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中南米を良くするトランプ

2025年2月26日   田中 宇

米国のトランプ政権が、南隣のメキシコで麻薬(フェンタニルなど)を製造して米国に密輸出している国際麻薬組織(カルテル)を潰すため、CIAや米軍特殊部隊をメキシコに送り込んでいる。
トランプは就任日に発した大統領令で、中南米から米国に麻薬を密輸出してくるメキシコやエルサルバドル、ベネズエラなどの8つのカルテルをテロ組織に指定した。
これらのカルテルは、米国にとって外国の組織なので、米当局が取り締まり・撲滅するのが法的に難しかった。テロ指定したことで法的に、大統領令で米軍を中南米に派遣してカルテルを攻撃できるようになった。
CIA Reportedly Flying MQ-9 Spy Drones Over Mexico As Cartel Fight Nears

カルテルは、資金力や軍事力、政治力が強く、メキシコなど中南米諸国の政府はカルテルに太刀打ちできず、逆に政府や政界、経済をカルテルに牛耳られる傾向だった。
従来は、たとえ米政府がカルテル撲滅を望んでも、カルテル傀儡の中南米諸国政府が取り締まりや軍事行動に抵抗して話を潰した。
今回も、メキシコ政府は、トランプの米国が開始したカルテル退治に対し、内政干渉だと抵抗した。トランプは、制裁的な高関税策をちらつかせて黙らせた。
Trump’s Sphere-of-Influence Tariffs

そもそも、昔から米政府はカルテル撲滅を望んでいなかった。逆に、CIAなど米当局(諜報界)は1960年代から、中南米が麻薬を生産して米国が密輸入する流通網を放置・拡大誘発し、カルテルがはびこる環境を意図的に作ってきた。
How the CIA Gave Birth to the Modern Drug Trade in the Americas

米国で麻薬中毒者が急増して問題になると、米政府は麻薬撲滅のための「麻薬戦争」を始めたが、米当局は麻薬を撲滅するふりをして逆にはびこらせ、麻薬戦争は失敗し続けた。
父子で大統領になったブッシュの父の方が、政治家になる前に中南米担当のCIA要員だったことに象徴されるように、麻薬問題の不正な構図は中南米だけでなく米中枢も支配していた。
息子のブッシュの時には(米諜報界でイスラエル系が英国系を押しのけて強くなった結果)、911事件で麻薬戦争と似た自作自演的な手口が行われてテロ戦争が始まり、米覇権の自滅的な過激策の舞台が中東に移った。
CIA Expands Drone Flights Over Mexico To Hunt for Fentanyl Labs

麻薬戦争やテロ戦争の自作自演性は「陰謀論」の範疇に押し込められ、マスコミ権威筋(=諜報界傘下勢力)が語らないタブーになった。
オルトメディアの分析者はタブーに挑戦して自作自演性を指摘したが、なぜ米当局(諜報界=DS)が自作自演で米国を自滅させるのか、といった理由の部分については、私の知る限り、ほとんど分析されていない。みんな「陰謀論じゃなくて事実なんだ!!」と(当たり前のことを)叫んで満足している。
仕組まれた9・11

私はもっと深く考えたくて、米国が大失敗したイラク戦争以来、テロ戦争で米当局が自滅的な自作自演をやっている理由について自分なりに分析し続けた。
その結果、世界の覇権構造を多極型に転換したい勢力(隠れ多極主義者、多極派)が米諜報界にいて、彼らが自滅策をやっているのでないかとか、米英諜報界では単独覇権を維持したい勢力(英国系)と多極派が暗闘してきた秘史がありそうだとか、頂点が多極型の組織(安保理常任理事国・P5)である国連を創案したロックフェラーが多極派でないかとか、私なりの結論に至った。
トランプの隠れ多極主義

諜報界は、稚拙な麻薬戦争などで麻薬問題を長びかせ、米国を自滅させてきた。麻薬問題(とベトナム戦争)は、隠れ多極主義の原点だ。多極派は、ベトナム戦争が自滅策として大成功したので、次は麻薬戦争を展開したのかもしれない。
諜報界は、もともと(英国で)の任務が「軍事諜報」だったので存在理由として戦争が必要だ。だから戦後、米諜報界を牛耳った英国系は、ソ連中国への敵視を強めて長期的な冷戦構造を作り、冷戦下の世界の軍事だけでなく、外交・政治まで諜報界が握れるようにした。
諜報界の世界支配を終わらせる

米英NATOは全体が「諜報独裁体制」になった。諜報界は資金源として、米政府の防衛予算を急増させ、防衛費が諜報界に回ってくる仕組みとして「軍産複合体」が形成された。
麻薬戦争も、テロ戦争も、本来は「犯罪取り締まり」の範疇で行われるべきものが「戦争」になっている。その理由は、主導する諜報界が支配のシステムとして戦争を必要としているからだ。
CIA Reportedly Flying MQ-9 Spy Drones Over Mexico As Cartel Fight Nears

英国の覇権は第二次大戦で、参戦と引き換えに米国に譲渡され、米国ではロックフェラー家などが戦後の覇権運営機関として多極型の国連を創設した。だが、英国系は冷戦を起こし、安保理を機能不全に陥れ、米諜報界を乗っ取って単独覇権を維持した。
仕方がないのでロックフェラーなど多極派は、英国系が好む冷戦型のベトナム戦争(中国の北側で朝鮮戦争を起こし、半島を南北に分割して南半分に米軍が恒久駐留して中国包囲網にしたように、中国の南側にあるベトナムを戦争で南北に分割して南半分に米軍が恒久駐留する構図を作ろうとした)を稚拙に過激にやってわざと失敗させる(そして、次善の策と称して米中和解して多極化の方向に転換する)策をやった。
戦争を稚拙に過激にやるほど、米国の軍事費が増え、軍産複合体が喜び、諜報界に巨額資金が入るので、多極派の要員たちは英国系のふりをしてどんどんやり、10-20年がかりで大失敗させて多極主義的な結末に持っていった。ベトナム戦争も、テロ戦争もそうだ。
It Looks Like A Looming Monroe Doctrine Pan-North American Trade Stance Is Being Prepared

