非米化で再調整が続く中東2022年8月5日 田中 宇7月19日にロシア、トルコ、イランの首脳たちがイランに集まってシリア内戦の解決について話し合った定例の「アスタナサミット」は、シリアをめぐる状況を画期的に転換した。これまで米国に味方し、露イランシリア(アサド)と敵対していたトルコが、サミット直後の7月22日に突然、露イランシリアの味方に翻身し、シリアに駐留する米軍に撤退を要求し始めた。トルコはまた、これまで敵どうしとして戦っていたアサド政権のシリア政府軍と協力する方向性を示し始めた。トルコの翻身の表向きの理由は「米軍が、トルコの敵であるクルド軍(SDF)を支援しているから」であるが、米軍は昔からクルド軍を支援しており、なぜ今トルコが急に反米・親露に転じたのかという理由にならない。(トルコは、クルド人が自治を行ってきたシリアのユーフラテス東岸に駐留する米軍に撤退を求めた) (Turkey vows to work with Syria against ‘terrorists’) (Erdogan Demands US Troops Leave Syria, Vows Won't Back Down From New Cross-Border Operation) トルコが転向した真の理由は、トルコが関与するシリアや他の地域で、米国の覇権が低下し、ロシアの影響力が急拡大しているからだ。7月19日のアスタナサミットのかたわらでは、ロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領の2者会談が行われている。報道では、この会談は成果がなかったことになっているが、たぶん違う。ウクライナ戦争が一段落し、米国側との安保経済両面の複合戦争に勝っているロシアは、親米諸国を非米側に引っ張り込んで、米覇権の弱体化と多極化を進めたい。トルコはNATO加盟の親米国としてやってきたが、欧州や米リベラル派はトルコを敵視しており、ロシアにとってトルコは非米側に誘い込みやすい国の一つだ。ロシアとトルコは、中東からコーカサス、地中海東部の広い範囲で影響力が交錯しており、シリアやリビアやエジプトなどで対立点があった。プーチンは今回エルドアンに対し、もっと深い戦略協調関係になることを提案したのでないか。 (Turkish FM: Turkey Would Support Assad Against Kurdish SDF) (Putin To Meet Raisi, Turkey's Erdogan In Tehran, Kremlin Says) (7月29日には、トルコが支援していたムスリム同胞団が、エジプトの政権を奪還しようとする試みをしませんと宣言した。2013年にクーデターで同胞団から政権を奪ったエジプトの軍事政権は近年、頼っていた米国から疎遠にされ、ロシアが頼りだ。トルコは、これからの中東で大きな力を持つロシアと仲良くさせてもらう見返りに、自国の傘下にいる同胞団にリップサービスをさせたのだろう。同胞団はいまだにエジプトで広く支持されているが、トルコは現実策として軍事政権と仲良くする必要がある。エジプトの隣のリビアの内戦では、露エジプトとトルコが別々の勢力を支援し、両者間の和解が必要になっている) (Egypt's Muslim Brotherhood Rejects 'Struggle for Power', Exiled Leader Says) ("Preparing To Apply For Membership" - Saudi Arabia, Turkey, Egypt Plan To Join BRICS) ★追記★ この記事を配信した直後、リビア内戦に関する新情報が入ってきた。リビア内戦で首都トリポリの勢力を支援してきたトルコが、仇敵であるリビア東部のハフタル将軍の側近Aquila Salehを8月1-2日にアンカラに招待し、エルドアンが接待した。これは画期的なことだ。東部のハフタル将軍らは、ロシアとエジプトに支援されてきた。このタイミングの良い展開も、7月19日のテヘラン首脳会談でロシアとトルコが隠然同盟を強化したという推測を補強するものだ。★追記ここまで★ (After years of hostility, Turkey forges ties with eastern Libya) トルコは、ロシア敵視の組織であるNATOに加盟しているので、明示的にロシアと協調関係を結べない。だが、プーチンとエルドアンという強権的な首脳間の個人的な同盟関係として、非公式に親密な関係を結ぶことはできる。ロシアは、トルコがNATOに加盟し続けて内部からNATOを壊してくれた方が良いので隠然同盟を好む。エルドアンは、シリア内戦にロシアがアサド側で参戦して優位に立ち、シリアでトルコが負け組に入った後の2016年に、ロシア敵視の姿勢を引っ込めてロシアと隠然とした協調関係を結び始めている。露トルコの隠然同盟は今に始まったものでない。 (欧米からロシアに寝返るトルコ) (ロシアに野望をくじかれたトルコ) シリア内戦は、米国の軍産複合体・諜報界覇権派が、中東の混乱をひどくするために、シリアの非合法野党だったムスリム同胞団・ISISアルカイダを支援して世俗派のアサド政権を倒すための内戦を2011年に勃発させた。