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ナゴルノカラバフで米軍産が起こす戦争を終わらせる露イラン

2016年4月7日   田中 宇

 4月1日、西アジアの旧ソ連諸国であるアゼルバイジャンとアルメニアが、両国の間にある紛争地ナゴルノ・カラバフをめぐり、12年ぶりの大きな戦闘を引き起こした。ナゴルノ・カラバフ(以下カラバフ)は、もともとアゼリ領だが、住民のほとんどがアルメニア人だ。ソ連崩壊後、カラバフがアゼリから独立してアルメニアに編入しようとする動きを起こしたため戦闘になり、94年にカラバフの独立が認められる形で停戦し、その後12年間、大きな戦闘がなかった。アゼリ側は今回、アルメニア(カラバフ)側から攻撃してきたと言っているが、94年の停戦がアルメニアに有利な形になっているので、アルメニア側から攻撃するはずがない。今回の戦闘は、アゼリ側から起こされている。全体状況から考えると、トルコと米国(軍産複合体、NATO)がロシア敵視策の一環としてアゼリ側をけしかけて起こしたものだ。 (Erdogan Seeks Revenge in Nagorno-Karabakh) (The April Fool's War

 昨年11月にトルコ軍機がシリアでテロ組織を空爆していたロシア軍機を撃墜して以来、トルコとロシアの関係が劇的に悪化し、この対立が強まった余波として、アゼリとアルメニアの敵対が潜在的に強まっていた。アルメニアはトルコと国境を接しており、国境の近くにロシア軍が以前から空軍基地を置いていた。トルコが露軍機を撃墜した後、ロシア軍がアルメニアの基地に増派され、トルコを威嚇するようになった。同時期に、トルコのエルドアン政権は、トルコ系の民族であるアゼルバイジャンへの支援を強めるようになった。もともとアルメニアもアゼリもロシアとの関係が良かったが、ここにきてアゼリがトルコに取り込まれる傾向を強めた。今回のカラバフ戦争再開の背景に、トルコとロシアの対立激化がある。 (トルコの露軍機撃墜の背景

 戦闘開始後、トルコのエルドアン大統領は、待っていたかのように「最後までアゼルバイジャンを支持する」と表明した。トルコ政府は、シリア内戦が自分たちの思うような展開にならず、敵であるアサド政権やロシアの勝利に終わりそうなので、次はカラバフ紛争でロシアを困らせる策をとっている。アルメニアの大統領は、戦闘が拡大するかもしれないと懸念している。 (Understanding the fight in Artaskh between Armenia and Azerbaijan) (Armenia President: Nagorno-Karabakh Conflict Could Lead to All-Out War

 戦闘の拡大や長期化が懸念される理由はもうひとつある。最近、エルドアンと結託する傾向を強めている軍産(NATO)が、カラバフをめぐるトルコとロシアの代理戦争を、ロシア恒久敵視の冷戦構造の格好の復活策ととらえ、アゼルバイジャンがカラバフを奪還しようとするのを隠然と支持していることだ。アゼリのアリエフ大統領は、今回の戦闘開始の2日前に米国を訪問してケリー国務長官らに会い、ケリーは「ナゴルノカラバフ紛争の根本的な解決を行うべきだ」と表明した。アリエフは「根本的な解決とは、アルメニア軍が(カラバフから)撤退することだ」と表明し、ケリーの言葉を戦闘開始承認であるかのように、帰国した翌日に12年ぶりの大規模な戦闘を開始した。 (Kerry Calls For 'Ultimate Resolution' Of Nagorno-Karabakh Conflict

 カラバフの紛争は、構図がクリミアと似ている。いずれも、ソ連時代に国家統合を維持するため意図的に国境線が引き直され、ソ連崩壊後、それが紛争につながるのを、ロシアなどが何とか止めていたのを、最近、米国(NATO、軍産)が新たなロシア包囲網を作るために紛争を蒸し返している。クリミアはロシア人が多く、もともとロシア領だったのに1954年にフルシチョフがウクライナに編入し、冷戦後、ウクライナがクリミアの露軍による軍港利用や住民自治を認める条件で、ウクライナの一部としてとどまることをロシアが認めていた。一昨年、米国勢がウクライナの政権を転覆し、ロシアとの協定を破棄する極右政権を作ったことが、ウクライナ危機の始まりだ。 (危うい米国のウクライナ地政学火遊び) (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動

