イスラエルがロシアに頼る?2014年11月21日 田中 宇米オバマ大統領が、ISIS(イスラム国)との戦争で、国防総省の最上層部を通さず直接に現場の米軍司令官たちと電話をつなぎ、大統領自身が司令官にISISをどう攻撃をするか命令している。国防総省の最上層部は、オバマが自分たちを飛ばして、ISISとの戦争の細かいところまで自分で監督していることに腹を立てている。 (Gates, Panetta Fault Obama for `Micromanaging' Wars) オバマが国防総省の上層部を飛ばして直接現場司令官に細かく指図する理由は、すでに前回の記事に書いた。国防総省の上層部(軍産イスラエル複合体)は、ISISを手強い敵として涵養し、中東に恒久的に駐留できるようにしたいので、戦うふりだけして、ISISを潰したくない。対照的に、軍産イスラエルに牛耳られるのを嫌うオバマは、ISISを本気で潰す戦争をやりたいので、ISISとの戦争を自分で細部まで管理している。 (中東覇権の多極化) (Military Hates White House `Micromanagement' of ISIS War) 歴史を見ると、冷戦末期のカーター大統領も、米軍の動きを細部まで管理しようとして、軍産の影響力が強いマスコミから酷評された。軍産は共和党との結びつきが強く、オバマやカーターといった民主党の大統領が軍産に騙されないように戦争を遂行しようとすると、細かいところまで自分で支持するやり方をとらざるを得ない。一般に、細かい上司は部下に嫌われ、良い上司でない。軍産の影響が強い米国のマスコミは、オバマやカーターを細かい上司に見立てて酷評する。しかしその裏には、軍産に任せると戦争をどんどん拡大してしまうという事情があった。 (Obama Is the Micromanager in Chief) 米国の中東支配が衰退期にあることを知っているイスラエルは、米国の軍産の力を借りてスンニ派の武装勢力であるISISを強化し、イランやヒズボラ(レバノン)といったイスラエルの仇敵であるシーア派勢力と戦わせ、スンニとシーアの両方を弱体化しつつ、イラン、イラク、シリアといったイスラエルに対抗しそうなイスラム諸国を内戦化して破壊し、イスラム諸国が束になってイスラエルを潰しにかかることを防ぎたい。オバマは逆に、ISISとの戦いで米軍とイランを協調させ、返す刀でイスラエルが米政界を牛耳ってイランに核兵器開発の濡れ衣をかけて制裁してきたイラン核問題を解決したい。 (ISIS threat could be Obama's ace in the hole on Iran nuclear deal) (Israel the Obstacle to Nuke Deal Between Iran, West) イスラエルとの闘いでオバマは優勢になっているが、勝負は互角に近い。イスラエルは、傀儡が多い米政界を動かし、オバマが核協議でイランと和解することを妨害しているが、阻止しきれない。イスラエルの諜報機関によると、イランとP5+1(米英仏露中独)との交渉は11月24日の期限までに妥結できず、すでに妥結している部分を「枠組み合意」として11月24日の交渉期限に締結するとともに、来年3月まで交渉を延長して残りの部分を協議する可能性が高いという。 (Israeli intel: Iran nuclear deal unlikely by deadline; talks will be extended) (US offers Iran framework for nuclear deal) 11月24日の交渉期限が近づく中で、これまでイランに核の濡れ衣を着せることに協力してきた米英マスコミにも「イランと核協約を結ぶべきだ。さもないとイランはロシアの傘下に入り、米欧にとってますます御しがたい勢力になる」といった論調が載るようになっている。 (Failure to reach a nuclear deal will drive Iran into Russia's arms) (Iran Nuke Talks Open With the Potential to Change Everything) 10月以降、オバマ側近の米高官がイスラエルのネタニヤフ政権を非難することが多くなっている。しかし、米政界はイスラエルに牛耳られ、米国内政治ではオバマが親イスラエル派に勝てない。イスラエルと闘うオバマ政権の最大の武器は自分たちの覇権でなく、米国以外の諸大国がイスラエルを制裁してくれそうなことだ。 (Netanyahu Is a National Security Risk - and Washington Knows It) (US anger at Netanyahu said `red-hot' as ties hit new low) (Official: US Frustrated by `Chickenshit' Netanyahu) 特に最近、イスラエル非難を強めているのがEU諸国だ。イスラエルがパレスチナ(西岸)で入植地を拡大し、パレスチナ側と和平を結ばないことが確定的になった場合、EUは、パレスチナ自治政府を国家として正式に承認し、パレスチナが国連の人権法廷などでイスラエルを訴追することを認め、国連がイスラエルを経済制裁することに賛成する構想を最近まとめた。