諜報界の英国系にとって、麻薬戦争の目的と考えられるものは「中南米を恒久的に混乱・不安定化し、発展を阻害して、米国が中南米を市場として米州主義(孤立主義)に入っていくことを防ぎ、米州が多極型になれないので米国が全世界を経済支配する単独覇権構造から出られないようにした」だ。
冷戦が起こらず、米国がソ連(ロシア)や中国と仲良くしていたら、世界は多極型になり、米国は南北米州だけを市場にして経済発展し、ユーラシアは米国と切り離され、中露と欧州など地元諸勢力が米国抜きでよろしくやっていたはずだ。(これからそうなる)
Decades-Long Chinese Influence In Panama Begins To Unravel

英国系が冷戦を起こした後も、中南米が安定して発展していたら、米国では「中南米との関係だけで十分だ。ユーラシアはどうでもいい」という論調(孤立主義=英国系が作った悪しざまな呼び方)が強まる。
それを防ぐため、英国系としては、中南米を恒久的な混乱・不安定・貧困に落とし入れておく必要があった。それで麻薬問題が起こされ、軍事作戦として麻薬戦争が始まり、半永久的な低強度戦争になったと考えられる。
中南米から米国へは、麻薬と同時に大量の違法移民が流入している。違法移民の流入を手引するカルテルは諜報界からの司令で、米国に住み着いた違法移民に投票させて民主党に票を入れるように仕向けている。これは、諜報界が民主党を傀儡化するための策略だ。
Trump Signs Executive Order Terminating All Federal Taxpayer Benefits Going To Illegal Aliens

英国系(単独覇権派)が米国を握る限り、米州が発展して米国が米州主義に向かうのを防ぐため、麻薬問題を解決できない状況が続く。米国と世界が英国系(DS)に支配される状態を壊すために出てきたトランプが、麻薬問題を本気で解決しようとするのは当然だ。
トランプは大統領の1期目に、米州の準備よりも、ロシア敵視の解除(世界を多極型に転換する作業)を優先したが、英国系からロシアゲートの濡れ衣を着せられて苦戦した。今の2期目は、ウクライナで米欧が勝てず行き詰まっており、トランプは容易に対露和解できるので、最初から米州主義も全力で進めている。
Grenell vs. Rubio: Team Trump's competing Latin America politics

グリーンランドを欧州からもぎ取って米国の影響圏下に置くこと、英国系の国だったカナダを米国傘下に取り込むこと、パナマ運河から中国勢を追い出すこと、中南米から米国への違法移民の流入を止めること、アルゼンチンのトランプ主義者ハビエル・ミレイ大統領と仲良くすることなど、米州主義を強化する他の策と並び、トランプは麻薬問題を解決しようとしている。
Designating Cartels As Terrorists Will Have Huge Consequences, Say Analysts

米国内では、イーロン・マスクのDOGEが諜報界の要員や資金源(予算の不正使用)を次々に暴いて潰している。諜報界は急速に弱まっている。トランプの麻薬問題解決策を妨害する力は低下している。
トランプは、(英国系の)米大統領が(非英国系もいる)米議会が持つ開戦権を迂回して戦争できる、テロ戦争の策であるテロ組織指定の制度を逆手にとり、カルテルをテロ組織に指定して、(英国系もいる)米議会を迂回してカルテルを潰そうとしている。
米国と世界を非米化するトランプ

トランプが、カルテルを潰す作戦に、これまでカルテルを守ってきたCIAを動員しているのも興味深い。CIAはマスクのDOGEによって内実を暴かれつつあり、トランプはCIA内の自分に味方する勢力に命じてカルテル潰しの作戦を進めるとともに、非協力な英国系を排除している。
諜報界は、敵が味方のふりをする策略が得意で、英国系がトランプの味方になるふりをしてカルテル潰しを妨害しそうだが、その点も含め、前代未聞の暗闘が展開している。
Greenlandic Grievances With Denmark and Trump’s Annexation Plan

米州主義との関連だと、NAFTAなど北米3か国の自由貿易圏・市場統合の策についても考察が必要だ。
冷戦後、米国(多極派のレーガン)は欧州の結束強化(東西ドイツの再統合、EUによる国家統合)を推進し、欧州が対米自立した「極」になるよう仕向け、世界を多極型に転換しようとした。この時、並行して米国で進められたのがNAFTAなど北米の市場統合だった。
NAFTAはもともと、多極型に転換した世界において米州(米国極)を発展させるための策だ。だが、ここでも英国系が入り込んできて、日本や中国、欧州など、米州以外の諸国の製造業が、人件費の安いメキシコで製品を作って米国で売るという、米単独覇権体制(グローバル化した世界経済)を推進する策に換骨奪胎されてしまった。
だからトランプはNAFTAを目の敵にして壊し、米州の域内企業のためだけの貿易圏に転換しようとしている。
トランプの米州主義

トランプの米州主義が成功すると、中南米は麻薬問題を解決し、安定と発展を手にする。世界が多極型に転換していくと、米国の自滅的な崩壊もおさまる。



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