 一方、カラバフの問題は、ソ連のスターリンが、各共和国を入り組んだ形にして諸民族の独立を阻止してソ連邦を維持する策として、アルメニア人が住民の大半だったナゴルノカラバフを1920年代にアゼルバイジャンに編入したことに始まる。ソ連崩壊後、カラバフの住民がアゼリから分離独立してアルメニアに編入する武装闘争が両国間の戦争に発展したが、軍事的にカラバフ・アルメニア側の方が強く、ロシアなどの仲裁で1994年にカラバフのアゼリからの独立を容認する形で停戦し、先日まで大きな戦闘がなかった。 (解けないスターリンの呪い:ナゴルノカラバフ紛争

「軍産NATOエルドアン複合体」は、シリア内戦がロシアやアサド、イランの勝利で解決されそうなので、かなり窮乏している。先日アサド政権の外相(Walid al-Muallem)がアルジェリアを訪問し、アラブ諸国の中で、サウジの反対を押し切ってアサドのシリアと再協調しようとする動きが始まっていることが示された。軍産エルドアン複合体は、欧州で難民危機や自爆テロを誘発し、EUが軍産に愛想をつかして露イランアサドの側に転じるのを防いでいる。 (Syria FM's Algeria visit signals big shift) (テロと難民でEUを困らせるトルコ

 だが、4月6日にはオランダの国民投票で、ウクライナを支援するEUの政策が否決された。投票率は32%と有効な下限ぎりぎりだったが、投票者の6割がEUによるウクライナ支援に反対票を投じた。EUにおいて、メルケルら政府の上層部は傲慢なエルドアンの言いなりで不甲斐ないが、草の根では、国際問題に関心のある市民の大半が軍産エルドアン複合体の好戦策に反対している。米国ではトランプ候補が「NATOは時代遅れだ」という、しごくまっとうな主張を展開し、草の根の支持を得ている。米国ではこれまで有力な大統領候補がNATOを否定することなど考えられなかった(米政界はそれだけ強く軍産に牛耳られていた)。 (Reports: Dutch Reject EU-Ukraine Deal in Referendum) (世界と日本を変えるトランプ) (NATO: Worse Than `Obsolete' by Justin Raimondo

 ウクライナは財政難と政界内の対立が続き、いつ国家崩壊してもおかしくない。NATOはマスコミ(=軍産傘下)を巻き込んで目一杯ロシアを敵視しているが、しだいに茶番性が露呈している。こうした劣勢を挽回するため、軍産エルドアンは、ロシア敵視策の領域をアゼルバイジャンなどコーカサスに広げる策をとり、その一つが今回カラバフ紛争を再燃させることだったと考えられる。 (Europeans Staring at Total Failure in Ukraine) (NATO needs to beef up defense of Baltic airspace: top commander

 しかし、カラバフ紛争の今後は、必ずしも軍産側が意図したようにならず、逆に、軍産の敵であるロシアとイランの立場を強化して終わる可能性がある。カラバフで戦闘が再燃した直後、ロシアとイランが外相らをアゼルバイジャンの首都バクーに派遣し、紛争を調停する動きを開始した。露イランの外交努力で戦闘は止まり、とりあえず停戦が保たれている。アゼリ国民の8割は、イランと同じシーア派イスラム教徒だ。アゼリ語はトルコ系の言語だが、アゼリ人はアゼルバイジャンと国境を接するイランにも多く住んでおり、イランでペルシャ人(全国民の61%)に次ぐ第2の民族(16%。一説には25%)だ(クルド人が3位で10%)。イランの最高指導者ハメネイ師はアゼリ人だ。その一方で、イランはカラバフ紛争に対し中立な立場をとっており、仲裁しやすい位置にいる。 (Powerbrokers rush for Karabakh peace) (イラン訪問記:民族の網の目) (Ethnicities in Iran - Wikipedia

 90年代のカラバフ紛争の調停はロシアが主導した。ロシアとイランは、シリアでも結束してテロ組織を攻撃してアサド政権を守る安定化策をやって成功しつつあり、同様の結束で、カラバフ紛争を解決しようとしている。米国の軍産が引き起こす国家破壊を露イランが阻止して解決に持っていく構図が、シリアに続いてコーカサスでも繰り返されている。露イランがアゼリのアリエフ大統領を説得してカラバフ紛争の再燃を防げれば、その後のコーカサスは米国でなく、露イランの影響下に入る傾向を強める。アゼリは産油国で、政府の収入源の大半が石油輸出だが、近年の原油安で財政難になっている。露イランの仲間である中国が出てきて、お得意の「シルクロード」「一帯一路」などのキーワードを標榜しつつ投資し、アゼリの財政難を解消してやれば、ユーラシアから米国を追い出す多極化の傾向に拍車がかかる。 (Iran's Zarif arrives in Azeri capital) (China in the Caucasus) (All Quiet On The Eurasian Front Pepe Escobar