この構想は秘密裏に練られたが、イスラエルは自国のスパイとして働いてくれるEU高官を通じて構想を知り、暴露してEUを批判した。 (EU to Israel: If you want to get along with us, make peace) (Lieberman to EU2: Conditioning bilateral ties on Mideast process won't advance peace) (EU foreign policy chief: Document on Israel sanctions is 'hypothetical' and internal) EU各国では、スウェーデンがパレスチナ国家を正式承認し、英国とアイルランド、スペインでは、議会が政府に対し、パレスチナを国家承認せよと求める決議を出している。これらの決議は政府に対する拘束力を持たせていないので、まだ3カ国の政府はパレスチナ国家を正式承認していない。しかし今後、イスラエルが入植地拡大を止めない場合、いずれEU各国はパレスチナ国家を正式承認し、EUはイスラエルに対する経済制裁を強める。イスラエル政界は、世界の反対を無視して入植地を拡大する右派勢力が強く、和平はまず無理だ。 (Spain symbolically recognizes Palestine) (European states threaten to recognize Palestinian statehood) ("One-State Solution" for Israel - Palestine, Proposed Annexation of Over 60 % of West Bank) (Israel's `Jewish State' Bill Deepens Coalition Divide) 国連安保理は、パレスチナに対するイスラエルの人権侵害を非難する決議の検討を始めている。来年、EUが反イスラエルの立場を鮮明にすると、安保理でイスラエル非難決議案が上程されるかもしれない。従来、イスラエルに不利な決議が安保理で提案されても、米国が拒否権発動などで否決してくれていた。しかし今、米オバマ政権は、イスラエルとの対立を強めており、来年あたり安保理でイスラエル非難決議が上程されると、米国が拒否権を発動せず、可決される可能性が強まる。 (UNSC discusses Israel crimes in Palestine) (US veto at Security Council may no longer be a given) (Israel is losing its friends in the world) イスラエルは単独覇権国である米国の政界を、脅しとスパイ(盗聴など)の力によって牛耳ってきた。米政界は、近年ますますイスラエルの傀儡色を強めている。しかしその結果、米国は、イスラエル寄りすぎてパレスチナとの和平交渉の仲裁役として不適切な存在になってしまった。米国の単独覇権が今後もずっと続くなら、米国を牛耳るイスラエルにとってパレスチナ和平など必要ない(米国と結託し、和平交渉するふりだけ続ける)。だがイラク侵攻とリーマン倒産以来、米国の力が落ち、覇権が露中やEUなどに多極化しつつある。唯一の後ろ盾である米国が弱まる中、イスラエルはいずれパレスチナを含むアラブ諸国やイランとの和解が必要になる。その和解の際、米国は仲裁者として適切でない。そこで出てくるのがロシアである。 (Why Russia can never substitute for America as Israel's closest ally) (ウクライナ危機は日英イスラエルの転機(2)) イスラエルは今春、ロシアがクリミアを併合し、米国が国連でロシア非難決議を提案した時、票決で棄権に回った。米国がロシアへの敵対を強めても、イスラエルは中立な立場をとっている。イスラエルが米国の同盟国であることを考えると、これは親露的な態度といえる。イスラエルのリーバーマン外相は親露政策の理由として、自分がロシア出身であること挙げている。かつて西ドイツに東独の併合を勧め、東西ドイツの統合(ドイツの強化)を推進した米国のパパブッシュ大統領が、独統合に反対する英サッチャーに対し、自分の祖先がドイツ人だったので独統合に賛成なのだと述べたとの似た詭弁である。 (US Irked as Israel Doesn't Back Their Ukraine Policy) (◆ウクライナ危機は日英イスラエルの転機) イスラエルは、米国がウクライナで危機を扇動してロシアを反米主義に走らせると、米イスラエルの仇敵であるイランをロシアが強化する策に出るという分析から、米国のウクライナ危機扇動策を迷惑と感じてきた。 (Russia crisis proves American Jewish hawks aren't 'Israel firsters') リーバーマンは昨年から何度もロシアを訪問するとともに「国際戦略を米国だけに依存するのは危険だ」と露骨に発言し、米政府を怒らせている。