米軍は、ISカイダを倒す名目で2014年からシリアに駐留し、実際はISカイダを支援してきた。当時のオバマ米大統領は、アサド政権が倒されてシリアが恒久的な失敗国家になることを嫌がり、2015年末、ロシアに空軍の派遣を頼み、アサド政権をテコ入れしてもらった。それ以前から、イランもアサドを支援していた。シリアは露イランの傘下に入った。トルコのエルドアンはムスリム同胞団系のイスラム主義の政権で、その関係からトルコは米諜報界から頼まれてシリアの反政府派である同胞団・ISカイダを支援していた。だが、オバマがロシアに介入を頼み、露アサドイランが優勢になり、ISカイダとトルコが負け組になった。オバマにはしごを外されたトルコは、やむなく2016年夏にロシア敵視をやめ、エルドアンとプーチンの隠然同盟が形成された。 (シリアをロシアに任せる米国) (シリア内戦終結でISアルカイダの捨て場に困る) その後、トランプの覇権放棄やバイデンの失策で米国は覇権喪失が加速し、対照的にロシアはウクライナ戦争後に非米側の主導役として覇権拡大している。シリアにはいまだに900人の米軍が駐留し、ヨルダン国境沿いに駐留して物資をISカイダに送ったり、クルド地域(ユーフラテス東岸)に駐留して反アサドなクルド軍を訓練したりしている。覇権拡大したロシアは今回、トルコとの協力関係を強化し、非米化したトルコはロシアのために米軍をシリアから追い出す努力を開始した。トルコはロシアだけでなく、イランとも協調関係を強めている。先日のアスタナサミットの傍らでイランとトルコの首脳会談も行われた。イランも米欧の敵なので、NATO加盟国のトルコは大っぴらにイランと協調するのを避けて隠然同盟の関係になっている。ロシア、トルコ、イランは3カ国の同盟体になっているが、このうち明示的なのは露イラン間だけであり、残りの2組は以前からの隠然型になっている。 (Syrian escalation risks all-out conflict involving Turkey, Russia, Iran) (ロシア・トルコ・イラン同盟の形成) トルコが要求しても、米軍はシリアから出ていかないだろう。米軍がシリアから出ていくとしたら、それは米国側の政治状況が変化した時だ。だが、今後の選挙で共和党が議会多数派や大統領を取っても、共和党がシリアからの米軍撤退をやるかどうか不明だ。トランプは大統領の時、シリア駐留米軍を維持した。とはいえ一方で、アサド政権と露イラントルコというシリアに関与するすべての勢力(イスラエル以外)が、米軍に撤退を求めている。いずれ米軍がシリアから撤退すると、シリア内戦は全て終わり、露イラントルコや中国など非米側の諸国によってシリアの再建が始まる。中国は最近、シリア軍に新型の通信システムを輸出すると発表している。中国は以前から、親密な関係にある露イランに協力して各方面でシリアを支援してきた。 (China Ramps Up Aid To Assad's Syria, Alarming Israeli Defense Officials) (Israel sees nuclear deal with Iran as inevitable @BenCaspit) シリアから米軍が出ていくと、それと前後してイラクからも米軍が出ていくだろう。イラク議会は以前から何度も米軍に撤退を求める決議をしているが、米国はずっと無視して2500人の米軍を駐留している。イラク駐留米軍は、オバマが2011年にいったん全撤退させたが、米諜報界の軍産はこの全撤退を逆戻しするためにイラク北部でISISを作って蜂起させ、バグダッドに攻め込ませた。オバマは仕方なく米軍をイラクに戻し、それ以来現在まで駐留が続いている。米諜報界では、すでに多極派が軍産を上書きしている。イラク政界ではまだ、ナショナリスト(サドル派)とそれ以外の勢力(イラン傀儡、米傀儡)が確執しているが、今後それが一段落すると、再び米軍に対する撤退要求が強まる。中東では、米国が介入していたイエメン戦争も、イランの隠然仲裁で停戦が保持されている。シリアとイラクから米軍が出ていくと、中東の安保面の非米化が一段落する。 (軍産複合体と闘うオバマ) (Iraqi Protesters Storm Parliament in Show of Force Against PM Nominee) (Diplomats Aim to Extend Yemen Ceasefire Once Again) 露イラントルコの三角同盟は、シリアのほか、アゼルバイジャンとアルメニアがナゴルノカラバフで紛争してきたコーカサスの安定化も模索してきた。以前は米国がアルメニアをテコ入れしてナゴルノカラバフ紛争を長引かせてきたが、米国の覇権が低下しているため、アルメニアが以前の仇敵であるトルコに頼る傾向を強めている。以前は、米国のネオコンやリベラル派が人権問題を誇張歪曲してオスマントルコ末期の「アルメニア人虐殺」の話でトルコをいじめ、その尻馬に乗ってアルメニアも強気だったが、米国の覇権が低下した今や、アルメニアはすっかり弱くなっている。 (Armenia clings to Turkish peace talks to avert war with Azerbaijan) (ナゴルノカラバフで米軍産が起こす戦争を終わらせる露イラン) (コーカサス安定化作戦) シリア内戦が非米側の勝利で終わり、米国の中東覇権が今よりさらに衰退すると、困るのはイスラエルだ。イスラエルは、ロシアとの関係が良いし、トルコやアラブ諸国との関係も改善できる。だがイランだけは、イスラエルと深い敵対関係になっており、米国もイランとイスラエルの敵対を扇動してきたので、イランとイスラエルは和解が難しい。難しいが不可能ではない。世界が多極化した後、ロシア(と中国)による仲裁が必要だ。それが見えているので、最近のイスラエル政界では、ロシアの存在がとても重要になっている。ロシアは、それを逆手にとった行動をしている。 (ロシアの中東覇権を好むイスラエル) (イスラエルがロシアに頼る?) ロシア政府は最近、ロシアのユダヤ人のイスラエル移住を促進するユダヤ機関のモスクワ事務所を、違法だといって閉鎖してしまった。これは多分、ロシアがイスラエルに2点の要求を認めさせようとするための策略だ。その2点とは、(1)イスラエルはシリアを空爆するのをやめろ、(2)イスラエルは開発中の海底ガス田のガスをキプロス経由で欧州に輸出しようとしているが、それはロシアが欧州へのガス輸出を止めて欧州を困らせている策略の効果を薄めてしまうのでやめろ、という2つだ。 (Is Russia escalating Jewish Agency crisis because of Israel's stance on Ukraine?) (2)の方は、ロシアの同盟国であるイランの傘下にいるレバノンの与党ヒズボラも協力している。イスラエルが開発中のガス田は隣国レバノンとの海上の国境線の地域にあり、レバノン側はガス田がレバノン領(経済水域)にあると主張し、両国間の外交交渉が必要になっている。ガス田が開発されれば金欠のレバノンにとっても収入源になるので、ヒズボラは当初イスラエルとの交渉に前向きだったが、6月ごろから突然好戦的な態度に転換し、イスラエルのガス田のやぐらを無人機で攻撃しかけたりしている。その裏には多分ロシアがいる。 (Security officials said to warn of Hezbollah escalation if no Lebanon gas deal) (Israel ‘may postpone’ drilling in disputed gas field after Hezbollah threats) ロシアの目論見は、欧州がロシア代替のガス供給源の一つとして期待しているイスラエルのガス田開発を延期させ、欧州がシロアに屈服せざるを得ないようにすることだろう。ヒズボラが暴れ、ロシア政府がモスクワのユダヤ機関をしばらく閉鎖して加圧し、イスラエルが1年ぐらいガス田の開発を遅らせれば、その間に欧州はガス欠に耐えられなくってロシアに屈服する。その後、ヒズボラやロシアはイスラエルへの意地悪をやめて、ガス田開発も再開される。 (Lebanon Disputes Israel's Right to Develop Karish Offshore Gas Field) モスクワのユダヤ機関が閉鎖され、ロシアとイスラエルの関係が悪化した。それを見て、イスラエルの政権に返り咲きたいネタニヤフ元首相が記者会見を開き、自分を蹴落として政権を取ったラピドとベネットの連立政権を「ロシアと良い関係を維持できない無能な政権だ」と酷評した。イスラエルでは宗教右派が強くなっており、ネタニヤフは次の選挙で返り咲くかもしれない。今やイスラエルでは、ロシアとうまくやれる政治家が有能な指導者だ。イスラエルも、隠然と非米化している。 (Putin stars in Israeli election campaigns) (覇権の暗闘とイスラエル) 今回の話を吟味しているうちに再度直観したのは「日本の安倍晋三も、エルドアンやネタニヤフと同様、多極化に対応するためロシアや中国との関係を取り持って日本を隠然と非米側に転換させようとしたため(米国側に)殺されたのでないか」ということだ。国葬に反対したり、統一教会と自民党の関係を非難して話をそらしているマスコミ権威筋などは、安倍を殺した米諜報界の軍産DSの一味・傀儡ということになる。自民党は、親分の安倍を殺されても隠然とした親ロシア・親中国の姿勢をとり続け、こっそり非米側の政党になっている。日本の権力層の主流派は、安倍を殺されても隠然非米化を堅持している。とても良い。日本では今や、マスコミやリベラル勢力の方が売国的な対米従属・DS傀儡である。安倍殺害が、この転換を引き起こした。あれは個人が起こした偶発の事件でない。この話はあらためて書く。 (安倍元首相殺害の深層) (Japanese Companies Appear To Be "In No Rush" To Exit Operations In Russia)
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