 米国のケリー国務長官は、アリエフが今回の戦闘再燃を米国に是認(黙認)してもらうべく訪米したとき「カラバフ紛争の解決が必要だ」と言ったが、それができる唯一の勢力は、米軍産の仇敵である露イランや中国だ。ケリーは、以前の記事で紹介したアトランティック誌の「オバマ・ドクトリン」で好戦派として描かれているが、オバマに命じられてロシアをシリアに引っ張りこんだ(つまりロシアを強化した)のはケリーだ。彼は好戦派(軍産)として振る舞いつつ、結果的に軍産を無力化する露イランの強化を、シリアでもウクライナでもコーカサスでもやっている。隠れ多極主義的だ。 (軍産複合体と闘うオバマ) (シリアをロシアに任せる米国) (ロシア主導の国連軍が米国製テロ組織を退治する?

 軍産がカラバフ紛争を再燃させるなら、イランに対する核兵器開発の濡れ衣が解かれる前の、一昨年ぐらいにやるべきだった。イランが国際的に許され、再台頭が軌道に乗った後の今になってカラバフ紛争を再燃させるのは、イランの台頭を加速するだけの軍産自滅策だ。 (対米協調を画策したのに対露協調させられるイラン

 長い歴史を見ると、アゼリ、アルメニア、グルジアといったコーカサスに影響を持つのは、ロシア、イラン、トルコの3帝国だった。冷戦後、弱体化したロシアとイランに代わり、米国と欧州(NATO、EU)がコーカサスへの介入を強めた。90年代には、アゼルバイジャンやその先の中央アジアの石油ガスを、ロシアを迂回して欧州や地中海岸に運び出す「バクー・ジェイハン」などのパイプラインの計画を進めた。アゼリ(アリエフ親子が歴代大統領)は親露を維持しつつ米国(石油産業)にも絡め取られ、グルジア(サーカシビリ大統領)は軍産と結託して反露姿勢を強めた。しかし、米国のコーカサス介入は長続きせず、終わりつつある。サカシビリは軍産の稚拙な好戦策を軽信して08年にロシアに戦争を仕掛けて大敗し、それ以後グルジアは国土の一部をロシアに奪われたまま、しだいに親露姿勢に戻っている(軍産NATOによる巻き返しの試みが今後ありそうだが)。 (米に乗せられたグルジアの惨敗) (Nagorno-Karabakh: The April Fool's War by Justin Raimondo) (State border treaty between Russia, South Ossetia submitted to Putin for ratification) (Russia, Abkhazia, S Ossetia Concerned About Georgia-NATO Cooperation

 アゼルバイジャンは、米欧の石油産業と結託して石油ガスを輸出して儲け、その金で兵器を大量購入し、90年代のカラバフ戦争でアルメニアに負けた軍事力の欠如を補った。とはいえアゼリの兵器購入の大半(一説には85%)はロシアからであり、米軍産からの購入でない(このあたりが米国の間抜けなところだ。米国勢はイラクの石油利権もロシアや中国に取られている)。今回の戦闘が始まる前の段階で、アルメニア政府はロシアに「もうアゼリに兵器を輸出しないでほしい。わが国が親露的にしているのにひどい」と要請していた。 (Armenian FM criticizes Russia supply of weapons to Azerbaijan

 実のところ、ロシアはもうアゼリに兵器を輸出していない。アゼリ政府が財政難で、ロシアが輸出した兵器の代金が今年に入って未払いになっている。結局のところ、米国がコーカサスから出て行ってロシアの覇権が拡大すると、この地域の石油も兵器需要もロシアの利権になる。ロシアの軍産が米国の軍産よりましなのは、米国勢が好戦的で国家破壊をやりたがるのに対し、ロシアはもっと実利的で安定を好んでいることだ。 (Azerbaijan Unable, Or Unwilling, To Pay For Russian Weapons) (Will Russia Continue to Supply Weapons to Azerbaijan?