オバマ政権がイスラエルとの対立を隠さない傾向を強めるとともに、イスラエルはロシアとの関係を強化することを試行錯誤している。イスラエルでは「ロシアはイスラエルにとって米国の代わりになるのか?」をめぐる議論が行われている。 (Why Russia can never substitute for America as Israel's closest ally) (Russia and Israel: A Beautiful Friendship?) ロシア経済は昔からユダヤ人が運営してきた。プーチンはサンクトペテルブルグの出身だが、歴史的にロシアの経済中心地である同市にはユダヤ人が多く、プーチンは親ユダヤの傾向だとイスラエルで分析されている。プーチンの周りは、側近も敵もユダヤ人が多い。冷戦直後、プーチンの前のエリツィン政権時代にロシアの国有企業を民営化の名目で私物化してロシア経済を破壊し、最後はプーチンに潰された財界人集団オリガルヒも、多くがユダヤ人だった。 (Putin, a dangerous friend to the Jews) (ロシアの石油利権をめぐる戦い) (ロシア・ユダヤ人実業家の興亡) ロシアのユダヤ人は欧米(英米)とのつながりが強く、ロシア経済はこれまで欧米からの投資に頼ってきた。しかし今春ウクライナ問題で米欧から経済制裁されて以来、プーチンは中国との経済関係を急速に強めている。ロシアは資金調達の面で、これまでの米英ユダヤへの依存を減らし、中国への依存を強めている。イスラエルがロシアとの関係を強化するなら、早くやる必要がある。 (◆プーチンに押しかけられて多極化に動く中国) プーチン側近である鉄道会社の社長(Vladimir Yakunin)は「中国はロシアに長期資金を十分に供給できない。だからロシアは中国だけに頼るわけにいかず、長期資金を供給してくれる欧州とこれからも密接な関係を持つ必要がある」と述べている。これは、欧州諸国に対し「今からでも遅くないから対露制裁をやめてロシアと仲良くしようよ」という呼びかけであり、中国が今後もずっとロシアに長期資金を十分供給できないと思い込むのは危険だ(多極化の現実を見たくない対米従属の日本では、ロシアが中国に依存するのを愚策だと思いたい人が多いので要注意だ)。 (Putin ally says China cannot replace western financing) EUは表向きロシアを敵視しているが、よく見るとEUはこっそりロシアと融和する姿勢をとっている。たとえば11月1日にEUの外相(外交安保上級代表)を英国人のキャサリン・アシュトンから引き継いだイタリア人のフェデリカ・モゲリニは、15歳の時から共産党員(左翼民主党)で、親露的な政治家だ。彼女は41歳で、政治家としてまだ若いが、今年2月にイタリアの外相に大抜擢され、それからわずか7カ月後にEUの外相に大抜擢された。 (Federica Mogherini From Wikipedia) モゲリニの大大抜擢を見ると、EUの中枢に、若い(できれば世界的に目立つ女性の)筋金入りの左翼親露派をEU外相に据えようとする動きがあったと推測できる。モゲリニがEU外相の候補に挙がったとき、ポーランドなど反露的な東欧諸国からは「彼女ではロシアの横暴を止められない」と反対論が起きたが、容れられなかった。EUを隠然と率いているのはドイツだ。独首相のメルケルは、表向き米国に合わせて反露的な姿勢をとっているが、裏で親露政策を持っている。メルケルらドイツが、若い親露派のモゲリニをEU外相に抜擢したと考えられる。 (Who is Federica Mogherini - the new woman in charge of EU foreign policy?) EUは外相が親露派のモゲリニになる直前、パレスチナ和平を進めない場合イスラエルを制裁する構想をまとめている。イスラエルがロシアに接近することは、間接的にEUとの関係悪化も防げることになる。欧州では、これまでロシア敵視の急先鋒だった英国ですら、ロシアを敵視し続けられなくなっている。プーチンが中国との結託を強めると同時に、ガスプロム、ロスネフチ、ルコイルといったロシア政府系のエネルギー大企業が、いっせいにこれまでの株式上場先だったロンドンから出て、中国の香港に上場先を変更することを検討している。今の英国経済はロンドンの金融市場だけが頼りで、ロシア企業に出て行かれるのは非常に困る。キャメロン英首相はロシアへの宥和を模索している。「米国がウクライナ危機を扇動してロシアを怒らせるのは失策だ」とイスラエルなどのユダヤ人が警告したのは正しかった。最近では、米国のユダヤ人外交官キッシンジャーがこの警告を発している。 (Russian Blue Chips Might Dump London En Masse, Re-list in Hong Kong) (Don't Mistake Russia for Iran) (Kissinger Warns "We Need A New World Order"; Ukraine Should Forget Crimea & NATO)
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