進み、9月28日にはカラバフ勢力のアルツァフ共和国が来年元旦付けで解散することが決まった。カラバフに住むアルメニア人の8割が、アルメニア本土に移住することになった。
アゼリ政府は、カラバフに残るアルメニア人にアゼリ国籍を与えて権利を保障すると言っている。カラバフ勢力を傀儡化した米諜報界は傘下のマスコミに「アゼリは信用できない。アゼリはアルメニア人を虐殺する」と喧伝させているがプロパガンダだ。アゼリは意外に信用できる。
Kremlin stresses importance of developing transport links for Russia, Armenia, Azerbaijan
Armenia protesters demand PM resign after Nagorno-Karabakh ceasefire

カラバフ勢力はパシニャン首相に引責辞任を求める反政府デモを首都エレバンで展開している。だが、カラバフ勢力はすでに弱い。2020年の敗戦後の選挙を勝ち抜いたパシニャンは、今回も負けずに続投する。パシニャンが続投する限り、アルメニアとアゼリはもう対立しない。25年間続いたナゴルノカラバフ紛争が終わった。
パシニャンは、アゼリと和解してカラバフ紛争を終わらせただけでなく、トルコとの和解も達成し、アルメニアを大きく安定させた。
Pashinyan is unpopular but the opposition looks too weak to oust him
Armenia’s Pashinyan gives up Karabakh, abandons Russia-led CSTO

これまでアルメニアは隣接するアゼリとトルコと対立し続け、アゼリやトルコとの国境を守るためにロシア軍の駐留が必須だった。だが今回アルメニアはアゼリともトルコとも和解したため、隣接諸国との国境近くにロシア軍の駐留が要らなくなった。だからパシニャンは最近、国内のロシア軍に対して撤退を求め始めている。
パシニャンはそのやり方も、目くらましだらけのポピュリストらしく、ウクライナ戦争での米欧とロシアとの対立の中で、ロシアは悪い奴だから露軍に撤退してもらって米欧にくっつく、という演技をしている。
米国もパシニャンの演技に呼応して、9月初めに米軍がアルメニア軍との合同軍事演習をやる茶番劇を展開している。
Russia does not support Armenia’s intent to sign Rome Statute
Nikol Pashinyan is wrong: Armenia would benefit from Russia’s defeat

アルメニア政府は、プーチンを濡れ義務の人道犯罪容疑で起訴したICC(国際刑事裁判所)に加入したり、パシニャンの家族が支援物資を持ってウクライナに行くなど、これみよがしな露敵視の演技をしている。
パシニャンは、最初にカラー革命で政権をとった時から、最大の目標だったカラバフ紛争終結を実現した今回まで、米国の傀儡を演じつつ、実際は対米自立を実現している。アルメニアは周辺のすべての勢力と和解し、もう米国が介入するすきがない。
Washington using ‘traitor’ Armenian PM to strike at Moscow
Tensions rise between Armenia, Russia

露軍の撤退を求められたロシア政府は怒り、パシニャンを米国の傀儡だと言って非難している。だが、パシニャンの目くらまし戦法を露政府はよく知っている。プーチンのロシアは、パシニャンの策略に協力してカラバフ紛争を終結させた。
露軍はそのうちアルメニアから撤退していくのでないか。最近のロシアは、中東アフリカなどで軍事安保的に関与せねばならない影響圏が急拡大した。、安定を達成したアルメニアに無駄に駐留し続けるのでなく、中東アフリカへの関与を増やさねばならない。アルメニア撤兵は多分ロシアがこっそり望んでいる策でもある。
Armenia's Pashinyan: from revolutionary to embattled war-time leader
We can’t rely on Russia to protect us anymore, Armenian PM says

アルメニアとアゼリが和解したことで、アゼリで採れる天然ガスをアルメニアを通ってトルコから欧州に送れる「ウードゥル・ナヒチェヴァン・ガスパイプライン」の建設が進みそうだ。9月25日にはタイミング良く、トルコとアゼリの大統領が出席してパイプライン工事の竣工式が行われた。
平和は経済発展につながる。欧州は、ロシアからガスを輸入できないので替わりのガスがとてもほしい。トルコは、これまでいじめられてきたEUに「いい子にするならガス売ってやるよ」と言い返せる。うしろでプーチンが含み笑いしてる。
Igdir-Nakhchivan gas pipeline will contribute to Europe's energy supply
Igdır-Nakhchivan Gas Pipeline




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