 ついでに書いておくと、アルメニアとアゼリを比べると、米国での影響力が強いのはアルメニアの方だ。アルメニア人は、民族全体の4割しかアルメニアに住んでいない国際分散型(ディアスポラ)の民族だ。アルメニア系は米国にも多く住んでおり、在米アルメニア勢力は、同じくディアスポラのユダヤ人に学び、米政界に圧力をかけ続けている。トルコによるアルメニア人虐殺の被害者数の誇張は、ホロコーストの誇張に学んでいる。94年の停戦でカラバフの独立が容認されたのは、米欧でのアルメニア系の政治勢力の強さが一因だ。ソ連崩壊後のアルメニアの独立に際しては、米国など在外アルメニア人が大きな貢献をした。 (ホロコーストをめぐる戦い) (イスラエル支配を脱したい欧州) (トルコとEUの離反) (Armenian diaspora - Wikipedia) (Armenian Diaspora: Influence on Nagorno-Karabakh Conflict

 911後、米国でイスラム敵視が強まり、キリスト教徒であるアルメニア人の政治勢力は、イスラム教徒であるトルコ人やアゼリ人の勢力よりいっそう優位になった。アルメニア系団体からの圧力を受け、米議会がトルコによる20世紀初頭のアルメニア人虐殺を非難する動きを見せたりした。03年のイラク侵攻時、米地上軍がトルコを通ってイラクに侵攻することをエルドアンの政権が拒否したため、米議会はますます反トルコになった。しかしその後、巡り巡って最近のシリア内戦では、エルドアンと軍産が結託し、ISISを支援してアサドを倒そうとする動きになった。 (移民大国アメリカを実感する

 しかし、エルドアンと軍産の結託が、この先も長く続くとは考えにくい。先日エルドアンは国際会議で訪米したが、オバマは彼と非公式にしか会わず、エルドアンの帰国後、オバマはトルコでの人権侵害の強まりを批判する発言をした。エルドアンは「批判があるなら面と向かっていってほしい。オバマとの会談では人権の話など全く出なかった。陰口を言ってほしくない」とオバマを逆批判した。エルドアンは強気すぎて傲慢だ(対米従属で卑屈な日本などの政治家と対照的だが)。米政界で、エルドアンへの批判が広がっている。 (Erdogan says Obama spoke 'behind my back' on press freedom) (German MP: 'Berlin is Cozying Up to Erdogan') (European Parliament head condemns Erdogan over German satire protest

 軍産の中でもネオコンは最近、エルドアンによるトルコの人権侵害を非難する公開書簡を出した。書簡は、ブッシュ政権でイラク侵攻を主導した面々の名前が、すでに失脚して肩書きがない人々(ウォルフィやファイス)も含めてずらりと並び、不気味に同窓会的だ。米国勢から人権侵害を声高に非難されるほど、エルドアンは反米の傾向を強める。そもそも米国はシリア内戦でトルコが敵視するクルド人を支援し、エルドアンを怒らせている。このまま米国がシリアを露イランに任せて撤退していくと、トルコにとっての米国の価値が下がり、エルドアンはトルコ国内での人気を維持するため反米ナショナリズムを扇動するかもしれない。私が見るところ、ネオコンは隠れ多極主義者だ。エルドアンを反米の方向に押しやろうとしている。 (Open Letter to President Erdogan) (The Wrong Messengers for Erdogan

 エルドアンがいずれ反米に転じそうなこと見越してか、ロシアは最近、トルコに再接近する姿勢を見せている。昨年の露軍機撃墜後、停止していたロシアとトルコの間の空路の定期便を再開できるよう、ロシア政府が行政手続きをとった。エルドアンは昨年までプーチンと仲が良かった。プーチンは、ロシア敵視をやめない欧州への対抗策として、エルドアンと仲良くしていた。シリアでの失敗を認めてアサドを容認し、テロリスト(=軍産)を切り捨てると、エルドアンは再転換する。だがこの場合、トルコ国内に滞在している無数のテロリストが延々と自爆テロを繰り返す報復の事態が予想される。軍産からの足抜けは容易でない。 (Russia signals interest to defrost ties with Turkey) (トルコ・ロシア同盟の出現

 中東コーカサスでのこれからの観点は、露イランがカラバフの停戦を再び軌道に乗せられるかどうか、エルドアンがいつまで軍産と結託し続けるか、軍産エルドアンの横暴に屈している欧州がいつまで不甲斐ない態度をとり続けるか、といったところだ。



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